陰陽師ハオ(偽)   作:ふんばり温泉卵

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二話 ハオ様とオババの愛情

僕が葉月の家に居候して、一か月。

いずなちゃんは精神修養を重ね、霊能力を順調に成長させている。

さすがは葉月家の直系だ。

 

しかし、霊能力は成長しても心は幼稚園児。

なかなか修行が進まず、オババの価値観ではまだまだ成長が遅いと感じているようだ。

 

大事な孫娘を一人前にしたいと思う気持ちと、自分の後継者なのだからと必要以上に求めているのかもしれない。

 

「めいかいのとびらのうちに何があるや、なむあみだぶつのおもいがあるや……」

 

「もっと言霊に霊力を込めんか!!」

 

「いたーーーい!!?」

 

「そんな事では、台所のゴキブリすら成仏させることは出来んぞ!!」

 

霊力をそれなりに成長させたいずなちゃんはオババにハリセンで叩(はた)かれながら、庭で死んだアリや蛾などの魂を供養している。

虫相手に供養をするなんておかしいと思うかもしれないが、これはイタコの基本である『祓い』を覚える為の修行である。

これが出来なければ、浮遊霊はもちろん悪霊も祓えない上に悪霊に対する抵抗も出来ない。

 

故に、全ての霊能力者は例外なく一番初めに『祓い』を覚えさせられるのが基本だ。

 

「虫一匹の魂を成仏させることが出来なければ、立派なイタコにはなれんぞ!!」

 

「う~~……」

 

オババの厳しい指導に涙目になり、プルプルと体を揺らすいずなちゃん。

ああ……これは不味いぞ。

あの状態のいずなちゃんはもう我慢の限界であるサインだ。

 

このままだと……。

 

「もう嫌だ!!修行なんてやってらんないよ!!」

 

「甘いわ!!」

 

怒りの叫びと共に逃走を図るいずなちゃん。

しかし、自分の孫の事を熟知しているオババはカウボーイの様に数珠を巧みに操り、いずなちゃんをぐるぐる巻きにして拘束する。

動けなくなってしまった、いずなちゃんはその場で地面に転がってしまう。

 

「は、放せ!!この鬼婆ぁああ!!」

 

「だれが鬼婆じゃ!度重なる逃亡に師匠に対してその態度……これはお山でお仕置きが必要じゃな……」

 

「ぴぃいいいい!!?」」

 

身動きが出来ない状態で、オババを罵倒するいずなちゃんの態度にオババが切れた。

妖怪のように恐ろしい顔をいずなちゃんに近づけ、恐怖を与える。

いずなちゃんはオババの顔にガチ泣きだ。

 

正直僕も怖い。

オババが妖怪だったらスピリットオブファイアでこんがり焼いていたかもしれない。

さて…そろそろ助け船を出してあげるかな。

 

「…駄目ですぞ?」

 

僕の動きを察知したオババが牽制する。

 

「ここで甘やかしたらいずなの為になりませぬ」

 

「いやいや…お山でお仕置きはやめないか?

下手したら獣に襲われるかもしれないよ?」

 

「なに、獣と霊よけの風車等の道具がありますので身の安全は保障されますぞ」

 

「でも、トラウマになったら大変だと思うんだ。

せめて、僕がついて行くのはダメかな?」

 

「駄目です!!もうワシの堪忍袋の緒が切れました!!」

 

そう言い残し、オババはグルグル巻きのいずなちゃんを担いでお山に行ってしまった。

あんな小柄な体のどこから子供を抱えるパワーが……。

 

オババの身体能力に驚きつつも、僕は隠形を使って二人の後をコッソリつける事にした

 

……。

 

葉月家の近所を抜け、山道に入り、どんどん山を上っていくオババ。

ほどほどに整備された山道を上り詰めるとそこには地面一杯に水子供養の風車が刺さっている光景が広がっていた。

 

ここはイタコの修行場。

主に瞑想と口寄せの修行の為に使われている場所なのであるが……。

 

「置いて行かないで~~~~!!!」

 

「そこでしばらく反省するがよい!!」

 

近くの丸太にいずなちゃんを括り付けたオババは振り返ることなくその場を去って行く。

置き去りにされたいずなちゃんは大号泣だ。

 

伝統ある修行場がお仕置きに使われるなんて前代未聞の光景ではなかろうか?

 

そんな事を思いながらオババの姿が見えなくなった事を確認した僕は、いずなちゃんの元へ行こうと歩き出す。

すると、いずなちゃんが括り付けられている丸太を起点に結界が張られる。

 

なるほど。

確かにオババの言う通り身の安全は保障されているな……。

 

霊視で見た限り、かなり強力な結界だ。

恐らく、修行中のイタコが妖怪に襲われないようにするための結界なのだろう。

 

「やはり、ここにおられましたか……」

 

「おわっ!?」

 

いずなちゃんの安全が保障された事に安堵していると、後ろからミイラ…じゃなかったオババに声を掛けられ心臓が飛び出すのではないかというくらい驚く。

僕の隠形に気づくとは……オババは中々に優秀なイタコの様だ。

 

「よく、僕の隠形を見破れたね」

 

「はぁ…見破ってなどおりませんよ。

あの場所を監視するにはここが一番ですからな」

 

「監視?」

 

「ええ、ハオ様の時代と違って、現代ではイタコは絶滅寸前。

貴重なイタコを守る為に師匠は弟子の安全を守らなくてはならぬのです。

まあ、弟子には内緒なのですがね」

 

「なるほど」

 

確かにオババの言う通りだ。

貴重なイタコを修行で失うのは愚の骨頂。

秘術の伝承の為にも大事に育てなくてはならない。

弟子に内緒なのは、修行にどうせ師匠が守ってくれるからという、心のゆるみを生み出させないための処置。

 

故に、命の危険がある修行は弟子に内緒でサポートをしているのだろう。

オババの言葉に納得していると、オババが一度も見せた事がない優しい表情で僕に語り、頭を下げる。

 

「…1、2時間ほどで結界が消えます。

その時はどうか、あの子をお願いします。

ワシではまた、ケンカになってしまいそうなので……」

 

葉月家当主といずなの師匠としての顔ではなく、たった一人の孫を愛する祖母の顔。

その表情を見ただけでも、オババがどれほどいずなちゃんを大事に思っているかが伝わってくる。

まだ、5歳なんだから修行以外ではそんな感じで接してあげればいいのでは?

と口に出そうになったが思うだけに留めた。

オババにはオババなりの教育方針がある。

厳しいがそれに愛情が伴っているのなら、僕も今後は口出しを自粛しよう。

 

「オババ…いつか、いずなちゃんもオババの愛情に気づいてくれるよ」

 

「……」

 

オババは僕の言葉に返事をする事無く屋敷へと帰っていく。

見送ったオババの背中はたとえ、愛する孫に嫌われようとも立派に育てようとする優しくもたくましいものに見えた。

 

オババの背中を見送った僕はオババに頼まれた通り、結界が消えるのを確認した後で、いずなちゃんを救出し、泣き疲れたいずなちゃんを背負って屋敷に帰った。

 

帰り道ではずっと、オババの悪口を言ういずなちゃんだったけど、成長していつかオババの愛情を知ってくれることを楽しみにしつつ、僕は心の中で願った。

 

 

 


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