「あはははははははっ! おま、おまっ、似合い過ぎにもほどがあるだろ! あははははっ! やっべぇ超ウケる!」
女装姿のエミを見るなり何がツボったのか1人大声で笑うイオト。シアンは笑いこそしなかったが目を輝かせながら今にも人を殺しかねない目をしたエミに近寄る。
「すげーですよ! えっちゃん完全に女の子に見えるです!」
「うっわー、本当に女の子かと思ったぜ……すっごいなぁ」
更には心底感心したようなゴウトの発言もあってエミの表情がますます曇っていく。相当なストレスがかかっているようだ。
衣装担当さんは満面の笑みで渾身の力作と言わんばかりにエミの肩をつかんで言った。
「素材がとてもよかったのもそうですけど衣装もあるものからコレってのを選んでみました! いやー、メイクもうちょっと色々したかったんですけどエミさんとってもかわいらしかったのでこの路線にして正解でした!」
エミはもはや何も言わない。でも目が死んで虚空を見つめているので思考を放棄したんだと思う。ちょっと、いやかなり怖い。
そんなエミを見てパチリスがけらけら笑っているが命知らずにもほどがある。サーナイトはオロオロしつつも肩を叩く。
「げ、元気出せよ……」
「うっせぇ」
あ、口が悪くなってる。相当キレてんなこれ。俺の不用意の発言のせいだからか俺への視線が刺々しい。
「そ、それにほら。お前の出番そんなないみたいだし……」
本来あった出番をカットしているらしくエミの役は出番が本当にワンシーンだけだ。というか当初の予定よりだいぶカットしてるからこれで話ちゃんと通じるのか……?
「あ、そうだ。俺の部分なんですけどー」
イオトがなんか脚本の人と相談しているけどなんだろう。というか俺たちほとんど出番被らないんだよな。
「ところでさー」
台本を読んでいたゴウトがぼけーっとした表情で声を上げる。
「俺この話知らないんだけど有名な話なのか?」
そういえば俺もよく知らないや。タイトルが4人の王子ってあるけど覚えがない。いっそシンデレラとかくらい有名だったら良かったんだけど。
「マジっすか! じゃあウチが説明するッス!」
ゴウトの声に反応したのは準備を手伝っていたはずの語り部役さんだ。舞台にはあがらないがナレーション的な役割をするらしく、今は手が空いているようだ。
見た目は真面目そうな委員長っぽいのに口調はどこかチャラくて不思議な感じだ。
「これはラバノシティでは古くからある有名なお伽噺なんすよ」
昔々、とある4つの国にそれぞれ王子がいました。青の国の王子は賢く人々に愛され、赤の国の王子は武に秀でながらも純粋で、緑の国の王子は優しき心と持ち強い信念を持っていたといいます。しかし白の国の王子は特別なにかに優れていたわけではなく、そんな自分を不安に思ったのか白の王子は旅に出ます。
旅先で偶然にも悪い魔女によってそれぞれの目的で旅をしていた3人の王子と出会い、それぞれの目的を手伝ううちに白の王子は自分の進むべき道に気づき、立派な王になるため国に戻るのであった。
とまあ、かなり端折った説明だが大筋は理解できた。
そして俺の役は緑の王子。結婚するはずだった姫君が魔女によってポケモンに変えられてしまい、姿のわからぬ姫を探し、真実の愛で姫を元に戻すというものだ。
ラバノでは有名な話でプロたちもよく公演でやる演目として知られており、元の物語に空白部分も多いため脚本家によるアレンジも多く、今回の舞台も結構なアレンジがあるとのこと。
ちなみに、エミは青の国の王子と結婚する予定だった黄色の国の姫で、青の国の王子は……うん。
ちらりとイオトに視線を向けるとやけに楽しそうに脚本担当と演出担当と話し込んでいる。いやぁ、その、エミがんばれ。
ゴウトは赤の国の王子なので戦闘シーンがそこそこあってアドリブでどうにでもなると励まされているが緊張しているのか珍しく表情が硬い。
本当に俺らでいいのかなぁ、とは思うが時間もないみたいだし腹を括るしかないようだ。
ポケモンたちの準備も終わり、準備のせいでろくなリハもできないまま本番が近づいてくる。
そして今回の主役であり、総合的な主催者であるアンリエッタさんが出演者全員を集めて一同に宣言した。
「せっかく集まってもらったのにこんな形になって申し訳ない。でも、今はとにかく本番をやりきろう。ポケモンになってしまった子たちのためにも成功させよう」
ちなみにその問題のサーラだけどあいつも演出面で協力することになったらしい。大丈夫か? 本当に大丈夫か?
ポケモンになってしまった役者さんたちも多分だが応援してくれている。本当は舞台に立ちたかっただろうに素直に応援してくれているのだから荷が勝ちすぎているとしてもやるしかない。サーラ曰く、元には戻るが今日中は無理とのことだしあんまり心配している様子はない。
シアンは舞台袖で応援しつつ手伝うので呑気だがエミはずっと貧乏ゆすりをしたままイライラを隠しきれていない状態でパイプ椅子に座っている。
少しずつ、本番の近づいてくる実感とともに気づけば客席は子どもたちでいっぱいになっていた。
台本を再度読み返して俺の出番を確認しつつ、そろそろ配置につく。俺の出番はしばらく先だ。
『まもなく、開演します』
語り部さんがアナウンスも兼ねているのか会場に開始を告げる合図が響く。
幕が上がる直前に、アンリエッタさんが小さく息を吐いて、なにかを切り替えたようにその表情はとても気高いものだった。
――――――――
小さい子供向けということもあってかナレーションで簡単な舞台の説明が入り、王子様の旅の話であることが告げられる。
そして、BGMとともに舞台に現れたのは白の王子ことアンリエッタさん。ナレーションがそれを説明するように挟まる。
『彼は白の国の王子様。自分が何をするべきか、それを探すためにお供でありパートナーであるロズレイドと西へ東へ旅をしています』
「ああ、我が友ロズレイド。僕はいったいどうしたらよいのだろう」
さすがというべきかプロの役者だけあってその迫力と演技は素人目でもわかるほどに一瞬で物語に引き込んでくる。まだほとんどセリフを発していないにもかかわらずだ。
「彼の国の王子のように賢くもなく、または強さがあるわけでもない。それでいて僕はとても臆病だ。こんな僕に、王など務まるのだろうか……」
憂いに満ちた王子にロズレイドは励ますように鳴き声をあげる。それに頷いて少し元気を取り戻した王子はそうだね、と笑った。
「嘆くばかりでは何も得られないね。さあ、旅を続けようか」
その後、一度暗転し、シーンが切り替わる。
そして次に現れたのは緊張しているゴウト。見るからにガチガチだ。左耳に指示用のイヤホンをつけているのがわかる。
「う、うーん、こ、困ったなぁ」
ぼ、棒読み――!
自分も似たようなことになりそうなので人のことは言えないが想像以上に棒読みで聞いているこっちがハラハラしてきた。
相棒役をしているのはヒコザルことサルすけ。まあどうせだし勝手知っている手持ちのほうがやりやすいし、王子の手持ちにそこまで明確な規定はないようだ。
そこへ現れるアンリエッタさんこと白の王子。困っている赤の王子に声を掛けるシーンだ。
「おや、もしやあなたは赤の国の王子ではありませんか?」
「お、俺をしっているなんてあんたは誰だ?」
うーんやっぱりセリフが硬い。俺の未来も多分あんな感じだ。
「僕は白の国の王子です。知らないのも当然でしょう。僕はあなたのように武に優れているわけでもなく、未だ伸び悩んでおります故」
「えーっと……」
ゴウトが次のセリフがすっぽ抜けたのか一瞬微妙な表情をしたかと思うと、急に「あ゛ーっ!」と奇声をあげた。アンリエッタさんもびっくりしたのか一瞬肩が跳ねた。
「かたっくるしいのはいらねぇ! あとそんな自分を下げんな!」
ここ、本来のセリフはもう少し落ち着きのある返しなのだがどうやらゴウトは自分の路線で突っ走るつもりらしい。いやまあ、演技がかなりまともになったのでいいの、か?
「いいですね。この解釈」
脚本担当が横でちょっと感心したように呟いていた。大丈夫みたいだ。
「これは失敬。それで、あなたはどうしてここに?」
「俺は魔女に盗まれた国の宝を取り戻しにやってきた。ここに魔女が居ると聞いていたんだけどすっかり迷ってなぁ」
ゴウトの雑アドリブな王子演技にもついていくアンリエッタさんすげぇなぁ。
「ああ、どうせならお前も協力してくれないか?」
「僕がですか? 構いませんが僕は争いごとは苦手でして……戦うことを野蛮だと感じてしまうのです」
この話は全体を通して白の王子があらゆる価値観や試練に遭遇して成長していくというものだ。これもその一つであり、最初の王子はどこか色々と頼りない。
そんな白の王子に赤の王子は自分の考えを述べ、様々な考えに触れていく。
「野蛮? 戦うことは大事なものを守るためにすることであって意味もなく喧嘩するのとは違うだろ?」
ここもうちょっと台本のセリフは真面目なんだけどゴウト解釈が逆に子どもたちにとってわかりやすくなっている気がする。子どもたちもちゃんと舞台に集中していた。
そういう意味でゴウトの吹っ切れ具合はいい方向に作用したようだ。
「大事なものを守る……」
「そりゃただ暴力を振るいたいだけなら野蛮だろうが、自分のプライドや大切な人を守るために剣を取ることは勇気ある行動だ」
これあとで子どもたちが原作を見たらセリフの落差に驚きそうな改変具合である。少なくとも台本はもうちょっと赤の王子のセリフに丁寧さがある。
そして、王子二人のやり取りを遮るように魔女の手下であるポケモンたちが出てくるシーンが挟まり、バトルになる。
演劇ではあるが実際にバトルをしつつシナリオに沿うように誘導するためアンリエッタさんが基本的に主導する形になる。なんか、ポケウッドを思い出すなぁ。
「さっそくで悪いが付き合ってもらうぞ! ヒコザル!」
「ロズレイド!」
さて、舞台戦闘中にイオトが裏方の1人とどこかへ移動し始め、俺とエミはまだ少し出番が先なので袖から舞台の成り行きを見守る。
魔女が放った尖兵ということで数匹のポケモンたちは何度か攻撃の撃ち合いになるも王子二人の手持ちが勝利を掴み取る。
実際はアンリエッタさんが主導なのだが観客にそれを悟らせることなくロズレイドも苦戦していたように振る舞う。
「僕は……お役に立てていたでしょうか」
「おう! やればできるじゃん!」
セリフとはいえこれアンリエッタさんに言うの俺だったら嫌だなぁ。
「しかし、この後も魔女の手下が襲ってきたらと思うと……」
「そ……ん? えーっと、いや、確かに俺とお前だけでは少し不安かもしれ、ない、な? 結構な戦力のよう、だ……し」
急にゴウトのセリフがおかしくなったので台本を見てみるとセリフが全く違う。本来は俺に任せておけば大丈夫的な感じなのだが、あの様子だと指示用のイヤホンで急なセリフ変更があったみたいだ。
その様子にアンリエッタさんも不思議に思ったのかほんの一瞬だけ怪訝そうな様子を見せると彼女にも指示がいったのか理解したようにセリフを続けた。
「しかし、魔女に挑むのに協力してくれる者などいるはずも――」
「えーっと、一回仲間を探しにでも……」
「ハハッ! 臆したのか、赤の君! そんなことじゃ先が思いやられるな!」
突如として響き渡る声。それはよく聞き慣れたあいつのもの。
どこから聞こえてくるのかとモニターを覗き込むと客席の奥、というか1番後方の入り口にスポットライトが当たり、そこにかっこつけたイオトの姿があった。メガネも外してるぞあいつ。
「そんなことで、立ち止まるようではこの先が不安になってしまうね、まったく」
こんなの台本になかったっていうか演出が相当変わってるのか、白と赤の王子の二人の旅路をカットして青の加入を早めているみたいだ。
ていうかあいつなんであんなノリノリなの。
「すっげーイオ君、様になってるですよ」
「むっかつくな……」
エミの呪詛はさておき確かにこのかっこつけてるのが決まってるのが腹立つ。客席にいる子どもたちの中にはイオトを見てテンションを上げている子がいるらしいけど知り合いでもいたんだろうか。女の子なんかはイオトに見とれてるみたいだし……ってあいつそれが目的か……。
「君は……青の国の……」
「青の野郎がなんでこんなところにいるんだ?」
「おや、君たちは随分と情報に疎いようだね。知らないのかい? 僕の国と黄色の国の姫との結婚を邪魔した魔女が姫を連れ去ってしまったのさ」
こう……アドリブとかはそんなにないんだけどイオト、なんであいつあんな演技うまいの?そういうことに詳しくない俺でもわかるほど舞台に馴染んでるぞ。なんだったらアンリエッタさんにも負けてない。
「君たち、彼どっか劇団所属してたりする?」
脚本担当さんが目を輝かせているがあれをスカウトするのだけはやめておいたほうがいいと思うなぁ……。絶対女性関係でやらかす。
脚本さんの熱い語りを聞き流していると王子たちの話も進み、とりあえずこのまま協力する流れに――
「そんなわけだから僕と戦ってくれないかな?」
イオトこと青の王子が赤の王子もびっくりの脳筋発言をしだして思わず目が点になった。
あっれぇ? 台本原型留めてなくない?
台本を確認すると普通に仲間になってるので王子同士の戦闘とかはないはず。
「君たちに協力するのは僕としても願ったりだが……あんまり足手まといになるようなら1人で行ったほうがいいのでね」
「はぁ?」
ゴウトが癇に障ったような声をあげ、イオトを睨む。演技忘れてるぞ、演技して。
「2対1ではそちらが不利では?」
アンリエッタさんの言葉にイオトは不敵に笑い、大げさに腕を広げてみせた。
「勝敗はどうでもいいのさ。要するに、君たちが僕の求めるレベルに達しているかを見たいだけだからね」
結構なアドリブだがこれ大丈夫なんです?と裏方さんたちに目を向けるとまあいけるいけると結構大雑把な反応だ。普段はもっとちゃんとしてるらしいが今日は色々と想定外のことが多いし仕方ないのかもしれない。
「本気でやらないでくださいね?」
「当然」
アンリエッタさんが勝負を受けると決め、ゴウトもそれにならう。
二人の手持ち、ロズレイドとヒコザルに対してイオトはガブリアスのガリアを出して向かい合う。派手なバトルはさすがに壊れるだろうしイオトもさすがにそれをわかって――
「ガブリアス! げきりん!」
いやだめだあいつ戦いたいだけだわ!
はらはらする俺たちをよそに、イオトはノリノリでガブリアスを従えてバトルを始めるのであった。
――――――――
げきりんの声とともにガブリアスがロズレイドを襲うもとっさにアンリエッタの指示でイバラを操って攻撃を受け流し、ガブリアスに毒を食らわせようとするも力任せにそれは引き裂かれる。
元々ロズレイドには毒のトゲが並ぶ鞭、要するにイバラを操ることができる。アンリエッタのロズレイドはその中でもかなり自由自在に操り、イバラの牢獄や盾としても役立てることができる。
観客達はある意味アンリエッタの貴重なバトルでの技術を目の当たりにし、食い入るように見守っている。
しかし、それ以上に彼女はイオトの真意について思考していた。
(げきりんだって? まったく、とんだ嘘つきだね君……)
口ではげきりんとのたまい、攻撃してくる動きも当たれば一撃で倒れてしまいそうなもの。しかしそれはげきりんなどではなかった。ゴウトや子どもたちにそれは見抜けないであろう。
考えとしてはいくつかアンリエッタには思い当たる理由があった。
1つ、げきりんをそのまま使うと舞台のセットに影響が出る恐れがあるため加減している。
2つ、げきりんを使って混乱を引き起こすと後の行動に影響が出るため
3つ、ただの攻撃では盛り上がらないため盛り上げるためのブラフ。
全部、ということもあり得るがいまいち表情からそれが読み取れないためアンリエッタは表情には出さずとも少し困ったようにロズレイドへと目を向ける。
ロズレイドはこくりと頷いて両手からイバラの鞭を大きく伸ばし、ガブリアスの四肢を拘束する。
「今だ!」
ゴウトがヒコザルに動きの止まったガブリアスに攻撃しようと飛びかかる刹那、イオトの目が細まり、何か言いかけそうになるも口を閉ざしてヒコザルの攻撃を見送った。
直撃したヒコザルの攻撃にガブリアスはぐらりと体を揺らしたところでイオトがパンッと手を叩いて笑顔を浮かべる。
「やるじゃないか。その様子なら共に戦うことは問題なさそうだ」
「くっそー、上から言いやがって」
ゴウトが勝ったはずなのに不満げに言い、次の場面に移る前にいくつかのやり取りをしてからなのだが、そのやりとりはイオトは一応ある程度台本をなぞっており、ゴウトはセリフへの返しは台本はほとんど無視しているのに成立していた。
そして、アンリエッタも演技こそきちんとしているが、内心、イオトへの不審な様子にわずかに不安を抱く。
(彼……もしかして
ゴウトのヒコザルの攻撃をイオトのガブリアスは避けることは容易だっただろう。それをしなかったのは舞台のためかそれとも単に萎えたか。
(いや、今は舞台を成功させることだけを考えないと)
手伝っているイオトへ疑念を抱いたことを反省しながらアンリは一度3人で舞台袖にはけるのであった。
ポケウッドみたいにアドリブマシマシカルトエンド直行です
劇でエミに慈悲は……?(ヒント:役とお約束)
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あげるべき
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慈悲などいらぬ、やれ
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