共和国大本営が置かれる旧ダイクン邸には大小様々な部屋が存在し、ダイクン存命中はそれら数々の部屋で盟友達と激論を交わたり同志たちを招いてパーティーを開いたりし時には家族とのプライベートを過ごす部屋もありある種宮殿の様な場所であった。
そのダイクン邸内にある秘密の小部屋、故ダイクンが一人思索に耽るために使われたとされる部屋では共和国軍宇宙艦隊司令長官ティアンム大将と共和国国家元首バハロ首相とその他少数の側近たちが集まり彼らは極秘の協議をここで度々重ねている。
完全防音された小部屋は外からは中の会話が漏れ聞こえる事もなく、また事前に盗聴器などが仕掛けられてないかなどの確認を徹底的に行われその他完全な防諜防電波対策をとられ完全な密室となったその部屋で、バハロ首相は向かい合うソファーに座るティアンム大将に向かって早速こう言った。
「ティアンム大将、君も宇宙艦隊司令長官就任早々厄介な事になったね?」
言外に失望の色を隠せないバハロ首相だが、軍を完全に政府と自身の統制下に置きたい彼としては折角その足がかりを得たのに直ぐにケチが付いたことに内心穏やかでは無かい様子である。
彼がティアンムを選んだのは既存の派閥とは無関係なのは勿論のこと、現在の軍部と渡り合えるだけの才覚を持っていると見込んでのことであったのだが、今回の一件で議員達の中からもティアンム大将を艦隊司令長官から交替させてはと言う声が極一部では上がり始めていたのだ。
無論こんなことでティアンム大将を解任するつもりは更々ないが、しかしながら軍部内での政府の影響力拡大に支障が出ることは確かでありバハロ首相はそこが気に食わないでいた。
「バハロ首相閣下にご心配をおかけしたこと申し訳なく思います。ですが...」
殊勝にも頭を下げるティアンム大将だがその言葉の端で意味ありげにそう言った事でバハロ首相は「おや?」と続きの言葉に耳を傾けた。
「ですがこれで漸く巣穴に籠るモグラ供を表に誘い出す事が出来ます」
そう告げるティアンム大将にバハロ首相周りの側近たちは互いに顔を見合わせよく分からない様子であったが、この場でただ一人バハロ首相だけが合点がいくも「成程、続けたまえ」と目で促しソファーに深くもたれ最後までティアンム大将の話を聞こうという姿勢である。
さてティアンム大将がここで言う”モグラ”と揶揄したのは共和国軍現主流保守派軍人達の事であり、彼等は開戦後も安全な本国に引きこもり一向に戦場に出てこようとせずその姿を指して彼はモグラと称したのだ。
「バハロ首相閣下。残念ながら現状我が軍は宇宙要塞や軍艦といったハードパワーに頼り切った結果碌に実戦を知らない将官が幅を利かせ反対に実戦で兵士達と共に死線を潜った者達が蔑ろにされています」
「その癖国家の方針ではありますが優秀な装備や人材、最優先順位で受けられる物資や補給などその有様は軍隊ではなく過保護な親に世話をされる赤子や介護老人のそれです」
ティアンムはコンペイトウの戦いで死力を尽くした将兵達には内心で申し訳ないと思いつつも、本土と前線を駆けずり回り何度も往復する彼の目には今の本国軍の様子は目に余ってあまりある程であった。
現在の軍の無秩序な拡大はそれに比例して軍官僚組織の肥大化を招き、後方人員の大幅な増員は軍官僚ポストの増大は各種派閥の形成、拡大、売官や賄賂隠蔽などの腐敗と内部権力闘争の結果として共和国内に政府とは別の政治力を持った集団が強大な軍を私物化するという最悪の状況を呼び起こし始めていたのだ。
そんな中前線では今日も兵士たちが血を流し明日をも知れぬ死の恐怖に怯えながら戦い続ける一方、その遙か後方では軍と政府が互いに足を引っ張り前線を無視して権力闘争を繰り広げる始末。
憤懣やるせないが、これらに関しては実はティアンム自身もその片棒を担いでしまった責任を負ってしまっている。
彼が実行した「ビンソン計画」により大幅な軍事予算を認められた結果、共和国軍の肥大化と軍閥化は以前にも増して益々進行しているのだ。
責任の一端を負う彼だからこそ、共和国軍の従来の
その使命を帯びているからこそ、ティアンムは今もこうして前線の指揮官と政治の舞台両方に身を置いているのだ。
「軍人の本質は国家のために血と汗を流すものです、決して国家に寄生するだけの害虫などではありません」
そうティアンム大将が言い終えた後、バハロ首相は暫く考えこむ風を装って内心では
「つまり君が言いたいのは温存されている本土軍を前線に引っ張り出したいということかね?」
開戦から巌の如く本土を守護してきた共和国最大にして最精鋭の軍を戦線に投入すべきだと今がその時期だと、ティアンム大将はバハロ首相がいるこの場で明らかにしたのだ。
「閣下それでは本土の守りが疎かになってしまいます!?」
黙って後ろで聞いていたバハロ首相の側近の一人が思わずそう声を荒げてしまう程それは驚愕すべき話であった、無論直ぐに周りの者たちから「ジロリ」と鋭い目を向けられ直ぐに「申し訳ありません、自重します」と頭を下げるもその場にいた全員心の中では同じように驚いていた。
ティアンムがモグラと称した本土軍だが、何も彼等は肥え太らせる為に今まで時間と予算を注いできた訳ではない。
先の「血のバレンタイン」を引き起こした連合の卑劣な核攻撃の衝撃は今尚人々の記憶に新しく、スペースコロニーというこの人工の大地の脆弱性を誰よりも分かっているからこそ本土から戦火を遠ざける為にもその守りに万全に万全を期して重ねているのだ。
それが為にかえって本土軍が、特にその高級士官や将官であるゴップ元帥をはじめとするある種の特権階級の様な存在になってしまい挙句政府と対立する軍閥政治集団にまでなってしまったのは皮肉と言えよう。
「ティアンム大将、君とて考えあってのことだろう」
何か策があるのだろう?と目で語るバハロ首相に当然ですとばかりに大きくうなづくティアンム大将。
「詳細につきましてはおってファイルを届けさせますが、今ここで簡潔に申し上げれば現軍首脳部の功名心を利用します」
ティアンム大将は続けて曰く、その話を要約すれば以下の三点になる。
一つ軍首脳部がさして重要ではない戦線で殊更に非難するのは彼ら自身今まで何もしてこなかった証拠であること。
二つ現在の主流派は前線に出ないことで勢力を保ってきたが、つまりは全く軍功が無く逆にティアンム大将やワイアット中将、ワッケイン司令ら前線の将官が戦功により昇進したことに危機感を覚えていること。
三つ自らの権勢を保つためにはより大きな軍功を必要とする以上虎の子の本土軍を前線に投入する事はまず間違いないこと。
これらの点から大規模な出兵案を近い将来求めてくるのは確実であり、しかも共和国軍全宇宙艦隊の指揮権は現宇宙艦隊司令長官であるティアンム大将が保有する以上最終的な陣容や作戦開始時期に事前の訓練期間などの決定権は常に自分たちが握る事となり、
仮に何がしからの横槍があったとしても、バハロ首相等政府の協力さえあればそれを防ぎ何よりもゴップ元帥に対する最大の牽制足りうることから計画遂行の暁には軍の過半をコントロール下に置けるやも知れないことなど極めて野心的かつ魅力的な内容であった。
更にティアンム大将はバハロ首相にだけ聞こえる様に耳元で囁く様に『B』と呟き、これまでの話と合わさりバハロ首相は計画に満足しその案を実行に移す様ティアンムに求めまたその為ならば全面的に政府は協力することをこの場で確約したのだった。
それでこの極秘の会談はお開きとなったが、こうした歴史に記されない暗部で蠢く様は彼等と敵対する軍部と同じ穴の狢でありつまりは本質を同じくするもの同士の縄張り争いでしかない。
軍を含め共和国の全てを自らの統帥下に置こうと考えるバハロ首相とあくまでも政治に軍は関与すべきではないとするテイアンム大将、この両者は互いに軍の改革という点では志を同じくする同志であった、がしかしその目指すべき最終地点が決定的に異なっていることも確かである。
にも関わらず船を同じくするのは互いが互いを必要としているからであり、共和国政治という大海原の舵取りを二人でとっている間は多少の荒波など物ともしないだろう。
時代という風を帆にいっぱい受けた野望という船に、欺瞞と野心をたっぷりと乗せた船員達の行末が果たしてどの様な運命を迎えるのかは、まだ誰にもはっきりとしない。
だが確実に刻の針は進み続けているのである...。