新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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届かなかった手

 吹き荒れた風に視界を奪われる。吹き飛ばされた体は運良く咄嗟にボールから飛び出してくれたチルのおかげで緩和できたものの随分と引き離されていることに気づく。

「リジ姉! サイクパイセン!」

 キッドとテオが現れて二人に手を伸ばす。風でよろけたのか体勢を崩したリジアは慌てて立ち上がり、俺に背を向けてキッドに手を伸ばす。

 遠のいていく。放してはいけない手に縋るようにもう一度腕を伸ばす。

 

「リジア!」

 

 本当の名前を呼ぶべきかと、ほんの一瞬だけ考えたが今向き合っているのはあの日、最悪の出会いをしたリジアでしかない。彼女の覚えていない、本当の名前を口にしたところで見ているのは過去でしかないと。

 キッドの腕を掴んだリジアがテオの手持ちとともにテレポートでその場から消えようとする。

 その刹那、リジアは一瞬だけ俺を見た。

「――お人好し」

 声までは届かなかった。けれど、その口はたしかにそう呟いていたとわかる。

 消える直前、息を切らせて追いかけてきたリコリスさんが手持ちに攻撃させたりくろいまなざしを発動させようとするも遅く、レグルス団はそのまま姿をくらました。

「あ゛ああああああっ!! よくも! よくもよくもぉ!」

 激昂したリコリスさんが髪を引きちぎらんばかりの気迫で顔を覆い、その声の迫力にびっくりした手持ちたちがおろおろと慰めるように背中をさすり始める。

「許さないわぁ……ここまでコケにされるなんてぇ……!」

 

 結局、レグルス団の手がかりを失った夜の事件はリコリスさんの絶叫で幕を閉じた。

 

 

 

――――――――

 

 

 レグルス団のアジトでリジアは縮こまっていた。正確には一室で博物館襲撃を行った6人とテオが顔を突き合わせて重い空気でリジアを睨む。一人座るテオは死ぬほど機嫌が悪そうだった。

「言い訳は聞こう」

「も、申し訳ありません」

 第一に、味方を逃がそうとして自分が捕まったこと。

 第二に、逃亡中錯乱してしまったこと。

 第三に、これらのことで多大な迷惑をかけたこと。

 リジアはそれら全てに罪悪感を抱き、特に女性陣からの痛い視線に耐えながら口を開く。

「その……私のためにテオ様が……しかもダークライまで出させてしまい、大変ご迷惑をおかけしました……」

「はあ……もういい。シレネ。そちらは」

「ダークライの活躍もありまして……こちらはスムーズに。メグリが、すぐさま本物を探し当ててくれた、おかげで……はい」

 シレネが本物の繭石をテオに差し出すとテオは眉間の皺を少しだけ緩めて言う。

「ご苦労だった。今頃各地の作戦も滞りなく終わっていることだろう。お前らも休め」

 

 レンガノシティで派手に暴れている裏で、レグルス団は密かに、それぞれ別の目的で作戦を実行していた。そちらばかりに注目がいってまだ気づかれていないだろうとテオは考える。そのためにレンガノシティのメンバーは下っ端でも実力が高いメンバーを選んだのだ。

 

「ああ、リジアは残れ。ほかは下がっていい」

 怒りを隠そうとしない声にさすがにリジアは青ざめる。キッドが「そ、そんな怒らないでも……」と呟くがサイクに口をふさがれて半ば強引に退室させられる。シレネとココナはぶすっとした表情でリジアを一瞥するとどうでもよさそうに去っていった。メグリも、軽く頭を下げて退室すると静まり返った室内にリジアとテオが音も立てずにその場に残る。

 テオが立ち上がるとリジアがびくりと肩を揺らし、青ざめた顔が真っ白になる。

 伸ばされた手に殴られるのだろうかと目をつぶると、なぜか頭に手を置かれた感覚に、間の抜けた顔でリジアは顔を上げた。

「あまり心配かけるな」

 先程の不機嫌そうな顔から想像もできないほど穏やかな声。リジアは驚くと同時に泣きそうになる。

「ほら、言うことは?」

「ごめんなさい……」

「わかってるならいい。イリーナにどやされるのは俺なんだから無茶をするんじゃない」

 そう言って手を放したテオは「はあ」とため息をついてぼやいた。

「特別扱いしているつもりはないんだが……お前は特に妹みたいでやりづらい……」

 シレネとココナのことを言っているのだろうとリジアはすぐにわかった。確かに、下っ端なのにあまり幹部に馴れ馴れしかったり、特別扱いされるとどうも反感を買う。

 元々、テオとイリーナという幹部二人とは付き合いが長く、それこそ兄姉のように慕っていたリジアは久しぶりに優しいテオの声を聞いて不謹慎にも嬉しく思ってしまった。

「もう戻っていいぞ。ああ、あとイリーナには今回のことは黙って――」

 

「え、何? 何を黙ってろって?」

 

 いつの間にか、部屋の片隅に出現した女――イリーナにテオはぎょっとし、リジアも目を見張った。

「リジアただいま~! 大変だったみたいね。よしよし、かわいそうに。テオ、あとで覚えておいて」

 心底嫌そうに頭を抱えたテオをよそに、イリーナはリジアを抱きしめる。その際に、イリーナの豊満な胸がぶつかり、複雑そうなリジアはそっと離れるように声をかけた。

「イリーナ様、私は大丈夫ですので……」

「そうは言っても心配なんだから。リジア、やっぱり外に出る任務はやめない? 私の手伝いとか」

「いえ、せっかくですがイリーナ様のお役には立てませんので……」

 やたら距離の近いイリーナに、テオは呆れた視線を向け「よそでやれ……」と呟くとイリーナは「は?」と威圧する。

「だいたいあんた、リジアになにかあったらどうするつもり? 危険な任務はさせるなって何度言えばわかるのかしら」

「ボスの意向もあるから仕方ないだろ。お前こそ特別扱いやめろ。リジアが苦労するだけだ」

 幹部二人の喧嘩を横で困惑しつつ見守りながらリジアは考える。

 あの時、呼び止めたヒロの声を聞いて、あの場に残っていたらどうなっていたのだろうかと。

 こんな自分でも、少しはまっとうになれたのかもしれないと、夢を見る。

「……遅すぎますね」

 呆れ返るほどの無意味な感傷に、リジアは苦笑しつつ、幹部二人の喧嘩を止めるため間に入っていつもの笑顔を浮かべるのであった。

 

 

――――――――

 

 

 

 

 次の日、リコリスは目が隠れているのもあるがいつにも増して淡々と四天王たちと映像通信でやりとりしていた。

「今回の失態で私をジムリーダーから下ろすのかしらぁ。いいわよ、別に。私もそのほうが好きに動けるもの」

 拗ねたような言い方にフィルは頭痛をこらえるような反応を見せ呆れた声を絞り出す。

『リコリス……確かに落ち度はあるかもしれないが仕方のないことだ。それに、君以上に腕の立つトレーナーを新しくジムリーダーに据えるほうがこっちは大変だよ』

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 完全にひねくれているリコリスはあくまで淡々としている。だが、声にははっきりとわかるほど怒気が孕んでいた。

 あの夜、本物の繭石は厳重に保管していたにも関わらず盗まれてしまい、リコリスはついに一周回って落ち着いて怒り狂っていた。

 悪夢から目覚めない人間はまだ十数名。稀に見る事件に次ぐ事件でマスコミはうるさい上に、レグルス団への注目も高まっている。

 これまで以上にレグルス団は暴れることも予想されるが何より、目的が未だ不明瞭なことが不気味だ。

「別にいいのよ。私だって半ば惰性でしてるようなものだし。……あと、あの子との約束もあったけど、もう意味のないことだもの」

『君といい、ユーリといい、君たちはユーキのことを引きずりすぎだ。あまり言いたくないが、あの子を言い訳にしているだけに見えるよ』

「……ふん」

 反論できないのか、リコリスは鬱陶しそうに目をそらす。

『とにかく、ジムリーダーはこれからも継続してくれ。あと今回の一件に関するレポートを』

「わかったわよぉ。じゃあね、おじさま、みんな」

 半ば無理やり通話を切ったリコリスはふーっと息を吐いて嘆息する。

「向いてないのよねぇ……」

 

 自分自身を嘲ると、リコリスは出かける準備をするために立ち上がる。不安そうなジュペッタが袖を引っ張り、それを見たリコリスは「大丈夫」と小さく言ってジュペッタを撫でた。

 

 

――――――――

 

 

 昨夜の事件が落ち着いてきた昼頃、ポケモンセンターでおとなしく休んでいるとシアンがクルマユを抱えて部屋に入ってくる。

「ヒロ君。リコリスさんが呼んでるですよ」

「ん……ああ」

 あまりやる気のない返事をして起き上がる。イヴが心配そうに見てくるがあまりに気を使える余裕がなかった。

「……ヒロ君、あんまり落ち込みすぎるのもよくないですよ。まったく、こんなときに限ってイオ君もえっちゃんも外に遊びにいくなんて……」

 ぷんぷんですよ、とぼやくシアンに苦笑を浮かべつつ、一人でポケモンセンターの共同スペースに向かうと、リコリスさんが座りながら俺を待っているのが見えた。

「すいません。おまたせしたようで」

「ああ、いいのよぉ。こっちも急だったもの」

 向き合って座ると、ボトルに入った飲み物を差し出され「買ってきたからあげるわぁ」と半ば強引に押し付けられた。ミックスオレのようだがポケモンの回復アイテムの印象が強すぎて口にするか悩む。

「なんとなくねぇ……誰かと話したくて、ヒロ君に聞いてもらおうかなって」

「はあ」

 いまいちよくわからないが俺が聞いてもいいんだろうか。ボールから出たイヴが足元でリコリスさんのジュペッタとなんか遊びだしているのが目に入る。あれだ、アルプス一万尺的な動きだ。

「ヒロ君、あの下っ端と知り合いだったんでしょ」

「……ええ、まあ」

「余計なことされても困ると思ってきつく言っちゃったけど、こうなるくらいなら会わせてあげるべきだったなぁって、思っちゃって」

 妙に落ち着いた様子のリコリスさんは相変わらず表情が口元しかわからない。怒っていたり悲しんでいる様子は見受けられないがどこか寂しそうな感じだ。

「ちょっと長いけど聞いてくれる? 私ね、好きな子がいたのよ」

 

 

 

 リコリスさんは昔の話を俺に語ってくれた。

 

 幼い頃、気弱で人付き合いが苦手だったリコリスさんにはいつも導いてくれる親友がいたらしい。

 リコリスさんはその子に恋をして、ある日、思い切って告白したが、相手は申し訳なさそうに「ごめんね」と言った。

 言わなきゃよかったと後悔したリコリスさんはその親友に会いに行くのが怖くてしばらく閉じこもっていたが、勇気を出して会いに行った。

 だが、その親友は悪党に誘拐されて、未だに見つかっていないらしい。

 もう、ずっと何年も昔のことだと、リコリスさんは言う。

 

 

 

「私ねぇ、その子との最後の思い出があんな顔をさせちゃったことなのがずっとずうっと嫌で仕方ないの」

 遠くを見るように窓の外に視線をやったリコリスさんの声は物悲しい。

「だからね、私は強くなってあの子を助けようと思ったの。あの子とも、強くなってみせるって約束したしね」

「お、俺、そんな大事な話聞いちゃっていいんですか?」

「え、ああいいのよ。なんか誰でもいいけどあんまり身内だと話しづらいこともあるしねぇ。特に私、ジムの子には尊敬されてあんまりそういう話できないし」

 ジムリーダーの立場も大変なんだなぁ。足元のイヴとジュペッタを見ると飽きたのかぐてっと二匹とも寝転んでいる。

「ていうかねぇ……身内というかユーリには絶対に言えないし……うん、まあ、肩身が狭いわぁ」

「なんで言えないんですか?」

「いや、ほら、だって――うーん、引かない?」

 リコリスさんが珍しく困ったように照れており、なんだろうと気になって「引きませんよ」と答える。

 すると、リコリスさんはもじもじしながら小さな声で俺に囁いた。

 

「だって、その親友、女の子なんだもの」

 

 

 

 ――突然のレズカミングアウトに、俺は驚きというか困惑というか、意外すぎて思考が停止した。

 

 

 

「ああもう、ほら引いてるっ! 引いてるわ! ち、違うのよ! 好きになった子がたまたまそうだっただけでそんな節操ないわけじゃないんだから!」

 慌てているリコリスさんはキャラが崩れているのか思わず早口で俺の肩をつかむ。

「い、いや、引いてないんですけど……その、一途だなぁと」

 子供の頃振られた相手(しかも同性)を未だに好きでいるとか相当だと思う。異性だってそんなに想い続けるのは難しいだろうに。

「まあ、想うだけなら誰でもできるわぁ。問題はその先よ。行動に移すのはとても難しいことだもの」

 リコリスさんは自分の買った分の飲み物がなくなったのか空になったボトルを机の端に寄せて言う。

「君があの時、下っ端の名前を呼んだときね、わかったの。君も私と似たような報われない想いを持ってるって」

 あの時、リジアの名前を呼んだものの、過去のシオンへの想いも確かにこもっていた。そういう点では確かにリコリスさんと同類かもしれない。

「君は――どうしたいかしらぁ」

「俺は……」

 今までぼんやりと、ただ旅してポケモンをゲットできればいい。ジムはついでで、特に明確な目的もない旅をするつもりだった。

 でも、今は少し違う。

 

「強くなりたいです」

 

 リジアを引き止めるだけの力を。もう一度、あの時みたいに笑ってほしい。

「……ま、昔も一般人の少年が悪の組織壊滅させちゃった話とか聞くもの。本当は褒められたことではないけど、私に止める権利もないわぁ」

 足元にいたジュペッタを軽く揺すって、リコリスさんは微笑む。そのまま浮き上がったジュペッタがリコリスさんの隣で俺を見て笑う。

 

「それならせめて私を倒してみなさい。待ってるわ、ヒロ君(挑戦者)

 

 

 


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