新しい人生は新米ポケモントレーナー   作:とぅりりりり

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ちょっとだけホラー要素が数話続きます


お屋敷ラプソディ1

 

 レンガノシティへと向かう途中、俺達は――完全に迷っていた。

 

「ここさっきも通ったよな……」

 木につけた印を見るのはもう3度目になる。

 疲れ果てた俺たちは進めど全く抜けられない森の中で頭を抱えていた。

「ていうかこの森、野生のポケモンが挑んでくるならともかく遠くからめっちゃ見張られてるみたいでこえーんだけど」

 そしてさっきからずっとシアンが黙っており、いつもならうるさいシアンが静かなのもあって心配になってくる。

「シアン、大丈夫か?」

「だっ、だいじょうぶれふよ!」

 もしかして怖いんだろうか。

「ぜんぜん! へいきでしゅが! 手をつないでほしいですよ!」

「平気じゃねえだろ」

 仕方なく手を繋いでやると反対側はエミの手っていうか袖をつかんで横一列で3人並ぶアホな光景ができあがる。イオトは苦笑しながらそれを後ろから見ていた。

「んー、これ本当にどうする? 空飛んで脱出したほうが早い?」

 できるとは思うけど木がやけに高いところまで伸びているどころか葉や枝が組み合って光を完全に遮断している。

 どうしたものかと悩んでいると激しい雨が降り始め、慌てて雨を凌げそうな場所を探すがちょうどいい洞窟とかは見当たらない。

「あれ、あそこ明るくない?」

 エミが何かに気づいて袖で示すと、そこにはオレンジ色の明かりが漏れた洋館だった。

「あそこで雨宿りさせてもらうか」

 シアンもさすがにずぶ濡れで嫌だとはいえないのかおとなしくうなずいで洋館へと駆け寄る。

 イオトが代表でノックするとしばらくして落ち着いた雰囲気の女性が顔を覗かせる。髪をアップにしてきちりと身だしなみを整えた女中さんといったところだろうか。

「どうかされましたか?」

「森を抜けてレンガノシティへ向かおうとしたら迷ってしまったんですけどこの雨で……。しばらく雨宿りさせてもらえませんか?」

 イオトの外面気持ち悪い。

 それはさておき女中さんは嫌な顔ひとつせず「それは大変でしたね……どうぞ」と中へ入れてくれる。

 中はそれほど華美ではないものの整えられた屋敷で、明かりも落ち着いた色で暖かみを感じた。

「ちなみにここの主人の方は……」

「旦那様は旅の方からお話を聞くのが大好きでして。恐らく問題ないかと。客室がございますのでまずそちらにご案内しますね。雨もしばらくは止まないでしょうし今日はお泊りになってください」

 二階の客室に案内され、全員別室を提案した女中さんだがシアンがなぜかびびって全員一緒がいいと言い出した。

「あら……年頃のお嬢さんですが……よろしいのですか?」

「絶対今夜は一緒がいいです! お願いしますですよぉ!」

 俺とエミの腕を放さないシアンに呆れつつもまあどうせ間違いとかあるはずないしいいかと開き直って「じゃあ全員一緒で」と答えると薄く微笑んだ女中さんが「かしこまりました。仲良しなのですね」と大部屋へと案内してくれる。

 通された大部屋にベッドが4つ。女中さんは旦那様とやらに報告とお風呂の準備をするとのことで一旦去っていった。

「シアン、今日は特に変だな」

 いつもうるさいしズレてるしわがままマイペースなことが多いが今日はやけに一緒部屋にこだわったしあからさまに変だと感じる。

「うぅ……なんか嫌な予感がするですよ……怖いですよ……こう、夜になったら一人一人消えていく系のホラー映画を思い出すですよ……」

「シアンってもしかして怖いの無理なのか?」

 ずぶ濡れで男性陣が着替える中、シアンは背を向けてベッドに体育座りで縮こまり「オバケはだめですよ……」と小さく呟いた。

「シアンもかわいいところあるんだな」

「うるせえですよ! オバケがちょっと苦手なだけでゴーストタイプは殴れるからオッケーですし!」

 お前の基準は殴れるか殴れないかの差なんだな。

「ボクも着替えてぇですからみんな後ろ向いててほしいですよ」

 誰も見たがらないので全員そっと背を向け、洋館のことについてぼそぼそと話し始める。

「ていうか地図にこんな洋館あるってあった?」

「個人邸宅とかなら別に載らないだろ」

「それもそうだけど結構でかい洋館なのになんもないってのも不思議だな」

 一種の名物みたいなものになっていてもおかしくない。といっても俺らだってこの辺に詳しくはないので勝手な憶測の域を出ない。

「着替えたで――」

 突如、シアンが言葉を失い直後に「びゃあああああああ!」と叫びながらエミにしがみついて半泣きで喚いた。

「窓に! 窓に!」

 落ち着け。

 示した窓にイオトが寄ってみるが「何もいないけど」と冷静に言われてシアンも少しだけ落ち着き「いや、でも……き、気のせいですか……?」と自信なさげに窓を見る。

 窓には雨が当たって水滴が流れ落ちている。

 雨風が強いせいでなにかと見間違えたのかもしれない。

「そんなびびんなよ」

 警戒の解けないシアンはエミにしがみついておりエミが「ちょっと動きづらいから離れて」と講義するがきいちゃいない。

「ぜっっっったい一人にしねぇでくれです!」

「はいはい……」

 そんなこんなしてると女中さんが風呂の準備ができたと案内してくれるがさすがに4人で入るわけにもいかないので風呂の外でシアンが一人待つことになり、ここでまた駄々をこねたシアンと格闘するハメになる。

「一人にしないでですぅぁあああああああ」

「ちょっとくらい我慢しろ!」

「せめて一人残ってですよぉおおおおお」

「風呂借りてんのにちんたらやるほうがもうしわけないだろ!」

 ものすごく嫌がっているがどうにかシアンを説き伏せてイオトがマリルリさんを、エミがウインディを、俺がイヴを残して先に風呂に入ることになった。少なくともマリルリさんがいるだけで過剰戦力だろうし。

「まったく……そんな怖がることか?」

「あれでも一応女の子ってことじゃない?」

 女の、子……? よくわかんねぇです口調の筋肉フェチが女の子かと言われると疑問符しか出ない。

 風呂場は公共の施設ほどではないが一邸宅としてならそこそこ広く、3人で入っても余裕がある。

 相変わらず外は大雨。窓に雨粒がぶつかる音がしてシアンではないが少々びくっとしてしまう。

「森が不気味だったしシアンがびびるのもわかるけど屋内でそんな――」

 

「ぴょあああああああああああああああああああああああああ」

 

 突如、シアンの絶叫が聞こえてきて慌てて風呂場の外で待つシアンの元へ駆けるとウインディにしがみついているシアンが物陰に隠れるように半泣きになっていた。

「ど、どうした?」

「絵がぁ……絵がぁ……」

 廊下に飾ってある絵を指差す。その絵は肖像画のようで男性が座っている様子が描かれている。

「目が……目が……」

 断片的な情報だけでさっぱりわからない。

 一応エミが絵を見てみるがなんの変哲もない絵画だ。

「目が動いてこっちを見てきたですよぉ!」

 ようやく喋れるようになったシアンが慌てて出てきたため半裸の俺にすがる。足元で首をかしげるイヴの様子から本当に動いたのかは怪しい。

「見間違いだろ」

「マリルリさん見た?」

 イオトもマリルリさんに尋ねるが「まーり?」と首を傾げており恐らくその現場を見ていないようだ。

「まったく……びびりすぎだって。もうちょっとであがるからおとなしく待ってろって」

 さすがにこう何度も勘違いで騒がれてはこちらも疲れる。

「ウインディ。シアンに優しくしてやって」

 エミはウインディにそう言って風呂へ戻っていく。ウインディは渋々だが頷いてシアンに肉球を差し出す。お前の優しくはそれなんだな。

 まだ半泣きのシアンを置いて風呂に戻り、とりあえずさっさと済ませて風呂から出て半泣きのシアンを風呂へと押し込めて風呂場の外でぼけっと待ちながらシアンを待つ。

 ポケモンたちと入ってるし身の危険はないだろう。ただし――

 

「みゃあああああああああああああああああ」

 

 あいつのびびりがなくなるとは限らないんだよな。

 とはいえさっきみたいに俺らが風呂に突入するわけにもいかないしなぁ。

 エミとイオトもどうする?と見てきて3人で見つめ合いながら考えていると「はやぐきてですよぉ゛!」と泣き叫ぶ声がしたので渋々中へと入る。

「湯船に何かいたですよぉ……」

 一応タオルを巻いているからセーフということにしておこう。

 水で濡れたウインディにしがみつきながらシアンが湯船を指差すが当たり前のように何もいない。

「あのなぁ……お前いい加減に」

 呆れてものも言えないと思ったその時、窓の外の何かと視線が合う。

 

 ぎょろりとこちらを見て窓に手をついてじっと見ている何か。俺以外は気づいていないのか蹲っているシアンを見ておりポケモンたちもわざわざ窓の方を見ていない。

 

「外――」

 声に出した途端、窓の外の何かは消え、ん?とイオトが窓の方を見るが当然何もいないそこを見て苦笑する。

「なんだお前までびびってんのかー?」

「いや……外になんか……」

「シアンじゃないんだからさー」

 エミもからかうように言い、とりあえずシアンを置いて外に出ることにするが先程の視線が気になって冷静でいられない。

「ヒロー?」

 エミが肩をたたいてくるだけで思わずびくりとしてしまい、からかわれるように笑われる。

「なんだほんとにびびってんの? シアンと仲良くビビリコンビ結成かな~?」

「やめろよそういうの」

 さっきの視線が人間とかでも恐ろしいがもし人間ではない何かだと思うとぞっとする。

 数分して、シアンが出て来るが風呂上がりだと思えないほどびびって震えている。シアンの気持ちが少しわかったのであまり雑に扱えなくなってきた。

「とりあえずご飯行こうか。女中さんが食堂で待ってるってさ」

 エミは既に腹が減ったと待っている間もぼやいていたので食事が待ち遠しいのだろう。

 シアンは今度は俺にしがみついて歩くがイヴもクルマユも大丈夫?と心配こそしても恐怖体験をしてないのでどこか他人事だ。

 食堂につくと古めかしい雰囲気の広めの部屋の中心に長いテーブルがあり、真っ白なテーブルクロスが敷かれ、その上に豪華な食事が並んでいた。

 テーブルの一番奥に座る細身の中年男性は俺達を見て鷹揚に笑う。

「おお、旅の方々。ささやかですがもてなしの席を用意させました。旅の疲れをどうか癒やしてください」

 人の良い笑顔で席へと誘導され、俺たち四人が並んで座ると女中さんがスープを運んできてくれる。

 ふと、窓にバンッと強く木の枝でも当たるような音がしてシアンがびびって頭を抱える。主人であろう男はおや、と不思議そうな顔をした。

「どうかされましたか?」

「いや、この子ちょっと怖がりなだけで」

 イオトが笑いながら茶化して主人に言うと顎に手をやったその人は上品な声で言った。

 

「では少し明るくなるような話をしましょうか」

 

 ――主人は語り始める。

 

 昔々、ジラーチのことを研究する男がいました。

 男はジラーチの願いを叶える力を人々のために利用できないかと考え、ジラーチを目覚めさせるために様々な地に赴き、ジラーチの居場所を探し求めます。

 男には妻と娘がおり、娘のことをたいそうかわいがっていました。しかし、研究にばかりかまけて娘に構うことがほとんどありません。

 ある日、ジラーチを目覚めさせるために必要な歌を知り、試してみますが効果はなく、諦めてこの地を去ろうとしましたが、娘が歌うとジラーチが繭から目覚め、娘と友達になったのです。

 男は悩みました。ジラーチを利用するつもりが娘と仲良くなり、彼の良心が研究をするべきだという気持ちを押さえ込んでしまいました。

 だが本来千年周期で目覚めるジラーチを中途半端に起こしてしまったのもあり、ジラーチは本来の力を発揮できず、娘はジラーチのためにもきちんと眠らせてあげるべきだと提案します。

 娘を何よりも大切にしていた男はジラーチの研究を諦め、ジラーチを再び眠らせることにします。

 

 そして、ジラーチは最後に自分の願いをテレパシーで告げたのです。

 

『君が幸せな人生を歩めますように。願われるだけのぼくが初めて願った、友情の証だよ』

 

 どうか幸せに。二度と会えないのがわかっているからこその願い。せめて幸せに過ごせるようにと願われる存在の願いは叶えられるかはわからないけれど、娘は笑顔でジラーチを見送ります。

 

『おやすみなさい』

 

 その後、男は研究を辞め、妻と娘とともに静かに、幸せに暮らすことにしましたとさ。

 

 

 

 

 言ってしまえば子供向けの絵本のような話だ。

 シアンはさっきまでびびっていたにも関わらず「おお……」とちょっと感動している。お前の感受性の高さは羨ましいよ。

「……なんで娘が歌ったらジラーチは目覚めたんだ?」

 エミが不思議そうに呟き、口元を袖で隠す。

「娘が歌ったのは男が知っている歌詞とは違ったんだよ。言い伝えにある歌詞が間違っていたのか、意図して間違った歌詞を伝えたのかはわからないが娘の間違いが偶然の出会いを引き起こしたってことだろう」

 その返しに、エミは「へぇ……」と呟いて食事を続ける。

 一方イオトは「ジラーチとかマジでいるのかねぇ」と他人事のように呟く。

「ジラーチがいたらボクは素敵なマッスルイケメンと出会えるようにって願いてぇですよ」

「お前のそこはブレないんだな」

 ちょっといつものシアンに戻って安心した。しかしジラーチかぁ。

 もしいたとして、願いが叶うと言われてもぱっと願いが浮かばない気がする。シアンみたいに出会いを求めるわけでもないし、自分の夢は自分で叶えたいし。

 少しだけ元気になったシアンはさっきよりそんなにびびらなくなったのか穏やかに食事を終え、さっさと寝てしまおうと部屋へと戻る。

 4つベッドがあるのだがシアンがそれを動かしてむりやり4つ繋げた形になり、シアンはその真ん中を陣取った。

「これで安心ですよ!」

「俺ら一応男なんだけどそれでいいのかお前は」

 俺らへの警戒心皆無かよ。

 まあ間にポケモンも挟むから間違いとか起こらないとは思うがこう、いいんだろうかという気持ちはある。

「今一人で寝るくらいなら開き直ってみんなで寝たほうがマシですよ!」

 まあ、うん……もういいや。

 結局、エミ、シアン、俺、イオトの順番で合体させたベッドで寝ることになり、マリルリさんやクルマユ、イヴとかグーとかパチリスなどの小さめのポケモンたちも交えて明かりを消して「おやすみ」と声をかけて目を閉じた。

 

 強い雨風の音が止まないまま、無防備に眠る俺たちを見つめる何かがいることに気づかないまま。

 

 

 

 




本当は夏のうちに書きたかった話なのは内緒だ。

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