最低系チートオリ主がライブでサイリウムを振るお話 作:hotice
さて、ついにこの時がやって来たのだ。生で765プロのライブを見れる日が!
俺のテンションは天をも貫いていた。約半月の間に積み上げた俺のオタ芸を見るがよい。たかが半月、しかしこのチートボディにかかればそれでもなお十分な時間なのだ。
なにせお遊びで何年か刀を振るっていたが、ぽろっと燕返しを習得できてしまった。あの佐々木小次郎が一生涯をかけて辿り着いたそこに、俺は軽く到達してしまったのだ。
まあ剣の振り方すら自己流の小次郎と違い、ネットで基本的なことは習得できたのも大きいのだろうが。それでもこのチートボディは半端じゃない。
もうじきライブが始まるようだ。
しかし…、先ほどからチラチラと周りから見られているが、まだ何もしてないだろ!王の財宝だって開放してないぞ!
けれども彼らの視線もライブが始まったことで舞台へと向けられる。
そうして彼女達は舞台へと出てきた。この舞台の、そしてこの世界の主役のアイドル達が。
彼女達は皆輝いていた。舞台の照明が当たっているからとかではなく、在り方が、魂が光っていた。
ああ、彼女達はまさにアイドルなのだと、俺はこの時おそらく心の底から実感したのだ。
天海が、いつもにこやかに笑ってるだけの彼女が、こんなにも素晴らしい輝きを放つなんて。全く俺は中学から4年も一緒にいて何故気づかなかったのだろうか。
するとどうやら彼女も俺を見つけたのか、少しだけ視線があった。何やらとても驚いた様子だったが、さすがはアイドルというべきか、軽く目を見開くだけであった。
というかお前もか、天海。まだ俺は何もしてないだろ…。
そうして彼女達のトークも終わり、すぐに一曲目の演奏が始まった。
会場は圧倒的な熱狂に包まれる。よし、俺もこのビッグウェーブに乗らなければな…。
括目するがよい!至高のオタ芸を見せてやろうではないか!
☆
舞台の上に立ったアイドルとしては良くない事なのだが、しかし、織谷君を見た時私は思ってしまった。
イケメンは例え何を着ようとイケメンなのだ、と。
ライブが始まってすぐに織谷君がどこにいるかは分かった。何せ放っているオーラが圧倒的で…。
しかも、法被に鉢巻、春香Tシャツ(ちょっと恥ずかしい)を着ているのに、それですらそこらのハリウッド俳優や男性アイドルなんかよりもイケメンだった。
さすがは、校内の"美人"ランキングで一位をとって私含め女子のハートを軽くブレイクした織谷君だけのことはある。あの時はさすがの私も暗黒面に堕ちた。
しかし、そんなものはまだ序の口だったのだ。
ライブが始まって最初の曲、ここで765プロのアイドル全員で歌って会場の空気を一気に盛り上げる。ライブの勢いがあるかないかはとても重要なことなのだ。
会場の熱気は凄かったし、まず間違いなく滑り出しは上々に思えた。
そう歌っている途中前方の席が騒がしいことに気付いて、ちらりと視線を向けた時だった。
そこでは、織谷君が猛烈な勢いでオタ芸を打っていた。アイドルとしてオタ芸というのは見慣れたものである。サイリウムが素早く振られて、その残像が描くアート。暗いライブ会場ではとても綺麗に映る。そうして私たちの音楽に合わせて光の線は次々に形を変えていく。正直すごいと思う。
けれども、織谷君のオタ芸は一線というか常識を隔していた。そもそもが振る速度が圧倒的に早い。何せ早すぎて残像が消える前に一周してくっ付いてる。
ライブ会場でなければ風音がはっきり聞こえそうな程だ。
しかも素人目に見てもめちゃくちゃ綺麗にサイリウムが流れている。振り方に無駄がないのに、見せ方は心得ていて、華麗というべきオタ芸がそこにはあった。
明らかにライブ会場の観客席で振るう物ではなかった。なんていうかそれこそ私達と同じく然るべき舞台の上で振るうべき芸術の域って感じの物で。
それによく見てみるとあのサイリウムもどこかおかしい。基本的にサイリウムの光というのは蛍光物質のせいなのか独特な光をしている。
けれども織谷君の振るうサイリウムは蛍光物質とは違う光り方をしているというか、なんだろうか、まるで存在が輝き過ぎて物理的にも輝いちゃったみたいな。
良く分からないけども、間違いなくあれは異常なものだった。ただ光ってるだけなのに厳かで清廉で神秘的で見たものを虜にする何かがあった。
なんというかさすがは織谷君だ。いつも常識外れな人だと思ってたけどまさかここまでとは。
ライブはまだまだ長いのに開始数分でどっと疲れた気がする。
もうじき最後のサビに入る。これさえ歌い切れば私の出番はもう少し後だからその間は休憩できる。
会場も最後のサビに合わせて一層と盛り上がっていく。
そして織谷君もそれに合わせて一層凄くなった。
今までも十分常識外れだったけど、今回は格別っていうか。
空中からサイリウムが生えてきてる!!!
いやほんとに比喩なしに何もないところからサイリウムが出てくる…。
こう空間が金色に波立ったかと思うとそこからサイリウムが生えてくるのだ。
しかも音楽に合わせてきちんとサイリウムが動いたり、出たり入ったりして正直すごく綺麗ではある。
織谷君が円を書くようにサイリウムを振るったかと思うと、それに合わせて空中に円形にサイリウムが生えてくる。真上にサイリウムを掲げてから真下に振り下ろせば地面からサイリウムが生えてくる。
でももはやそれありえないですよね!?オタ芸とか関係のなしに常識じゃあり得ないですよね!?
ていうかもうほんとに織谷君は何者なんだろうか。
今も観客席なのに物凄く目立ってる。そりゃ目立つよね。
だって中心でなんていうか常識を超えたイケメンが超常的オタ芸を打ってる周りで、華やかなパレードみたいにサイリウムが空中で舞い踊っているんだもん。
私だって気になるよ。舞台の上に立って歌ってる私だってすごく気になるもん。
なんでアイドルが観客に負けた気持ちになるんだろうか…。
いや、織谷君は応援してくれてるだけだもんね…。
よし!頑張ろう!あんだけ凄い応援してくれたんだから、私もきちんと応えないと!
☆
その後も順調にライブは進んだ。
控えに戻ったときに皆織谷君のこと話してたけど…。うんそりゃあ目立つよね、気になるよね。
正直ここで彼が同級生というのはまずいかと思ったのだが、プロデューサーさん真剣に織谷君スカウトしようとしていたのでついポロっと言ってしまったのだ。
「あのプロデューサーさん、織谷君男の子ですよ…?」って。
次の瞬間、控室がライブ会場にも負けないくらいの大音量で包まれた。皆にしっちゃかめっちゃかにされて、私は色々織谷君について話した。
皆織谷君があの顔で男だと知ると少し微妙そうな顔をしていたが。
そうして色々と頭がいいこと、スポーツ万能なことだとか話していたのだが、最近隣のクラスにやってきたデュポンさんについて話した所伊織が割り込んできた。
「ちょっと待って、春香。デュポンさんってフランスの大財閥の人?」
「え、うん。そうらしいけれど。」
「…………。そう、ありがと。
彼なのね。織谷って」
なんていうか色々気になったがこれ以上は私の精神安定のために聞かない。もうお腹一杯だ。
ライブも後2,3曲で終わるのだ。何事もなく平和に終わらせてほしい。
それにしても織谷君はあの超絶ハードなオタ芸を今も余裕綽々でこなしているが、一体どんな体力をしているのだろうか。
そして、最後の曲。いつもこの時は名残惜しくて、でもテンションが一番盛り上がる時間なのだ。
会場の熱気も高まる。今回のライブもきちんと成功出来てよかった。
だから最後の曲は残った全ての全力をぶつけなくては。
織谷君は私の輝きを見てくれただろうか?楽しんでくれただろうか?
アイドルとして楽しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、色んなことがあったんです。
そうして私は、地味でおっちょこちょいだった私は一人のアイドルとしてこの舞台の上で輝けるようになったんです。
私がアイドルを目指した原点。いつも輝いていて少しでいいからあなたに近づいてみたいと思ったから私はアイドルを目指したんです。
どうですか?私は輝いてますか?
ちらりと織谷君を見ると目が合った。その目が語ってくれた。
私は輝いてるって。アイドルだって、そう言ってくれた。
ああ、良かった。涙が零れそうになる。
でもまだライブは終わってない。最後まできちんと歌い踊らなければ…。
ちなみに織谷君は最終曲が始まった辺りから物理的に輝いていました。
全身が銀色の淡い光に包まれて、一層織谷君のオタ芸は早くなった。もはやサイリウムが目で追えない。残像しか見えなかった。
…人って輝き過ぎると物理的に輝くんですね。
というかそれに加えてサイリウムの残像が6本に見えるのはどういうことなのだろうか…。
傍目にはサイリウムが分裂しているように見える。圧倒的速度でほぼ同時に三回振るのではない。
全く同時に3本存在しているように見える。
なんていうか凄まじい技の冴えというか、技の極地みたいなものじゃないのだろうか、それは。
こうして私たちのライブは大成功した。ネットでの評判も上々である。
あと観客席で凄すぎるオタ芸を打つオタ芸神も話題になってた。ていうかこっちの方が話題になってた。
気持ちは分かるけど納得いかない!