新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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正義のエゴイスト(※挿絵有り)

 

「ちょ、ちょっ――ちょっと待ってください俺は」

「はいかいいえだけでいいよ。君、レグルス団?」

「違いま――」

 否定しようと口を開くと今度はいつの間にか手にしていたハンマーで俺のすぐ近くの壁を叩き、ゴミでも見るかのような冷たい視線を寄越す。

 

「はいかいいえって言ってるのになんでそれ以外喋るの?」

 

 なん……なんだこの人――!

 次はない。そんな風に言われている気がして降伏の意を示すように両手を上げる。

 すると、後ろの方でヨツハがシアンを押しのけて出てきた。

「コハクちゃん待って待って。ヒロ君は違うよ~」

「……ん? ヨっちゃん? いたんだ」

「こっちこそびっくりだよ~。山の中にいるって思ってなかったから……ってそれよりも!」

 俺を庇うように間に入ったヨツハが落ち着いてとコハクさんを止める。

「それよりも逃げた方を追った方がいいんじゃない? ヒロ君はあたしが保証するからさ~」

「……ヨっちゃんが認めたならとりあえずは白ってことにしとく」

 苛立ち混じりでハンマーをしまい、ツルハシを回収したコハクさんはパチンと指を鳴らすとずっと控えていたドサイドンがコハクさんを抱えてそのまま上の階を目指して穴だらけの洞窟から姿を消した。

「とりあえず無事で何より……と言いたいけどお前何したらあんな風に因縁つけられるの?」

 イオトがドン引きしながら彼女の消えた方を見る。俺にもわかりません。

「とりあえず無事で何よりだし、僕らも外に出よう」

「ひやひやしたですねぇ。ヒロ君、ちゃんと手持ち返してもらっといたほうがいいですよ」

 それもそうだと思い出して預けていた手持ちを幾つかヨツハから返してもらう。どうやら一部はもう技を習得できたらしい。

「にしてもコハクちゃんがいるときにここに来るなんてあの二人も運が悪いね~」

「あの人なんなんです?」

 シアンも首を傾げる。ジムリーダーということは知っているがそれにしてもレグルス団への敵対心が尋常じゃない。

「ああ、コハクちゃんはちょっと自分の縄張り意識が強いから外敵認定するとちょーっと容赦しないってだけでそこまで悪い子じゃないよ」

 俺かなり危なかったんだけど。ツルハシとハンマーが軽くトラウマになりそうだ。

「あーでも……ちょっと敵にはきっついからもしかしたら今頃ひどい目にあってるかもねー……あの二人」

 レグルス団であるからジムリーダーに狙われても文句は言えない。だが、さっきの様子を見るとリジアの身が心配になってくる。

 

 ……わかってはいるんだけどさぁ。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 リジアは脳内に叩き込んだ洞窟内のルートを思い出し、一番早いグルマシティ方面の道をキッドとともに駆ける。

「リジ姉! なんでそんな――」

「いいから黙って走ってください! あれに捕まったら最後です!」

 ジムリーダーに極力接触しない。

 それは下っ端どころか幹部ですら徹底している。よほど事前に準備していない限りは喧嘩を売るなどもってのほかだ。

 地底湖でジムリーダーだと気づいた瞬間、すぐにでも逃げたかったリジアだがキッドと合流しないままではネネもいないし手詰まりだった。幸いにも、ジムリーダーが気づいていないと判断してキッドとの合流を目指したが最初から気づかれていたことを直前で察し、自分の愚かさを呪う。

「とにかく、テレポートできる場所まで逃げないと――っ!?」

 息を切らせながら走っていると慌てて立ち止まってキッドを押しながら後ろに下がる。その瞬間、ダグトリオが顔をのぞかせ、足元に砂が満ちる。

 あと一歩遅ければありじごくに呑まれていたという状況でリジアはここを切り抜けるためにとコウガを繰り出す。だが、ボールから出た瞬間何者かによるきりさくでコウガがその場に叩き伏せられる。

 襲撃者であるサンドパンはダグトリオと連携してリジアとキッドを妨害する。野生ではないことは動きでわかった。明らかに足止めをされている。

「さっさと片付けて――」

 

「うーん、舐められてるなぁ」

 

 地中からドサイドンとともに現れたコハクにリジアは思わず後ずさる。リコリスのときもだが圧倒的強者を前にして戦う前から敵わないと感じてしまう何かがあった。だが、降伏しようとも結果が同じならギリギリまで戦うしかない。

 作業着が邪魔なのか少しはだけさせてタンクトップ姿に作業着を腕だけ通し、確認するように頷く。近くにあった地面に突き刺したままのシャベルを肩に乗せ、一人で納得する。

「はい、手配書通り。レンガノシティでの事件を引き起こした団員の一人と、その時の共犯者。大方想像はつくけど――」

 一見して愛想の良い笑顔を二人に向けたかと思うと、一瞬にして冷徹な目で二人を見下した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うちの縄張りに土足であがりこんだ時点で許すつもりないから」

 

 ドサイドンが唸り、キッドがシザリガーを繰り出して迎え撃つがシザリガーごとキッドを壁に叩きつけたドサイドンはそのままリジアも腕で払い除け地面に伏せさせる。

「いってぇ!」

 リジアは比較的当たりどころがよかったのか打撲程度で済んだがキッドはもろに壁にめり込んでいる。大怪我は避けられない、とリジアが焦るが――

「この女殺す気かよ!」

 立ち上がったキッドがシザリガーだけでなくズルズキンも繰り出すとコハクは怪訝そうな目でキッドを見る。

「はぁー? 今ので骨折れると思ったのになんでそんな頑丈なわけ? あんた本当に人間!?」

 さらりと骨を折るつもりで攻撃したとのたまうコハクに、注意がそれていたリジアも本体を狙う方針に切り替える。が、手持ちの攻撃はコハクの手持ちで全て防がれ、余計に怒りを買っただけだ。

「人に迷惑しかかけない癖によくも一人前に一般人装っていられるよねぇ!」

 サンドパンの鋭利な爪が襲いかかる。間一髪でかわしたものの、続く攻撃を避けきれず、クレフがそれを受けてリジアをなんとか守る。

「っ――、ドヒドイデ!」

 コハクの猛攻に反逆しようと先程捕まえたばかりのドヒドイデを繰り出して攻撃の手を緩めさせる。幸い言うことは聞くようで、サンドパンとダグトリオを退けるためにアクアブレイクを放つ。

「へぇ、それ捕まえてたんだ? じゃあこっちも――!」

 

「エンペルト!」

 

 

 ボールからドリュウズを繰り出そうとしているのを察したリジアはまずい、とボールそのものを狙おうとし――眼の前が氷の壁で閉ざされた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 リジアたちを追うのは簡単で、イオトたちを放ってわかりやすい痕跡を辿りながら走る。

 俺だってリジアたちは悪党であり、捕まえるべきなのはわかっている。

 が、もやもやして俺自身もどうしたいのかがわからない部分があるのは確かで、本当にこれが最善なのだろうかと自問自答は尽きない。

 だが、一つだけたしかなことがある。

 

 追いついた先で見たものはポケモンによる暴力。それをしているのが悪党ではなく、ジムリーダーであることに心がざわついた。

 今更、ポケモンバトルで戦っているのだから戦いを否定するつもりはない。

 だが、人間はそんなに強い存在ではない。ポケモンの力にかかれば無力で、あっさり死んでもおかしくないことをこの世界でたびたび実感している。

 だから、俺は――

 

「エンペルト!」

 

 たとえそれが世間的に正義だろうとも、コハクさんにはリジアを任せておけない。それを見逃すくらいならリジアを助ける。それが今の結論だった。

 

「は?」

明らかに威圧的な、俺に対する敵意を無視して倒れているリジアへと叫ぶ。

「早く行け!」

 このままでは取り返しのつかない大怪我をする。まだリコリスさんはマシだった。この人にこいつらを任せたら命にかかわる。

 俺の意図が通じたかはわからないがリジアはキッドを連れてどうにか逃げ出し、俺は足止めしていたコハクさんを見る。

 足止めは長く持たないのはわかっていたが――

「どいつもこいつも舐めすぎて腹立つなぁ……」

 低い声は苛立ちがありありと見て取れる。俺への敵意も増したが今は俺よりもリジアたちを追うのを優先するつもりのようだ。

「そこをどきなさい。今ならまだ見なかったことにしてあげる」

「どきませんし、あなたにあいつらは任せられない!」

 いくら正義の側だろうと、ああやってポケモンで他人を平気で傷つけられる人間に逮捕を委ねられない。

 世間的にそれが正しかろうと、俺はまた後悔したくなかった。

 コハクさんは「はー……」と深いため息をつき、頭をガシガシと掻きながらうつむく。

 

「どうして凡人がそうやって邪魔するかなぁ!!」

 

 洞窟内で響き渡る怒号に呼応するようにドサイドンも吠える。何かオーラのようなものを纏いながら氷を砕いて、氷片が散りながらドサイドンがこちらに迫ってくる。

「サンドパン! ダグトリオ! 追って!」

 さすがにそちら二匹までの妨害はできないが、コハクさんだけでも足止めできればマシのはずだ。

 どうせ、リジアならトレーナーのいないポケモンくらいはどうにかできるはずだろう。

 ドサイドンを抑えきれる手持ちは俺にはいない。回避してエンペルトに氷技で動きを止めさせるくらいだ。

「イヴ!」

「ふぃ!」

 動きを止めたドサイドンに教え技で覚えたばかりのタネばくだんを使わせる。効いてはいる、が――

「その程度に邪魔とかふざけてるでしょ」

 氷を破ったドサイドンが二発目以降のタネばくだんを叩き落とし、エンペルトとイヴをもろとも拳で叩き伏せた。

「ミック! ラルトス!」

 まだレベルは高くないが他の相性が悪いメンバーは即落とされる可能性がある。

「ラルトス、かなしばり!」

 技ではなく、動きの方を制限する。ミックが背後から攻撃しようと移動するがドサイドンの動きは完全には止まらない。

「ドサイドン! ロックブラスト」

 ロックブラストによる連続攻撃はばけのかわの致命的な弱点。容赦なく岩に潰されたミックが倒れ伏すとドサイドンの方にも異変が起こる。そのまま一気に体力がなくなったように倒れるドサイドンを見てミックが俺の指示だけではなく、教え技で覚えさせたあの技を思い出す。

「チッ、みちづれとかダッサいんだけど!」

 すぐさまドサイドンを戻してドリュウズを繰り出し、ラルトスに向かってくる。さすがにラルトス一匹でにドリュウズの相手は無理だ。

「ラルトス戻――」

 途端、ラルトスが輝きだし、ドリュウズが警戒するように唸る。

 次の瞬間、キルリアに進化し、ドリュウズにねんりきで微々たる攻撃をする。さすがに一段階進化したくらいではあのドリュウズには敵わない。

 

「雑魚が雑魚引き連れて人の邪魔しないでよ!」

 

「そこまでだ!」

 

 完全にキレたコハクの声を打ち破ったのはボスゴドラの乱入だった。キルリアとドリュウズの間に割って入るボスゴドラは見覚えのあるイオトの手持ちだ。

「俺が言えた立場でもないが、少しは自重しやがれジムリーダー!」

 なぜか完全に怒っているイオトが俺とコハクさんの間に立って彼女を睨んでいる。なんだろう、かつてないほど頼れる気がしてちょっと驚く。

「まあジムリーダーだからって暴力沙汰っちょっと僕もどうかと思うね~」

 呑気そうだが目が笑っていないエミもいつの間にか後ろに立っている。遅れてシアンもヨツハも追いかけてきており、コハクは心底面倒そうに歯ぎしりする。

「よそ者がしゃしゃり出てきて偉そうに……」

 すると、サンドパンとダグトリオが戻ってきて、コハクさんの元へと寄ってくる。様子を見るに、リジアたちは逃げ切ったようだ。

 サンドパンとダグトリオがしょんぼりしているのを見てコハクさんは「そっか……仕方ないよ、アタイもいなかったし」と二匹を撫でる。

「そんなしょんぼりしないのー。よしよし」

 先程までの様子とうって変わって、手持ちにはどこか優しく諭す様子に、彼女も悪い人ではないのはわかるがそれはそれだ。

「コハクちゃん落ち着こう? さすがに人に怪我させるのは駄目だって」

 ヨツハの声掛けもあったからか、渋々、死ぬほど嫌そうな顔でコハクさんは背を向ける。

「結局、アタイが取り逃がしたのは事実だし、これ以上何かするつもりはないよ。で、君。名前は?」

 名を問われて嫌な予感はするものの、答えないほうがさすがに変なので素直に名乗ることにする。

「ひ、ヒロです……」

「そう、ヒロね」

 どこか苛立ったように、そして妙に関心がないかのような声で俺の名前を復唱する。

 

 

 

「まあ君は絶対許さないから。ようこそ、グルマシティへ。そしてさっさと帰れ無能!」

 

 

 

 グルマシティへと向かう道で、歓迎されていないことを改めて痛感し、それでもリジアのことを思うと後悔はあまりなかった。

 

 

――――――――

 

 

 

 どうにかアジトに戻ったリジアとキッドは汚れまみれで動き回るのはどうかと思い、一旦自室に戻って身支度を整えていた。幸い、リジアは打撲複数でキッドは擦り傷少々程度の怪我で済んでおり、急ぎの治療も必要ないため服だけどうにかしようとしていた。

 自室に戻ったリジアはふと、今身につけている少しだけ大きめのヒロの服の袖を掴む。結局、服をそのままで帰ってしまったが別に奪うつもりは特になかった。

「……着替えないと」

 借りたままの服を一度脱いで自室の着替えを取り出そうと立ち上がる。

 が、なんとなく腕の部分をすんすんと匂いを嗅ぐと自分のとは違う他人のニオイや洗剤に妙な感じがしてしまう。

 

「リジ姉、ちょっといいッスかー」

 

 ノックもなしに入ってきたキッドに驚いてなにもないところで転んだリジアは少しだけ照れながらキッドのを方を向く。

「き、キッド君……せめてノックしましょうね……。私ならいいですけど他の女性には失礼ですよ……」

「あ、ごめんッス。なにせ急な話でつい。テオ様とイリーナ様が後で研究室に来るように言ってたッス」

「お二人が……?」

 キッドはそれだけ伝えると部屋から出ていく。改めて着替えたリジアは脱ぎ捨てたヒロの服をどうしようかと考え、とりあえず洗濯して洋服タンスの奥にそれをしまっておくことにした。

 

「別に、いつか返せるときに返すだけですから」

 

 まるで自分にそう言い聞かせるように呟いてテオとイリーナの元にいつもの服装で向かうのであった。

 

 

 




???「カイリュー、はかいこうせん」

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