新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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1章
初トレーナー戦


 

 

 

「なあイヴ、進化するなら何になりたい?」

「ぶい?」

 イーブイの進化系は複数ある。なつき進化と石進化、場所による進化と条件は様々だ。

 どれもかわいいので悩むが一度進化したら戻れないため悩みどころだ。

「ブースターはもふもふしてあったかそうだよな~。シャワーズもすべすべしてそうだしサンダースはちょっとトゲトゲしてそうだけど痛いのかね、あれ」

「ぶーい」

「エーフィーとかブラッキーもいいよな~グレイシアとかリーフィアもかわいいし、ニンフィアの条件ってどうなんだろうな?」

 ゲームと全く同じ条件なんだろうか。フェアリータイプの技を覚えることは恐らく共通だろうけど。

 そんな他愛もない会話を手持ちとしていると目的地の森の入口にたどり着いていた。

 森の入り口の目の前まで来たはいいけどここまでにトレーナーと全然遭遇しなかった……。

 コマリの森は薄暗く、しっとりした空気と若葉の匂いが強い。イヴは初めて見る場所に喜んでいるのかぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 トレーナーに一人も合わないのは誤算だったがまさか野生のポケモンすらまともに出てこないとか。

 意外と実際に草むらに入っても野生が出てこないことに驚くし、トレーナーとも森で出会う気配もない。ゲームと現実は違うんだなぁ。

「誰かいないかなー。でてこーい」

 あまりに何も出なさすぎてつい声をかけてみる。まあ当然返事なんてあるわけないと乾いた笑い声が漏れた。

 

「こっちにいるよー」

 

 驚いたことに少し離れたところから声が聞こえてくる。ちょっと本当に人がいると思ってなかったのでびっくりした。

 とりあえず進行方向とそう変わらないので

 大きめの苔生した岩の上に座っている眼鏡をかけた赤毛の青年。10代後半……同い年くらいだろうか。紺色で落ち着いたパーカーと肩掛けバッグのとても平凡な印象を与える人物。じっと見ていると不思議そうにもぐもぐと咀嚼しているものを飲み込んでから声をかけてきた。

「ん? 君も食う?」

 ひょいと差し出されたスタンダードなおにぎり。バトルする気はなさそうで隣にいるマリルリと遅めの昼食を取っているようだ。

「えーと……トレーナーだから目があったらバトルするもんかと」

「んな通り魔みたいなことしないって」

 だよなぁ。

「まあそりゃある程度お互いにするっていうのが主流だけどいきなりふっかけてくるやつもいるらしいね。バトルしたいの?」

 世紀末じゃないようで少し安心したようなゲームとの差異を感じて少しさみしいような。

 青年の横にいるマリルリは退屈そうにきのみをかじっている。こちらの視線に気づくとひらひらと手を振ってくれた。かわいい。

「マリルリさんも退屈そうだし俺は別にかまわないよ」

 自分の手持ちにさんづけなんて変わってるなぁと思いつつまあなんとなくマリルリから漂う貫禄というかオーラがさんづけさせても不思議じゃない感じはする。というか俺の知ってるマリルリってもっとこう、かわいい顔してた気がする。いや、このマリルリも可愛いんだけどなんていうか例えるならキリッとしすぎてる気がする。

「じゃ、じゃあせっかくなので」

 初めてのトレーナーバトルだ! あ、負けたらこれどうするんだろうか。やっぱり賞金支払うのか。

「ところで君、手持ちのレベルだいたいどれくらい?」

「えっ……20と5ですけど」

「あーじゃあ15……いや、10くらいでいいか」

 何やら腕時計のような機械をいじったかと思うとマリルリにそれを軽く当てた。

「ほい、じゃあ俺マリルリさんだけでやるから来なよ」

「今何したんですか?」

 マリルリが腕を回して肩慣らしでもしているような動きをする。赤毛の男は爽やかに笑いながら言った。

「いやだって俺の手持ちそのままで戦ったら君の手持ち即ポケセン行きだよ? 知らない? レベルダウンウォッチ」

 要するに公式戦とか一部の施設などでポケモンのレベル制限があるときに使うアイテムらしく、ジムリーダーもこれを使って挑戦者のレベルに合わせているらしい。

 これを舐められていると受け取るべきか初心者に優しいと受け取るべきか迷う。

「ほら、マリルリさんも張り切ってるし」

 シュッシュッとシャドーボクシングみたいなことをしているマリルリに思わず(マリルリって格闘タイプだっけ)なんて考えてしまう。なんかやたら好戦的なマリルリだなぁ。

「よーし、チル、やるぞ!」

「ちる~」

 チルは頭から降りてパタパタとマリルリと対峙する。レベルではこっちが今は上だ。

「チル! しぜんのめぐみ!」

 持たせていたオレンのみにより毒の攻撃になるはずだ。マリルリには効果抜群。が、マリルリは機敏な動き――っていうかあれアクアジェットじゃねぇか!?

 アクアジェットでしぜんのめぐみを回避したがこちらにアクアジェットをしてくるわけではない。回避手段にしてくるのはさすがに予想していなかっただけに驚くしかない。

 ゲームのようにただのターン制の打ち合いじゃない、自由な戦略ができると考えると楽しいような気もするがまだこちらに策は浮かばない。

 ていうかマリルリのアクアジェットって確かタマゴ技じゃん! 本当にゲームみたいにトレーナーが合わせてくるわけではないから実力差が浮き彫りになるのを実感する。この人はこっちのレベルに合わせてくれるだけまだマシだろうけど。

「マリルリさーん。あんまり新人いじめんなってばー」

 青年がマリルリに指示……というか注意を飛ばすとマリルリはあからさまに「チッ」といいたげな顔で耳を振った。

「ち、ちる~……」

 チルも当たらない攻撃に困惑してこちらをうるうると泣きそうな目で見てくる。ごめん、ごめんよ。でも大丈夫まだこっちにもチャンスはある。

「チル、チャームボイスだ!」

 チャームボイスは必中技。たとえアクアジェットで回避しようが避けられるものではない。

「おお、いいねいいね」

 青年は楽しそうにチャームボイスを受けたマリルリを見て笑う。

「んじゃそろそろこっちも殴りに行くか。マリルリさん?」

 マリルリは青年を見もせず突然丸くなったかと思うと恐ろしいほどの早さでこちらへと突撃してくる。

「チル避け――」

 指示を飛ばそうともスピードを付けて転がってきたマリルリをもろに食らう。

 まるくなるからのころがる、しかも効果抜群を受けたチルは目を回して戦闘不能になってしまった。

「マリルリさーん。たしかに攻撃しろって指示はしたけどそれでもだいぶきついからねー? もっと優しくしなよ」

 マリルリは青年の発言に「ケッ」とツバを吐くような態度だ。意思疎通は完璧なのになんであんなに仲が悪そうに見えるんだろう。

 それよりも一発でダウンしたためチルを一度ボールに入れ、レベルの低いイヴを前に出す。正直こっから勝てるビジョンが全く浮かばない。

「とりあえずすなかけだ!」

 レベルが低いため使える技も少ない。確実に攻撃が当たったらおしまいなので命中率をさげてみるがマリルリはまったく効いてないとばかりにふふんと胸を張る。

 マリルリのアクアテールがイヴを襲うが間一髪で避けて先程青年が座っていた岩へと逃げる。

「マリルリさーん? 優しくって言ってるじゃーん」

 困ったようにマリルリに声をかける青年とそれを嫌そうに聞き流すマリルリをイヴはじっと睨んでいる。

「イヴ……?」

 どこかイヴの様子がおかしい。

「ん……?」

 青年もイヴの違和感に気づいたのかマリルリから視線を外してイヴをじっと見つめる。その際に、眼鏡を少し下げて観察している。

「あ、もしかして」

 イヴの立つ足元の岩を見て納得がいったように指を鳴らすと同時にイヴは光りに包まれて姿を変えた。

「えっ!? リーフィア!?」

 一回り大きくなったイヴの姿はリーフィアへと変わり、マリルリを睨むと同時にはっぱカッターを繰り出す。それはアクアジェットで避けようにも範囲が広かったためか半数が直撃し、マリルリは目を回して倒れた。

「おっと」

 少しは驚いた様子だが特別取り乱すこともなくはっぱカッターが急所に当たったためかひんしになったマリルリの背中をさすってカバンからげんきのかけらを取り出した。

「まさか進化するとはなー。ほい、そっちのチルットにも使ってやりなよ」

 げんきのかけらをこちらに投げてくるので慌てて受け取ってチルに使ってやるとぐでっとしていたチルはだいぶ元気を取り戻したようだ。

「でもなんで進化して――」

 かわらずの石を持たせていたはずなのに……いや、待てよ?

 

『ん? なんですかこれ。かわらずのいし……? 奇特なトレーナーもいるもんですね』

 

 そういえばあの女がかわらずのいしパクったの忘れてた――!!

 

「ああぁぁ……」

 何に進化させようって考えてたのに選択の余地なくリーフィアになるなんて……。

 思わず膝をついて落ち込んでいるとリーフィアになったイヴが心配そうに擦り寄ってきた。

「ふぃー……?」

「がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛!」

 かわいいから許した。進化してしまったものは仕方ない。

「ははは、仲がいいなぁ」

 面白そうに俺達を見ながらマリルリにげんきのかけらを与えていた男はむくりと起き上がったマリルリに両手を広げて満面の笑みで言う。

「マリルリさんも俺に甘えてみる? おいでおいで」

 へらっとした笑顔が崩れるのにそう時間はかからなかった。 

 マリルリの重い拳(?)が男のみぞおちにクリティカルヒット。更にそのままアクアジェットで追撃され男は近くの木へと吹っ飛んだ。

「ま、マリルリさん相変わらず厳しい……」

「だ、大丈夫ですか……?」

 もろに技を食らってるけど骨とか内蔵とか大丈夫なんだろうか……。

「ん? ああ、マリルリさんの愛情表現みたいなものだから」

「マ゛リッ」

「ひでふっ」

 マリルリに更に引っ叩かれても笑っている青年の将来が心配になる。なついていないんじゃないかそれ……。

「マリルリさんはちょっとプライド高いから負けると俺にやつあたりするんだ」

「やつあたりのレベル高すぎない?」

 まあ本来はもとレベルが高いのにまだまだレベルの低い俺らに負けたのが悔しいんだろう。わからなくもない。

「マリマリッ! マ゛ーッ!」

「マリルリさんちょっと、あの本気で痛い、痛いってあの聞いて、ねえ、マジで痛いから聞――頼むからやつあたりはその辺にしてくれマリー! アーッ! マリー様! じゃれつくはいけませんマリー様アーッ!」

 もはや一方的なリンチになっていてさすがに哀れを通り越して笑えてきた。

 数分後、ようやく開放された青年は息絶え絶えながらも賞金500円を渡してくれた。

「ごめんな、俺今それしか金ないんだ……」

「全財産が500円……?」

 なんか貰うのがすごく申し訳ないんだけど。

「いいよいいよ。ちゃんとバトルしてもらえるものはもらうのが礼儀ってもんだよ」

 すごく気まずいけどちゃんと受け取っておこう。悪い事したわけじゃないし。

「さて、改めまして俺はイオト。君は?」

「俺はヒロです。コマリタウンから来ました」

「あ、もしかしてつい最近旅に出たタイプ?」

「ていうか今日です」

 イオトは俺をまじまじと、全身を見回すと不思議そうな顔で呟く。

「16、7歳ってとこ? だいぶ遅い旅立ちだね?」

「あれ、16歳で旅立ちが普通って聞きましたけど」

「ん……? 普通は10代前半のはずだけど。あ、地域差かな。コマリタウンって旅立ちそんな遅いんだ」

 いやでもよく考えると姉さんって16より前に旅に出てた気がする。この辺どうなってんだろうか。

「まあいいや。せっかくの初日なのに野生のポケモンが全然でなくて驚いてるって感じ?」

「はあ、まあ」

「一応普段はもっと野生のポケモンがいるよ。トレーナーもいるはずだし。でもなんか今日は少し変っていうか――」

 

「新鮮なトレーナーみいいいいいいっけ!」

 

 話を遮るように元気な声と共に目の前に降ってきたのは受け身を取って綺麗に着地を決めた――少女……? いや少年……か? どっちだ?

 後ろで髪を一括りにしたオレンジ髪のその人物はだぼだぼの袖をはためかせ俺たちに向かって

 

 

 綺麗な土下座をした。

 

 

「食料分けてくだはい……」

 

 

 


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