66話「犠牲」
共和国軍エース部隊の投入よって形勢を逆転されたザフトは、拠点を放棄し後退を余儀なくされていた。
しかし既に各所で分断包囲され、残されたパイロット達は自らの運命を己が技量と天に任せるしかなかった。
「引け、引けー!」
「引くってどっちにだよ!?」
互いに背中合わせにしたジンとシグーは、周りから撤退に取り残され、しかも共和国に包囲されていた。
それでも何とか活路を見いだそうと、手に持つライフルを乱射するが、相手からはその倍以上の火線に襲われる。
包囲するハイザック達は、ジンとシグーが立て籠る隕石に向け数発のシュツルムファウストを撃ち込む。
旧世紀のとある兵器を参考にして作られたこれは、元は共和国軍MSに不足する対艦攻撃能力を高める為に開発が進んでいた使い捨ての兵器である。
しかしここ円卓では、バズーカ並みの火力でしかも取り回しも良いことから主に敵が立て籠る、或いはそう思われる場所に対して突入する前のグレネード代わりとして使われていた。
「!?クラブ」
赤色のロケット推進の尾を曳く、シュツルムファウストの接近に気付いたパイロットがそう叫ぶ。
ザフトでは発射前の形状からクラブ(棍棒)と呼称しており、この強烈な鉄の拳をそう恐れていた。
シュツルムファウストによって遮蔽を壊され、爆発の衝撃と紅蓮の炎が隕石を覆う。
炎が装甲を舐め、周囲の温度が一気に数百度まで上昇し、コクピット内に異常を知らせるアラームが鳴り響く。
生身であれば到底耐えられないそれを、鋼鉄の巨人たるMSは何とか耐えきる。
しかし、本番はここからであった。
「来るぞ!」
誰ともなしにそう叫ぶなか、爆発で巻き上げられた隕石の細かい粒子で出来たカーテンの向こう側から、何機ものハイザックが飛び出す。
ハイザック達は短機関銃バラライカを腰だめに撃ちまくりながら、ザフトパイロットが立て籠る隕石に突入した。
「くそ、こうなりゃヤケだ!」
半ば自暴自棄になったジンとシグーのパイロットは、腰から重斬刀を抜きそれを片手に持つ。
突入してきたハイザック達は、煙幕の中出鱈目に撃ちまくりながら制圧する。
とそこに僅かに残った遮蔽の影から、2機のMSがおどり出た。
「うおおおお!」
最も近くにいたハイザックに上から重斬刀を降り下ろし、相手の機体の左肩口から刃がめり込む。
しかしハイザックの重装甲に阻まれコクピットまでは届かず、精々刀身の半分まで埋まるに留まった。
「ちっ!」
予想していたとは言え、相変わらずの敵の頑丈さに舌打をちをしつつ、ジンのパイロットは相手の腹を蹴って無理やり刀身を引き抜く。
蹴られたハイザックはそのまま横たわり、引き抜かれた刀身は既に刃の半分が潰れて駄目になっていた。
マニピュレーターの中で刀を回し、残った半分の刃を敵に向けるジン。
とそこに今度は盾を構えたハイザックが機体ごとぶつかってくる。
まともにぶつかり姿勢を崩すジン、しかし何とか重斬刀とライフルを手放さずにはすんだ。
もう一回タックルをかまそうとするハイザックに、倒れ込みながらもライフルの照準もつけずに残った残弾を叩き込む。
「!?」
運良く、ライフルの弾はハイザックのメインカメラに命中し、思わぬ攻撃に今度は相手が姿勢を崩してその場に転んでしまう。
「うぎゃあぁぁぁ!」
ホッとする間もなく、今度はコクピット内のスピーカーから悲鳴が聞こえる。
見れば、自分と同時に飛び出したシグーが、2機のハイザックに捕まり機体の前後からヒートホークでコクピットを両断されかかっていた。
「た、助けてくれーっ!」
悲痛な仲間の叫び声に、ジンのパイロットは機体を起こし助けようとした。
しかし...。
機体が起き上がった時、既にスピーカーからは何も聞こえず、ただコクピットの当たりから上下に両断されたシグーの残骸が浮かんでいた。
「ちっくしょおおおお!」
仲間を残酷な方法で失い、怒りに駆られたパイロットは無謀にも2機のハイザックに対して突撃する。
それを迎え撃とうと、身構えたハイザックとジンを突然白い閃光が覆った。
陣地を突破されたことで後退は撤退に代わり、一部では壊走が始まっていたザフトは、全軍がそうなるのも時間の問題であった。
「艦長、もう我々には敵を押し止める手段はありません!どうか撤退の許可を」
「ならん!今敵に背中を見せれば外周分のパールス艦隊が此方の混乱に巻き込まれる」
円卓外周分では、両軍が相手の側面や背後に回り込むのを阻止すべく機雷が巻かれており、円卓の外側でも彼らは戦い続けていた。
そして機雷が巻かれている関係上撤退先は限定されており、追撃を受ける中パールス艦隊までもその混乱に巻き込まれてしまうのだ。
「しかし我々だけでは最早どうしようもありません...!」
参謀は悲痛な覚悟を決めるような声で、そう言った。
「いや、一つだけ方法がある」
しかし、艦長は重苦しい雰囲気で一つだけその方法を口にした。
「艦長それは...!?まさか」
「そうだ、撤退する味方ごと敵を撃つ。敵もまさか此方が味方ごと撃つとは考えまい」
艦長のその狂気に満ちた案に、参謀は恐怖した。
「艦長!?考え直して下さい、そんなことをすればどうなるか...」
「全て覚悟の上だ、我々が地球と宇宙でやった事を考えれば降伏しても助かる見込みはない!」
艦長が口にした戦地での条約違反行為、ビクトリアの捕虜虐殺やそれ以前から地球規模でのエイプリルフール・クライシスの犠牲者を加味すれば、ザフトとプラントは史上最大規模の組織的虐殺を行ってきた。
しかし自らの能力のみに寄って立つプラントは、自らのやった行為を正当化する為に一同やりだした事を途中で放棄する事など許されなかった。
捕虜への虐殺、民間人への暴行、それら全ては単なる戦争犯罪などではなく、最早プラントとザフト全体に蔓延する病気とも取れる。
とあるザフトの指揮官は、「敵を絶滅するまで戦いは終わらない」と口にした。
それはおおよそ、国家や組織に属する軍人の言葉ではない。
敵を絶滅させるまで続く戦争など、戦争ではない。
それは生存競争の範疇を越えた、単なる国家規模での殺戮でしかなく、しかし一度やりだしたことは、最早誰にも止められないのだ。
「砲艦部隊にも命令を伝達せよ、この一斉射で敵の士気を挫く」
参謀は尚も止めようとしたが、艦長は有無を言わさず命令を下し、オペレーターはそれを過たず各所に伝えた。
それを見て、参謀は信じられないモノを見たような表情になった。
誰も彼もが戦争の狂気に取り憑かれ、正気を失っている。
参謀は、そっとブリッジを後にした。
彼の精神は、自身の肉体ほどこの狂気に耐えられるほど頑丈ではなかったからだ。
命令を伝えられた砲艦部隊は、撃沈された或いは動かなくなった戦艦から主砲を取り外し、即席の浮き砲台として再利用された兵器の事だ。
最初彼らは命令されたそれを間違いだと思い、再度問い直したがしかし命令は代わらず、何度確認しても同じそれに彼らは等々自分達が気が狂ったと思った。
味方殺しを命ぜられた彼らは、しかし命令に従い粛々とその準備をしていく。
これから起きること、自分達が起こすことを誰もが想像しなかったわけではないが、しかし長引く戦闘によって疲弊し磨耗した彼等の精神は最早命令を聞くだけのマシーンと化していた。
そうして、準備が整えられた事を伝えた彼らはその時を待つ。
追撃を受けていたザフト部隊は、自分達に向けて味方の砲が狙いを定めている事など露と知らず、ただ生き残る為に必死に足掻いていた。
そうして、あと少しという所で彼らの視界は真っ白に染まった。
ローラシア級と砲艦部隊から無情にも放たれたビームは、敵味方関係なく進路上の物を蒸発させていく。
しかもそれは一回だけでなく、何度も何度も味方を射線に巻き込みながら放たれた。
追撃を行っていた共和国軍MS隊は、このザフトの狂気に満ちた攻撃に衝撃を受け敵に恐怖した。
恐怖に駈られ、しかも何度も撃ち込まれるビームに恐怖した共和国軍は堪らず追撃を中止しなければならなかった。
さらに味方からの攻撃によって撤退していたザフトパイロット達にも、予想だにしなかった変化が起きる。
彼らは味方に撃たれるくらいならばと、共和国軍に突撃しこれが決定打となって共和国軍は円卓から撤退しなければならなかった。
後に円卓の虐殺として、戦時中のザフトの残虐行為として記録される事となるこの事件は、後世様々な物議を醸し出す事となる。
しかし結果として、ザフトはこの味方殺しによって円卓を最後まで保持する事に成功した。
円卓からの撤退を余儀なくされた共和国軍だが、実は既にこの時本来の目的であった補給路は別の地点に移されており、彼らはそうと知らずに無意味な流血を一週間に渡って繰り広げたのだ。
しかし依然として戦いは終わる気配を見せず、泥沼の消耗戦の様相をていしていた。
お互いに望まぬ消耗戦は、一人高見の見物を決め込む連合を喜ばせる結果となり、両軍は早期決着をつけるべく最後の決戦に望もうとしていた...。
円卓から共和国軍が撤退する一日前、戦場にプラントからの増援部隊を率いるハインツ・マシュタインの部隊が到着していた。
同じ頃、ルナツーでもワッケイン指令率いる艦隊が出港準備を済ませ、戦いの行方はこの両名に大きく関わる事となる。