シアンとアキコさんの戦いは最初から苦しいものだった。シアンはシャモすけで迎え撃とうとしたのだがアキコさんは手持ちを読んでいたかのようにキュウコンを出して対応してくる。炎技は使えないので格闘技に頼るのだがキュウコンの動きはあざ笑うようにシャモすけの攻撃をかわしていく。
たとえ数で有利でもこのままだとジリ貧だ。
「シャモす――」
「無駄言うとるのにお嬢様もしつこいですねぇ」
キュウコンのじんつうりきでシャモすけがダメージを負う。シアンの手持ちに相性がいいポケモンはいない。手っ取り早いのはトレーナーであるアキコさんを狙うという手だが――
「それはこっちも同じこと!」
読んでいるかのようにアキコさんはキュウコンにシアンを狙うように指示し、シャモすけがシアンを抱えて飛び退いた。危うく一本取られるところだったがシャモすけのおかげで難を逃れる。
「っ……!」
動き回る上にフィールドにほのおタイプ二匹だからだろうか。シアンはいつもより汗をかいて呼吸がわずかに乱れている。
「そうやって目先のことしか見とらんからお嬢様、クルマユにも舐められとるんですよ」
どこか呆れるアキコさんの声音にシアンははっとし、ケイにも言われたクルみのことを思い出す。
クルみは確かにクルマユのままだとは気になっていたがレベルが足りないかなつき度の問題だとばかり思っていた。だが舐められているというのはいまいちよくわからない。
「お嬢様のクルマユ、かわらずのいしの欠片なんてもん隠し持っとりますさかい。まあよおやりますわ」
マジで? イオトとエミに知ってた?と視線を向けてみると二人とも「知ってた」みたいな顔をして頷いている。気づいていなかったのは俺とシアンだけだったらしい。
「手持ちの隠し事にも気づかないお嬢様をお外に出そうなんてそんな怖いことできまへんわぁ」
確かに一理あると言うか、それは俺にもちょっと刺さるので胃が痛い。ただ俺と違ってシアンはトレーナーであり主人だからそれに気づくべきだろうという指摘が一番刺さっていることだろう。ていうかイオトやエミでも気づけるんだからそれこそ注意してれば気づけるような範囲なんだろう。
「バカにしてるのとちゃいますよ? お嬢様、相変わらず周りを見てないといいますか、自分本位すぎるんんとちゃいますか? 昔っから口をすっぱくして言うてはるのに結局治らんさかい、ウチらも気が休まりませんわぁ」
嫌味っぽいものの的を射た指摘というか割と正論な気がして俺らも思わず「あー……」と声が漏れた。
そしてシアンは歯を食いしばり、強く拳を握る。
「お嬢様のことが憎くて言うとるわけじゃないですよ? お嬢様が外で危ない目におうたらと――」
「言いてぇことはそれだけですか!」
シアンが力強い声だ叫ぶとともにシャモすけの力を借りて大きく跳んだ。
シアンの着地を狙おうとするキュウコンをシャモすけが抑え、アキコさんへの一撃がシアンの拳によって向けられた。ギリギリ、審判によってはアウト判定かもしれないほどのギリギリでアキコさんはそれを躱し、なんとか距離を取った。
「相変わらず無茶なことを――」
「ボクが強くなればいいってことですよ! クルみが進化したくないならそれはそれ! バトルが嫌っていうならボクやシャモすけたちがいるです!」
ある意味真っ向から正道とはかけ離れた宣言だ。そういう意図で言ったわけではないだろうにシアンは自分がやるから問題ないなどと言う。
「これがボクなりのトレーナーとしての責任ってやつですよ!」
その言葉をどう受け取ったのかシアンの両親は二人してはあ、とわざとらしくため息をつく。
「くっ――」
「シャモすけぇ!」
地面を蹴って砂埃を舞わせ、シャモすけはキュウコンの後ろのアキコさんへと突っ込む。
キュウコンのガードをすり抜けたシャモすけだが尾が行く手を阻み、ひるんだその瞬間、シャモすけは何かを確信したように笑った。
シャモすけの突撃で意識をそらし、シアンが恐ろしいほどの速度でアキコさんに迫り、誰のものだかはわからないが息を呑む音が聞こえた。
シアンの手刀はアキコさんに届いており、一瞬の静寂の後にシアンの勝利を告げる声がしてシアンが勝者の勝鬨をあげた
「ボクの勝ち、ですよ!」
言ってしまえば思っていたよりあっさりと、呆気なく終わりほっとする。
これで負けて駄々こねが始まったりしたらどうしょうと少し思っていただけに危ないながらも勝利を勝ち取ったのは素直に感心した。
……一瞬、アキコさんの挑発はもしかしてわざとなのではないかとも思ったがそれは勝敗に水を差すだけなので考えるのはやめにしておこう。
「どーですよママ! やってやったです!」
「……はあ、年頃の娘がそんなみっともない格好になって少しは羞恥というものがないのかしら、あなたは」
シアンの服は砂埃や煤で汚れており、確かに楚々としたご令嬢といった感じからは程遠いだろう。
「でも、あなたはそういうのも含めて楽しいというのね」
「はいですよ!」
シャモすけとハイタッチしたシアンを見てシモエさんは何度目かもわからぬため息をはきつつ「やっぱり私の子ね」と苦笑した。
「いいでしょう。シアン、彼らと旅をするのを認めます。ただし、ちゃんと定期的に連絡を入れなさい。それができなかったら今度こそ引きずってでも連れ帰りますからね!」
「任せろです! 写真付きで近況送ってやるですよ!」
微笑ましい親子のやり取りを後ろのメイドさんたちがよかったですねお嬢様と祝福している一方でぐぬぬと不満そうなケニスが後ろで歯噛みしている。
「ところでケニス。扉の修理代は君の給金から引いておくからね」
ずっとニコニコしていたハクロさんが急にすっとと穏やかだが突き刺さるようなハッキリとした声量で言い放つ。
あれ、もしかしてこの人全部倉庫の件を把握してる……?
「なん、のことでしょうか……」
「悪いけど、一応私も家のことは把握してるのでね。ユーリ君に請求してもよかったんだが、少しは君にも反省してもらわないと」
えっ、怖い。まだなんも言ってないのにユーリさんのことも把握してるんだけどどこで見てたの。監視カメラとかあったにしてもここにずっといたからハクロさんは見てないはずなのに。
「だ――」
「いい加減甘やかしすぎたしシアンも正式に旅に出る。君も少しは自立を考えなさい。急に放り出したりはしないから」
さーっと青ざめていくケニスをよそに、シアンは得意げに俺らに胸を張る。
「ボクだってやってやったですよ! 3人共協力ありがとうです!」
「おー、ちょっと不安だったけど」
「まあいいんじゃない?」
イオトもエミもぼちぼちだと評価しつつハイタッチをし、最後にシアンは俺に手を向けた。
「これからもよろしくです!」
「はいはい」
パンッとハイタッチの音とともにまた騒がしい旅路を思いながら、なんだかんだで4人旅を楽しんでいる自分に気づいて苦笑した。
――――――――
「くーるみ」
シアンは自室でクルみと向き合っていた。クルミはおずおずとかわらずのいしの欠片を差し出しながらしょぼくれている。
しかしシアンはクルみにその石を押し返した。
「別に持ってていいですよ。ちゃんと確認してなかったボクがわりぃだけです」
クルみの真意がわからないシアンは、少なくとも進化をしたくないということだけ汲み取ってクルみをまっすぐ見る。
「別に進化しなくたっていいんですよ。クルみはそのままでもボクの大事な手持ちに変わりはねぇですから」
進化をしないことを否定せず、あくまで選ぶのはクルみと言って指先で頭をなでた。
「戦いたくねぇっていうんならボクががんばるです。進化したくねぇっていうんならそのままでいればいいです。だから、隠しごとはしないでほしいですよ」
クルみはこくりと頷いてシアンの指にすり寄った。
かわらずのいしはしっかりと持ち、今後なにか心境の変化があったとしてもそれはきっとクルみが選ぶこと。
シアンなりの誠実な向き合い方に、クルみはどこか前よりも更に信頼を向けていた。
――――――――
今夜は泊まらせてもらい、明日ラバノシティへと向かうことになった俺たち。
食事のあとに風呂を借りようとしたらシモエさんに呼び止められ、廊下で言葉を交わす。
「この度は、ほんとお手数おかけします。ケニスもなんやしてたみたいですし」
「ああ、まあ……」
その件に関しては色々とどうかと思うのでしっかり対処してほしいです。そして絶対あいつには関わらねぇ。
「ま、それはそれとしまして、うちの娘は少し抜けててトラブルばかり引き起こして清楚さの欠片もない脳みそまで筋繊維でできているようなモモン娘ですが――」
「厳しすぎませんか?」
ちょっと辛辣すぎて思わずシアンに同情した。
「私達の愛娘。どうかよろしくお願いしますね。あの子が外の世界で友達と見識を深めること、不安もありますが親として応援すると決めた以上は野暮なことは言いません」
シモエさんの少し寂しそうな笑顔。やっぱり一時的とは言え親元を離れる娘のことを考えると寂しいのだろうか。
ちゃんと旅を支援するならば多すぎず少なすぎず資金をシアンに与え、有事の際はいくらか出してくれるらしく、やっぱりこれくらいしないと旅に出すのは不安なんだろうなぁというのが見えた。なんだかんだで娘に甘いのが隠しきれないシモエさんである。
「ああそれと、これは個人的なものですが――」
突然手を取られて何かを握らされ、視線を手へ向けると白と黒、いやよく見たら何やら箔押しされていて高級感があるカードを持たされていた。裏を見てもぱっと見何のカードかわからず、一瞬困惑した。
「これは我が社の系列店でしたらどこでも使えるので少しでもお役立てください。これを見せればこちらで支払いしますので。ついでに、あの子も年頃の娘ですからそれとなく身だしなみを気にするように仕向けたりしてくれるとありがたいです」
アマリトでほぼどの街にもあるような服飾ブランドの服をいつでも100%OFFで買えるカードを手に入れたぞ!
いや、なんつーもん渡してるんだこの人。たしかに多額の現金もたせるわけにもいかないだろうし、このカードだけだとなんのカードかわからないから盗まれても被害はないだろうがシアン本人に持たせたほうがいいのでは?
「あの子よりヒロさんのほうが物入りかと思いまして。まあ、あまり遠慮はなさらず好きにお使いください。それに――」
「それに?」
「私、イオトさんとエミさんに関してはあまり信用していませんので」
なぜか俺のことではないのにぎくりとした。イオトの素行の悪さがまっさきに浮かんだが多分それではなさそうだ。ふたりともよくどっかいなくなるし、心当たりがないとは言えない。
「なぜですか?」
「ま、古い言い方ですが女の勘……ですね。商売をやる以上、信用できる相手の見極めはできているつもりですので」
女の勘だけなので確固たる何かがあるわけではないようだがちょっと不安になる。本当にあの二人大丈夫なんだろうか。
「ともかく、私の連絡先も渡しておきますので、なにかありましたらお願いします」
今度は名刺の方を渡され、こちらには個人用の番号だろうか? 手書きの数字が下の方に小さく書いてあった。
――本当に、本当にこの旅って大丈夫だよな?
やや素性や行動の怪しいイオトとエミ。改めて人に言われると妙に気になってくる。
「……まあ、なんとかなる、よな……?」
――――――――
次の日、メイドたちはヒロ一行が出立するのを見届け、いつも通りの仕事をしながら他愛もない話をしていた。
「そういえばケニスのやつ、見送りにいなかったね」
「あ……そういえば……」
ナツエとハルナがケニスのことを思い出し、フユミが関心の薄そうな冷めた声で言う。
「今日、朝からあいつ見てない」
「ああ、ケニスやったら旦那様に今後のために少し長めの暇をもろとったで」
今後のためと聞いてナツエは満面の笑みを浮かべる。
「あいつようやく自立する気になったってこと? やったー! なんだろ、資格とか取るつもりかな!」
「バトルの修行でもする、とか?」
「まあなんにせよ、今よりは悪くならないでしょ」
「せやったらええね」
談笑しつつも仕事をこなす彼女たちはシアンから今後くるであろう定期連絡を楽しみにし、ケニスのことは早々に頭から消え去るのであった。
――――――――
ようやくシアンの案件も終え、ついにラバノシティへと歩みを進める。近づくにつれヒナガリにも負けず劣らずな都会ぶりに思わずすげーという声が漏れる。
イヴはなんだかそわそわしながら我先にと先行し、マリルリさんはメイドさんにもらったらしきお菓子をもぐもぐしながらイオトの横を歩いていた。
「なんかイヴがやけに元気だな」
「ラバノシティだからだろ」
当たり前のようにイオトが言い、俺が何のことかわからず首をかしげるとエミがサーナイトにポケフォンを預けながら言った。
「花と芸術の街。都会でありながらも自然を大事にした美しい景観で有名なラバノシティだからね。行く先々どこにでも草花があるってレベルだから草タイプははしゃぐの多いらしいよ」
そういえばジムリーダーも草タイプだしな。
イヴが色々楽しめる場所もあるかもしれないし、寄らないといけない場所もある。ラバノでの滞在は長くなりそうだな。そんな予感がした。