機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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第7話

「全く一体全体なんで俺がこんな事をしなくちゃならない?」

 

共和国軍が開発した試作兵器MA(モビルアーマー)「グラブロ」のコクピットの中、一人そう愚痴を呟くブーン。

 

大体彼本人は確かに一時水中用MSパイロットの教官として部下を訓練した身ではあるものの、長らく前線を離れてマッドアングラーの艦長として輸送任務に従事していた。

 

にも関わらずこうしてMAグラブロに乗っているのは試作兵器をテストする段階でマッドアングラー隊の全員が受けたシミュレーションの結果、彼が一番成績をマークしてしまったが為だ。

 

因みに二番はカウフマン少佐率いる水中MS隊「シーホース隊」のブル中尉である。

 

本来なら実戦を離れて久しいブーンに御鉢が回ってくる事など通常ありえない話なのだが、現に彼はこうしてグラブロに乗り南洋同盟の水上都市リグを戦火から遠ざけるべく危険な単独航行を強いられていた。

 

無論これにはちゃんとした理由があり、カウフマン少佐は万が一グラブロが敵との会敵に失敗した場合を想定し自身の水中MS隊のメンバーに欠員を出す訳にはいかなかったのだ。

 

その為ブーンに貧乏くじを引かせる羽目になってしまった事を彼は内心深く反省していた。

 

勿論その見返りとして今回の作戦が成功した暁には(ブーン本人の希望があればだが)、共和国本国に戻る切符を手配するつもりだ。

 

兎に角ブーンは戦場に間に合わせるべくグラブロのスーパーキャビテーションシステムを起動し、200ノット以上(時速にするとおよそ370/km)もの猛スピードで海中を進んでいた。

 

このスーパーキャビテーションシステムとは気泡で機体を覆う事で表面の摩擦を劇的に軽減する装置であり、旧世紀には既に実用化されていた技術は今世紀に入っても尚多くの魚雷や潜水艦の武装に用いられている。

 

エイプリルフール・クライシスにより誘導兵器がほど無力化され有視界戦闘を強いられる現在、水中でキャビテーション魚雷を回避することは極めて困難でありザフトの水中用MSが天下を取る要因ともなっていた。

 

共和国が開発した試作兵器MAグラブロは全長26mもの巨体に7門の魚雷発射管と対空ミサイルランチャー、2本の大型クローは戦艦の装甲を切り裂くパワーを秘めクローの掌部分にはフォトンレーザーを装備、それに試作水中用大型ビーム砲をくちばし状の左右に開口する機首に備えた重武装機体である。

 

この他スーパーキャビテーションを始めとする多数新機軸の装備をとり揃えており、堅実を旨とする共和国の兵器としては例外的なものであった。

 

これは地球のしかも海中という特殊環境でのテストを旨としている為であり、それ故従来の発想にはない新機軸を多数取り入れテストの結果を受けてその技術をフィードバックする事で連合やプラントに対して遅れている技術開発を補おうという考えである。

 

グラブロは機体の航行コンピューターからの操作により予め定められた航路図(ルート)を辿って海中を爆進していく。

 

この間ブーンは機体の操縦をコンピューターに任せ全くの自動航行でグラブロは進んでいた。

 

これは南洋同盟の支援を受けて近海の海を調査して得たデータとレヴァン・フウ僧正の”予見”により特定した敵の正確な位置から導き出されており、スーパーキャビテーション中は誘導が極めて困難いなるというハンディを乗り越えることに成功している。

 

最も乗っているブーン本人としてはメインカメラからの映像がキャビテーションの水泡で覆われて不明瞭な中、ちゃんと目的海域まで辿りつけるのかは全く分からないなかひたすら誘導が正確な事を信じその時が来るのを待つ他なかった。

 

そして...。

 

「目標海域まで残り400。スーパーキャビテーションシステム作動終了まで3...2...1...システム停止!」

 

システムが稼働を止め機体を覆っていた気泡が晴れグラブロのメインカメラには海上を航行する3つの影を認めた。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃マラッカ海峡でアークエンジェルを追撃するザフト潜水母艦ボズゴロフ級アガシー、クストー、ディーツの3隻は白昼堂々と浮上して海上を進んでいた。

 

これはインド洋も含め近海の制海権制空権共にザフトが握って久しく、潜水艦が日中姿を晒しても全く問題がなかったからだ。

 

無論海中から味方を支援するよりは海上に浮上して指揮や支援を行った方が良いという戦術的理由もあるのだが、それでも3隻全てが浮上し航行する必要などまるでない。

 

つまり、彼らはこの後に及んでもまだ(ナチュラル)を舐め腐っていたのだ。

 

これはザフトひいてはプラント全体に蔓延するコーディネイター達の驕りであり、正にこの慢心こそが今次大戦を引き起こす要因の一つとなっていた。

 

3隻のボズゴロフ級は戦場の遥か向こうのアークエンジェルに向け1艦当たり12本計36本もの対艦ミサイルによる一斉射攻撃を行い、戦場のはるか上空から俯瞰する空中指揮型ディンからのレーザー誘導に従いアークエンジェルを襲う。

 

水平線の遥か向こうから撃ち込まれたミサイルの群れに、MSに上下を挟まれたアークエンジェルの対応力は既に飽和寸前であり遂に艦尾への命中を許してしまう。

 

守りの薄い艦尾への被弾にこれまでの激戦の疲労も重なり、等々アークエンジェルは黒煙を吐き高度を徐々に墜しはじめる。

 

「このまま連合の”足つき”を堕とせる、ひょっとすればネヴュラ勲章も夢ではない」、この時戦場にいたザフト兵士誰しもがそう思い始めていた頃ボズゴロフ級クストーのソナーマンは海中の異変に漸く気がついた。

 

聞き慣れない水中音と何か水を注入するかのような音にソナーマンの顔面は蒼白となる。

 

「アクティブ・ソナーに感!?方位は...」

 

金属を引き裂いたかのようなソナーマンの声に、クストーの艦橋に詰めていた他のクルーは思わずギョッとした表情を浮かべた。

 

先ほどまでの勝ち戦の空気に彼等は冷や水をかけられた気分になったが、ソナーマンが続けた言葉に今度は彼らも顔面を青くすることになる。

 

「注水音複数確認!!」

 

俄に慌ただしくなる艦橋に、さっきまでの浮ついた空気は完全に吹き飛び慌てて艦長や副長達がクルーや各部署それに通信手が僚艦に指示を出す。

 

甲板(デッキ)クルーの艦内収容急げ!」「ミサイル発射管閉鎖!?アンテナ収容も」「MS隊に急ぎ通信を繋げ...」

 

「きゅ、急速せんこぉぉ!!」

 

普段は厳しい顔をする艦長の慌てて上擦った声は、しかしながらしっかりと操舵手に命令は伝わっていた。

 

舵をいっぱいまで下げ潜航を始めるクストー、アンテナの収容とミサイルハッチ閉鎖を確認する間も無く急に船が潜り始めたため甲板上に出ていたクルー達は足元を海水で水浸しにしながら慌てて艦内へと避難していく。

 

何とか間一髪の所で艦が完全に沈み切る前にハッチへと滑り込みハンドルをまわして閉鎖を完了するクルー達、だがこの時他の艦では収容に手間取り未だ潜航を開始できずにいた。

 

だがそうしている間にも事態はどんどん進んでいく。

 

「発射音を確認!!数は...1、3...4いや7!?来ます!!」

 

「総員衝撃に備えろ!」

 

艦橋クルーたちは思い思いに手すりや机などに捕まり、その時が来るのを待ったがしかしその時は訪れなかった。

 

「外れたか?それとも不発か」

 

「本艦ではありません、ディーツに...!」

 

7本の魚雷はクストーを通り過ぎ海上で漸く潜航を開始し始めたディーツに襲いかかる、当然回避するなど今からでは間に合わない。

 

海中で連続した爆発と閃光が起こり、船外の様子を探っていたソナーマンはヘッドホンに備え付けられたミュート機能がなければ魚雷の炸裂音で鼓膜が破けていただろう。

 

続けて海中には鉄がひしゃげる音と何かに海水が猛烈に流れ込む背筋を凍らせる嫌な音が響き渡り、巨大な物体が海底へと引き摺り込まれる様子は(特にそれが味方のものなのだから)海に生きる者にとっては悪夢そのものだ。

 

だが彼らの悪夢はまだ始まったばかりだ...。

 

 


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