8話「ハイザック・ショック」
漆黒の宇宙を切り裂く曳光弾の光跡が幾筋も流れ、ガン・レティクルが相手を収めようと激しく動き回る。
互いのスラスターの残光が起こる度、機体の位置が目紛しく変わり攻防が入れ替わる。
ガンカメラ越しに、パイロットの息遣いが聞こえてきそうな程生々しい戦場の姿。
ライフルの残弾を示すメーターは、残りが僅かである事を知らせる。
一方相手からは、いまだに景気良く砲弾が送り込まれ彼我の継戦能力の差を思い知らされる。
このまま戦い続けるば、先に弾を撃ち尽くすのは此方の方だ。
そうこうしている間にも、相手からの攻撃を回避しお返しに此方もライフルを叩き込む。
相手はそれを肩と左手に持つシールドで受け、また互いの位置を変えるべく機動を繰り返す。
そのいつ果てる事が分からない攻防を、もう何度も彼等は繰り広げていた。
プラント最高評議会が置かれるコロニーアプリウス市に集まった評議員の面々は、いま目の前で流される映像を食い入る様に見ていた。
そして相手のMSの姿が一番大きく映し出された所で映像が止まり、レイ・ユウキがザフトが纏めた報告書を読み上げる。
「これは先頃グラナダで行われた、共和国軍のMSとの戦闘映像になります」
「見て分かると思いますが、共和国のMS彼等はこれをハイザックと呼称していますが、非常に強固な装甲とシールドそして高威力のライフルを装備しています」
「ライフルの口径は弾痕から推定して凡そ120㎜、この他ミサイルや斧状の武器が確認されております」
「諜報部からの報告では、共和国はこのハイザックを相当数配備しており、グラナダとコロニーの両方でその生産が行われている模様です」
ユウキからの説明が終わると、評議員から「おお」とどよめきが走る。
「共和国がこれ程のMSを開発していたとは」
「こちらも、新型機の配備を急ぎませんと」
「いやしかしナチュラルが…」
彼等はそう囁きながら、その様子を国防委員長パトリック・ザラは苦々しく見ていた。
(全くナチュラルがMSを作ったからと言ってこうも狼狽えるとは、新人類としての自覚が足りないのではないか?)
彼は内心そう思いながらも、国防委員長としてするべき役割を果たしていた。
「この映像と君の説明によれば、確かにこのハイザックとか言うMSモドキは、ナチュラルが作ったにしては良くできたオモチャと言える」
「しかしこの報告書にも書いてある通り、グラナダでは此方も敵を相当数堕としている。多少頑丈かも知れんが前線指揮官からの報告では、共和国のMS運用は稚拙で数頼みと言うではないか?」
「一体何を根拠に、共和国が脅威と言うのだね」とパトリックはユウキに向かってそう言った。
「しかし前線の部隊の中には不安がる者も多く、評議員の皆様には明確な対応を示して頂きたく存じます」
とユウキが頭を下げた。
彼がここまでするのにはそれ相応の訳があり、今次大戦において今まで負けなしのザフトを支えているのは、偏にMSの力あってこそ。
連合軍との圧倒的数の差と国力の差を跳ね返して余りあるその力は、まさに彼等コーディネイターの象徴とも言える存在なのだ。
だからこそ、彼等はMSの威力を身を以て知っている為、返って敏感に成らざるをえないのだ。
「ユウキくんの言う事も一理ある。しかし現状これ以上の戦力を月に割くのは難しいのでは無いのか?」
とシーゲル・クライン最高評議会議長はパトリック国防委員長を見やる。
「地上での戦線は此方が優勢だ。本国から戦力を回せば、まだ十分に余裕がある」
とパトリックは返した。
「ならば一先ずはそれを送って様子を見るべきかと私は思う。だが私はあくまでも敵は連合軍に限定するべきだと考えている」
議長の思わぬ発言に、評議員達は騒然となりパトリック国防委員長も顔を顰めた。
シーゲル・クラインは若しや共和国と手打ちにするつもりではと、勘ぐったのだ。
「誤解しないで貰いたいが、あくまでも月の情勢が落ち着くまでの間だ。連合軍の宇宙戦力を排除したならば、その後は如何とでもなると私は思うがね」
とは言うものの、いまだ釈然といかない議員達の中で一人アイリーン・カナーバが立ち上がり、議長の意見に賛同した。
「私も議長の判断に賛成だ。今共和国にする対して攻勢を強めれば、返って彼等を連合に靡かせ兼ねない」
「月での彼等の目的はあくまでもグラナダの防衛にある。下手に藪をつつく必要もあるまい」
カナーバはクライン派であるからしては議長の意見に賛同したが、それだけで無くプラント外交を一手に引き受ける女傑として、彼女は共和国との関係を重視していた。
(今次大戦の落とし所をつける上で、地球の中立国意外にも仲介出来る立場の者が欲しい)
(皆には言わないが、NJの投下は矢張り時期尚早だったのだ。あれで我が国に対する地球国家の信用と心象は悪化の一途を辿っている)
(だからこそ共和国の様な地球の利害とは関係無い国が重要となる筈だったのに…)
あの時もし仮に、自分が共和国との交渉の場に立っていればこの様な事態は引き起こされなかったかも知れない。
それを今更悔やんでも仕方ないが、カナーバにとって大きな心残りとなっていた。
それ故、彼女は共和国との関係改善をする為の時間を欲し、シーゲルの提案は正に渡りに船であった。
「だがこの間にも奴らは戦力を増している。早めに叩いておく事に、損は無いのではないか?」
とあくまでも共和国攻撃に拘るエザリア・ジュール議員。
彼女はパトリック・ザラと同じくコーディネイター至上主義であり、又彼と同じく激しくナチュラルを見下していた。
その彼女にとって例え紛い物で有ろうとも、共和国のMSの存在は到底看過出来るものではなかったのだ。
「兵器開発を司る者として言わせて貰えば、共和国のMSモドキなど恐るるに足りん。こちらには新型機のジン・ハイマニューバもある」
あくまでも強硬な姿勢を崩さないジュールと、穏便に済ませようとするカナーバの二人の視線が交差し火花が散る。
だがそれも、パトリックが次の発言で収まる。
「共和国は良いが、スペースノイドを敵に回すのは余りよくは無いな」
「パトリック国防委員長それは…⁉︎」
突然の、パトリックの転向とも思える発言に目を剥くジュール議員。
だがパトリックは「あくまでも」と前置きをし。
「勘違いしないで貰いたい。私は共和国とこと此処に至れば如何なる手段も辞さない覚悟だが、それで他のコロニーを敵に回しては元も子もない」
プラントはプラントのみで成り立つ国では無い事は、ここに居る評議員全員が良く知っていた。
プラントの経済はあくまでも質の高い製品を他国に輸出してこそであり、連合軍と敵対し共和国とも事を構える事となった今、貿易相手のこれ以上の減少は社会生活に大きな打撃となら可能性があった。
「共和国はコロニー社会に大きな影響力を持っています。その彼等と戦うことで、今後宇宙におけるプラントが孤立する可能性もあります」
「そうなれば、とうぜん他のコロニーとの貿易も出来なくなる。オペレーション・ウロボロス完遂前に我々が飢える事となるやもしれん」
議員達も口々に共和国攻撃に対して難色を示す。
如何に優れたコーディネイターとて、長年宇宙に住み続けるスペースノイド社会と事を構える程、彼等は自惚れてはいなかった。
「決まりだな、月には本国からの部隊とそして新型機も送る。があくまでも敵は連合軍だ、共和国については月が片付いた後でも良かろう」
そうシーゲルが議論の決着をつけた事で、他の評議員達も同意し。
結果としてユウキが望む様な具体的な成果は上げられずとも、当面の間共和国を相手にしなくて良いという事実だけでも、前線の指揮官達にとってはありがたかった。
一方で今回はシーゲルに譲ったパトリック達ザラ派であったが、会議が終わると彼等は直ぐさま共和国のMS対策として新型機の開発と設計を急がせる指示を出した。
こうしてグラナダでの共和国の勝利によって起きた波紋は、多くの国々を巻き込む事となるのであった。