あの後、イオトとエミがなぜか同室で俺だけ個室だったことから自分たちも個室がいいと言い出した二人とメイドさんたちのやりとりがあったがその程度で早めに休ませてもらい、爽やかな目覚めを迎える。
まだ眠いのかイヴがうとうとしながらついてくると、どこからともなくケーシィが現れて驚かせるだけ驚かせて消えてしまった。屋敷のポケモンだろうか?
「あれ、ヒロ君どうしたですよ」
イヴがびっくりしているのを抱えていると既に着替えているシアンがこてんと首を傾げる。
「いや、今ケーシィがイヴを脅かしたんだけど誰かのポケモン?」
「ああ、うちに住み着いてるけーたろですね。飼っているわけではねぇですが何年も前からたまに餌もらいにきてる子です」
実質野生のようなものか。放し飼いに似たなにかを感じるけどこの辺難しいラインだな。定義としてはボールに入ったという時点で野生から飼いポケになるみたいだがボールに入ったことなく、人と生活しているポケモンは野生のままなので他の誰かに捕獲されたりある日突然消えても手がかりがなくなるだけだ。
「ていうか、遊びに来てたんですね。てっきり完全に追っ払われたかと思ってたです」
「ああ、野生だから?」
「いや実は、家出するときにあの子のテレポートで適当に飛ばしてもらったんで、それが理由で使用人たちに追い出されてねーかなと」
そんなの絶対追い出されてもおかしくねぇなほんと。ていうかシアンがなんでワコブ方面にいたのかってそれが理由だったのかよ。あぶねぇな。
「いやー、どこに飛ぶかと思ってましたけどちゃんと陸地でよかったですよ」
「お前が周りから心配されるのは当たり前だし、本当に無茶なことするなよ」
もし自分の子供がこんなだったら心配してしまう。俺だってそうなる。
「ご飯食べたらバトルですけど大丈夫です?」
「まあなんとかなるだろ」
自信過剰ではないが俺だってジム4つはクリアしているし、弱くはない部類だと思いたい。
むしろファイトルールでメイドさんたちが危ないんじゃないか?
「でもナツエは一番体術が優れてるですし、フユミは一番ポケモンバトルが上手ですよ。ちなみに全員ラバノのジムトレ経験者です」
「そういうことはもっと早く知りたかったな……」
そういえばケニスを抑えてたのナツエさんだもんな……ナツエさんに当たらないことだけを願おう。
「まあ一番やべーのはハルナですけどね。でも僕が一番相手にしたくないのはアキコですよ」
「その二人は何が得意なんだ?」
「ハルは……いや、まあ見ればわかるというか説明が難しいです」
なにそれ不安なんだけど。
「アキコはあれです。精神攻撃仕掛けてくるです。トレーナーの集中力を乱すやらしー戦法が得意で何より頭がいいです」
へぇー、まあリーダーっぽいし頭がキレそうなのはなんとなくわかる。ていうかハルナさんは何があるんだよ。めちゃくちゃ不安だよ。
「お嬢様! お嬢様ー!」
この後のバトルのことを話していると朝っぱらからやかましいケニスの声が耳に刺さって軽いストレスだ。正直、俺もこいつは苦手というか下手するとコハクよりも面倒な気がする。コハクって実力はあるし俺にきついけど周りには頼られるような人間だし。
「お嬢様! こちらでしたか! こんなのを相手にしてはいけませんよ!」
「おめーいい加減うぜぇですよ」
「俺はお嬢様のことを思って――」
「うーるーせーです! あんまり調子乗ってるとボクだって堪忍袋の緒が切れるです」
本気のシアンの苛立った声にケニスはうっ、と後ずさり、シアンは俺の背後に隠れてあっかんべーをしだす。やってることは子供染みているがなんだろう、このなんとも言えない真剣味。そのまま俺の手を引いてケニスからさっさと離れようとし、俺はちょっと気まずい中シアンに引っ張られた。
ちらりと、後ろを見るとケニスが尋常じゃないくらい据わった目で俺を睨んでいた。
――――――――
その後、朝食を終え、バトルができそうな裏庭に案内され、シアンの両親、メイドさんたち、ついでにケニスが揃う中、俺たちは手持ちが入ったボールを見て気合を入れ直す。
「それでは、お相手を決めましょう」
シモエさんが扇で口元を隠しながら巻物を取り出し、ハクロさんがそれを受け取って広げて俺たちに見せた。どうやらあみだくじのようで、線は引かれているが4つの空欄と、巻物で線の先は隠されている。
「さ、選んでおくれ」
正直誰が当たっても大差ないイオトとエミは俺とシアンに比べてなんでもいいのか俺たちに選ぶ権利を譲ってくれる。そりゃまあ余裕なんだろうなぁ。
まあ俺も選んだところでメイドさんたちのバトルなんて見たこともないので相性がいい相手が当たることを祈るしかない。適当に選び、シアンが選んだのを見てイオトとエミも決め打った。
「それでは――組み合わせを読み上げようか」
ハクロさんが読み上げた対戦カードは次の通りだ。
・ハルナVSエミ
・ナツエVSヒロ
・フユミVSイオト
・アキエVSシアン
うっわよりにもよってナツエさんに当たった。まあでもなんとかなるよな……?
勝敗の数ではなく、負けた時点でこちらは敗北なのでプレッシャーがかかる。が、エミもイオトも平気そうな顔で対戦相手の方を見て「昨日のケニスよりは楽しめそう」と言いたげな顔をしていた。
ルールというほどのルールはないがファイトルールなので相手に一本、つまりトレーナーに一撃与えるか手持ちを全滅させるかすればいい。ついでに、ないとは思うがバトルを放棄した場合はその時点で敗北だ。
さて、一戦目はハルナさんとエミのバトルだ。ファイトルールでエミが負けるなんて万が一にもないだろう。
バトルに出す予定のポケモンを回復装置に一旦預け、これで準備は完璧だ。
次の対戦は俺の予定だし、始まる前に用を足しておこう。
「俺ちょっとトイレ行ってくるな」
「誰かつけましょうか?」
アキエさんが聞いてくるがトイレくらいでわざわざメイドさんについてもらうのも気恥ずかしいし、どこにあるかもわかっているので必要ないですとだけ答えて立ち上がる。
イヴもついていこうか?という顔をしていたがその必要もないと頭をなでて足早にその場を離れた。
トイレを済ませ、裏庭に戻ろうとしていると鳴き声が聞こえてきょろきょろとあたりを見渡すとレパルダスが切なそうに庭で臥せっていた。昨日見たケニスの手持ちだろうか?
「どうした? 大丈夫か?」
潤んだ目のレパルダスが前足で何かを指してよたよたと歩く。まるで案内しているみたいでまさか侵入者でもいるのか?と警戒してレパルダスについていくとそこは石造りの倉庫らしき場所。扉は開いているが
中は薄暗くて人や生き物の気配がまるでない。何かが潜んでいるようにも思えなかった。
「ここがどうし――」
中に一歩足を踏み入れるとがたん、という大きな音とともに入ってきた扉が閉まり、一気に暗闇に取り残され、慌てて扉を開けようとしたが既に鍵が閉まっているのかびくともしない。
「おい! 嘘だろ!? おい!」
ドンドンと扉を強く叩くも返事はなく、無情にも完全に閉じられたであろう扉を破ろうと体当たりするがびくともしない。ポケフォンで助けを呼ぼうと慌てながらも冷静に取り出してまずイオトに通話をかけるが応答がない。次にシアンにかけたがこいつ電源切ってやがる。間が悪すぎるだろ。エミは……エミは本人が端末の扱いが壊滅的にひどいから不安しかないがかけてみるが出ない。おそらくバトルが始まっているのだろう。仕方ないからメールで全員に送っておこう。あと誰かに助けを求めるとしたら――
連絡先一覧にある名前に目を通すと皆ジムリーダーとかすぐに来れそうにない面々しか相手がいなくて頭を抱えた。交友関係が狭い。しかも冷静に考えると一般人が勝手にここに入れるはずがねぇ。
手持ちは回復装置に預けっぱなしだしこのまま気づかれないとマジでやばい。最悪逃げたと見なされてしまう。というか絶対ケニスの仕業だろうしそれが目的か。
頼むから早く誰でもいいから気づいてくれ。3人がメールか着信に気づいてくれることだけを願いながら自力で出られないか暗闇をポケフォンの灯りを頼りに出口を探し始めた。
――――――――
ヒロが戻る前にハルナとエミのバトルは始まった。
まずハルナが繰り出したのは春の姿のメブキジカだ。季節に応じて姿に変化があるポケモンだが今は春というわけでもないのに花を咲かしている。
エミが出したのはウインディだ。相性面では問題なく、そのまま有利で押し切ろうとするが――
「メブキジカ! でんじは!」
でんじはによってウインディの動きが遅れ、痺れて技が不発に終わった瞬間、メブキジカは持っていたきのみを出してウインディへと攻撃を仕掛ける。
「しぜんのめぐみ!」
ズアのみで発揮された地面タイプの攻撃はウインディに直撃する。大きく後ずさった体が踏みとどまりながら喉の奥で唸り声をあげた。
「あっぶねー……」
レベル差がなければ押し切られていただろう。エミは薄く笑いながら前に飛び出た。ファイトルールにおいてポケモンより前に出ることは相当の自信がなければできない行為とされており、ハルナはそれを見て歯ぎしりする。
「わだすを! 舐めるでねぇ!」
口調が乱れたハルナが更にすてみタックルでウインディを狙う。が、エミを無視したことにより、トレーナーであるにも関わらずエミはそのメブキジカとすれ違うようにハルナ本人へと駆け寄り、ハルナがハッとする。
「取った――!」
トレーナーに一撃食らわせればその瞬間勝利確定。だから当然手持ちから離れすぎないのが鉄則だ。こと、ファイトルールににおいてトレーナーが生命線であり、ポケモンを捨て駒にするのは常軌を逸している。
ハルナは為す術もなくエミからの直接攻撃を食らうかと思われた。
――そう思ったのはイオトとエミだけである。
「もらったァ!」
エミの一撃をなんなく躱し、メブキジカを戻したハルナは至近距離でトリミアンを出してみせる。
「まずっ――」
ウインディがしんそくでエミの首根っこをくわえて後退させ一撃を食らうことはなかったが危うく一本取られる瀬戸際であり、まだ有利は決まっていない。
トリミアンの姿はいわゆるマダムカットと呼ばれる出で立ちでその気品ある姿が咆哮してウインディが強制的にボールへと戻される。ほえるによって引きずり出されたのはパチリスだ。びっくりしたようにわたわたと慌てており、対峙するトリミアンを見て「ぱちー!?」と悲鳴を上げた。
「チッ、仕留め損なった」
ハルナのあまりのキャラの変貌ぶりにエミも困惑しながらパチリスとともに後ろに下がる。知っているハルナといえばおどおどとした気弱そうな人物だが……。
「ハルナはバトルでテンション上がると凶暴になるですよ。手段を選ばなくなるんで普段はバトル禁止にしてるです」
首を傾げていたイオトやマリルリさんに説明するようにシアンが落ち着いて言う。それを遠くで聞いたエミは限度があるだろと突っ込みながらパチリスに耳打ちする。
「トリミアン! とっしん!」
トリミアンに突撃され逃げ惑うパチリスは苦し紛れのように電気の粒子を撒きながらあちこち移動し、トリミアンがダメージこそ負わないがちょこまか移動するパチリスに苛ついている。
「ちょこまかと! トリミアン、おんがえし!」
フィールドの端に追い込まれたパチリスはトリミアンにしっかりと補足され、壁に押さえつけられる形となる。直撃した攻撃でパチリスを倒したとハルナは確信した。
「うん、まあ今のは結構いい感じの攻撃だったね。効いてれば」
エミの発言でハルナはよくパチリスを見る。するとさっきまでの困惑した小動物じみた顔ではなく、まさに性格の悪さがよくわかる具合のゲス顔で頬を擦り付けていた。
「僕のパチリスはどうも僕に似たのか他人を小馬鹿にするやつでね」
ほっぺすりすりの効果により痺れたトリミアン。パチリスはそんな動きづらいトリミアンの背に乗ってぴったりとくっつくと最高に意地の悪い顔で元気さをアピールする。
「なん、で――あっ、さっきの!」
パチリスのばらまいていた粒子の正体に気づいたハルナはボールにトリミアンを戻そうとするが時既に遅く、パチリスのかみなりがパチリスごとトリミアンを直撃し、目を回したトリミアンを即座にハルナはボールに戻してチェリムを繰り出してきた。
「んあ? なんでパチリスが無傷なんです?」
見ていてよくわからなかったシアンがイオトに尋ねると、イオトはつまらなさそうに茶菓子をつまみながら答えた。
「逃げてるときにプラズマシャワーを撒いてたんだよ。派手にやらなかったから気づきづらかったんだろうな。おそらく仕留めに来るならノーマル技だと読んでたんだろ」
プラズマシャワーはノーマルタイプの技をでんきタイプにするフィールド全体に効果のある補助技だ。先制効果があるためダブルバトルで味方の補助にも使われることがある。
今回のエミの場合、パチリスの特性である”ちくでん”でダメージを実質無効にし、ゼロ距離でかみなりを落とすためにわざと攻撃を誘い込んだのだ。
「……そこまでやる必要ってあったです?」
「ない。要するに相手を小馬鹿にするための嫌がらせ」
「……やっぱえっちゃんそっくりですよ、あのパチリス」
トリミアンに向けたパチリスの愛らしい顔からは想像もできない悪人面を思い出しながらシアンは一応敵とはいえハルナを不憫に思った。
ハルナが出したチェリムがハルナと共鳴するように目に見えてわかり、大技を使ってくるのが察知できた。
「咲け! 陽光の華!」
ハルナの掛け声とともに陽射しが強まりフィールドを覆い尽くさんばかりの”はなふぶき”がパチリスごとエミを襲った。
あまりの勢いで軽いパチリスが吹き飛びそうになるのでエミは即座にパチリスを戻して代わりにコジョンドを出した。
このはなふぶきの攻撃でエミが一撃でもまともに喰らえばその時点で終わりだと言うのにコジョンドを出す真意が見えず、ハルナはやや苛立った声を出す。
「おだずな! わだすを舐めるのもいいかげ――」
「コジョンド!」
身体能力でポケモンと人は明確に差がある。その差を埋めるものは信頼関係からくるお互いを知り尽くした補助行動。
はなふぶきで行動を制限され、エミを集中的に狙ったそれをコジョンドが打ち払い、エミがコジョンドの拓いた道を駆け抜けハルナのチェリムを踏んづけたかと思うと得意げにハルナの上を飛び越えて得意げに笑った。
「今度こそ僕の勝ち!」
息切れ一つせず勝利を宣言したエミはハルナの頭を小突いて審判である両親も頷き、1戦目の勝負はエミの勝利で終わった。
――――――――
ハルナが負けたと同時に元通りの気弱な性格に戻りめそめそと泣きながら定位置に戻る。
ふと、ヒロが戻ってこないことに今更気づいたイオトとエミは連絡しようとお互いそれぞれポケフォンを取り出すと着信やメールの存在に気づいてやっべ、と小声で呟く。
「……おや、次はヒロさんですがお戻りになっていないようですね」
シモエさんが値踏みするような目でヒロがいた場所を見つめる。するとイオトが大げさに発言する。
「ちょっと長いトイレみたいですねー! どうせすぐ戻るでしょうけどなんなら俺先にやっちゃいましょうか? どうせすぐ終わるでしょうし」
どこか煽り気味な言い方にフユミはむっとした表情で一歩前に出る。
「そこまでおっしゃるのならやりましょう。旦那様、奥様、よろしいですか?」
「いいよいいよ」
「…………そうですね。まあいいでしょう。このバトルが終わるまでヒロさんが戻ってこないなら不戦敗と見なしますからね」
とりあえずは助けに行く時間が稼げるとエミが安堵し、ちらりとケニスの方を見ると見るからに苛立っている。ヒロの不在でバトルを有耶無耶にするつもりだったんだろう。
そして何より、これは両親も気づいている。気づいた上で黙認し、こちらを試しているのだとエミもイオトも気づいたがシアンだけは間抜け面して「ヒロ君トイレなげーですね」などとイヴに喋りかけている。
「僕もちょっとトイレ」
エミがイオトとすれ違うようにフィールドから出ると、その時イオトに吐き捨てるように囁いた。
「持たせろよ。それくらいできんだろ」
「誰に言ってんだよ」
その返しに10分の猶予はありそうだと判断してエミはさっさとその場から抜け出した。
「トイレの方面の物置だからこっちだよな……」
サーナイトに端末を預け、物置らしい場所を探す。
「サーナイト、ヒロに電話かけ……て……?」
近づいてくる足音がしてまさか自力で脱出したのかとそちらを向いたエミ。しかし、その人物は完全に予想外の人物だった。
「ったく、結局戻る時間含めて10分も時間とれな――」
ばったりと、互いの顔を見つめ合い、怪訝そうな顔で人影――ユーリはエミを見た。
「あ?」
(うわああああああああああああああああああああああああああっ!?)
そしてエミは表情こそ引きつった表情で硬直していたが心の中では叫びださんばかりに焦っていた。
その瞬間は完全にヒロのことが頭から抜け落ちるほどにテンパり、どうやって逃げようかしか考えられなくなるほどに。
Q:ヒロってアホなの?
A:アホだし馬鹿だし話を聞かない