61話「円卓」
有史以来戦争に勇者や英雄はつきものであり、人が空を飛ぶようになると彼等はエースと呼ばれるようになった。
レッドバロンしかりバトル・オブ・ブリテンしかり、エースとは常に最も苛烈な戦場で誕生するものであり、敵味方共に畏怖と敬意を与える戦場の絶対的な存在である。
彼等の活躍は人々を沸かせ、その生きざまは人を惹き付けて止まず、その死は時に相対した敵さえ悲しませた。
ではMSと言う甲冑に身を纏ったコズミック・イラにおいて71年の3月中旬の戦場はどんなものであったのだろう?
綺羅星の如く輝くエースパイロットを有するザフトと「円卓」で対峙した共和国軍MS部隊は、それまでとうって変わって大量のMSを伴って攻める共和国軍をザフトが迎え撃つと言う構図であった。
ザフトは船が使えなくなるのも構わず、高速艦であるナスカ級を複数円卓に突入させ、それらを即席の拠点兼浮き砲台として活用した。
そうとは知らない共和国MSは円卓に突入し、早々に手酷い歓迎を受けた。
デブリによって相互の連絡が取れず、艦隊の援護も受けられない中ハイザックやゴブリンはザフトのMSと戦艦との連携の前に次々と撃ち墜とされていく。
ザフトは防衛陣地で自分達がやられたことを、今度は相手にやり返したのだ。
無論共和国も同じような事をしようとしたが、この時集まった共和国艦隊はMSの搭載機数を優先して、ロンバルディア級宇宙空母やコロンブス級仮装空母を中心とした空母部隊であり、純粋な火力と装甲厚でナスカ級に劣っていた。
例え無理に突入しても、MSと戦艦を連携させたザフトの激しい抵抗に会うことが予想され、結果として共和国はMSのみで戦うことを強いられたのだ。
シナプス艦長の命令によって全艦載機が出撃し、その中の一つにサウス・バニング中尉率いる第4小隊がいた。
「このクソっ!やっつけてもやっつけても後からワラワラと出てきやがるぜ!」
「モンシア!無駄口叩いてる暇があったら手を動かせってんだい」
「うるせえ!だったらテメエも働け」
ベルナルド・モンシア、アルファ・A・ベイトの二人は、互いにそう愚痴をきながらも迫り来る敵に向かってライフルを乱射する。
当てずっぽうでも良い二人の射撃は、兎に角相手の動きを少しでも制限し攻撃させないことを念頭に置いていた。
そうしなかったり、あるいは出来なかった部隊から次々と敵に囲まれ殲滅されていくのだ。
「バニング隊長、このままでは我々も囲まれます」
チャップ・アデルはそう言いながら、ハイザック・キャノンの砲で迂闊に近づいてきた敵を撃墜する。
「そんなことは分かっている。だが命令はここの保持だ。軍人なら任務に全力を尽くせ」
そう言ってバニングは巧みにデブリを盾にしながら敵に射撃を繰り返し、彼等は僅か4機で倍する敵を抑えている。
しかしこの時既に周りの部隊は壊滅状態であり、残っているのは自分達だけと言う有り様であった。
例え逃げ出したとしても、周囲に援護してくれる味方は無く、敵は嵩になってバニング達を追撃するだろう。
現状敵に背中を撃たれるよりはマシとは言え、それでも最悪な事には変わりがない。
最早バニング達の運命は極まったかに見えたとき、突如として目の前でジンが爆発する。
「何だ!?誰がやった」
「俺じゃないぞ」
自分達がやったのではない攻撃でジンが1機撃墜し、その直ぐ後立て続けに更に3機のジンが脱落する。
そしてバニング達を追い越し、頭上に何機かのMSが現れる。
「待たせたかい?騎兵隊の参上だよ」
バニング達の頭上に現れたその機体は迷彩を施されたガルバルディであった。
「女だと!?」
味方が救援に来たと思ったら、通信機から聞こえてきた声が女の声だった事に驚くバニング。
「女で悪かったね。このシーマ様を女だと言った落とし前については、この戦場を生き延びた後たっぷりと聞こうじゃないか」
しかも相手に聴かれてしまい、目をつけられるバニング。
「隊長、早く謝ったほうが良いですよ。彼等は恐らく海兵隊です」
「海兵隊って、あの海兵隊かよ!?」
アデルの海兵隊と言う発言に、ベイトが珍しく声を上げて反応する。
シーマ・ガラハウ少佐率いるガルバルディ部隊、通称シーマ海兵隊は共和国唯一の海兵隊であり、その損耗率の高さから敵味方双方から恐れられていた。
だがシーマ海兵隊が有名な理由はそこではない、海兵隊は共和国軍の尖兵として数々の後ろ暗い任務に関わっているとされ、その余りのダーティーさに同じ軍からも鼻つまみ者集団として見られていたのだ。
そんな部隊が自分達の救援として現れたのだから、バニング達の心中は複雑な思いであった。
「まあ良い、今は派手にドンパチ楽しもうじゃないか」
そう言って海兵隊カラーのガルバルディ達はザフトに襲いかかり、ジンやシグーを次々と蹴散らしていく。
腐ってもそこは海兵隊、猛者ばかりの彼等の登場によって浮き足だったザフトは、戦線を乱されていく。
更に後方からどんどんと増援が到着し、新に戦列に加わる。
「待たせたな、これより戦闘を開始する」
「さて、俺の相手になる奴はいるのかな?」
「再び祖国の勝利のために...私は戦場に帰って来たぞ!」
「ふはははは、騎士であるこの私と戦う勇気のある者は前にでよ」
視認による識別の為か、到着した増援の機体には肩を白や赤などのカラーリングを施された機体がいた。
そのカラーリングを施された集団は海兵隊によって乱された戦線に次々と躍りかかった。
肩を白いカラーリングで塗った機体は狼のような勇猛果敢に戦い、赤く塗った機体はまるで戦場を駆ける稲妻の様にハイザックで素早い機動を見せる。
鬼神の如く戦うものもあれば、ヒートホークの二刀流で敵に接近戦を挑む者など、彼等の活躍によって戦局は一変しはじめていた。
「すげえ、同じハイザックなのにあんな動きが出きるのか」
モンシアはいつものふざけた態度が鳴りを潜め、ただただ目の前の光景に圧倒されていた。
「ああ言うのをな、エースって言うんだ」
バニングはモンシアが何を言いたいのか、その意図を汲み取って彼に教えてやった。
「エース、エースか。バニング隊長、俺もエースになってやるぜ」
そう言って、自身も戦いの渦中に躍りこむモンシア。
「ばか、単機で突っ込むやつがあるか!」
バニングはモンシアを追いかけ、他のメンバーもその血気盛んな行動にやれやれと言った表情を浮かべながらも、2機だけで突っ込むモンシア達を援護すべく彼らも後に続く。
後に「不死身の第4小隊」としてその名を知られる事となる彼等は、まだこの時は単なる一部隊でしかなかった。
バニングがエースと言った彼らもまた、同様にほとんど無名の存在であった。
その彼等が初めて世に名を知られる事となる戦い、「円卓の戦い」はまだその火蓋を切ったばかりであった。