機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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53話

53話「コンペイトウの戦い・その2」

 

コンペイトウ宙域に滞留するデブリの大群、それは嘗ての「世界樹」やコロニーの成れの果てであり、良く見ればMSの残骸やメビウスらしき物も見える。

 

高密度のデブリにより視界は勿論の事、無線もセンサーも凡ゆるモノが役立たずとなる。

 

そこにNJまで散布されているのだから、布陣した共和国軍はまさか此処を通る敵などいないとタカをくくっていた。

 

もしそれを試みようとしても、デブリに衝突するかまたは方位を失って迷子となるか、どちらにしろ自殺志願者とほぼ同じ意味である。

 

1機のジンが、大量のデブリ地帯をまるで縫う様に進んで行く。

 

燃料を節約する為か、途中小型のデブリを足場にしてまた次のデブリへと乗り移ると言う曲芸じみた事をやりながら、速度を落とすどころか益々そのスピードを上げて行く。

 

「コースト隊長!早すぎます、速度を落として下さい」

 

通信機から聞こえる煩い雑音に、ミハイル・コーストは何の躊躇いも無く部下との通信を切った。

 

逆にコクピットのフットペダルを踏み込み、益々速度を上げるコーストのジン。

 

自分達を引き離す隊長機に、慌てて部下達も追いつこうとするが一向にその距離は縮まらない。

 

「これしきのデブリで何を臆病になっているのか、全く理解しがたいよ」

 

そう口では言いながらも、途中途中で共和国工兵が仕掛けたワイヤートラップを切断したり、或いはセンサートラップを気づかれる前に無力化したりなど、後から付いてくる部下達の事も考え、最低限の仕事はこなす。

 

ミハイル達ジン・ハイマニューバ部隊は、事前の作戦により戦闘には参加せず密かにデブリ地帯を進んでいた。

 

マウゼルは正面から共和国軍の重厚な防御陣地を突破出来るとは思っておらず、そこで高機動に富むミハイル達ジン・ハイマニューバ隊を使ってデブリを突破。

 

敵の防御陣地を迂回して、その側面を突こうと言うのだ。

 

その為に選抜された部隊とそれを率いるエースパイロット、「ドクター」の異名を戴くミハイル・コースト。

 

彼等の活躍に、マウゼル達ザフト艦隊の運命がかかっていた。

 

 

 

 

 

苛烈な砲撃をザフト艦隊に加える共和国軍であったが、その側面に突如として敵が現れた。

 

「やっとか、デブリばかりで風景に飽きてきた所だ」

 

共和国軍の視線が全てマウゼル艦隊に集中している最中に、コーストはデブリを突破して飛び出すと近くにいたサラミスに単騎で襲いかかった。

 

コーストの接近に気付き、急ぎMSを発艦させようとするサラミス。

 

「は、遅いな」

 

だが、コーストが操るジン・ハイマニューバは巧みな機動でサラミスに取り付くと、艦橋目掛けてライフルの弾を撃ち込む。

 

慌てて退避しようとしたブリッジクルーごと砲弾が踏み潰し、内部で炸裂し完全に破壊する。

 

襲撃に気付いた他の艦から対空砲火が上がるが、まるでそれを嘲笑うが如くヒラヒラと踊る様に回避するコースト。

 

彼は次の獲物に狙いを定めると、艦隊の中に突撃を敢行した。

 

同じ頃、艦隊を指揮していたライアン・エイノー提督は、側面から敵MSの奇襲を受けたとの報告を聞き、地団駄を踏んだ。

 

「コーディネイターめ、小賢しい真似を!近くの部隊で対処しろ」

 

だがこの時の彼の指示が、完璧には果たされる事は無かった。

 

何故ならコースト駆るジン・ハイマニューバは、相手の指揮官が乗っていると思しき艦を片っ端から沈めており、共和国軍の指揮統制を乱していたからだ。

 

更にそこに、コーストに遅れてデブリからジン・ハイマニューバ部隊が攻撃に加わり、共和国艦隊は一時側面崩壊の危機に瀕した。

 

これに対し、エイノー提督は対応のため戦力の一部を割かねばならず、それは当然回廊正面への火力低下を意味する。

 

「今だ、全艦ミサイル発射!」

 

その隙をマウゼル隊長は見逃さなかった、ザフト艦隊から次々とミサイルが放たれ、それらは機雷原でクラスター小型爆弾を放出して一気に爆発した。

 

クラスター爆弾が機雷を巻き込んで次々と炸裂し、強引に通路をこじ開け出来た穴に向け、ザフトのMSや艦が我先へと突っ込んでくる。

 

共和国軍が用いる爆導索と同じ様に、ザフト流のこの強引な機雷原除去方法によって、回廊から飛び出したザフトMSは機雷原を抜け艦隊に取りつこうとしたのだ。

 

「こちらもMSを出して迎撃しろ!」

 

アレキサンドリアやサラミスにムサイからハイザックやゴブリンが発艦され、両軍のMSが入り乱れて戦闘となる。

 

相変わらず部隊毎に隊列を組み弾幕を張るハイザックに対し、機動力で翻弄しようとするジンと言う構図は変わらない。

 

しかし、戦場は両軍のMSが放つ曳光弾で彩られ、その都度一瞬の閃光が煌めく度に、命が散っていく。

 

両軍の兵士達が命をすり潰す戦場で、その中の1機に左肩のスパイクアーマーを黄色く塗ったハイザックがいた。

 

「いいかブラウン!お前は病み上がりなんだか無茶するなよ」

 

「はい曹長、了解です」

 

「よしナウマン、モーデルも続け」

 

4機のハイザックが虚空を駆け、2機一組となってい敵へと立ち向かっていく。

 

通常3機で1個小隊を形成する共和国軍の中では珍しく、彼等が4機の部隊編成の理由はハウンズマン曹長以外の3人が実戦経験の少ないパイロット達だからだ。

 

急速に生産が進むハイザックに対し、パイロットの育成が追いつかないと言う状況が頻発しており、フレデリック・ブラウン伍長の様な未熟なパイロット達でさえ、戦場に出なければならなかった。

 

特にブラウンなど、大戦初期のグラナダ攻防戦で敵ネルソン級に突っ込み、被弾して生死の境を彷徨う大怪我を負った。

 

だがその後怪我から復帰して早々、原隊に戻ったブラウンは新しい機体を与えられ、こうして戦場に再び駆り出されているのだ。

 

このような事は珍しくなく、共和国軍のどこにでもありふれた話である。

 

側面を壊乱させたミハイル・コーストのジン・ハイマニューバは、部下達とは合流せず、そのまま共和国軍の中央を突破して行く。

 

一見この無謀とも取れる行動だが、彼の渾名である「ドクター」としてこの戦場を見た限り、彼は早期に“病巣”を切除する必要があると見ていた。

 

彼は渾名の通りザフトに入隊する前は凄腕の医者であり、その時の経験から戦闘を「オペ」に例え素早く患部(敵の中枢)を適切に処置する。

 

そして彼が今最も適切な処置とは、つまり防衛艦隊旗艦を討つ事であった。

 

「ちっ、矢張りこのライフルでは威力不足か」

 

自分を止めようと群がるハイザックを蹴散らしながら、彼はコクピットの中で舌打ちを打つ。

 

一見無双している風に見えても、その実ハイザックは殆ど撃破されてはいなかった。

 

ただ武器やメインカメラを破壊されたり、或いはスラスターを損傷させられたりなど、そうした事で戦闘力を失っているに過ぎない。

 

ジン・ハイマニューバ様に開発された試製27mm機甲突撃銃は、ジンの重突撃機銃の威力をそのままに、装弾数を増加し取り回しを良くした物だ。

 

継戦能力こそ上がったものの、元々ジンが装備する重突撃機銃はハイザックの装甲に対して威力が貧弱であり、現場でも度々指摘されてきた。

 

コーストもその内の1人であり、彼はより威力と貫通力の高いライフルを要求していた。

 

だが、ザフトの開発局は新しい武器よりも新型MSを作る事に夢中になっており、彼の様なベテランパイロットにとって不満の種であった。

 

そしてそのシワ寄せが、今彼に降りかかっているのだ。

 

共和国のパイロットは自分と比べてまるでお話にならない程度の腕しかなく、それでも堕とす事が出来ない。

 

新型機が発表されたとは言え、いまだジンが主力のザフトは、これ以降もライフルの威力不足に悩まされ続ける事となる。

 

コーストは、早々にハイザックを相手にする事を諦め、代わりにハイマニューバの高機動を使って敵を引き離す。

 

後に残されたハイザックは、しかし殆どの機体がまだ動く事が可能であった。

 

この時の戦闘は、ハイザック2機中破6機小破及び損傷軽微の機多数と記録された。

 

コーストは、1機たりとも敵を堕とす事が出来かったのだ。

 

さてMS同士の激しいドッグファイトが続けられる中、機雷原を突破して展開を完了しつつあったザフト艦隊はここで敵を全力で討つ算段であった。

 

ここまでの流れはマウゼル隊長が考えた通りであり、ここから先は共和国艦隊に対してザフトお得意の機動戦を仕掛けるだけ。

 

マウゼル隊長は旗艦ブリッジで漸く状況を五分に持ち込めたと、この時内心ホッとしていた、がしかしそうではなかった。

 

「全艦“予め”定められた通り第1防衛ラインまで後退する」

 

艦載MSまで繰り出してこのまま艦隊戦に応じるかに見えたエイノー提督は、しかしそれには乗らず艦隊を粛々と後退させていく。

 

同然、ザフト艦隊は逃すまいと追いかけようとするが、その前を戦闘を続ける両軍のMSが邪魔をする。

 

まさか味方ごと撃つ訳にもいかず、迂回しようにも当然そうするであろうと分かっているエイノー提督は、重砲兵師団に命じてザフト艦隊の移動を妨害させた。

 

そしてこの段階になって、これまで伏せられていた共和国軍スナイパー部隊が敵の足止めの為指揮官機を次々と狙撃した。

 

この時最も活躍したのは、テネス・A・ユング少佐率いるスナイパー部隊である。

 

少佐はこの時本国で生産されたばかりのハイザック・カスタムに搭乗、この機体はバッテリー及びジェネレーターをアナハイム社製の物に換装し、コーウェン准将率いる開発局が試作したジェネレーター直結式の長射程のビームライフルを装備。

 

彼と彼の部隊はデブリの中から敵指揮官機を正確に狙い、これを次々と狙撃した。

 

狙撃位置がバレないよう、撃つたびにポイントを変えるという手法を持って、戦闘終了後帰還した彼の機体には殆ど損傷がなかったと言う。

 

この戦果がきっかけとなり、エーススナイパー用にハイザック・カスタムが極少数が生産される事になるのだが、それはまた別の話である。

 

テネス少佐の部隊が活躍する一方で、また別の戦い方をする部隊もいた。

 

ヨンム・カークス中尉はこの時デブリに掘られた穴の中に機体をうつ伏せにして隠し、ガルバルディが装備するライフルを銃口が見えない様にしながら敵に狙いを定めていた。

 

彼の他にも、同じようなデブリに穴を掘ったり或いは迷彩シートを被せて擬装したMSや砲台が、敵を狙っている。

 

彼らは、戦闘が始まってからずっもここで息を潜めて潜伏しており、その時が来るのを待っていたのだ。

 

そして、漸く艦隊が後退し始めた事を確認すると彼等は与えられた仕事にとりかかる。

 

ヨンム・カークス中尉は狙撃スコープを覗き込みながら、一旦補給に帰投しようとするジンに狙いを定めた。

 

そうして、迎えに来たローラシア級が少し前の方に出て来る。

 

既に狙いは付けられており、標的をロックしているにも関わらずカークスは撃たない。

 

ジンがガイドビーコンに乗り、このまま収容されるかに見えハンガーに着艦しようとしたその瞬間。

 

カークス中尉はトリガーを引き絞り、連動してガルバルディのライフルから砲弾が放たれる。

 

狙いは正確に、まるで吸い込まれるかの様にジン背後の推進剤を注入する予備タンクに命中。

 

引火し、しかし気付くのが遅かった為ハンガーの中で予備弾薬や推進剤を巻き込みながら爆発するジン。

 

当然、それだけで済むはずが無くハンガーからの爆発により他が連鎖的に誘爆、内部から崩壊し轟沈する。

 

カークスは戦果を確認し、目の疲れを抑える為一旦スコープから目を離した。

 

彼等が使う装備にはマズルフラッシュを抑える為の専用装置をライフルの銃口に装着し、ビームではなく実体弾を使う事でのサイレントキルを可能とした。

 

本来機動兵器としての性格が強いMSを、共和国軍はこうして狙撃兵としても使い、この戦場でザフト兵から恐れられる存在となる。

 

マウゼル隊長は突如として、味方を収容する為突出した艦が爆発し轟沈した事に唖然とした。

 

一瞬事故による誘爆も考えたが、この時まだマウゼル達には他にやるべき事があったからだ。

 

狙撃による足止めは、共和国軍が思った以上の効果を上げザフト艦隊は部隊と指揮権の再編を急いでいた。

 

基本階級が存在しないザフトは、この様な場合誰が後任に着くかまた指揮はどうするのかスムーズに行かない。

 

高い合理性における個々人の高い能力とスタンドプレーに頼るあまり、かえって組織運営に著しい不合理が生じていた。

 

やっとの思いでザフト艦隊が部隊を再編させた頃になると、同然エイノー艦隊は第1防衛ラインまで後退を完了し、再度ザフト艦隊を待ち構えていた。

 

そして、ここからが本当の戦いであるとこの後マウゼルとザフトは思い知る事となる。

 


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