昨日のジムからのちょっとしたバイトの件、シアンはノリノリで了承し、イオトとエミはちょっと嫌そうにしたがまあどうせ暇だしと渋々ながら引き受けてくれた。4人でやったほうが早いし、なにより金銭的にもプラスだ。
そんなわけで早速ジムに来てリーホさんに顔合わせも兼ねて会いに行くと昨日より少しやつれたリーホさんが他のジムトレに指示を出していた。
「厳しそうなら早めに連絡してね、ミリィ」
「かしこまりー! 余裕ですって!」
小柄で少しギャルっぽい子がそのままジムの外へと飛び出していき、リーホさんがこちらに気づくと少し安堵したように言う。
「ああ、来てくれたんですね。早速なんですが今日も町のトラブルが多数寄せられているのでジムトレの大半が出払ってるんですよ……」
やけに静かだと思ったら人員が足りていないらしい。ラバノジムがジムトレの数が少ないのかと思ったがそうでもないようで大きな町のあちらこちらでトラブル多発と救援要請がくるものだから警察もジムトレも手が回りきらないという。
「ああ、もうこうなったらユーリ様の事務所に依頼するしか……いやそんなことしたら再来月の予算まで吹き飛びかねない……」
「と、とりあえず順番に片付けて行きましょう……?」
本当に大変なんだなぁと哀れみが増す中、一人一人で各案件をするべきか思案する。手が足りてないことを考えれば分担するべきなんだろうがシアンを一人にするわけにもいかないし。
「俺とエミが一人でお前とシアンが一緒にやればいいんじゃね? 実力的にもそれくらいでちょうどいいだろ」
「俺の負担がでかくない?」
イオトの案に少しもやもやはあるが実際イオトやエミは一人のほうが効率良さそうだしなぁ。今回はどこかいなくならないと思うので俺とシアンはコンビで動くことにした。
「へへーん。ボクはラバノならそれなりに詳しいからなんだってこいですよ!」
「それではお二人にはこちらの案件をお願いします」
リーホさんが手渡した走り書きの依頼書に目を通し、シアンの案内の元その現場へと向かった。
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「か゛え゛る゛ー!」
「ここまできて何言ってんだよお前!」
現場についたのはいいがそこにきてシアンがだだをこね道のど真ん中で引っ張り合いになっていた。足元でイヴもシアンを食い止めてくれるが馬鹿力によって全く動く気配がない。
「何が『なんだってこいですよ!』だ! さっさと終わらせて次の案件しなきゃいけないんだからよぉ!」
「無理無理無理ですぅ! 聞いてねえですよ!」
シアンがなぜだだをこね始めたのか。それはその現場にあった。
そこはラバノ郊外付近にある別荘が立ち並ぶエリア。別宅として使っているところもあるのか別荘というよりちょっとした住宅街みたいだがそれはどうでもいい。
俺たちが今立っているのは今にも中からうめき声が響いてきそうなおどろおどろしい寂れた館だった。
壁のあちこちはひび割れ、雑草は伸びっぱなし。イトマルが巣を張り、なぜか入ろうとすると重苦しい気分に陥るどう見ても心霊スポット。
ちなみに依頼案件は無人のはずの住宅に人の出入りする気配があるという報告が多数寄せられているため事実確認をしてほしいとのことだった。
「い゛ーや゛ーでーずー!」
「わかった! わかったからじゃあお前ここで待ってろよ! せめて俺の腕を離せ!」
「一人にすんなですうううううう!!」
「お前ホラー関係になるとクソめんどくさいなほんと!」
よーし、わかった。こんなことして時間を食うなんてアホらしいしここは援軍を呼ぼう。
「そんな言うならその道のプロに聞きゃいいだろ。電話するだけだから手離せって」
「誰にするです……?」
「リコリスさん」
するとシアンは「ああ……」と納得した顔で腕を掴む力を弱めた。心霊現象も裸足で逃げそうだし何か合ってもなんとかしてくれそうな安心感がある。
まあさすがにこんなところで心霊現象に見舞われることもないだろうしシアンを落ち着かせるためにリコリスさんに協力してもらおう。
――――――――
リコリスはフワライドに乗って気ままに風に乗りながら空の散歩を楽しんでいた。
「いいわねぇ~。フワワもそう思うでしょ?」
「ふわ~」
のんびりと風を感じているとポケフォンが鳴り、特に画面を確認せず通話に出た。
「はいもしもし~」
『あ、リコリスさん。突然申し訳な――[ごぽっ]けど[ごぽ]……』
「え? ごめんなさいもう一回言ってもらえるかしらぁ?」
不自然な水音で声が聞き取れず聞き返してしまうがリコリスの表情は険しい。時折水音が交じるもなんとか要件を聞き取ったリコリスはできるだけ落ち着いた声で問う。
「……一応聞きたいのだけれど、周辺に水ポケモンがいるとか水場が近いとかはあるかしらぁ?」
『えっ、どっちもないですが――』
「そっかぁ……」
明らかに何かいる音。どうやらヒロはそもそもそれが聞こえていないようなので霊感に関わるものだとしたら完全に危険地帯である。
リコリスは渋い表情でどうするのが一番いいか思案し、ヒロに申し訳なさそうに言い聞かせる。
「あのねぇ、そこ多分本物だからちょっと私が行くまで動かないでほしいのよぉ。それでその場所を詳しく教えて――」
『あびゃあああああああああああああああ!!』
思わず端末を離すほどのシアンの絶叫にリコリスは眉をしかめ、どうかしたのかと聞き返す前にヒロの声が遠くなりぷつんと切れてしまった。
しばらく無言で場所を確認する前に連絡が途絶えたことに不安を覚えながらもラバノシティへと急ぐのであった。
――――――――
ヒロがリコリスに電話している間、シアンはちらちらと館をしきりに見てはなにもないのにびくびくしてはシャモすけにしがみついている。シャモすけも困ったような顔でシアンの肩をぽんぽんして落ち着けと言っているようだ。
『……一応聞きたいのだけれど、周辺に水ポケモンがいるとか水場が近いとかはあるかしらぁ?』
「えっ、どっちもないですが――」
リコリスさんの質問の意図がわからず、一応あたりを見渡すがそれらしいものはない。むしろ道に俺たち以外がいる気配もない。
『あのねぇ、そこ多分本物だからちょっと私が行くまで動かないでほしいのよぉ。それでその場所を詳しく教えて――』
あれ、割と深刻だったりするのか?と思った瞬間、後ろからシアンの絶叫が響いた。
「あびゃあああああああああああああああ!!」
「うわ、なん――」
びっくりして振り返った先には勝手にボールから出たムウなが俺のほうをじーっと見ており、なんだシアンのビビリ癖か、と思ったら背筋にぞわりとする何かを感じて振り返る。
するとびっくりするほどすぐ近くにデンチュラが迫っており、やばい、と思う前にデンチュラの糸が絡みついてポケフォンを落としてしまう。そこからもう流れるように館に引きずられ、イヴとシアンが慌てて助けようとシャモすけを出すが間に合わず、情けない声とともに俺は館に引き込まれてしまう。
「あああああああああああああヒロ君が食べられるですうううううう」
「しゃも! ばしゃー!」
なんとなく落ち着け的なことを言ってるんだろうと手に取るようにわかるシャモすけの鳴き声が聞こえてくる。
「ふぃー!」
館に駆け込んできたイヴがデンチュラに応戦しようとはっぱカッターを繰り出すがデンチュラの攻撃ですべて叩き落とされて攻撃は届かない。というかこのデンチュラ強くないか?
シアンが恐る恐るシャモすけと中に入り込み、シャモすけがブレイズキックでデンチュラと俺を引っ張る糸を焼き蹴り、なんとか自由になれたものの、デンチュラはまだこちらにじりじりと距離を詰めようと睨んでいる。
が、その間に割って入ってきた何かがデンチュラに向けて何か言い出した。
「ちぇり! ちぇりちぇりー!」
「ちゅら……?」
薄暗い室内ではよくその物体が見えず、近づいて目を凝らしてみるとそれは恐らく――
「チェリム?」
チェリムといえば日差しが強いと花が開いたようなフォルムに変化するポケモンだ。だがこの薄暗い場所では当然だが閉じた状態である。
「ちゅら」
チェリムの説得?もあってかデンチュラはそのまま下がり、もう敵対してないかのような態度を見せる。
一方チェリムはというと俺が見ると照れたように物陰へと逃げ、しかしこちらをじっと見ている。というよりイヴと俺を見ているという方が近いだろうか。
「なんだかよくわかんねーですけどあの子のおかげで助かったみてーですね?」
「ああ、とりあえず一回出て……」
落としたポケフォンもあるしリコリスさんが心配しているかもしれない。と、入り口の方を向こうとして光が遮られた。
「お嬢様! ご無事ですか!」
なぜかわからないがケニスが入ってきてシアンを確認するなり安堵したように言う。
「やっぱり危険なことなどせず家に戻られたほうが――」
「おめーなんでここにいるですか。仕事は?」
「今は暇をいただいております! お嬢様の身に何かあったらと思うと――」
その瞬間、館の入り口が音を立てて閉じ、別に寒いわけでもないのにぞくぞくと寒気に襲われた。
どこからともなくうめき声ともささやき声ともつかない声が聞こえ、チェリムもびびってイヴに飛びついた。
「う゛ぁ゛あああああああああああああ!! ケニスが余計なことするからですよおおおおお!!」
「お、俺が何かしましたか!? というかここ、例の事故物件では――」
待て待てなんか不穏な単語が聞こえたぞ。
「事故物件? 何があったんだ?」
「それくらい自分で調べろ」
やっぱり俺こいつ嫌いだわ。
「いいからさっさと教えろですよ!」
「は、はい! ここは数年前に主人が乱心したらしく、使用人と家族を皆殺しにした後主人も自殺したと言われているいわくつきでして……」
完全にあかんやつじゃん……。
「それ以来、買い手もつかず、取り壊そうにも怪奇現象がたびたび確認されるとかで作業が進まないまま放置されているとか……おかげで野生のポケモンが住み着いてるという噂もあります」
デンチュラたちは恐らくそれだろう。一応デンチュラを見るとのんきにどこからかきのみを持ち出して食事をしていた。明らかに慣れている様子である。
一方チェリムはびくついており、その様子からしてチェリムはここの現象に慣れていないようだ。
「ふぃ?」
「ちぇりりりりり……」
イヴにくっついているチェリムはガタガタと震えている。とりあえずしまった扉をあけようと取っ手に手をかけようとした瞬間、ぬるりと違和感がして手を見ると薄暗い中でもはっきりとわかる血がべったりとついていた。
「うわあああああああああ!?」
思わず声をあげて腰を抜かしてしまうとシアンが連鎖のように鳴き声をあげ、ケニスも驚きはしたが冷静に「なんだ急に!」と怒ってくる。
「血、血が……」
「血だと? どこにあるっていうんだ」
手を見せようと手を示すが俺の手は特に汚れている様子はなく、自分でもあれ?と思うほど血の気配はない。幻覚、だとすると相当やばい気がする。
「ん? 立て付けが悪いのか?」
ケニスが扉を開けようと取っ手を掴んで動かそうとするがギッギッと音がするだけで開く気配がない。
シアンがシャモすけにしがみついて「おごごごごごご」と謎の鳴き声を出しているが全く笑えない。それくらい今の状況が本能的にやばいと察せられるからだ。
ふと、デンチュラたちががさごそとショップのビニール袋らしいものを漁っており、ちょっと見せてもらうと賞味期限的にも割とここ数日で買ったであろうことがわかる菓子パンや飲料がいくつか入っていた。
ポケモンの体にはあまりよくないと思うので代わりにきのみをあげたらデンチュラは上機嫌になり、袋はお前にやろうという感じでぽいっと投げつけてきた。
「なあ、これの持ち主は今ここにいるのか?」
真新しいことから少なくとも最近はいたはずだが今は怪奇現象以外は全く気配がわからない。するとデンチュラは顔を振って否定した。どうやらもういないみたいだ。調査内容としては早々に情報が手に入ったのでいいがここから出られるのだろうか……。
「どうせもう取り壊す予定の館だ。壊して出ればいいだろう」
そうケニスは自分のボールに手をかけるが不自然にボールが転がり落ちてしまい、しゃがんでそれを拾おうとしたケニスの上になぜか古びた壺が落ちてきた。間一髪のところで避けたものの、さっきまでなかった壺にぞっとしたケニスがさすがに言葉を失っており、シアンは今にも失神しそうだ。
「うーん……暗闇だから余計に状況がわからないな……あ、そうだ」
イヴにしがみついているチェリムに視線を合わせ、怯えるチェリムに声を掛ける。
「なあチェリム。ちょっと協力してほしいんだけどいいかな?」
体を傾けて不思議そうにしているチェリムはちょっと悩んだようだが頷いてくれる。
「にほんばれ、できないかな? できるならちょっとやってみてほしいんだ」
にほんばれやあまごいなどの天候を変化させる技は室内でも使用が可能だ。室内の場合は一時的にその場で擬似的な明かりや雲を作ることで行うようだが原理はこの際どうでもいい。にほんばれで室内を明るくすれば多少落ちつけるだろうと思ってのことだ。
チェリムはちょっと嫌そうにするがイヴも「ふぃ、ふぃー」と頼むように言う。すると渋々という様子だがぴょんっと飛び跳ねにほんばれを発動させた。それにより明るくなった場所で不自然なもやが見え、イヴがそこをはっぱカッターで攻撃するとゴースが姿を表してその場に倒れる。
「よし、犯人はこいつみたいだな」
デンチュラが眩しそうにしているのを横目に他に不自然なものはないか確認しつつ、ビニール袋以外にも人が出入りした真新しい形跡を発見した。
それは中身が空の瓶だった。しかしホコリを被っておらず、瓶も綺麗だ。割れてもいないし妙にこれだけ浮いている。
とりあえず確認はできたので用はなくなった。リコリスさんを呼ぶ必要もなかったようだし、さっさと外に出て――
「ちぇりっ!?」
突然にほんばれの効果が消え、館が再び暗闇に包まれるとカチャ、カチャと金属がこすれる不穏な音が響く。チェリムもにほんばれをやめたわけではないらしく困惑していた。
次いで、ぺた、ぺたと全員動いていないのに足音が聞こえ、思わず三人揃って身を寄せ合う。ゴースはまだ倒れているし他に別のポケモンがいるとしてもにほんばれを妨害するなんて上書きや無効でもないのに明らかにおかしい。
――ご、ろす
言い表せぬ不快感をともなう声。それはまるでヘドロでも喉にためこんでいるかのようで濁って重苦しい。
「ぎにゃああああああああああああああああ!!」
「お、お嬢様落ち着いてくださ――」
「呪われるですよおおおおおおおおおおおお!」
ちょっと待てシアンうるせえ何も聞こえない!
割と危機的状況なはずなのにシアンがうるさくて不安ばかり募り、ごくりと生唾を飲み込んだ瞬間、ひやりとしたものが首に触れた。
それは氷のように冷たい指。硬くじわじわと首を絞めようとするそれは声を出すことも許さない。
あ、やばい、本気で死ぬと一瞬意識が飛びかけたが、バァンという大きな音とともに俺の首を絞めていた何かが吹き飛ぶように消え、音の方を見ると外の光を背にのんびりとしたリコリスさんがこつこつと足音を立てて入ってきた。
「はぁ~い。悪い霊はどっこかっしら~」
救世主のようにしか思えない。頼もしいを通り越して崇拝しそうになる。完全に負ける気がしないという状態だ。
「あらぁ、逃げ足の早いこと」
楽しげに指を鳴らすとリコリスさんのシャンデラとジュペッタがぴょんぴょん飛び跳ね、シャンデラの炎が館を燃やすことなくあちこちに灯って中を明るくする。デンチュラが火にびびっているけどお前まだそこにいたのかよ。
ジュペッタは少し奥に行ったかと思うと「きしゃしゃしゃしゃ!」と喜ぶように声をあげて引き裂くように攻撃した。
「あ、もしかして視えない?」
「みえ……え?」
リコリスさんが言ったことが理解できずにジュペッタのいる場所とリコリスさんを交互に見るが何もわからず、リコリスさんが「気にしないでぇ」と微笑んだ。
「視えない方が幸せなこともあるものねぇ。さて、ずいぶんとたちの悪い悪霊みたいだしこれは強制除霊コースはいりまぁ~す」
「しゃー!」
「じゅあー!」
リコリスさんの合図とともに手持ちたちが返事をし、館のあちこちに散った炎がジュペッタの周りを囲ったかと思うとジュペッタが跳んで中央から抜け、代わりに炎はなにもないはずの場所に集って激しく燃えだす。
「あらぁ、ずいぶんと執念深いのねぇ。そんなに憎いのかしらぁ」
リコリスさんが炎へと近づき炎が消えると同時に虚空を掴んで床に叩きつけるように動く。全く何が起こっているのかわからないせいでリコリスさんの動きがパントマイムでもしているようだ。
「言い残すことがあれば聞いてあげるわよぉ。十秒ね。はーい、いーち、にーい、じゅう!」
何も言わせない勢いでその場を踏み抜くとしん、とした間がしばらく続き、振り返ったリコリスさんが妙に晴れやかな様子で言った。
「久しぶりに同情の余地がない悪霊だったから後腐れなく除霊できたわぁ」
この人だけ世界観が違う気がしてきた。
――――――――
とりあえず外に出て本格的に安堵するとイヴにくっついてチェリムも外までついてきた。でもどうやら恥ずかしがり屋なのか物陰に隠れるのは相変わらずだ。
それにしても和製ホラーゲームをやってると思ったらリコリスさんだけゾンビゲーでもしてるみたいなノリだった。完全にこれそういうゲームじゃねぇからってやつだ。いやとても助かったんだけどさ。
「そうだ、これ落としてたわよぉ。気をつけてねぇ」
「あ、すいません」
俺が落としたポケフォンを受け取り、結局デンチュラは何がしたかったのかよくわからないまま終わり、館をチラりと見る。一応事実確認はできたしもう除霊されたとはいえ中に入るのは抵抗があるのでこれ以上は関わりたくないが妙に気になる。
すると、ケニスの存在に気づいたリコリスさんがどこか嫌味っぽい声でケニスに言う。
「あらぁ! 誰かと思えばケニス坊っちゃんじゃないのぉ! というかまだ生きていたのねぇ」
「あ? なんだ年甲斐もなくふざけた格好をしてると思ったらお前根暗ブスか」
突然ですが現場の空気が最悪です。胃がきゅっとした。
「やだぁ、相変わらず口が悪いじゃないのぉ。そんなだから落ちぶれるってわかってないわけぇ?」
「お前こそいい大人の癖して前髪を伸ばしっぱなしとか恥ずかしくないのか。だいたいブスのくせによく人前に出歩けるなお前。ああ、だから前髪伸ばしてるんだったか……整形でもしたらどうだ?」
誰か助けてください。見るからにリコリスさんの機嫌が悪くなっていくのが肌で伝わってくる。表情こそ口元はにっこりとしているが目が見えないから恐ろしくて仕方ない。
シアンは「おぉう……」と微妙な顔で見守っている。わかる、間に入りたくないよな。でもお前くらいしかケニスを止められないぞ。
「あらあら、人の容姿を馬鹿にするなんて今どきスクールの子もしないっていうのにあんたいつまでお子様なのかしらぁ」
「女で見た目が悪いと人生大変そうだなって気を使って言ってるだけだが? つーかお前、その口調やめろよ。それユーキの真似だろ。死んだやつの猿真似して気持ち悪――」
最後まで言い終えることなく、ケニスの背後にシャンデラが現れて炎をちらつかせる。
「次ふざけたこと抜かしたら呪うわぁ。後悔する前に消えて?」
明らかに脅迫なのだが有無を言わせぬ迫力があり、ケニスもぐぬぬとシアンを一瞬ちら見はするものの引き下がり、町の方へと消えていく。
ほんとあいつなんでここに来たんだろうな。
「今回は間に合ったけどぉ、気をつけてねぇ。本当は私の除霊って高くつくのよぉ」
そういえば副業そういうこともしてるんだっけか。なんだか申し訳ないことをした。
「このお返しはそのうち……」
「出世払いってことにしておいてあげるわぁ。せっかくだし私もラバノに寄ってくわぁ。じゃあねぇ~」
そう言ってリコリスさんは足取り軽やかにラバノの町へと向かう。こう、リコリスさんはあんまり長々と関わらないこともあってかこういうところはさっぱりしてるなぁと改めて思う。
「とりあえずジムに戻るか……」
「ですよ……」
と、ジムに向かおうとして足元のチェリムがついてくるので歩みを止めてじっと見るが照れるように物陰に隠れてしまう。
しばらく何度かそのやり取りを繰り返し、空のボールを出してみる。とてとてと近づいてきたチェリムは自分からそのボールのスイッチを押して中に入り、またもまともに捕獲することなく新しい仲間が増えるのであった。