73話「分断」
隊列や陣形も何もないザフト艦隊に、コンペイトウ要塞に残るハイザック達は一斉に攻撃を仕掛けた。
「突撃、突撃!!」
ハイザック達の突然の攻撃を受け、急いで迎撃しようとするザフト、しかしそれは思うように上手くいかなかった。
「そこの輸送艦、こちらの射線にはいるな!」
「誰だ間違ってこっちを撃った奴は!」
「距離が近すぎる、これじゃMSを発艦出来ない」
そう、陣形もなにもなく唯密集して進んでいるだけのザフト艦隊は、お互いが邪魔になり効果的な迎撃が出来ないでいるのだ。
逆に共和国軍は周囲が密集した敵に囲まれているため、かえってどこに撃っても必ず敵に当たると言う入れ食い状態であった。
「足を止めるな!このまま反対側まで突き抜けるぞ」
ハイザックは増加プロペラントタンクにより、燃料を気にすることなく最大速力を維持したままザフト艦隊の中央から反対側まで突破していく。
そしてそのまま反転することなく、暗礁宙域へと姿を消した。
「終わった...のか?」
「損傷を確認!負傷者を急いで救助するんだ」
敵の姿がなくなったことで、ザフトはこれで終わったのだと勘違いしてしまっていた。
しかしこの時反対側に抜けたハイザック達は、こんどは別のアレキサンドリア級から補給を受けた後別の箇所に再び攻撃を仕掛けていたのだ。
コンペイトウ周辺宙域は共和国軍の庭であり、神出鬼没の攻撃にザフトは散々手を焼いた。
「敵の撃破に拘るな!兎に角足を止めなければいい」
そうは言いながらも、持ってきた弾薬は余すところなく撃ち尽くし、敵の戦列を抜ける頃には身軽になっているハイザック達。
コンペイトウ要塞にはMSこそ無いものの、大量の武器弾薬が貯蔵されており、彼らは補給する度大量の弾薬を補充できたのだ。
当然ザフトもこの小煩いハエを追い払おうとするが、追撃しようにも彼等には出来ないで事情があった。
「何故あんな少数の敵を追い払えん!」
ナイブズの苛立ちに、ブリッジクルーは身をすくめ誰も答える事が出来ない。
しかし誰も答えない訳にはいかず、オペレーターの一人がおずおずと答えた。
「それが...現在我が方の艦隊は補給不足もあり共食い整備をしているような状況でありまして...」
それがどうした!といった表情をするナイブズに、益々オペレーターは縮みあがり「ひっ」と悲鳴を漏らす。
「つ、つまり燃料不足によりMS艦共に追い払いたくても追い払えない状況でして...」
そもそも満足な補給が出来ないまま攻撃を慣行したのはナイブズであり、つまり今の答えは遠回しに責任はナイブズにあると言っているようなものであった。
普通ならもっと別の言い方をするのたが、この時オペレーターは恐怖の余りつい本音が出てしまっていたのだ。
「...まあいい、あんな少数で何が出来る?精々奴等のチンケな足掻きだ。艦隊にはそのまま無視して進めと伝えろ」
しかしナイブズ本人は気付かなかったのか、彼はそう言ってまたブリッジの席に浅く座り直すのであった。
オペレーターはこの時ホッとしていたが、しかし事態は彼等が思う以上に進行していた。
何故ならこの時、ザフト艦隊は度重なる襲撃により艦隊間に隙間が生じ、幾つもの小艦隊に分断されてしまっていたのだ。
そして古来より大軍に少数で当たる常套手段は、各個撃破である。
宇宙要塞コンペイトウ司令部は熱気に包まれていた。
「Nフィールドに新な敵艦を確認!」
「11番から18番砲台で迎撃に当たらせろ!弾薬の供給を怠るな」
分断されてバラバラにコンペイトウの防空圏に突入してくるザフトを、共和国軍は極めて冷静に対処していた。
予め侵入してくる方向に砲台の照準を合わせておき、敵を十分に引き付けてから釣瓶撃ちにしたのだ。
要塞のありとあらゆる砲が火を吹き、ビームや実体弾にレールガンそれとミサイル果ては衛星ミサイルまで、コンペイトウの火力全てが、ザフト艦隊に襲いかかったのだ。
その様子を見たザフト曰く、「まるでコンペイトウが燃えているようであった」と伝えている。
ザフトも当然応戦するが、要塞の圧倒的火力の前に次々と沈み、MSも濃密な対空砲火に阻まれ中々要塞に近づけないでいた。
本来ならばまとまった戦力をぶつけるべき所で、戦力の逐次投入をやってしまったザフト艦隊は無駄な出血を出してしまった。
「後退の許可はまだ降りんのか!このままじゃ全滅だ」
当然歴戦のザフト指揮官はこのような場合一旦後退して再度戦力の終結を図るべきだと意見具申していた。
しかし...。
「ダメです!相変わらず命令通り各員奮励努力せよとしか返って来ません!」
「なんたる無様な!パールス隊長は気でも狂ったか?」
そう口汚くパールスを罵るザフト兵達、だが彼等はこの時知らなかったのだ。
自分達の隊長が唯の肉人形と化していることを、そして艦隊は今やナイブズと言う虚栄心の塊のような男に指揮されている事を。
要塞から釣瓶撃ちにされるザフト艦隊だが、それでも後から合流してくる艦隊によって徐々に戦線を押し上げ始めていた。
如何に火力で要塞側が勝ろうとも、敵を完全に殲滅仕切れる訳ではない。
このままではジリジリと押しきられてしまうと言う焦燥感が、コンペイトウ司令部を包み始めていた。
しかしこんな時も、ワイアット司令は優雅に紅茶を嗜んでいた。
「紳士たるものいつ如何なる時も冷静でなくてはな。諸君らもどうだ?」
と参謀達に紅茶を勧めるワイアット、それを見て参謀達の多くはその毅然とした様子に感銘を受けていた。
(流石はワイアット司令、こんな時でも余裕を崩さないとは...何て言う胆力なんだ!)
もっともただ一人、ラコック大佐だけはワイアットの本心を正確に読み取っていた。
(単に何時も通りの時間にお茶が飲みたかっただけでは?)
そうこうしている内に、要塞に敵が段段と近づいて来るなか、外で遊撃に当たっていたハイザック達は最後の攻撃を何処に仕掛けるべきか考えていた。
彼等には与えられた命令では、敵を十分に引き付けてから分散させた後要塞に帰還し防衛戦に参加せよであった。
彼等はその任を十分に果たしたが、しかしここで意見の対立が起こった。
MSパイロット達は、「MSはあくまで機動戦力であり、拠点防衛に向く兵器ではない。このまま遊撃に回るべきでは」と主張し。
反対に殆どMSを乗せるしか出来ない艦船は、無防備なままいつまでも戦闘宙域に留まりたくはないと言う思いから、一刻も早い帰還を望んでいた。
どちらもそれぞれの言い分はあるが、グラーフ・ツェッペリン艦長であるヘルシングも、どちらかと言えば帰還には反対であった。
と言うのも敵が要塞に迫り来るなか帰還すれば、自ら閉じ込められに行くようなものであり、それならばこのまま遊撃戦をして艦隊を保持するべきではと考えていたのだ。
そしてそんな彼等の迷いを吹き飛ばすように、彼らの目の前にとあるものが現れた。
それは何とナイブズが率いるザフト艦隊本隊であり、曳航している旗艦の足に合わせいつのまにか全体から孤立していたのだ。
そしてこの好機を逃すような共和国軍ではない、フォン・ヘルシングは早速MS隊に出撃を命じた。
上手くすれば、自らの手で敵に引導を渡せるのではと言う希望もあった。
そしてナイブズ本隊が共和国軍に見つかった事は、この後の歴史を大きく揺り動かすこととなる。