30話「崩落」
第二防衛ラインを突破されたキリマンジャロ要塞司令部は、重苦しい空気に支配されていた。
計画上は第二防衛ラインの背後には予備の防衛ラインが引かれているが、これはあくまでも予備でしかなく現状敵の進軍を止めるだけの力は無い。
残る頼みの綱は今まで温存してきたMS隊にかかっているかに見えたが…。
「MSは何機まで出せる?」
徐にビッター少将はそう聞いて、後ろに控えていた参謀の一人が前に進み出て答えた。
「は、どうにか稼働する機も含めて一個大隊程です、しかしその半数は動かせると言うだけであり…」
「実質戦力の半減した大隊、一個中隊未満の戦力か」
「はい、残念ながら」
僅かに6機未満、それが現状彼等が出せる戦力であった。
何故要塞の戦力が此処まで少ないのか?それは先のザフト空中用MSによる襲撃まで遡る。
あの戦いにより、空からの攻撃に備えなくてはならなくなったアフリカ方面軍は、MSを外の格納庫にでは無く建設中の要塞内部に留めておくと言う決断をした。
だがそれが全ての間違いであった、
先の空襲により、要塞建設に当たっていた作業員や監督官に被害が出ており、彼等が現場に復帰するまでの間工事を中断してはならないと突貫工事で進めた結果、彼方此方で不具合や事故が発生した。
そしてある日、MS隊の多くを収容した場所の天井が突如として崩落した事により、アフリカ方面軍の大半のMSが岩の下敷きになってしまったのだ。
幸い、崩落した時偶々人がいなかった為人的被害が出なかったが、それでもパイロットの多くは愛機と共に戦う術を喪失した。
この事故については内外に対して戒厳令が敷かれたが、事故の事をもし本国に伝えようとすれば、通信を傍受したザフトにより瞬く間にキリマンジャロは陥落させられてしまっただろう。
逆に言えば、本国や他の戦線から何ら援軍を受ける事が出来ないまま、単独で敵と戦う事を意味していた。
故に彼等は此処まで秘密を隠し通し、巧妙な防衛ラインを構築してきたが、とうとう恐れた日がやってきた。
実質今のキリマンジャロ要塞は丸裸同然であり、誰もが次は要塞内部での決戦かと覚悟を決めた時、アフリカ方面軍司令ノイエン・ビッター少将からある指示が出される。
その指示を聞き誰しもが騒然となるが、しかし現状これ以上の手立ては無く、彼等は早速下各地の部隊に指示を伝えるのであった。
進撃するザフトは、段々と周囲の光景が変わってきた事に気がついた。
標高5,000mを超える山であるキリマンジャロは、凡そ3,000m地点からその姿をガラリと変える。
3,000mから先は草木は疎らになり、4,000を超えた地点では岩や砂など灰色の世界が続く。
そしてその先の氷河地帯に、彼等が目指すべきものがある。
段々と白銀の世界に足を踏み入れ始めたザフトMSのパイロット達は、自然とコクピット内のヒーターを上げた。
灼熱の砂漠地帯から一転してここは極寒の氷河、2つの極端な気候に晒されて機体各部に異常がないか心配になりつつも、彼等は前へと進む。
道中と山頂付近での地形の違いにザフトのパイロット達は四苦八苦しつつも、何とかそらにたどり着いた。
分厚い氷河の中に聳える鋼鉄の扉、それはキリマンジャロ要塞内部の奥地へと続くメインゲートであった。
これを破壊し、内部に雪崩れ込まなければ彼等は完全な勝利を得たとは言えない。
逆に此処を死守すれば、共和国はまだ戦い続ける事が出来るのだ。
ザフトのパイロット達はこのメインゲート正面で、共和国による最後の抵抗があるものと覚悟していた。
しかし現実は全く拍子抜けする程、静かであった。
「何だ?敵は何処にいる?」
「また何処かに隠れているのか?」
ただ硬く閉ざされたメインゲートがあるだけで敵の姿どころか、何ら抵抗を見せない共和国軍を不審に思うザフトパイロット達。
だがその疑念も次の瞬間には晴れる事となる。
「な、何だ⁉︎揺れているぞ」
「地震か?いやそれにしては近いぞ‼︎」
彼等が踏みしめる字面が突如として揺れ出し、世界を震わせた。
パイロット達は機体が転倒しない様その場に身を屈めさせ揺れに耐えようとする。
しかしその判断は誤りであった。
揺れは治まるどころか段々と近くなり、ついにはこれがただの地震では無いと気が付いたザフトMSパイロット達が動こうとしたその時。
硬く閉ざされたメインゲートの上から突然大量の氷河と共に土砂が彼等の方へと流れ込んできたのだ。
「雪崩だと⁉︎巻き込まれるぞ、退避ーっ!」
「まさか自爆か、連中俺達を巻き込むつもりでここまで…」
パイロット達は口々に想い想いの言葉を口にし、機体を必死に動かして雪崩から逃れようとした。
必死元来た道を機体を走らせながら戻るMS、しかし足の遅いザウートがまず一番初めに雪崩に巻き込まれた。
斜面を崩れ落ちる氷河に飲まれ、岩の塊と共に一気に斜面を下る衝撃で中のパイロットごと滅茶苦茶にされるザウート。
雪崩の中で花火の様に爆発が起こり、その度にザウートと人だったものが雪崩の仲間入りを果たす。
次にザウートよりほんの少しばかり脚が早かったジンが巻き込まれた。
残るバクゥは、必死に転がり落ちてくる岩や石氷河を避けながらも坂を下る。
先程までの共和国軍を圧倒していた虎の姿は鳴りを潜め、今や脱兎のごとく逃げ出すしかないバクゥ。
だが時として時速200㎞を超える雪崩の速度に、また一機また一機とバクゥが飲み込まれていく。
いかに技術が進歩しようとも、強力な兵器であろうとも自然の前では全くの無力であると、そうまざまざと見せつける出来事であった。
共和国軍が最終手段として残しておいた自爆装置を使い起こした雪崩は、ザフトのMSを飲み込み戦場だった場所を通過しても止まる事を知らず、麓で待機中であったレセップス級さえも巻き込んだ。
雪崩が通った後の傷痕は深く、共和国ザフト双方に甚大な被害をもたらした。
ザフトは投入したMSの全てとレセップス級を失い、共和国もまた多くの兵士と装備、そして要塞そのものと内部に大きな被害を受け、犠牲者の数もザフトより遥かに多い。
この結果当面の間共和国軍は戦力の立て直しに全力を尽くさねばならず、ザフトもまたキリマンジャロ攻略に失敗した事で今年度中のマスドライバー攻略に暗雲が垂れ込み始める。
時にコズミック・イラ12月 戦争は年を跨ぎそうになっても依然として止む気配を見せず、戦いはより混迷の度合いを増すばかりであった。