華やかなカフェやオシャレな店が立ち並ぶ花の街ラバノシティ。
芸術等の文化の著名人も多いことで有名であり、ジムリーダーがその最たる例だろう。アマリトでも屈指のスターであり、役者として大人気なアンリエッタによる広告がすぐに目に入った。
僅かな花の香りに誘われてかイヴがすぐにどこかへ行きそうになるのでボールにしまおうとしたら嫌がられたため抱えて町を見渡すとあちこちに花が咲いており、少し歩けば花畑や花壇が全く違う花を並べていた。
「ふぃーふぃー!」
「こらこら。とりあえずあとでちゃんと見て回るから」
今イヴを好きにさせたらポケセンにすら行けない気がする。それくらいイヴのテンションが高かった。
「とりあえずポケセンでいいんだよな?」
イオトが地図を確認しながら聞いてくるので頷こうとしてふと目に入った看板に「あっ」と声を漏らす。
シモエさんにもらったカードを思い出して服を見てみたくなったのだ。
「ちょっとあそこ寄っていこうぜ」
――――――――
広く綺麗な店内は店員さんの歓迎の声がよく通り、様々なコーナーに分かれている。
シモエさんにもらったカードのことを3人に説明するとシアンは「なんでボクにじゃないですかー」とぶつぶつ言い出すがいやお前別にトレーナーカード出せば最悪関係者ってわかるだろ。
「はー服ねぇ……」
「ま、俺は興味ねぇからそのへんで待ってるよ」
エミは興味はあるのか考えるような素振りを見せ、イオトはハナから興味がないという様子で隅の方にあるベンチに腰掛けた。マリルリさんはポケモン服コーナーに興味があるらしくイオトを置いて一匹で見に行ってしまい、俺とシアンもそれぞれ自分の着たい服を探しに向かう。
しかし服を選ぶとか意外と難しいな。サイズはともかくファッションセンスとか皆無なのでこれでいいのかと不安になってしまう。
「イヴー、どっちがいいと思う?」
悩んだものを両手にイヴに聞くと前足でこっち、と示され試着をしてみるがどうもしっくりこない。
なんか、見た目は好きだけど自分に致命的に合わないんだよなぁ。
「ヒロ君決まったですかー?」
「シアンはもう決まったのか?」
すでにカゴに服が入ってるようでその決断の速さは尊敬できる。
「なんだったらサイズないやつでも同じやつ頼んどけばいいじゃねーですか」
「あーそれも有りか」
デザインは好きだがちょうど自分が着れないサイズの服を見つけていた。大きめのサイズを試着して悪くなさそうなのでワンサイズ小さめのを店員さんに確認してもらい、少し時間はかかるが取り寄せてもらえることとなった。
「まあ急ぎの買い物じゃないしさすがに滞在中に届くだろ」
「ですよー。ってえっちゃんまだあっちは悩んでるみてーですね」
エミもエミでサイズが合わないのか渋い顔をしており、ため息を吐いて眉根を寄せた。
「僕はいいや。また別の店行ったときでも買うよ」
ちょっと期待していたのか落胆の色が見て取れる。だがこの町意外にも店はあるしそのうち好みも見つかるだろう。
「じゃああとポケモン服コーナー見て……」
マリルリさんと合流しようとしてなにか黒い塊がこちらに迫ってくることに気づいてとっさに避けようとする。しかし、狙いは俺たちではなく足元のイヴだったらしく、イヴがびっくりしたような鳴き声をあげた。
「大丈夫か!?」
店の中でバトルを仕掛けてくるやつなんているはずないと思って油断していた。
わずかにざわつく店内。こちらに注目が集まる中、その黒い塊を目で追うとそれはすぐにわかった。
イヴの毛をわずかにだが奪ったのは見るからにおとぎ話なんかに出てきそうな魔女の格好をした女。正確にはその女が連れているヤミカラスだった。
「はーラーベちゃんいい子ね~」
ヤミカラスのくちばしにイヴの毛が咥えられており、それを受け取った魔女のような女に声を張り上げる。
「なにすんだ!」
「ちょうどリーフィアの毛ほしかったところなのよ。にしても……この匂いからしてまだ若いリーフィアみたいね」
そんなことはどうでもいい。バトルでもないのにいきなり襲ってきて毛を毟るなんて失礼どころの騒ぎではない。イヴも威嚇しており、相当怒っている。
「だいたいなんだよそのコスプレ!」
「ヒロ君、あれは――」
シアンは知っているのか何か言いかけたところで魔女が偉そうに胸を張った。
「アタシは偉大なるポケモン魔法の後継者にして未来の大魔女サーラ様よ! ま、せいぜい観光を楽しむことね! チュース!」
店員が駆けつけたところで魔女は退散し、困ったような顔の店員さんが頭を下げた。
「もうしわけありませんお客様。お怪我はございませんか?」
「手持ちが毛を毟られました……」
イヴがぺろぺろとその部分を舐めている。すぐに元に戻るだろうがやっぱり嫌そうだ。
「シアン、あれ知ってんの?」
エミがなにか知ってそうなシアンに聞くとシアンがこくこくとうなずく。
「ありゃラバノの住民ならたいていは知ってるやつですよ。マジもんの魔女の末裔、ポケモン魔法を使うラバノの黒魔女サーラです。しょっちゅうポケモンの毛やら爪やらを求めて人に迷惑かけるようなやつですが一応ラバノの役にも立ってるんでギリギリ見逃されてる災害みてーなやつです」
「迷惑すぎるだろ」
「一応、住人は慣れたのか言ってくれたらポケモンの素材をくれるけど旅人にはまだああいうことしてるみてーです」
イヴを撫でながら話を聞いてるがそれでもやっぱり迷惑なやつだなぁとしか思えない。だいたいポケモンの素材とか集めて何してんだ。
「どうやら人間をポケモンにしたりする研究とかしてるって聞いたことあるですよ」
「最高じゃないか」
思わず本音が漏れた。イヴがぺしぺしと叩いてくるが許してくれ。ポケモンになれるって最高じゃん。俺もポケモンになりた――うっ、イーブイ、夢……頭が……。
「あとポケモンを人間にするとか」
「クソ野郎だな。さっさと捕まるべき」
また本音が漏れてしまった。いや人間がポケモンになるのはいいけど逆は論外。手持ちがまた人間になったら俺は死ぬしかない。イヴ……人間……うっ、また頭が。
話が逸れたがシアンの服を購入し、ポケモンセンターへ向かおうとして会計をしていた店員さんが親しげに声をかけてくる。
「もしかしてジム挑戦しにきたトレーナーさんですか?」
「あ、はいまあ一応」
こうなったらジム制覇したいしなぁ。今度はまともなジムリーダーでありますようにと願わずにはいられない。
「もうすぐ華祭りの期間に入るから先に予約だけでも入れておいたほうがいいですよ」
「華祭り?」
店員さんとシアン曰く、ラバノの毎年行われるイベントでアマリト三大祭りとも呼ばれているらしい。そのおかげが観光客も増え、ジムにトレーナーが殺到するあまり予約もいっぱいになってしまうとか。
「そういえばもうそんな時期でしたね。ボクとしてはあんまり関係ねーですが数日かけてのイベントになるからめっちゃ人が来るですよ。ホテルの予約もすぐ埋まっちまうです」
ポケセンの宿大丈夫かな。とりあえずこの後はポケセンで部屋を借りた後ジムに予約だけしに行くという感じにしておこう。
イヴはまだ毟られた部分が気になるのかむすっとしている。あとでおやつで元気をだしてくれるといいんだが。
――――――――
その後、ポケセンで宿を取り、俺だけジムへと向かうと予想より人がたくさんいて、俺の番になるころには人がすっかりいなくなっていた。ちょうどピークに遭遇したらしい。横にイヴもいるが草タイプのジムだからかしっぽをぶんぶん振って興味を示している。
「はーい、予約でいいですか?」
少し疲れた様子のいかにも秘書さんという雰囲気の女性が対応してくれる。
「申し訳ないんですが……次予約入れられるのはだいぶ先になりそうです。それでもよろしいですか?」
「ちなみにどれくらいですか?」
「うまく回れば一ヶ月以内には……順番が早くなった場合も含めてこちらから連絡します」
華祭り効果恐るべし。本当に先までみっちり埋まってるみたいだ。
「華祭りになると更に予約が増えるんですよね……普段はもう少し余裕があるんですが」
「大変ですね……」
ジムリーダーのアンリエッタさんは役者業もあってかかなり忙しいらしく、予約が基本なのだがこの期間だけは役者業も休んでジムリーダーとして対応しているらしい。ジムトレも忙しなく、たまに視界の端にパタパタと走り去っていく姿が見えた。
「では、日程が早まったら連絡しますので。キャンセルなどはジムへの電話でも可能ですのでその場合は私、担当者のリーホを呼んでください。他に何かありますか?」
リーホさんというのか。とりあえずジムについて不明なことはないのだが少し気になることがあったので聞いてみることにする。
「さっき魔女を名乗る不審者に手持ちが襲われたんですけど……」
するとリーホさんは先程までとはうってかわって嫌そうな顔を浮かべた。
「はあ……またあの馬鹿魔女は……わかりました。ご報告感謝します。ジムリーダーからも彼女に注意するよう伝えますので」
リーホさんは疲れた様子でため息をつき、手元のボードを見て眉間のシワをほぐす。
「あの馬鹿魔女……ただでさえ忙しいときに余計なことを……」
「……大丈夫ですか?」
「あ、いえすいません。ちょっと立て込んでまして……」
ジムトレもばたついているしもしかしてジム挑戦者だけじゃない何かがあるんだろうか。
「何か協力できることがあったら手伝いますよ。どうせ俺、ジムに挑戦するまでは滞在しますし」
協力することで挑戦が早まるならそれに越したことはない。多分観光だけだと一ヶ月近くは暇になりそうだし。
「…………いいんですか? 確かにニャースの手も借りたいですけど……」
「まあもちろん俺にはそんな実力はないんですけどツレがそこそこ強いのもいますし」
しれっとイオトとエミを巻き込んだけどどうせあいつらまたどっかぶらぶらするだけだろうしちょっとは俺のジム巡りに協力しろっての。
「じゃあ、依頼という形でちょっとした案件のお手伝いお願いできますか? もちろん報酬は出します」
まさかの報酬つき。ジムからの依頼なら無茶なものはないだろうし安心だ。
「あ、はい。でも一応仲間に確認取るので明日からでもいいですか」
「わかりました。では明日こちらから連絡します。ノクタス、右から3つ目のダンボール持ってきて」
後ろの控えからぬっとノクタスがダンボールを抱えて現れる。ダンボールにいっぱいの書類の束に思わず言葉を失った。まさかこれ全部依頼……?
「先日からどうも町全域にいたずらが多発していまして……そのせいであちこちからジムになんとかしてくれと嘆願書や依頼が届くのです。しかしジムリーダーは他の業務で忙しいのでジムトレがなんとか順番に対応してたのです。……全く、ジムはなんでも屋じゃないっての……」
後半ブツブツと小声で何か言っていたが聞こえず、書類の束から一枚抜き取った。
「だいたいは落書きだらけの壁をなんとかしてくれとかオブジェが移動していて元の位置にしてくれとかそういうのも多いですけど野生のポケモンとバトルするかもしれない案件もあります。バトルによって怪我するかもしれませんがそれでも受けてくれますか?」
「大丈夫です! 骨折するような怪我じゃなければ」
「そんな大怪我、するわけないでしょう」
ははは、と乾いた両者の笑い声が響く。
――その時リーホは「そういえばコハクさんがそんな事件起こしたとか聞いたような」と考えていたがそんな偶然あるわけないと決めつけて口にはしなかった。
ジムを出て、ちょっとしたバイトにもなるしうまく行けばバトルの経験にもなるジムからの依頼をゲットしたおかげで気分がいい。
依頼をやってその合間に例の博士のところにも行かないとなと考えポケセンへと向かおうとすると横から来た人物とぶつかってしまい、相手に尻餅をつかせてしまう。
「すいません大丈夫ですか?」
「いてて……だ、だいじょうぶ……」
ぐるぐる眼鏡の女の子が顔をあげ、ハッとしたように立ち上がる。あれ、なんかどこかで見たことあるような……。
「怪我してないか?」
「へ、平気……い、急いでるので……」
足早に去っていった小柄な少女の後ろ姿を見えなくなるまで見ていたがどうも思い出せない。なんか会ったことあったような気がするけど自分の記憶ほど信用出来ないものはないのでとりあえず町にいたらまた会うかもしれないと楽観視してポケセンへと戻るのであった。