5話「グラナダ攻防戦」
共和国からの援軍を得たグラナダは、メラニーの議会工作もありプラントと連合軍の要求を拒否。
これに対しプラント連合軍も即刻艦隊を派遣し、ここに戦争は予期せぬ三つ巴の戦いが起ころうとしていた。
グラナダ領空ギリギリに展開した共和国軍宇宙艦隊は、プラント連合の双方に目を配りながら睨み合いを続けていた。
「全く、初の実戦がプラントと連合軍相手とは上も無茶を言う」
口からそう漏らしたガディ・キンゼー艦長は、ブリッジのモニターに最大望遠で映し出されたプラント、連合軍艦隊を前に緊張を隠せないでいた。
「仕方ありません、共和国は此処を失うわけには行きませんからね」
副長がそう言ってガディ艦長を宥めるが、誰も好き好んで戦いたい訳ではない。
「出来れば、連中にはこのまま家迄大人しくお帰り願いたいものだが…」
しかしガディの願いも空しく、オペレータが緊張した声で艦隊が動き出した事を伝える。
「全く、儘ならないものだっ。総員戦闘配置、MS隊はまだ出すなよ!」
そして、後に第一次グラナダ攻防戦と呼ばれる戦いの火蓋が切って落とされた。
月面の灰色の大地と満天を覆う漆黒の星空の下、幾つもの閃光が光っては消えソラを彩る。
しかしその光が輝く度、人の命もまた一瞬の煌めきのうちに失われるのだ。
「兎に角撃って撃って撃ちまくれ!奴らを艦に近づかせるな」
「天井方向からメビウス!ブレイク、ブレイク‼︎」
出撃した共和国のMS、ハイザック隊は隊列を維持しながら猛烈な弾幕を形成する。
殆どがナチュラルのパイロットで構成される共和国軍MSは、反射神経や身体能力で勝るコーディネイターがあやつるMSとの接近戦を極力避けるように戦っていた。
「共和国はMSを持って無いんじゃ無かったのか⁉︎話が違うぞ」
「怯むな!所詮ナチュラルが作ったオモチャだ、物の数じゃない」
一方機動力と個々の技量で勝るプラントザフトのMS隊は、しかし初めて目にする共和国のMSに動揺し、思うようにふところに飛び込めずにいた。
そもそも彼等は知らないが、自分達が乗るMSジンが出来る前共和国のダークコロニーで共にMSの開発を行っていた。
しかし、ナチュラルの手を借りたと公言するのは憚られ、結果彼等前線のパイロット達には共和国がMSを保有している可能性すら、伝えられていなかったのだ。
「共和国めMSなど小癪な。独立など許すからこうしてスペースノイドの連中がのさばるのだ」
連合軍艦隊の司令官はそう吐き棄てるが、地球に住む彼等アースノイドにとって共和国に住むスペースノイドは謂わば二等市民であり、植民地と同義であった。
技術的にも文化的にも遅れている(と大勢のアースノイドはそう思っている)スペースノイドが、何をやってどうしたか知らないがMSを保有し、あまつさえ自分達に歯向かってきたのだ。
司令官の内心の怒りは、即ち地球に住むアースノイドが抱く怒りそのものであった。
「提督、MA隊の被害が甚大です。このままでは…」
「構うものか、見た所共和国のMSの動きはザフト程でもない。このまま物量で押し潰せ」
そう言って参謀の意見を退ける司令官は、逆に更なる攻勢を命じる。
最早彼の目にはザフトは映っておらず、唯薄汚い植民地人の反乱を叩き潰す事を望んでいた。
共和国、ザフト、連合軍との三つ巴の戦いは拮抗し一進一退の攻防が続いていたが、徐々に共和国の不利に傾いていった。
連合軍の損害を無視した形振り構わない攻撃に、初の実戦で上手く対応出来ない共和国軍が押され始め、それに乗ずる様にザフトも又共和国のMSのショックから立ち直りつつあった。
「攻撃を敵の鼻先に集中して動きを抑えろ‼︎」
ガディがブリッジの席から叫び、共和国の最新鋭艦、アレキサンドリア級アレキサンドリアの主砲連装ビーム砲4基8門から8つのビームが放たれ、連合軍の先頭を進むドレイク級宇宙護衛艦を撃ち抜き一撃で轟沈させる。
その光景に思わずブリッジのクルーが「おお!」と歓声をあげる。
「まだ次が来るぞ、油断するな」
しかしガディには喜んでいる暇はない、撃沈されたドレイク急の残骸を押しのける様にして新たな敵が現れ、ブリッジのクルーはふたたび敵の新手の対応に追われた。
そして正面の敵から複数の艦から同時に、先程の倍以上のビームがアレキサンドリアに向け放たれる。
漆黒の宇宙を光速で進むビームは回避困難の様に思われだが、幸いにもアレキサンドリアを掠めるだけだ終わった。
しかしその衝撃は艦を大きく揺らし、ブリッジのクルーにもその振動は大きく伝わった。
「っMS隊はまだ敵のMAを排除できないのか!これ以上は艦も保たんぞ」
「現在、我が方のMS隊は敵のMSとMAに挟まれ苦戦中です。本艦を援護する余裕は…」
「くっ!」とガディは拳を艦長席の肘掛に打ち付けた。
ガディの脳裏に「撤退」の二文字が浮かんだが、しかしその思考に割り込む様にガディが乗るアレキサンドリアに別の艦から通信が入る。
「ガディ・キンゼー大尉だな、バスク・オム中佐だ。手短に要件を話そう」
いきなりブリッジのモニターの前にバスク中佐の姿が映し出され、面喰らうガディ。
しかしそんなガディを他所に、バスクは命令を伝える。
「これより私の隊は苦戦するMA隊援護の為敵中央に突撃をかける。貴官の艦にはその援護を命じる」
「!バスク中佐、今突撃をかけるのは余りに危険です。最悪敵に撃沈される可能性もあります」
ガディはバスクが突撃をかけるのならば、それは自分の役割と思っていた。
指揮官突撃など時代錯誤も甚だしい所業であり、ガディはバスクが錯乱したとしか思えなかった。
だがバスクはガディのそんな表情を見て不敵に笑みを浮かべ。
「それこそがわたしの狙いだ、突撃した本艦に敵の攻撃が集中している間に他が体勢を立て直し敵を跳ね返す」
「まあ、貴様はそこで見ておれ」
と自信満々に返すバスク、実際彼には勝算があった。
(今の軍人はMSの活躍ばかりに目を向けているが、今次大戦の肝は其処ではない)
バスクはMSの戦術研究を行う傍ら、『世界樹攻防戦』でザフトが使用した電波妨害兵器の事も調べていた。
そしてそれは後にエイプリルフール・クライシスでその正体が判明する事となるのだが、バスクは其処からより一歩進んだ段階にいた。
(ニュートロン・ジャマーによって核兵器が無効化されただけで無く、従来の誘導兵器そのものが無効となった今、これにいち早く対応出来た者が今次大戦の勝者となるのだ!)
今だプラント、連合軍共にニュートロン・ジャマー影響下での戦闘に慣れてない今こそ、バスクは自らが考案した戦術の実験に相応しいと考えた。
そしてその方法の一つを、彼はこれから行おうとしていた。
「機関最大、敵中央に全速力で突っ込め!」
バスクの指示にブリッジクルーはギョッとしながら、しかしバスクの苛烈な視線に晒されて慌てて命令を実行する。
バスクが乗るアレキサンドリア級が、味方の隊列から飛び出し敵に向け全速力で進んでいく。
それを見ていた連合軍艦隊の司令官は、バスクの行動を嘲笑し。
「馬鹿め!気でも狂ったか、全艦攻撃をあの艦に集中しろ」
と命じたが、しかし指示を伝える筈のオペレーター達は困惑した様子で司令官を見て。
「恐れながら閣下、現在戦場全域に高濃度で散布されたNJ(ニュートロン・ジャマーの略以後NJと表記す)の影響で通信状況が非常に悪化しておりまして…」
「だったらどうした?そんなもの発光信号でもレーザー通信でも幾らでも方法はあるだろう」
そうして酷く憤慨した様子の司令官だが、ここで参謀がオペレーター達が困惑する訳を説明した。
「閣下、実を申しますと現在本艦周辺意外非常に通信状況が悪化しております」
「何?」と目くじらを立てる司令官。
そこまで通信状況が悪化しているのを何故報告しなかったのかと言う、職務怠慢を責める前に参謀から更なる衝撃の事実を伝えられる。
「その、実際の所本艦からの指示は艦隊の半分も届いてはおりません。唯閣下が攻勢を命令した前後から通信状況が急速に悪化し、他の艦は当初の命令意外受けていない状態でして…」
「何、だと。それでは我が艦隊は…」
「はい、恐らく前進せよとしか大半の艦は命令を伝えられていないものと思われます」
それは近代以降の国家として、有り得るべからずな事であった。
軍とは統一した指揮系統の元、上官の指示が速やかに部下に伝わり即座に行動することで成り立っている。
つまり現在の状況に当てはめると、上官の周りにいる者だけが命令を聞き、それ以外はてんでバラバラに勝手に動いている事になるのだ。
「不味い、急ぎ全艦隊に停船命令を出せ。指揮系統を再編しなくては…!」
自分達が今どんな状態にあるのかを認識して、司令官は即座に艦隊を掌握しようと試みたが。
「突出して来た敵艦が、我が方の中央に突入しました!」
「何だと‼︎」
バスクが指揮する艦は、連合軍の指揮系統が混乱している間に、まんまとそのふところに飛び込む事に成功した。
「ふふふ、態々突撃密集形態でNJを散布してくれたお陰で、自分達の耳目を自分達で塞いでくれたわ」
バスクには分かりきっていた事だが、ブリッジクルーにとっては正に奇跡であった。
自分達よりも数の多い敵に一隻で真っ向から突入して、しかも無傷で懐に飛び込めるのなど今までの常識では測れない出来事だったのだ。
「一つの指揮の元、統制された射撃ではこうも上手く行くまいが、しかし今の連中は唯闇雲に撃っているだけだ。そんなもの最早軍ではなく唯の烏合の衆でしか無い」
実際バスクの言う通りであった。
NJのせいで碌に照準を付けられない中、高速で突入する船を止めようなどと土台無理な話なのだ。
「今度はこちらの番だ。敵を撹乱してやれ」
その後バスクが指揮するアレキサンドリア級は、正に獅子奮迅の戦いを見せた。
アレキサンドリア級の見た目に反する軽快な機動力で敵を翻弄し、直撃すればドレイク級を一撃で吹き飛ばす強力な砲撃によって敵を次々と蹴散らし、何より大きな艦故その堅牢な装甲は散発的な反撃を受けてもビクともしなかった。
一見無茶苦茶な動きに見えるこれも、全て計算済みの行動であり、正に新時代の宇宙戦闘艦の戦い方であった。
だが連合軍も唯黙ってやられていたわけでは無い。
味方の苦境を知った何機かのメビウスが、艦隊に戻って来たのだ。
スラスターノズルの航跡を光らせ、高い技量により通信が出来なくとも綺麗な編隊を作るメビウスの姿に、連合軍もまだまだやる気であることが見て取れた。
メビウスはMSと比べて多くの面で劣っていたが、何よりも数が多くそして又戦艦を相手にするならば、まだまだ現役の機体であった。
「メビウス多数接近、本艦に取り付こうとしています」
「矢張り来たか、対空砲火!味方が体勢を整えるまで耐えてみせろ」
アレキサンドリア級からメビウスに向け猛烈な対空射撃が行われる。
どんな船にとっても最悪なのは、自分よりも小型で旋回力があり且つ数の多い相手である。
そしてメビウスは正にその様な機体であった。
バスクが突入してその援護を行っていたガディとアレキサンドリアは、敵の攻撃が弱まって来ているのに気付いた。
「まさか、バスク中佐がやってくれるとはな。本艦も負けてはられん、この間に敵のMAを排除して体勢を整えるぞ」
実際バスクが突入する前後から敵MAの動きが悪くなり、新しく増援もくる様子が無い。
そしてそれを見逃す程、共和国軍人は甘くはなかった。
「動きが遅い、そこ」
ハイザックが手に持つザクマシンガンから120㎜弾が撃ち出され、直撃したMAを一瞬でスクラップに変える。
そして同じ様な光景は、戦場の彼方此方で見られた。
共和国のパイロット達も、段々とメビウスの動きに慣れ始めその結果彼等は戦果を続々と挙げていく。
「連合のメビウス恐るゝに足らず。サッサと片付けて敵艦隊に取り付くぞ」
当初と立場が逆転して勢いに乗る共和国MSを前に、連合軍のメビウスは追い回され両機と逸れて散り散りになる者や、或いはデブリの仲間となら者が続出。
増援が来ない中、メビウス隊は唯逃げ惑い殲滅されるしかなかった。
だがバスクの方に取り付いたメビウスは、手練れである事を差し引いても有利に事を進めていた。
「敵機飛来、正面2時方向から2機、天上方向より3機、他多数」
一隻で何機ものメビウスを相手にした結果、アレキサンドリア級は被弾を重ね傷付いていく。
「何をやっとるか!弾幕薄いぞ、これしきのメビウス落として見せろ」
とバスクが叱咤するも、流石に多勢に無勢。
積み重なった被弾により、遂に機関部にまで攻撃を許してしまう。
メビウスが放つレールガンは、ジンの正面装甲を撃ち抜けない程貧弱だがらしかしそれでも何機かが一緒になって打ち込む事で破壊力を増している。
三方向から攻め込んだメビウスを囮に、本命はアレキサンドリア級の真下から急上昇したメビウス隊の攻撃は、機関部への攻撃を成功させた。
「見たか、スペースノイドめ!大人しくコロニーに引っ込んでろ」
「一隻で来たことを後悔させてやる」
メビウス隊はその後次々と入れ替わり立ち代り反復攻撃を行い、その度に艦は揺れ大きく傷付いていく。
「機関部出力低下!姿勢を維持出来ません」
「甲板に損傷ーっ!月の重力に引かれて本艦は沈下しつつあります」
次々と舞い込んでくる悪いニュースに、さしものバスクも頬に冷や汗を垂らすが、しかしこの男唯ではやられない。
「ここまでか…なら、まだ舵は効くのだろう。姿勢制御スラスターを使って何とか船体を安定させろ!それと機関部と艦底部の人員を退避させろ。最悪の場合月に不時着する」
そう告げるバスクだが、彼は大きな戦果と引き換えに艦を失う事になる。
が十分に見合う成果を挙げることが出来たのだ。
それにじき味方の反撃は開始される、当初の目的も果たし尚且つ領空内に落ちれば、グラナダで修理も可能なのだから後の事も安心出来る。
そう考えたバスクは、操舵手に戦場からなるべく離れるコースで次への着底を命じた。
それでもメビウスはしつこく食い下がって来るも、しかし共和国艦隊の反撃が開始された事でその対応に追われ。
遂にバスクとアレキサンドリア級を見逃してしまう。
この後戦闘は30分も続いたが、結局最後まで指揮系統を回復出来なかった連合軍が撤退を開始し、それと合わせる様にザフトもまたグラナダより手を引いた事で戦闘は終了した。
結果として共和国軍は大きな犠牲を払いつつもグラナダ防衛に成功し、各国よ共和国が単独でプラント連合軍を相手取り撤退させた事で、共和国に今までに無い高い関心が集まっていた。
そしてそれは、この男をも動かす事になるのであった。
「『共和国』ですか。果たして彼等は何を望みそして一体何をするのでしょう」
南国の青い空と海を臨みながら、盲目の男マルキオ導師は誰ともなしにそう呟くのであった。