「え、希って明日が誕生日なの?」
「そうなのよ」
「言ってくれれば……」
「そうなのよねぇ。希ってば、そういうの全然言ってくれないから……」
「でもとにかく、教えてくれてありがと」
「どういたしまして。どんなお祝いするのか、楽しみね」
「からかわないでよ」
翌日。
学校に向かっていた希は、
「あれ?」
普段は見かけない者を見かけた。
「真姫ちゃんやん。どうしたんこんな所で」
「あ、えっと……」
真姫は開きかけた口を、再び閉じてしまう、
「お家こっちじゃなかったやん?」
「…………」
「あ、もしかして凛ちゃんと花陽ちゃんと待ち合わせ? でも、今までここで見た事ないしなぁ」
「だからその……」
「こーんな地元で、迷っちゃったん〜?」
「…………あ〜もうっ! 鋭いのか鈍いのかハッキリしなさいよ!」
「ま、真姫ちゃん……?」
突然声を張った真姫に、希は戸惑ったような笑顔を浮かべる。
真姫は鞄から何か紙包みを取り出すと、
「はいコレ!」
半ば押し当てるようにそれを手渡した。
「えっと……?」
「プレゼントよ! あなた、今日誕生日なんでしょ?」
「ああ、そういう……って、どうして真姫ちゃんがウチの誕生日知ってるん?」
「絵里から聞いたの。そして、希がそれを全然教えようとしない事も」
「絵里ち……」
希の脳裏に、金髪のポニーテールが浮かぶ。
「わ、渡すもの渡したし、私はこれで行くわね!」
「おっと、ちょい待ち」
歩き出そうとした真姫の手を、希は掴む。
「……何よ」
「せっかくやし、一緒に行こ? 同じ所に行くんやし」
「まあ……そうね」
「わーい、真姫ちゃんと登校デートや〜」
「バカな事言わないで!」
真姫と希は並んで歩きながら、
「……ねえ、一つ訊いていい?」
「んー?」
「どうして、誕生日を教えないの?」
「んー、どうしてかって言われると、答えにくいなぁ。祝って欲しくない訳じゃないんよ? でもほら、ウチ転校が多かったし、昔から友達と呼べる友達が全然いなかったんよ」
希は空を見上げながら、独り言のように話す。
「誕生日を教えて、そんなに仲良くないのにお祝いされてもお互い気まずいやん? だからいつの間にか、話さなくなっちゃったんよ。その癖が残ってるん」
「…………」
自分も同じだ。隣を歩く先輩に、真姫は自分と似た影を感じた。
仲良くなれなくて、距離をとって、それでいいと思っていた。誕生日なんて、大した事ない普通の日だ、と。早い誕生日を言い訳にして、自分の気持ちを押し隠していた。
「……今も」
「ん?」
「今も、そう思ってるの?」
真姫は歩みを止めた。数歩先を歩いた希は、立ち止まって振り返る。
「私達は、誕生日を知っても祝わないって。そう思ってるの?」
「ちょ、そんな事言ってへんやん。ウチはただ、ちょっと昔話を……」
「昔の話なんてどうでもいいわよ!」
思わず叫んでしまった。そうしないといけない気がした。でないと、目の前の人は本音を隠してしまいそうだったから。
「私はμ'sに入って、今まで知らなかった事を沢山知ったわ。こんな私でも、居場所があるんだって。そう思えた」
「真姫ちゃん……」
「μ'sはそういう場所。それは希、あなたも同じ」
真姫は歩み寄る。正面から見据えて、瞳の奥を覗き込む。
「本音を隠して逃げようだなんて、私が許さないわ」
一切の揺るぎなく、真姫は希を見据え続ける。希もまた、それを受け止め続ける。
「…………はー」
不意に、希が目を閉じて息を吐いた。
「あんなに不器用で頑固だった真姫ちゃんが、こんなになるなんてなぁ」
「な、何よ」
「どこぞのリーダーの影響力は、凄まじいなぁ……」
やれやれとかぶりを振る希。その様子に、真姫はその態度に戸惑い、耐え切れずさらに一歩近付く。
「あの……」
その瞬間、希の目が怪しく光る。
「わしっ」
「キャアァァァァッ⁉︎」
唐突に胸部を掴まれ、真姫は悲鳴を上げる。
「うーむ、あの頃から特に発達はしてへんなあ」
「な、何すんのよ!」
「ウチなりのお礼の仕方やん。嬉しかったやろ?」
「嬉しくないわよ!」
うずくまって睨みつけてくる真姫に、希はニッコリと笑顔を向ける。
「ありがとな、真姫ちゃん。ウチだって、迷ってたんよ。まだ、μ'sに入ったばかりやしね」
「…………」
若干憮然とした表情の残しつつ、真姫は立ち上がる。そして、
「ほら、行くわよ」
希の手を取った。
「え、いや、自分で歩けるよ?」
「いいから」
真姫は顔だけ向けて、強気な笑顔を見せる。
「μ'sに入った以上、どうなるのか教えてあげるわ」
希を引っ張ったまま、音ノ木坂学院へ到着する二人。そこで、
「のっぞみちゃ〜ん! お誕生日おっめでと〜!」
七人が出迎えた。
「え、え、みんなどうしたん?」
「真姫ちゃんが教えてくれたんだ〜!」
希が横を見ると、
「……言ったでしょ。μ'sにいるとどうなるか、って」
ちょっとだけ赤く染まりそっぽ向く顔があった。
「やーん真姫ちゃん可愛い〜」
「からかわないでよっ」
思い出したように、希は右手に握られていた存在を見やる。
「プレゼント、開けてええ?」
「……ご自由に」
「え、真姫ちゃんプレゼント用意してたの⁉︎ 穂乃果何にも準備してないのに〜!」
「昨日の今日で、やるじゃない、真姫」
「〜〜〜〜〜〜っ」
トマトのように染まっていく真姫の顔。
それをニヤニヤしながら包みを開けた希は、
「これ……」
中身を見て、表情が変わった。
希の両手に握られていたのは、
「交換日記……?」
「そ。みんなが希と、希がみんなと話せるようにって」
「…………」
「な、何か言いなさいよ!」
固まってしまった希と、メンバーからの生温かい視線に耐え切れなくなり、真姫は声を上げた。
「……やー。嬉しくて。嬉しくてビックリしてもうたん。こういうプレゼント貰えるなんて、思ってもなかったから……」
希は交換日記を胸に抱くと、
「ありがとう、真姫ちゃん。大切にするね」
柔らかく微笑んだ。
「…………!」
唐突な標準語に真姫が不意打ちを食らっている間に、
「みんな〜、沢山書いてな〜!」
『わー!』
希はいつもの調子に戻る。
その切り替わりの早さで言葉に困った真姫は、
「……面倒な人」
苦笑して呟いた。
近くて遠い、似ていて違う、そんな不思議な、お姉さん。今日はその、誕生日。