75話「砲兵」
ザフト艦隊旗艦ブリッジのモニターに、「バルムンク」へと運ばれていく装置の拡大映像が映し出された瞬間、ブリッジにいたクルー全員がざわついた。
「おいあれもしかして...」
「なんであんなものがここにあるんだよ!」
「...あの自信はこれがあったからか」
あるものは不安げに、またあるものは怒りを滲ませながら口々にそう呟いた。
「あ、あのナイブズ...さん?」
「何だ!」
ナイブズの事を「さん」付けで呼んだオペレーター、しかし隊長と呼ぶわけにもいかず消極的な選択の結果こうなったが、しかしナイブズに怒鳴られこれは失敗かだったかと後悔した。
「ひっ...あ、アレは一体...」
「ああ、アレか?全く紛らわしことこの上ないな」
その返答に、何人かのブリッジクルーは安心した表情を浮かべた。
(良かった、アレはきっと核兵器じゃないんだ)
だがしかし、次にナイブズが言った一言で早くもその幻想は打ち砕かれた。
「アレはNJC(ニュートロンジャマーキャンセラー)だ」
その言葉の意味するところを、聡明なコーディネイターの頭脳は理解した。
いや、理解してしまったのだ。
血のバレンタインの悲劇により、核兵器を禁忌としNJをばら蒔くことでそれを封じたはずのプラントが、実はその封印を自ら解く研究をしており、それがいまここに持ち込まれている。
再び禁忌に触れる事に誰が冷静でいられよう。
「何を不思議そうな顔をしている、向こうが使えず此方だけが一方的に使える。これこそ完璧な兵器ではないか」
とまるで核兵器の事を、何とも思っても無いように言うナイブズ。
ここにきて始めてブリッジクルー達はナイブズに恐怖心を感じた。
「あ、貴方は何にも思わないんですか!?核兵器を再び使えばどうなるか...!」
血相を抱えたオペレーターはナイブズに掴みかかる勢いで身を乗り出したその時、パンと乾いた音が鳴り響いた。
「え?」
最初それは何なのか分からなかった、しかしオペレーターは自分の体がグラリと力が抜け傾くのを感じた。
オペレーターは分からなかった、何故自分が倒れているのか、そして何故ナイブズが自分にに銃を向けしかも銃口から煙がたっているのか。
「な、なん...」
パンと再び乾いた音が響き、オペレーターは最後まで言うことは出来なかった。
そしてこれから先ずっと、もうオペレーターがこの時の疑問の答えをしることはないのだ。
「ふん、片付けておけ。それと代わりの者を至急手配しろ」
ナイブズはまるで壊れた機械の部品を交換するような口調でそう言い、呆気に取られていたブリッジクルーは、今度は死への恐怖によって静まり返った。
最早、誰も彼を止める事など出来ないのだ。
ゆっくりと、NJCが攻城兵器バルムンクの砲弾に取り付けられていく。
ザフトが開発したNJCだが、この時点ではまだ装置の小型化が出来ておらず、またその調整が複雑なため使用する間際まで調整を必要としていた。
しかし今や調整は終わり、バルムンクに装填された核弾頭にNJCが取り付けられ、マスドライバー砲発射に必要な電力も旗艦から供給されていた。
そして後は狙いをつけるだけになっていたのだが、しかしこの時ナイブズがオペレーターを射殺すると言うちょっとしたアクシデントが発生してしまい、照準に暫く手間取る事となる。
そしてそれが、彼らの運命を分けたのだ...。
コンペイトウ要塞主砲ヨルムンガンドの砲術長であるアレクサンドロ・ヘンメとその部下達は、慌ただしく準備に追われていた。
ヘンメは共和国軍制定前から軍務に20年以上も携わってきたベテラン砲兵であり、その教え子にはエイガー少尉など数多くの砲術の専門家を育ててきた実績がある。
その彼が、コンペイトウの切り札であるヨルムンガンドの砲術長に任命されたことは、何ら不思議な事ではない。
しかし彼が赴任した直後状況は一辺、NJにより核の力を封じられた世界でヨルムンガンドは単なる無用な長物同然となってしまったのだ。
周囲の期待と砲兵としての誇りを胸に着いてきた部下達の多くはコンペイトウを去り、しかも共和国軍の主力が砲ではなくMSに移行した事もあり、ヘンメは急速にその立場を失っていってしまった。
以来彼は撃てない砲をただ毎日見上げるだけという、誇りを傷つけられる職場に従事しなければならず、その鬱屈から酒に逃げる日々が続いていたのだ。
だがコンペイトウの戦いが佳境を迎えたその時、彼の元に絶えて久しいコンペイトウ司令部からの直々の命令が届く。
それは「ヨルムンガンド」を再度使用可能な状態にせよと言う、奇妙なものであった。
確かに主砲弾である核弾頭が使えないだけで、ヨルムンガンド自体には何ら問題はない。
しかし急な命令と言うこともあり、何よりも人員も資材も乏しく、しかも長らく本格的なメンテナンスすらされていなかったこの巨砲が今更動くかどうか。
たがそれでもヘンメ達は出来うる限りの仕事をした、敵が要塞の目前に迫り来ると言う厳しい環境の中でも、何とかヨルムンガンドを再び使用可能な状態にもってこさす事が可能となった。
だが、この時代遅れの巨砲で一体何を飛ばそうと言うのか?
ヘンメ達はそれが不思議で堪らなかった。
同じ頃、コンペイトウ要塞中枢にある巨大な格納庫にて、一際大きな声が響いた。
「腕なんて飾りです、偉い人にはそれが分からんのです」
これからパイロット達が乗り込もうとするそれは、奇妙なことに腕がなくただ2本の足が生えているだけであった。
それをパイロットの一人が指摘すると、整備員のサキオカがそう返したのだ。
「80%の完成度と聞いたが...」
「冗談じゃありません!現状でコイツの性能は100%発揮できます」
「操作方法はさっきの説明で分かったが、俺達に使いこなせるのか?」
「皆さんの能力は未知数です。保証できるわけありません」
せめてそこはお世辞でも「大丈夫です」と答えるところで、こうもハッキリと言われてパイロット達はついに閉口してしまう、。
最もこれがこの整備員なりの励ましかたなのだろうが、それでも彼等はこれから自らが乗り込む機体を見上げて、不安げな表情を隠せないでいた。
巨大な格納庫に鎮座するその機体もまた、余りに巨大であった。
全高50mを越し、皿を2つ重ね合わせそこから足が2つ生えた様なフォルムをした異様な機体。
彼等がこれから乗り込む事になるその機体、ビグ・ザムは今はただ静かに鎮座していた。