新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

64 / 107
教えて!ケイ先生 ~ファイトルール編~

 

 次の日、俺は昨日と同じ場所でこれからジムトレたちと戦うために気合を入れていた。ケイに直接特訓してもらうためにもまずは4人抜きを達成しなければならない。

実際ケイもジムトレたちも俺を勝たせないというつもりはないのはわかっている。だからこそ、必ず活路はあるはずなので集中力を切らすことなく、落ち着いて指示をすることを目標にする。

「んじゃ昨日と順番は同じでな」

 ケイの言葉に従い、元気よく返事をしたのはジムトレの一人、リョウジだ。

「よろしくお願いします!」

「オッス! っしゃー! 今日も根性根性ー!」

 初手、マクノシタを繰り出すところまでは昨日と同じ。彼の手持ちは昨日ので把握しているのでこちらの初手はミックだ。

 実際問題、ミックは非常にワコブジムのトレーナーと相性がいい。

「ミック、シャドークロー!」

 惜しむらくはフェアリータイプの攻撃技がまだないということ。恐らくそろそろじゃれつくを覚えると思うのだが――

「マクノシタ! ふきとばせぇ!」

 シャドークローを受ける直前、強い衝撃でミックの体が浮き、強制的にボールへと戻される。ふきとばしは後攻技。攻撃を受けるギリギリを狙われ、ドーラが引きずり出された。

「マクノシタ! そのままほのおのパンチ!」

 昨日こんな戦法されなかったぞ。しかし嘆いても仕方ないのでドーラに目配せするとほのおのパンチを余裕でかわした。

 マクノシタは遅く、それゆえに後攻で力を発揮するものや状態異常からの反撃が怖い。というか昨日はそのこんじょう特性でやられたので慎重にいきたいところだ。まさかの一戦目であんなにこちらの勢いを削られることになろうとは。

「ドーラ、いやなおと!」

 耳障りな音が一帯に響き渡り、観戦していたジムトレたちが思わず耳をふさいでいるのが視界に映る。一方ケイは平然としていたがなんであいつノーリアクションでいられるんだろうか。

「ポイズンテール!」

 防御が下がっているならば一撃で仕留められる。毒になる前に倒れればこんじょうの恐れがないためマクノシタはこちらの消耗がほとんどなく終わる。

「昨日よりはやるなー! だけど俺のゴーリキーの根性パワーも舐めるなよ!」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ヒロがワコブシティで特訓中のその頃――。

 

 

「むむむ……」

「しゃも……」

 シアンはグルマシティのある店の近くで渋い顔をしながら立ち尽くしていた。その理由は三日前にこぼしたある一言がきっかけだった。

 

 

『はー、それにしてもボクはさすがにジムリーダーに勝てる気がしねぇですしメガシンカは遠い夢ですよ』

 そんな一言を耳にしたケイは怪訝そうに、それでいて呆れたような顔で言った。

『お前、トレーナーカードを見せれば店入れるだろ』

『はい? なにいってんだです。ボクみたいなぺーぺーのトレーナーが――』

『お前は一部の上流階級の人間だからな? お前がそう思ってなくても、事実としてそうなんだよ』

 

 

 要するに、実家の力ということだ。シアンとしては家出中であり、親の七光りを振りかざすようでそのようなことはしたくなかったのだがメガシンカを扱えるであろうキーストーンは気になる。メガストーンも合わせたらかなりの値が張るので買うかは別問題だがやはり見てみたいと思うのはどうも切り離せない。

「うぐぅ……うーん、でも、パパのコネみたいなのは……うーん、うーん……」

 シャモすけも困った顔で店を遠くから眺めていると、一人の男が店の前で店員と何か話していることに気づき、シアンの裾を軽く引っ張ってそちらを示した。

「なんです?」

 シアンも改めてそちらを見る。男はそこそこがっしりした体つきをしており、店員との会話は聞こえないものの表情からしてあまりいい感じではなさそうだった。

 そしてそれ以上に、シアンとしては結構好みの男の予感がして思わずこそこそと近寄ってみる。

「ジムバッジはある。なぜこれじゃ駄目なんだ」

「ですから、何度も申し上げたとおり、今のジムリーダーのものでないと当店を利用することはできません。こちらのバッジは先代様のときのものですので」

「今のジムリーダーは予約もいっぱいですぐになんて無理じゃないか。こちらも用事が――」

 聞き耳を立てていたシアンはふむふむと状況を整理する。どうやらバッジはあるが、前のジムリーダーのものらしく、改めてバッジを取ろうにもすぐには難しいのでどうにか入れないかと交渉していると。

(つまりこれは人助けしつつ店の中に入るチャンスですよ!)

 人助け、人助けなら仕方ないと自分に言い聞かせ、男と店員の間にすっと入り込むシアン。

「まーつですよ! こっちにはコレがあるです! コレなら入店に文句はねぇはずですよ!」

 トレーナーカードを掲げ、怪訝そうにする店員と男。しかし店員は、トレーナーカードを見てさっと顔色を変え「少々お預かりしてもよろしいですか?」と尋ねてくる。シアンは軽い調子で応じ、慌てて

店内に戻る店員を見送りながら、不思議そうな顔をしている男に改めて小声で言う。

「ボクの連れってことにしておくですよ。そしたらちゃちゃっと目的のブツを買うといいです」

「……何が目的だ?」

 男は警戒しているのか、声は低い。だがシアン的には程よく引き締まっている体といい、男らしい声も含めてまさに好みと言わざるをえない。

「人助けですよー。ボクも中に入りてぇですが一人だと入りづらかったですしちょうどいいです!」

 男はまだ納得しきっていないものの、中にはいれるからか警戒は解いたようで、店員が戻ってくると同時に中に揃って案内される。

 店内はまさにジュエリーショップのような趣きで、ショーケースに並ぶメガストーンに男はすぐさま反応した。

「あった……!」

 シアンはシアンで、様々なアクセサリーに加工されているキーストーンを見ながらキーストーンだけでも買うべきか悩んでいる様子だ。

 値段はなんとか5桁で済むものの、メガストーンはそれ以上なのでそちらを買わないのなら完全にただのアクセサリーだ。

「むー……」

 シアンが唸っていると、男はシアンを見下ろしながら声をかけようとする。が、その前にシアンが男に気づいて振り向いた。

「買えたです?」

「ああ、ありがとう。おかげで助かった」

 店員に聞こえないようにか、シアンの耳元で囁くように言う。シアンは少しだけドキッとするが、状況が状況なので勘違いしてはいけないと慌てて外に出ようとする。

「で、出るですよ!」

 キーストーンに関しては、まだ滞在中に考えよう。そう決めてシアンは足早に店を出た。悪いことではないがちょっとだけ罪悪感があるせいだろう。

 店の外に出て気を取り直したシアンは満面の笑みで男に向かって言う。

「目的のもの、買えてよかったですよ! ボクに会えてよかったと思うです!」

「ああ、本当に運が良かった。改めて礼を言うよ」

 無愛想というかクールな男は柔らかく微笑み、背が高いためかシアンに視線を合わせてかがんでみせる。

「何か礼をしたほうがいいんだろうが……さすがに今これを買ってしまったから持ち合わせがないんだ」

 買ったばかりであろうメガストーンを見せられ、あの値段を思い出す。元々、それを理由にたかるつもりなどなかったがシアンは男が自分好みということもあり、困っているところを助けただけなので本当のことを言うと、何も求めるものはない。が、なにもいらないというのも少し偽善者っぽいのでシアンは冗談めかして言った。

「そーですねぇ。じゃあ連絡先の交換とかして返せるときになにか返してくれたらそれでいいですよ」

「そうか。そんなことでいいなら」

 シアンが「えっ」と驚いていると、男はポケフォンを取り出して連絡先の交換のためにコードを差し出してくる。

「えっ、いや、本当にいいですか?」

「かわいい女の子に連絡先を求められたら断るはずないだろう」

「かわっ――かわっ!?」

 慣れないお世辞にシアンは思わず真っ赤になり、プルプルと震えながらも連絡先を交換する。

「シアン、か」

「は、はいですよ……」

 交換したことで名前が伝わったのか、男は何気なしにシアンの名を呼ぶ。

「じゃあ、次会う時には必ず何か礼をしよう。今日はこれから急ぎだから失礼する」

 そう言って、男は軽く手を振ってその場を離れる。

 ちょっとした自分好みの男に親切したつもりが、思わぬときめきにシアンは自分で顔を覆う。

「うー……」

 自分の見た目はさておき、ここ最近ヒロやイオト、エミに決まって女扱いをされないせいでちょっとだけ感覚が麻痺していた。お世辞であろうとも、自分の好みのイケメンにかわいいなどと言われて冷静になれるほどシアンは成熟した精神をしていない。

「名前……」

 ポケフォンで交換した番号と男の名前が表示された画面を見つめ、シアンは道の隅っこで男の名を呟いた。

 

「キクジ……ですか」

 

 シャモすけはまだ少し顔の赤いシアンを見てにやにやとしていると、シアンにぺしぺしと叩かれ、微笑ましい時間が過ぎていった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「ダゲキ! インファイト!」

「イヴ! リーフブレード!」

 

 ジムトレ4人目、ヤツデの最後の一匹であるダゲキと決着をつけようと違いの渾身の一撃がぶつかる。イヴはギリギリで耐え、ダゲキは特性のがんじょうでもちこたえた。

「イヴ! でんこうせっか!」

 ファストガード警戒も考えたがこの状況でガードしたところで互いに満身創痍。先にやったほうが早い。

 最後の決め手は運だったものの、ダゲキは倒れ、なんとか4人抜きを果たしてその場に座り込む。どっと疲れた……。

「ん、お疲れさん。お前らもお疲れ」

 ケイは途中からなにやらノートに書きながら試合を見ていたが終わると同時に立ち上がって体を大きく伸ばす。

「ヒロの手持ち回復させてしばらく休憩したら俺と手合わせな」

「め、飯食いたい……」

「まだちょっと飯には早いけどな。サワ、いるかー? サワー」

 道場のどこかにいるであろうサワムラーを呼ぶケイ。しばらくしてサワムラーがお盆におにぎりを乗せて来てくれる。こいつ本当になんでもできるなぁ。

「とりあえずそれ食っとけ。一戦交えたらちゃんとした飯にするから」

「うっす……」

 とはいえやはり気が重い。なんでファイトルールなんて危険なルールが存在するんだ。

「真面目な話、なんでファイトルールで特訓なんだ?」

「理由はいくつかある」

 ケイは俺がおにぎりを口にする横でストレッチをしながら間延びした声で答える。

「一つ、ジム戦のことだけを想定しての訓練ではないから。俺が一夜漬けみたいに普通のバトルの特訓だけするわけねぇだろ。どうせやるんならジム戦以外にも応用のきく方がいい」

 初っ端からド正論かまされた。いやまあ確かにそのとおりだけど。

「二つ、元々ツリガネ流の格闘技はファイトルールで本領を発揮する」

「そもそもツリガネ流ってなんなんだ?」

 地味に気になっていたのだがケイの道場の流派であること以外はわからない。あとは教え子がジムリーダーに多くいて有用であることくらいか。

「ファイトルールは元々護身用に考案されたルールで、そもそもの発端は格闘技の発展だ。それこそ、お前のように悪の組織なんかと接触が多いなら直接ポケモンに狙われることだってある。そのときどう対応するか、を身につけるものであって本来暴力的なルールではない」

「つまり戦う術っていうより対処法って感じか?」

「まあ護身術の範囲ならそうだ。シアンも昔かじってたが、あいつ、妙に筋が良くてなぁ」

 あいつの脳筋はここで培われたものなんだろうか……。

「三つ……は、まあ言わなくていいや。とにかく、ファイトルールはポケモンと同じ場に立つことで見えてくるものも違ってくる。主流なのはダブル形式。これからやるのもお前は二匹使っていい」

 その言い方だと、多分ケイは手加減して一匹とかなんだろうな……。俺の場合、その一匹すらきつそうな予感しかしない。

「ファイトルールにも様々な形式があるが今回は奪取形式で行う。トレーナーは最初にハチマキなどのアイテムを身に着け、相手のトレーナー及びポケモンにそれを奪われたら負けってやつだ」

「騎馬戦みたいだなぁ」

 実際、トレーナーの生死に関わることはできないからそうやって装飾品を奪い合う形式とかになるんだろうけど騎馬戦のイメージでポケモンに乗る俺を想像してしまった。

「ああ、あと、最初の1分は俺は避けるだけでポケモンでの攻撃はしないし奪いもしない。手持ちも1分経ったら出すからそれまでに奪ってみせろよ」

「あからさまにハンデをつけても余裕しか感じねぇ……!」

 1分とはいえ、こちらがポケモンに指示したらケイといえどきついのでは。

「まあとりあえずやってみるのが一番だ。食い終わっただろうしやるぞー」

 ケイはジャージの上を脱ぎ、肩に羽織る。メガネも予め外してフィールドに立った。

「アオイ、タイマーセット」

「はいっ!」

 試合開始と同時に1分のカウントが始まる。

 が、実際生身の人間相手に攻撃するのは気が引けるし、俺がケイからハチマキを奪えるとも思えない。

「遠慮してんじゃねぇよ。時間無駄にすんな」

 ケイに煽られ、渋々エルドとイヴを出した。といっても、ケイに向かうのはエルドだけで、イヴは俺の近くで待機している。

「エルド、ハチマキを奪え!」

 ケイは動かない。エルドが迫り、腕がケイのハチマキへと伸びるが――

 

「まだ遅い」

 

 ケイは即座にしゃがんだかと思うと足払いでエルドの体勢を崩し、そのまま足を掴んでぶん投げてみせた。エルドもびっくりした顔で投げ飛ばされ、受け身を取ったもののダメージは負ったらしく、よろけて立ち上がる。

 

 すいません、世界観間違えてる住人だったりする?

 

 というかケイ本人は普通に攻撃するのかよ!

「い、イヴ、はっぱカッター!」

 さすがに危ないかと思って自重していたはっぱカッター。イヴもわかってるのか威力は控えめなそれが繰り出され、ケイに向かっていく。

 が、ケイはそのまま壁を走り、全て躱してみせた。あまりの出来事に戦闘中だというのに唖然としてしまう。お前だけ別ゲーかよ。

 ちょうどそのとき、タイマーが鳴り響き、一分経過を告げられ、ケイが宙でルカリオを放つ。

「ファイトルールの心得だ。お前はとにかく避けることを覚えろ」

 ルカリオが跳んだまま俺の方へはどうだんらしきものを放ってくる。

「おま、おまっ――!?」

 当たるわけにもいかないのでどうにか慌てて避けるも全て紙一重だ。イヴが途中ではどうだんを防ぎ、エルドがルカリオへと攻撃することでどうにか攻撃は止んだが――

 

「気を抜くな」

 

 いつの間にか背後にいたケイに頭を叩かれ、ハチマキを即座に取られてしまう。恐らく合計で3分も経過していない。

「避けるのはもう少し安心感がほしいところだな。事前に走り込みさせといて正解だったか」

「あれそういうことだったのかよ!?」

 なんで走らされてるんだろうと思っていたらあの時からファイトルールを想定してやらせていたのか。

「当たり前だろ。ついでに計算はファイトルール中に思考が止まらないようにするためのものだ。お前今避けるのに必死で何も考えてなかっただろ」

 見事にその通りだし油断してすぐに取られたので何も言えない。ていうかケイってなんというか、しっかり考えてるんだなぁ。

「とりあえず、もう少しやったら飯な。お前全然持たねぇし」

「が、がんばります……」

 さすがに初心者にいきなり全部求められても無理がある。避けるときまで先のことを考えるとかハードルが高い。

 というかさっきのケイの動きが完全に人間やめてるか世界観を間違えてるかのどちらかなんだけどそれに関してはジムトレはノーコメントなんだろうか。

 観戦していたジムトレたちがのほほんとした様子で話しているのが聞こえる。

「ケイさん相変わらず動きキレッキレッスね」

「リーダーかっこいいー!」

「相変わらず人間辞めてるなー」

「羨ましい……」

 あ、やっぱり人間辞めてるんだなあれ。

 というかマジでエルドもびっくりしてたし、普通にポケモン倒せるんじゃねぇのこいつ。

 

 その後も、何度かファイトルールで特訓し、昼食や休憩を何度か挟みながら続けるも、夕方には完全にバテて力尽きるのであった。

 

 

 




多分ピンクの覇王より強い

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。