28話「キリマンジャロの攻防」
特技兵の活躍により進撃速度を鈍らせたザフトのMS隊であったが、しかし依然としてその進撃の意図は諦めてはいなかった。
再び侵攻を開始したザフトMSに対し、防衛側の共和国軍もまた次の手を予め打っていた。
「エイガー少尉、敵は予定通り前線を突破。此方に真っ直ぐ突っ込んできます」
「分かった、キルゾーンに敵が入り次第攻撃を開始する」
エイガー少尉はそう言うと、自身の指揮車両へと乗り込む。
壊滅し再編中のボーン・アブスト中尉の代わりに、新たにマゼラアタック自走砲部隊を率いる事になったのがこのエイガー少尉と言う男だ。
エイガーは元は実戦部隊の指揮官では無く、共和国軍における砲術の専門家でありまた戦術の理論家でもある。
MS開発にも携わっており、ハイザックキャノンの設計や一部マゼラアタックの火器管制装置や砲などに彼の理論が流用されている。
その彼が何故アフリカにいるかと言うと、単純に共和国軍における人手不足に起因する。
アフリカ方面軍は主に予備役を召集し他コロニーからの志願兵と混ぜ合わせて編成した言わば寄せ集めの集団であり、正規の軍人が少なかった。
そもそもその予備役と言うのもかなり訳ありの集団であり、この様な軍団を地上に派遣するに当たり統帥本部の憂慮は甚だしく、故にせめてもの慰めとして本国で研究に当たっていたエイガーの様な人材を同時期に派遣したのだ。
さてそんな砲術の専門家にしてMSの開発に関わってきたエイガーが自分の部隊に配備されたマゼラアタックを評価するに彼曰く、
「車体は理想的、しかし砲塔が全てを台無しにしている」
と酷評している。
自分の理論を流用し月面下でも使える無反動175㎜砲を開発したのはいい。
これはさまざまな種類の砲弾が使え、強力かつ連射性能も高く連合のものとも遜色ないとエイガーも自負していた。
しかし、それを収める砲塔部に何故飛行用のジェットエンジンが装備されているのか?
一応緊急時における脱出機構と説明されたが、そのエンジンのせいで搭載可能な砲弾が圧迫され、実質乗せられるのが榴弾か徹甲弾の何方かを出撃前に選択しなければならないと言う有様。
実際そのせいで再編中のアブスト隊は支援用の榴弾しかもっておらず、そのせいでザウート相手にも苦戦を喫してしまった。
あれがもし自分が本来考えたマゼラアタック自走砲ならば、もっと犠牲を減らせたはずだとエイガーは常々思っていた。
そもそも砲塔単独で飛行しても燃料の関係で精々5分が限界であり、しかも速度も遅く高度も取れないときた。
これでは敵の対空砲火に容易に捕まり、いいマトと化してしまう。
共和国はこんなものが配備されているのだから、これではアフリカ方面軍が苦戦続きなのも頷けると言うものだ。
そのため、エイガーが自走砲部隊を任された時かれがまず始めたのはマゼラアタックの車体から砲塔を取り外す事だった。
元々分離機構を備えていた為取り外しは容易であり、その後砲塔から砲身を抜きそれを直接車体に設置する事で全体の車高を抑える事に成功。
車体は余裕のある設計の為(そもそもそのお陰で空飛ぶ砲塔と言う珍妙なものが置載せられてしまったのだが)、砲身が埋め込まれてもスペースに余裕があり、そこに戦闘室を置く事に成功し現地での改修にしては完成度の高い車両へと変貌を遂げていた。
見た目には旧世紀で作られたという突撃砲に似ていたが、数度の試射を経て性能に問題もない事も確認し、エイガーは自分の隊にあるマゼラアタックを全てこれに改修のするつもりであった。
しかし、全てを改修し終える前に敵が攻め込んで来た為、改修前のマゼラアタックと改修後の車体とが半々の混成部隊での出撃となったのである。
さてエイガー率いる自走砲部隊は現在山に掘られた坑道内部に潜んでいた。
この坑道は元々要塞建設にあたり土砂を運び出す為に掘られた穴であり、自走砲が隠れるには絶好の場所であった。
マゼラアタックはそこから砲身だけを外に出し、しかも穴は斜面の下からは見えない様巧妙に隠蔽されている。
つまり、エイガー達は敵を一方的に撃てる強力な砲陣地を作り上げていたのだ。
そうと知らないザフトMS部隊は、まんまとエイガー達が仕掛けたキルゾーンに入ってきた。
「エイガー少尉、敵先頭集団がラインを超えて侵入」
「よし、かかった!まだ撃つなよ、もう少し敵を引きつけてから撃つんだ」
この日の為に、エイガーは部下達に実弾やシミュレーションで猛訓練を課してきた。
そして部下達もこれによく答え、彼は自分の部隊が共和国で一番の砲術を持っていると自負してきた。
そして今日、彼等はその成果を示す時がきたのだ。
「エイガー少尉!敵後続も侵入を開始。もう待ちきれませんよ」
部下からの悲鳴とも歓喜とも取れる声を聞きながら、エイガー自身も頬を釣り上げた。
「お前達、良く我慢した。これより攻撃を開始する、全車砲門開け!」
エイガーの指示により、全自走砲が敵に狙いを定める。
そしてその内の何両かが、敵に向け実際に砲撃を行なう。
山に掘られた坑道内部からの砲撃は、発車時の砲炎さえも見えない様巧妙な細工が施されており、キルゾーンを進むジンオーカー達は自分達の頭上から降ってくる脅威に対し全くの無防備であった。
そして砲弾が斜面に降り注ぎ、炸裂し轟音と共に斜面に月面の様なクレーターを穿つ。
しかし敵MSには何ら損害を与える事はできなかった。
観測班が着弾地点を記録し、それを元に有線ケーブルで繋がれた各車に修正情報を伝える。
「着弾地点ポイント343、修正左2上に3に修正」
「了解した、修正後再び砲撃を行なう」
直ちに自走砲隊が修正を加えた砲撃を行い、今度は敵MSの至近距離に落下する。
至近距離で砲弾が炸裂したMSは、手に持っていたライフルを破壊されしかも機体本体にも被害を受けた。
「敵に損害を認む、以降効力射をされたし」
そして今度は全車から砲撃が飛び、斜面を駆け上るMS隊に降り注ぎ一気に山肌を耕す。
その結果、ザフトMS隊は大混乱に陥った。
彼等は何処から来るか分からない砲撃に怯え、恐慌状態に陥ったパイロットが仲間が近くにいるのにも関わらずデタラメな方向にライフルを乱射する。
そんなザフトパイロット達を嘲笑う様に、狩場と化した戦場へ自走砲部隊が空から不可視の鉄槌を振り下ろした。
何故共和国軍がこれ程までに正確な砲撃が可能かと言うと、初め少数の自走砲で試射を行い修正を加える事で以後正確な射撃が出来るようなっており、しかもキルゾーンをかなり綿密に区分けしており敵が何処に逃げようとも砲弾の雨を降らせる事が出来るのだ。
無論ザフトとて対抗射撃をしようとザウート隊が懸命に砲撃を行った。
しかし敵の位置も分からず、しかも観測も出来ない為全てが当てずっぽうでしかなく、さらに当の自走砲隊は固い岩盤に守られた坑道の中から砲撃を加えているのだ。
これを倒すには固い岩盤を貫いて坑道を直接狙うか、山そのものを崩すしか方法が無い。
そしてそんな山を崩す程の火力や、固い岩盤を穿つ砲弾をザフトは保有してはいなかった。
結局、この日の戦闘はザフトが撤退した事で終わり共和国軍が久し振りに味わう勝利の美酒に酔いしれる。
一方の攻略に失敗したザフトも作戦の練り直しを余儀なくされ、戦局は再び膠着状態に戻ろうとしていた。