64話「円卓・その2」
コンペイトウの戦いが始まってから3週間が経過しようとしていた。
共和国軍、ザフト共に将兵は疲れきっていた。
『円卓』で守勢に回ってしまったザフトには最早それ以上進撃する余力はなく、また円卓を奪還しようといたずらに戦力を投入し消耗した共和国軍は、お互いに無意味な殺戮を繰り広げているのだ。
両軍の指揮官は、この手口の見えない凄惨な戦いをどう終わらせるべきか、そらばかりを考え始めていた。
そしてこの日、円卓奪還に向けた共和国軍最後の攻勢が開始されようとしていた。
アレキサンドリア級のカタパルトにのせられたハイザックが、勢いよく虚空へと飛び出される。
そうして先に出て待機してきた僚機と合流し、互いの機体同士を触れあわせる、所謂「お肌の触れ合い通信」を行う。
「ラムサス、ダンケル。これが最後の仕事だ、抜かるなよ」
「全くヤザン隊長の体力には感心しますよ。よく平気ですね?」
「隊長は俺達とは身体の作りが違うのさ。野獣だよ野獣」
「は、ほざけ」
彼等はそう軽口を叩き合いながら、お互いのコンディションを確かめていく。
既に母艦には彼等以外の部隊はいない。
大勢いた戦友達は皆煌めく星々の仲間入りを果たすか、或いはベットの上にいた。
円卓の戦いにおけるパイロットの平均寿命は僅か2日、これは生存性に優れる共和国軍MSでさえこうなのだから、如何にこの戦場が凄惨で悲惨を極めたか分かるだろう。
そんな中、無事に生き残った者達同士で部隊を組み、激しい戦いを潜り抜けてきた彼等は正に猛者と呼ぶに相応しい。
エースでさえ生き残れるかわからない戦場で共和国軍は多くの犠牲をだしながらも、しかし精強な軍へと成長を遂げていた。
集合を終え円卓へと向かう彼等の間に言葉はない。
無線など円卓では単なる飾りでしかない、その代わり言葉を交わさずとも暗黙の了解や連携がそこにはあった。
円卓へと向かうMSの編隊の天井方向(宇宙に上下の概念はないので便宜上の表現)を、艦隊から発射されたミサイルが追い越していく。
せめてもの援護と目眩まし程度の効果しかないそれは、着弾すると目映い閃光を放った。
戦場に漂う残骸を融解せる程の熱量であっても、それらの殆どは隠れているザフトMSを燻りだす事も出来ないだろう。
ザフトは共和国軍との戦いで戦力を消耗し尽くしていたが、しかし彼等も共和国軍と同様に自らの身を守る手段を得ていた。
ザフト式の防御陣地とは共和国軍の様に隕石に穴を掘るのではなく、手頃なものを繋ぎ会わせて作られる。
手間もそれほどかからず、またただの隕石と見分けがつきにくく、しかも安価な為円卓では多用された。
ザフトのパイロット達は、自分達で作った陣地の中に息を潜め、こうして敵が来るのを待ち受けているのだ。
ミサイルが炸裂した閃光による目眩ましと共に円卓に突入した共和国軍MSは、手当たり次第に隕石に向けマシンガンの弾を乱射し、怪しいところにグレネード弾を叩き込む。
隕石に命中したグレネードが炸裂し、その衝撃で裏に隠れていたジンが弾き飛ばされる。
「う、うわああああ!?」
隠れていた所からまんまと追い出されてしまった哀れなジンは、瞬く間に四方八方から銃弾を浴び機体を穴だらけにされる。
こうして一つ一つの拠点をしらみ潰しに制圧していく方々でもって、共和国軍は円卓に潜むザフトに対抗していた。
一方のザフトも隠れていてはじり貧だと気付き、早々に隠れていた隕石の影から機体の半分だけ身をのりだし反撃する。
ジンが鹵獲した共和国製重機関砲の弾をばら蒔き、或いは効かない事を承知で重突撃銃を撃ちまくった。
「撃て、撃て、スペースノイドを皆殺しにしろ!」
メインスラスターを故障し隕石に擱座したゲイツは、それでも固定砲台として敵にビームを放ち続ける。
「宇宙(ソラ)の化け物め!俺達の故郷から出ていけ」
負けじと共和国軍も応戦し、互いに闘争本能剥き出しの熾烈な銃撃戦を演じた。
両軍共に隕石を盾にしながらも、相手の側面に回ろうと迂回機動を行う。
しかしお互いに手の内を読んでおり、迂回機動を今度は待ち構えていた部隊によって妨害される。
此処まではいつも通り、もう幾度となく繰り返された光景で本番はここからであった。
「ラムサス、ダンケル!花火の中に突っ込むぞ!」
ヤザン機を先頭に、戦場の天井方向から新たなMS隊が突入する。
突入してくる機影に気付き、銃口をむけようとジンがカバーから離れた一瞬の隙をヤザンは見逃さなかった。
「は、間抜けが」
ヤザンが駆るハイザックが手に持っているライフルの一連射を叩き込み、推進材に引火したのか爆発し四散するジン。
姿を晒して応戦しているところに、戦線を飛び越えた共和国軍の別動隊に上から覆い被さられる形となったザフトは、苦しい立場にたたされる。
一気に乱戦へと持ち込んだ共和国軍は、恐れを省みずジンやシグーそれにゲイツに対しても至近距離まで近づいて攻撃した。
「敵に張り付け!奴等の豆鉄砲じゃハイザックの装甲は貫けん」
そう言って、ヤザンは接近し敵MSを肩のスパイクアーマーで吹き飛ばし、体勢が崩れた所をすかさずヒートホークで両断する。
ヤられた仲間の仇をとろうと、何機かのジンやシグーが接近して来るが、そうはさせじとラムサス、ダンケルがカバーに入った。
「へ、やらせるかよ」
「お前達の動きなんか想定済みだ」
共和国軍はザフトのMSパイロットの動きを学習し、有効な戦術を立てていた。
これもそのうちの一つであり、3機一組で敵に当たり、2機が援護し1機が仕留めると言う方法だ。
他にも、ロッテと呼ばれる2機一組の戦法で、1機が囮となって追いかけられるのをもう1機が背後から狙い撃つと言うのもある。
基本スタンドプレーで単独行動の多いザフトに対して、これらは大変有効に機能した。
「くそ、戦艦の援護はどうした!?全然飛んで来ないぞ!」
ヤザン隊に翻弄され、思うように動けないザフトパイロットはコクピットの中でそう叫ぶ。
その当の戦艦、円卓に突入しザフト艦のうち唯一戦闘能力を残すローラシア級の艦長は、前線から再三に渡り要請される援護要請に頭を抱えていた。
「くそ、敵が近すぎる!これでは下手に撃てん」
数に劣るザフトがここまで勇戦出来ていた一つの理由として、戦艦の援護がある。
バッテリー駆動で動く関係上、つねに補給の問題を抱えておりまたMSには大火力が乗せられない。
しかし戦艦ならば大火力を搭載でき、MSの補給や整備そしてパイロットのの休養まで行える。
そればかりか強力な通信機能により、ある程度の距離なら部隊関の通信の中継と指揮までこなせた。
これらのアドバンテージの結果、ザフト側は戦力を有効活用でき、結果として円卓に共和国兵の屍の山を築く事に成功する。
当然、最優先攻撃目標である戦艦は度々浸透してきた共和国軍の攻撃に晒され、今や1隻を残すのみまでに減ってしまっていた。
戦艦の減少はザフトの補給能力を著しく削ぎ、稼働率が低下する機体が相次いだ。
それでもザフトは撤退することなく、この猫の額よりも狭い宙域に止まり続けていた。