物語は比較的順調に進み、素人演技ではあるが観客はそれなりに楽しんでいる様子だ。
サーラの演出とやらもそこまで過激なものではなく、煙や光などを魔法とやらで更に効果的に彩っている。こういうことできるならこういうことだけやってればいいのに……。
三人とポケモンたちで訪れた根城を進み、青の王子と赤の王子の言葉で成長していく白の王子。
三人で協力し、魔女を一度は退け、赤の王子は国の宝を取り戻し、青の王子は攫われた姫がいる塔へと……といったところで一度白と赤の王子が退場し、イオトとエミ二人でのやり取りとなる。
エミ大丈夫か……? 死ぬほど嫌そうな顔していたけど。
この後のストーリーは青の王子が姫を見つけ、魔女がこの場から消えたことで目覚めた姫と愛を確認して一足先に国へ帰る……というシンプルな流れなのだがさっきから全く状況が変化しない。というかなんかイオトがセリフを言っているのだがアドリブが混じっているようだ。
「あれ、なんで動かないんだ? もうあとは姫が目覚めて連れ出すだけだろ?」
舞台の様子を見守っていた裏方の一人が不思議そうに呟き、アンリエッタさんも反応する。
「うん? おかしいな。もう動いてもよさそうだが……」
舞台が停滞している。それになぜか不安を覚えた俺はふとシアンを見るとシアンも俺を見る。……そういえばあいつ一度もまともに台本見てなかったよな……?
「大丈夫さ。イヤホンでセリフ指示ができるようにしてるしそうそうトラブルなんて――」
『あ゛っ』
シアンと同時にあることが脳裏に浮かび、慌てて舞台の様子を確認すると仰向けで眠っているエミの姿が見える。というか完全に硬直している。
「た、大変です! エミさん声が届いていないようで指示を全く聞いてもらえません!」
「ここで機材トラブル!?」
そうだった、エミはただ触るだけで機械を壊すようなやつだった。そんな簡単にトラブルが起きるはずないのは普通はそう思うだろう。あいつは機械に関しちゃマジで常識の範囲外をいくやつだった。
「しかたない。イオト君にアドリブで動いてもらう……か?」
苦渋の決断というように重く言うアンリエッタさんはイオトに状況を伝えるよう指示を出す。
いや、アドリブにするのは仕方ないにしてもどうすんだこの状況……。
ふと、舞台に注意がいっているため誰も気づかないが後ろのほうでクレッフィが通りかかった気がする。一瞬、クレッフィといえばリジアが浮かぶがここに来る理由とかないだろうし誰かの手持ちだろうと再び舞台の方へと意識を切り替えるのであった。
――――――――
エミは内心とても焦っていた。というものの、セリフを一切覚えていないからである。
この後何を言えばいいのか、というか指示が一切届かないとか色々あってパニック寸前でどうするべきか考える。
(まずい……起き上がってもセリフがわっかんねぇ)
セリフは伝えるから大丈夫ですよーと言われ、やる気もないためそのままで出たら声が一切聞こえてこない。いやまさかそんなタイミングよくピンポイントで壊れると思わないだろうと自分を擁護するもそれどころではない。
起きることは可能だがその後の立ち振る舞いがわからず、ただただ誰かが現状に気づいてくれることを願うばかりである。
すると、イオトがなにかセリフを続けていたのを止め、一瞬の静寂が場を支配する。
「ああ……我が愛する人。もうその命の灯火が潰えてしまったというのなら僕は……」
(あれ、なんか死んだ流れになってる?)
都合はいいが話としてそれはありなのか?とエミは内心思うも成り行きに身を任せて早く終わらせてやろうと思っているようでおとなしくしている。
「せめて、最期に口づけを――」
(はあっ!?)
信じられないセリフに思わず客席から見えない位置でどついてみせるがやはり観客のこともあって全くといっていいほど力を込められず、気配だけ近づいてくる感覚にぞわぞわ恐怖しながらもういっそ目を開けてしまいたい衝動に駆られるエミ。
(いやさすがに本気でしないよな? フリだよな? 角度とかで誤魔化すんだよな? なあ!?)
通じるはずない念を必死に届かせようとするも、そのかすかな願いは届くはずもなく。
「セリフ覚える気がないお前が悪い」
本当にエミにしか聞こえないような小声で怒っているように呟いたイオトの発言にエミはすべてを悟って、心が死んだ。
そして、その直後に唇がぶつかった。
――――――――
イオトのキスアドリブと同時に語り部さんが突如生やした設定で「目を覚ましたけど声を失った姫」を連れ帰るために白の王子に別れを告げる青の王子。そして、赤の王子も宝を持ち帰るため一度別れることとなった。
かける言葉が見つからなかった。なんというか、怒るとか通り越して虚無になっているエミの背中が煤けて見える。
「……僕の……僕のファーストキスはあのクソ野郎に……」
やばい、マジで声かけられねぇ。
ちなみに他の人達は気まずそうだったりなぜか妙に笑顔だったりして誰もエミ本人に近寄ろうとしない。
そんな中、元凶の張本人であるイオトは頭の後ろを掻きながら言う。
「ったく、たかがキス一つでそんな凹むなよ。これだから童貞は……」
やや不機嫌そうにそう吐き捨てるとポケモンたちに憐れまれたのかコジョンドやマリルリさんがエミを慰めるように肩をたたいたり背中をなでている。ウインディ、曖昧な顔してやるなよ。
「つーかアドリブであれやっちゃったけどこの後のやつ大丈夫ですか?」
脚本の人になにかを聞いているイオトはもはやエミのことを気にしている様子はない。酷い。
「うーん、まあ大丈夫かな。キスネタが被ってもまあなんとかなるよ」
そうだ、この後俺がやる部分もキスシーンあるんだよな。といってもグレイシアになんだけど。
この後は俺とアンリエッタさんの出番である。再び一人となった白の王子の旅路に緑の王子が現れ、彼に協力することになるのだが、姿もわからない姫を探すことの不安と、どんな姿になっても彼女を愛せるかという苦悩を吐露し、かつて自分が青と赤の王子に導かれたように緑の王子に言葉をかける……という流れである。
要するにこの話は導かれる白の王子が、最終的には自分もまた人に道を示すように成長するというもの。
なので俺の役はそこそこ重要のはずなのだが……イオトが無駄にハマっていただけにプレッシャーがすごい。
「ヒロ君、頼むよ!」
脚本の人に声をかけられたので袖へと向かい、緊張の成果増えた唾液を飲み込んで舞台へを上がった。
――――――――
緑の王子は姿を変えられた姫の手かがりを白の王子と共に手に入れる。しかし、その手がかりとはポケモンたちが徒党を組んで人々を襲っているというものだった。
凶暴化した野生のポケモンと一緒になっていることを聞き、王子たちはその噂の森へと急ぐ。
「彼女がもし、元に戻らなかったら、なんてことを考えてしまうのです」
「ポケモンになってしまった姫を受け入れられないということですか?」
「それもあります。ただ僕は、彼女の見た目より心に不安を覚えるのです」
セリフ噛まないかなと不安になりつつも順調に進んでいき、王子のお悩み相談のターンだ。
「彼女は人に危害を加えるような人ではなかった。もし、ポケモンになったことが原因でそのように心が変わってしまったのか、それとも元々そうだったのかがわからない……」
「なるほど。どちらが本当の彼女なのか、ということですね」
アンリエッタさんこと白の王子が歩み寄り、俺こと緑の王子の手を取る。
「君は、難しく考えすぎだ。まるで少し前の僕のように」
「あなたのように、ですか?」
白の王子は微笑んで頷くと、大きく手を広げる。
「人もポケモンもいくつもの面があり、様々な可能性がある。いいこともすれば悪いこともする。だから、君がもし姫になにかできるなら受け入れることだと僕は思うよ」
あとで聞いたのだが、ここのやり取りは原作はもう少し難しい話をしているらしく、子供向けということでわかりやすさを重視しているとのこと。
小難しい話だと俺も演技がし辛いので助かった。
そして、件の森へとたどり着き、そこで俺たちの前に立ちはだかったのは──
「ぶいぶい!」
「しゃわー!」
ブイズの集団である。クッソかわいい。
そう、この暴走ポケモンとはブイズたちのことであり、ここを変えられなくて代理リーフィアとグレイシアを探していたのだ。
彼らの暴走を鎮め、本物の姫が誰かを当てて呪いを解くという流れなのだが──
「ん?」
アンリエッタさんが演技を忘れたかのように突然上を向くとに何かがアンリエッタさんにまっすぐ襲いかかる。
しかし、ロズレイドがそれを涼しい顔で防ぐとその襲撃者はライトに照らされてようやくその姿を現す。それはゲッコウガだった。
「何……っ!?」
ゲッコウガだけでなく、グライオンも現れブイズたちを襲い始める。
ど、どうすればいい? 乱入してきたポケモンたちを放置するわけにもいかないがここで劇を中断していいのか、判断に迷う。せっかくここまで皆ががんばったのに……!
ちらりとアンリエッタさんを見ると任せて、といいたげな目で返されるので少しだけ安堵するもゲッコウガは水手裏剣を手に襲われて暴れるブイズの中からグレイシアの首根っこを掴んだ。そのまま跳んで逃げようとするゲッコウガを止めようとボールに手をかけるがその前にイバラの鞭がゲッコウガの行く手を阻み、舞台に叩きつける。
その際、手放されたグレイシアを受け止めてやると、空中で振り回されたからか目を回しているらしく、とりあえず怪我はしていないようだ。
叩き落とされたが持ち直したゲッコウガはブイズの相手をしていたグライオンとともに少し下がってこちらを威嚇し続けている。
「なるほど。彼らが暴れていたのはこの魔女の手下たちのせいだったんだね」
話こじつけた……。
もう中断しても仕方ないと思いますよアンリエッタさん。まあでも客席の様子を伺うに演出と思われているみたいだしなぁ。観客に危険が及ばない限りは続けそうだこの人……。
仕方ないので俺もその方針に乗っかるために改めてポケモンを出して応戦する構えを取る。
緑の王子の手持ちとしてエルレイドとサーナイト、つまり俺のエルドとエミのサーナイトである。舞台をこのまま続けつつこいつらをどうにかするならこの二匹でどうにかしないといけない。
……ん? ていうかあれ、やっぱりリジアの手持ちじゃねこいつら。
冷静になって乱入ポケモンを見るとなんか見覚えあるなぁと思ってたらリジアの手持ちならそりゃ覚えがあるに決まっている。でもなんでここにいるんだ。本人がどこかにいるとしたら何の目的でここに?
「狙いはそのグレイシアだ。きっとその子こそが──」
ロズレイドのイバラをかいくぐり、サーナイトにだましうちを仕掛けたがエルドが腕で攻撃を受け止め、ガンッという鈍い音が響く。
「エルレイド! かわらわり!」
ゲッコウガを掴んでそのまま叩きつけるようにかわらわりをお見舞いする。この至近距離だ、モロに食らったはず。
ゲッコウガのピンチに気づいたグライオンはどくづきを食らわせようとしてくるもロズレイドは直接触れずに飛んでいるグライオンの尾をイバラでつかんで下へと引きずり下ろす。
サーナイトはミストフィールドを発動し、グライオンの毒の脅威から味方を守り、そしてエルドがすかさずサイコカッターで攻撃し、サーナイトもサイコキネシスで追い打ちをかける。
おお、さすがエミの手持ち。指示しなくても合わせてくれる。
一応緑の王子の見せ場だからかアンリエッタさんはほとんどサポートだったが様子を見るにこちらが危なければすぐにでも手を出していただろう。思ったより余裕あるなぁ。
そんなわけで思ったよりあっさり倒せた二匹をこっそりサーナイトと裏方のエスパーポケモンがねんりきで動かして舞台からどかす。
とりあえずアクシデントはあったが本来予定していた部分をすっ飛ばしてオチまで持っていけるな。
「この子が姫……?」
「魔女が狙っていたし、よく見ると他のポケモンたちとは行動も違っていたね」
姫がグレイシアだと気づいた二人は姫をどうすれば元に戻せるのかと考える。そして、真実の愛を示す──そう、キスで真の姿へと戻すのだと。
ようやく目を回していたグレイシアを予定していた場所へと連れてき、抱きかかえながら当初の予定通りのセリフを言う。
「どんな姿になろうとも、罪を背負ったとしても、私はそれでもあなたを愛しています」
――罪を背負ったとしても。
なぜだろうか。その時頭に浮かんだのはリジアのことだった。
紛れもなく、悪人であり、いつか裁かれることになる。って、これは劇だし余計なことを考えたら駄目だ。気持ち切り替えろ。
「どうか、あなたのそばにいさせてほしい」
よし、このあと一度暗転したら姫役の人と入れ替わる手はずだ。これは元々予定していた演出と同じだしなんらかのトラブルが発生しなければスムーズのはず。そしてあとは白の王子の成長と、緑の王子と姫との別れをやってハッピーエンド。グレイシアがあとちょっとおとなしくしてくれれば問題ないだろう。
ちなみにグレイシアはすごく不満そうにしているが先程よりはおとなしい……というよりなんか表情は不機嫌そうなのに尻尾が揺れている。もしかしてセリフに反応して喜んでるのか? だとしたらずいぶんと素直じゃない性格だなぁと思いながらキスのフリのためにグレイシアを抱え、顔を近づけ――
その瞬間、ぼんっとどこか聞き覚えのある音とともにさっきまで抱えていたグレイシアの重みが急に増し、慌てて力を込める。しかしそこにいたのはグレイシアではなく、顔を真っ赤にしたリジアであった。
アンリエッタ○○○○ゲージ:80%→90%
そして当作品連載2周年になりました。いつも読んでくださっている方々、ありがとうございます。記念イラスト(自作)とお祝いに描いていただいたイラストがあるのでここで掲載。
自作
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頂いたお祝い絵(丸焼きどらごんさんからいただきました)
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大変スピードが落ちていますが早くジム巡りまで終わらせたいのでがんばります。
劇でエミに慈悲は……?(ヒント:役とお約束)
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あげるべき
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慈悲などいらぬ、やれ
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