49話
49話「出兵」
プラント最高評議会が置かれているアプリリウス市にて、シーゲル・クライン議長をはじめとした所謂クライン派と呼ばれる議員達が、極秘の会合を開いていた。
「ここに今日集まって貰ったのは他でも無い。今年4月に行われる次の議長選についてだ」
会合が始まって早々に、集まった議員達の空気が重くなる。
昨今プラントでは急進的なパトリック・ザラをはじめとした所謂ザラ派が台頭しており、早くも次の議長就任間近と国内では囁かれていた。
「データでは世論の70%がパトリックを支持している。対して、現政権の支持率は低下する一方だ」
パーネル・ジュセック議員が、各議員が座る席のモニターにデータを送り、それを見て益々溜息を吐く議員達。
「市民達は戦争の熱に浮かれているだけだ、すぐに冷めよう」
プラントで外交を取り仕切っているアイリーン・カナーバ議員がそう言うも、集まった議員達の顔は晴れない。
会合は早くも暗雲が垂れ込み始めたかに見え、そんな暗い空気の中ユーリ・アマルフィ議員がおずおずといった風に送られたデータにとある修正を加えた。
「実は…この数値にあるデータを加えると、現政権の支持率が最低でも15%は上がると出ている」
15%も上がるのならば、次の議長選も戦えるのでは無いのかと、希望を抱く議員達。
しかし、アイリーン・カナーバはその様な希望的観測には疑問を抱いていた。
「アマルフィ議員、勿体ぶらないで頂きたい。その方策とは一体何なのだ?」
「簡単だ、勝利だ。市民達は決定的な勝利を欲している」
その返答に、カナーバや他の議員も流石に顔を顰めた。
「ここ1ヶ月以内に何らかの軍事的成功を納めれば、具体案として共和国への攻撃を提案させて頂きます」
「待ってくれアマルフィ議員。それは政権維持を目的とした無用な出兵では無いか!我々にはそんな権利など…!」
アマルフィ議員の話を遮って、カナーバ議員は反論し、当然周りの議員も賛同する者と思い左右を見渡した。
しかし、パーネル・ジュセックとアリー・カシム両議員は沈黙したままであった。
「ジュセック、カシム!」
2人の沈黙が意味する事を悟ったカナーバは、普段の冷静さをかなぐり捨てて激昂した。
だが、両議員はそんなカナーバ議員を冷ややかな目で見ながらこう言い放つ。
「次の選挙に勝たねば、君も我々も議席が危うくなる」
「カナーバ、現実を見ろ。今は良識について君と論じるべき時では無い…」
ここに来て漸くカナーバ議員は今回の一件を誰が仕組んだか気付き、その人物を睨んだ。
(アマルフィ!最近何かとザラ派に肩入れしていると思っていたが、まさかこんな事を…!)
(戦争は勝って終わらねば意味が無い。外交の時間は終わったのだよカナーバ)
まるで親の仇を見る様な目のカナーバと、冷静さの裏に余裕の表情が見え隠れするアマルフィ議員。
2人の視線がぶつかり激しい火花が飛ぶ中、会合の冒頭以外黙って事の成り行きを見守ってきたクライン議長が、ここに来て漸く口を開く。
「良さ無いか2人共。それと、彼には何か考えがあるようだ、それを聞いても遅くはあるまい」
「クライン議長…!しかし…」
カナーバは何か言い募ろうとするが、クライン議長に諌められた挙句、これ以上の醜態を晒すことを良しと出来なかった。
反論、アマルフィ議員は余裕綽々と言う態度で計画を話し始める。
「ありがとうございます議長。では説明させて頂きます」
とアマルフィ議員は、まるで今日この日の為に練習してきたかの様な口調で、朗々と作戦計画を述べる。
それを聞く議員達の態度は様々であったが、カナーバ議員はずっと渋面を浮かべたままであった。
「質問だが、何故このタイミングで共和国へしかも宇宙で侵攻するのだ?地上ではダメなのか」
「現在地球にいる部隊は、オペレーション・ウロボロス完遂の為、部隊を集結中です。彼等の戦力を割きたくは無い」
「では宇宙での目標は?どれ位の部隊数を動かすのだ」
「お互いの勢力との境に位置する、共和国がコンペイトウと呼称する要塞が良いでしょう。いまある部隊でも十分攻略が可能であり、此処を攻め落とせば共和国も降伏するしか無いでしょう」
まるで段取りが予め決められていたかの様にジュセック、カシム両議員の質問に答えていくアマルフィ議員。
カナーバはその出来の悪い喜劇を見る様な眼差しで、それを見ていた。
そして採決の時間となり、カナーバ議員は反対票に投じ、突然の事ながら発案者のアマルフィ、そして同調した両議員は賛成票に投じた。
数の上では負けているが、しかしカナーバにはまだ勝算があった。
(シーゲルならば、きっと分かってくれるはずだ。こんな無謀な出兵、意味など無い!)
流石にアマルフィも、議長が反対したとなれば強行な手段を取れない筈。
後は彼を締め上げ、ザラ派攻撃の糸口を掴めればと、この時のカナーバはそう考えていた。
だがシーゲル・クライン議長は、一向に票を投じようとはしなかった。
暫く誰もが彼の様子を見守っていたが、流石に不審に思ったアマルフィ議員が声をかけようとして…。
「私は今回棄権させてもらう」
と今まで目を閉じ黙っていたシーゲル・クラインが、自ら票を手放すとそう宣言したのだ。
この言葉に、カナーバ議員だけでなく他の議員達も狼狽えた。
ただ一人クライン議長だけが淡々とした様子で、集まった議員達にこう言った。
「ただ、諸君らに一つ忠告する。わたしが此処で投票しなかった事の意味を、よく考えて欲しい」
同日アプリリウスにある邸宅で、パトリック・ザラは極秘回線を通じてアマルフィ議員からクライン派の会合の報告を受けていた。
『ザラ国防委員長が仰った通り、彼等は計画に飛びつきました』
「ご苦労だったなアマルフィ議員。事が全て成った暁には…」
『はい私にザラ派の椅子を用意して頂けるのですよね。しかし、議長を追い詰める為とはいえ本当に今ザフトを動かして宜しいのですか?』
「構わん、今の内にザフト内のクライン派を掃除しておきたい。奴らには我々の為に精々働いて貰おう」
『正に一石二鳥の策ですな。流石は国防委員長…いえザラ“議長閣下”』
アマルフィ議員との通信を終え、パトリック・ザラは疲れを癒すかの様に目頭を指で揉み解す。
(ふん、自分が利用されていると知らずに…所詮は俗物か)
と内心アマルフィ議員の事をそう、吐き捨てていた。
そうは言うものの、ザラ派は前々からアマルフィ議員を利用し、クライン派の情報をリークさせていた。
彼が齎した情報により、ザラ派その勢力を増す事が出来たのだと考えるのならば、寧ろ彼はアマルフィ議員に感謝しなければならない。
最もそうなる遥か前から、こうなる事は決まっていた様なものだった。
ユーリ・アマルフィ議員が市長を務めるマイウス市は、ザフトの主要なMS設計局とその工場が集まっており、つまりザラ派の牙城であるザフトの影響力が強い都市である。
当然の事ながら、アマルフィ議員も知らず知らずの内にその影響を受け、今では立派な隠れザラシンパとなっていた。
そして昨今、穏健派のクラインと急進的なパトリックとの間で政争が勃発しかかっており、今回の策謀はその宣戦布告代わり兼先制パンチとしてパトリックが仕掛けたのだ。
コーディネイター至上主義を掲げるパトリックと、ナチュラルとの融和路線を解くクラインとではあまりに道が違いすぎ、二人の仲は最早決定的とも言える状況にあった。
こうしてプラント国内の政治的な理由により、長らく小康状態が続いていた宇宙に、再び嵐が巻き起ころうとしていた。
コーディネイターが政治闘争したっていいじゃ無い。だってにんげんだもの みつを