新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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リジア中心のレンガノシティでの話とちょっとその後


番外編1
レンガノシティ襲撃事件・裏話


 

 

 

 それはレンガノシティの博物館襲撃事件より前の話――。

 

 任務を言い渡されたリジアは説明のためアジトの廊下を歩いていた。今いるこのアジトはいわゆる本拠地とは別の支部なのだがリジアは大半はここで過ごしていた。というものの、本拠地は遠いし不便な上、ジムリーダーや警察にバレないように一番大事な心臓部は組織の中でもほんの一握りしか知らない。リジアとサイクは元々古株なのもあって本拠地を知っているが他の下っ端はそれがどこにあるのかすら知らないのがほとんどだ。

 会ったことは数えるほどしかないボスも、その本拠地に隠れ潜んでいる。

(そろそろ一度本拠地に戻りたいですが……多分許可がおりないでしょうね)

 下っ端の中で信用できない者がいる。そうテオが言っているせいで気軽に本拠地に移動するのもままならない。敵に本拠地を知られるのは本意ではないので仕方ないが、リジアにとっては本拠地こそ帰るべき場所であった。

(まあ、ここも慣れてしまえば家みたいなものですが)

 昔より増えた家族――仲間のおかげかあまり悲しみはない。本拠地に私物があるわけでもなく、第二の拠点となったここで日々組織のために働くのがリジアにとっての幸せだった。

 呼び出された先ではサイクがすでに待機しており、更にテオが入室してきたリジアに視線を向ける。テオは座りながら顎で入れと促すとサイクとリジアが並んでテオを見た。

「それで、テオ様。任務と聞いたのですが……」

「ああ、前に言っていた下っ端でも実力のあるメンバーを揃えて……レンガノシティの博物館から繭石を奪ってもらう」

 パサ、と机の上に任務のメンバーと博物館のデータが書かれた書類が置かれ、ちらりと見やるとメンバーに思わずリジアは顔をしかめた。

 そして、その内容にサイクはぎょっとして思わず机に両手をついてテオに反論する。

「何無茶なことを! あの幽霊女を相手にしろと!?」

「サイク先輩。素、素が出てます」

 リジアが思わずたしなめるとサイクは嫌そうな顔は崩さないものの一旦離れて黙りこくる。

「何、元々予定していた各地での仕込みの陽動も兼ねている。成功できれば御の字といったところだ」

 テオが言うには地方の各地にある仕込みをするために、どこかの町で大掛かりな事件を起こしてそちらに注意をそらす作戦らしい。

 といっても、ジムリーダーの中でもトップレベルに危険なレンガノシティジムリーダーリコリスを相手に立ち回れというのも残酷な話だ。バタフリーでバンギラスに挑めと言っているようなものである。

「ああ、そもそも作戦実行のタイミングはジムリーダーどもが全員イドース地方に仕事で行っている間に行う予定だ。だから戻ってくる前にお前らが協力して、速やかに行動すれば問題なはずだろう?」

 

 信用しているであろうはっきりとした口調。たかが下っ端に、とも思われかねないが実際下っ端の中でもこの任務のメンバーは一芸特化なところがある。

 

 捕獲と妨害、味方支援専門のリジア。

 ポケモンもトレーナーも攻撃専門のキッド。

 リジアの師でもあり妨害と工作専門のサイク。

 裏方であり、下っ端でもトップクラスの実力者のシレネ。

 発明などの科学者面が強いのココナ。

 そして諜報と足、盗み担当のメグリ。

 

 下っ端にもそれぞれの得意分野があり、その一点のみにおいては幹部にも勝る場合がある。幹部は実力や総合的な立場で決められているため彼らは幹部に値しないものの下っ端の中でも特に実力があるとされていた。

 下っ端であるにも関わらず一般トレーナー程度になら脅威となる。唯一彼らに問題があるとすれば勝てない相手にぶつかってしまう不運なところだった。

 

 リジアも、ポケモンバトルだけなら弱いが捕獲や妨害支援ならば幹部に匹敵する。

 が、ここ最近は運が悪いのか捕獲の任務が回ってこない。

「ほ、本当にこのメンバーでやるのですか?」

「そうだ。メンバーはリーダーをサイクにリジア、キッド、シレネ、メグリ、ココナ。以上の人員で任務に当たれ」

 下っ端の中でも実力の高い六人の名。そのメンバーが揃って任務に当たることなど過去一度もなかった。よほど重要な任務らしい。

 

 だが一つ問題があった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 一時間後、それぞれのやることを終えてようやく全員集まった今回の作戦メンバーは会議室を使って作戦の打ち合わせをすることになる。

 全員集まったはいいが空気が重い。というかピリピリしていて居心地が悪い。

「……あの、私……リジアとお仕事とか……嫌です……」

「はぁー? ウチもキッドと触手男とかやーよ」

「んだと白衣チビ!」

「しょ、触手男……」

「……はあ、ダル……」

 

 ――このメンバー、たいてい仲が良くないんだけど大丈夫だろうか。

 

 リジアの不安は見事に的中し、どの道やらねばならないという事実に胃がキリキリするのであった。

 

 そもそも、こういった任務で円満な関係を望むのは高望みかもしれないが、最低限のコミュニケーションをとりたいと思うのは間違いだろうか、とリジアは思う。

「リジ姉さんくらいしかまともな女いねぇしやる気なくすッスよ」

「はいはいリジアはお利口だもんね。偉い偉いすごいすごい」

「はあ……そうやって……リジアを甘やかす、男が……いるから……つけあがるのよ……ほんと……やになる……」

「すいません私をダシに喧嘩するのやめていただけます?」

 なぜかリジアはここの女性陣に嫌われている。ほかの下っ端からはあまり嫌われていないのだが。そのせいかシレネとココナとまともに打ち合わせが進まなくて頭痛がひどい。

「えーと、メグリ、でしたよね? 諜報活動されてるとかであまりお会いしたことはないですが噂は聞いています」

「あっそ」

 会話が打ち切られ、リジアの顔が引きつる。この協調性のなさがチームの乱れを加速させる不安しかない。

「と、ところで、メグリの手持ちはどんな子ですか? 作戦のためにも確認を――」

「他人に手持ちを明かすの嫌だから」

 リジアの笑顔も限界なのか引きつりすぎて保てなくなっている。部屋に帰って作りかけのぬいぐるみを仕上げたい。

「厚着女、リジ姉さんに迷惑かけんなよ」

「んあー? メグリの言ってること正論じゃん。やだやだこれだから脳ミソ筋肉でできてる男は。でもいいよねリジアは。庇ってくれるオトモダチがいて」

「ココナちゃん」

 サイクが咎めるようにココナの名を呼ぶがシレネも同意するように言う。

「いい子ぶってれば……男に助けてもらえるから……いいよね……」

「シレネちゃん」

 いい加減子供レベルの喧嘩をやめろと言いたいのかサイクのニコニコした様子にも陰りが見えてくる。というか、リーダーなのに雑に扱われてサイクはさすがに怒っても許されるのだが我慢強いのか強い声で言うだけでまだそこまで憤怒しているわけではない。

「ていうかさー、別に対して強いわけでもない触手男リーダーとか意味わかんない」

「白衣チビ、てめー先輩を馬鹿にすんのか!?」

「語彙力のない馬鹿みたいなチンピラ舎弟しかいないし程度が伺えるよね~。あ、そういえばリジアの師匠でもあるんだっけ? でも師匠の立場ないよね、聞いてる限りだと。はぁ~、歳だけ取って周りに追い抜かれるのかわいそー」

 ココナとキッドが一触即発の空気になったところでサイクが机をバンッと叩いて部屋を静かにさせる。目が笑っていない。

「次喧嘩したらモジャンボのくすぐり耐久を受けてもらいます」

「うわきもっ」

「変態……」

 ココナとシレネに蔑んだ目で睨まれるもそれを無視してサイクは話を続ける。ある意味すごい精神力にリジアは内心尊敬の意を向ける。

「では、博物館の襲撃計画についてまとめましょうか」

 

 レンガノシティの博物館。ジラーチが眠るときに生み出す繭――要するに鉱石の一種なのだがこれの欠片を繭石と呼び、貴重なものとして展示されている。

 繭石を強奪するのが目的だが、下っ端たちはこれを奪う理由を把握していない。

「つーかただの石じゃん。なんでこんなのほしがるんスかね、テオ様たちは」

 キッドの疑問に「これだから馬鹿は……」とココナが舌打ちする。

「進化の石のように、特殊な力がある鉱石なのでしょう。何かのエネルギーにするつもりかもしれません。テオ様曰く、成功しなくても大きく損失はないそうなのであればいい、といったレベルの存在のようですが……」

 リジアが軽く説明するとキッドは「ふむふむ」と口にするが多分絶対にわかっていないなというのを全員が感じる。手持ちのグラエナの方がきちんと理解してそうだった。

「――肝心の、理由がわからないんだけど」

 ずっと黙っていたメグリが呟く。確かに詳細は知らされていない。

「さあ……私達に説明がないということは知る必要がないことなのでしょう」

 ある意味思考停止とも言えるリジアの発言にメグリはわずかに目を細める。が、すぐに息を吐いて博物館の見取り図を示した。

「それで? できるだけ目立つように立ち回るっていうんなら立てこもりでもする?」

「ああ、いいですねそれ。人質いたらスムーズに交渉もできそうですし、それくらいなら」

 ジムリーダー不在でも警戒するべき存在はいる。だが、立てこもりならそう簡単に突っ込んでこないだろう。

 その後も、小さな言い争いがたびたび起こるも、とりあえずおおまかな作戦は決まって解散という流れになり、席を立つリジア。

 しかし、なぜか机にうつ伏せになるシレネを見て、さすがに心配になって声をかける。

「ど、どうしたんですか」

「ヒロ君から連絡が来ない……」

 ものすごくどうでもいいことだった、とリジアはがんばって顔に出さずにオブラートに包む。

「今は任務のほうが大事ではありませんか」

「任務中は……さすがに、発信機の……追っかけもしないわよ」

「まるで普段はしているという言い方に恐ろしさしかないんですが、何をしているのですかあなたは」

 同僚がストーカーをしていることもそうだがたかが連絡がない程度でここまで気落ちするものなのかとリジアは不思議に思う。恋というものは正直自分には難しくてわからないと意識すらしたことがない。

「恋を……知らないあなたには……わからないでしょうね」

 どこか見下すみたいな物言いに、少しむっとするリジアだが何か言い返す前にシレネは部屋から出ていく。

 

 ――恋なんて、自分ができるはずないじゃないか。

 

 シレネのように悪事を働いても平然と人に執着して幸せを求めるなんてこと、今の自分にはできないとリジアは自嘲する。

 部屋から出て作戦までに準備を整えようと必要なものを考える。倉庫の備蓄で賄えない道具もあるので一度町に出るべきかとも考えながら、自室へと戻る道を行く。

 

 そんなリジアの後ろ姿を、メグリはじっと見つめ、見えなくなったところでリジアとは反対の方へと去っていった。

 

 

――――――――

 

 

 レンガノシティでの下準備も終え、リジアは一人暇を持て余していた。

 他の下っ端と合流するわけにもいかないので、作りかけだったぬいぐるみの一部に手を付けるかと屋外にも関わらず裁縫道具を取り出してぼんやりとしっぽにあたる部分を形作っていく。

「あいたっ」

 すると、なぜか空のボールが飛んできて頭にぶつかる。この辺に野生のポケモンなんていないのになんだろう、と不思議に思っていると投げた主がこちらに近づいてきた。

「すいません、手が滑って……」

「いえ……たいしたことじゃ――」

 差し出された手に反射で手を伸ばしてしまい、なんか聞き覚えが、と顔をあげるとそこには見たくない男の姿があった。

 

 ――どうして、行く先々でこいつと顔を合わせないといけないんだろう。

 

 

 

 

 その後、色々あったがなんとか丸め込んで解放され、そのお人好しぶりに今だけは感謝しつつ、シレネに押し付けて今度こそ見つからないところで明日、作戦決行に備えつつも暇つぶしにぬいぐるみを作っていく。

 ヒロがいるということは、その同行者たちもいるわけで、迂闊に出歩くとまた面倒なことになる。

 夜に一度全員で落ち合うまで、ぼんやりとちくちく無心で縫っているとふと、先程のことを思い出してしまう。

 なんのつもりでリボンなんて。別に高い買い物じゃないだろうけどわざわざ自分に贈るとかなんのつもりだ。

「まさか……あれですか。俗に言うスケコマシってやつでしょうか」

 脳内で繰り広げられる女に次々ちょっかいをかけていくヒロのイメージ。自分もその中の一人なんだろう。イリーナの言葉を思い出しながらリジアはきっとそうに違いないと結論付ける。

『男なんて自分勝手で都合のいい女を好き勝手弄んで捨てるようなやつらばかりだから、リジアは騙されちゃ駄目よ。あ、団の男はまあ、ギリギリセーフだから』

 外の男はろくなのがいない。そのはず、なのだがリジアはリボンをもらったことがどうしてか嬉しくてつい、少しだけマシな部類かもしれないと考えてしまいそうになる。

 そう思って自分のみつあみをつまみあげ、ヒロから貰ったリボンをつけたそれを指先で弄びながら、ぼそりと意味のないことを呟いた。

 

「こんなことで喜んでるうちは、私も子供ですね……」

 

 

 

――――――――

 

 

 ――博物館襲撃、更には脱走事件から一夜明け、リジアは自室でうつ伏せになりながら死んだ目で明るい窓の外を見ていた。

「好きって……なんですかそれ……」

 一応算段があったとはいえ、間抜けにも捕まって更にはテオの手まで煩わせたことへの自己嫌悪タイムが終わり、ようやく昨日の出来事を振り返ってあの告白が頭の中でリフレインする。

「……何……な、なん……なんですかそれ……わけがわからない……頭おかしいよ……」

 冷静に考えれば考えるほど、口調が乱れるくらいに混乱する事実にリジアは呻いていた。

「え? 何、どういうこと?」

 もはや全部悪い夢でも見ていたんじゃないかと頬をつねってみるが変わらない。

 人より少ない記憶の中で、初めて異性に好きと言われたせいで、リジアは混乱のあまり壁に自分の頭をうちつけだす。傍から見たらかなり危ない光景に、思わず壁の出っ張りに引っかかって様子を見ていたクレフも困惑している。

「――よし、寝よう」

 寝て全部忘れてしまおう。幸い、任務はしばらくないし、当番も明日の朝食担当だしと切り替えて髪を解いてベッドに潜り込む。

 

 ――大丈夫。寝て、しばらくしたらきっと自分も落ち着いて考えられるだろう。

 

 心配するクレフをよそに、早朝から寝に入ったリジアは布団の中で、赤い顔を隠すように目を強くつぶって枕に顔を押し付けた。

 

 

 




クレフ【意識した時点で負け】

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