機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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26話

26話「空襲」

 

アフリカに降り立った共和国軍は世界最高峰に数えられるキリマンジャロにその拠点を定め、工兵達や手隙の部隊総出で日夜基地の建設作業に追われていた。

 

「ドリルの温度安定、回転数も良好。後数センチ掘れば爆発にかかれるぞ」

 

作業員の指示に従い、共和国本国から持ち込まれた作業用MSがヒートドリルで固い岩盤に穴を穿つ。

 

その隣では同じ様な作業を並行してMSと工事機械を操る人間の手で行われており、くりぬかれた洞窟内部では穴を掘る機械の音が共鳴していた。

 

そのため内部は人の声が通らず、無線や有線でのやり取りが主となり、洞窟の外では作業の様子をモニターするプレハブが建てられている。

 

「ドリル予定深度に到達」

 

「よし4号機は引き続き所定の工程を続けるように。爆発班には後15分程で作業が終了すると伝えろ」

 

プレハブ内には幾つものモニターが置かれ、そこでは各作業の様子や使用する機材の状態が映し出されていた。

 

ここにいる彼等は全員ZEONIC社の社員であり、共和国軍に徴兵され軍属として建設作業に従事していた。

 

何故民間企業の社員が軍属とは言えここにいるかと言うと、それは共和国のMS開発史を紐解かねばならない。

 

元々プラントとの秘密協定がきっかけで始まった共和国のMS開発では、当初複数の企業も参加しており、ZEONIC社もその一つであった。

 

しかし複雑かつ高価なMSは開発費用が嵩み、次々と他社が離れる一方ZEONIC社は何とか試作品の第一号を組み立てる事に成功した。

 

そして満を持しての公開実験において…彼等は失敗した。

 

詳細はここでは省くが軍の求める性能に達してないと判断された彼等は以後もMS開発を続けたが、その後アナハイム社が念願の共和国初のMS「ハイザック」を完成させ、ZEONIC社の開発は凍結。

 

その後は他の企業と同じ様に軍からのMS生産を請け負うことで経営を持ち直し、紆余曲折の末そのMSに対する技能と知識を買われ現場作業の監督官として軍に召集された。

 

と言うのも、先に地上に降り立った南米方面軍にて基地建設にあたりMSをそのまま作業機械として使用した例があり、これによりジャブローはその規模にしては異例の速さで建設が完了し、これに目をつけ対する軍がキリマンジャロ山中に拠点を作るにあたり、その道のプロたるZEONIC社の社員を召集して作業に当たらせようと考えた結果、彼等は地上へと降り立ったのである。

 

さてプレハブから休憩の為一人の作業員が出て来て建物の裏に回りベンチに座った。

 

胸ポケットから手の平サイズの小さな箱を取り出したかと思うと、中から一本の白い棒を口に咥えその先端に火を付ける。

 

ゆっくりと吸い込み煙を肺の中に入れ、「ふーっ」と口の中から白い糸の様な煙を吐き出す。

 

一連の動作をゆっくりと行いながら、ベンチに座り何となく空を見上げる。

 

古くから山で吸うタバコは格別と言うが、世界最高峰のキリマンジャロで吸うタバコはまた格別の味わいだ。

 

ふと誰かの視線に気がつくと、作業をしている兵士達が何人かチラチラとタバコを吸う様子を盗み見ている。

 

鬱陶しいので場所を変えようかと思ったが、生憎と休憩時間までに戻れる喫煙所はここしか無く、仕方なく目で「しっしっ」と追い払いながらタバコを吸う事に集中する。

 

スペースノイドが喫煙すると言うのは、一見すると奇妙にも思えるが、この手の趣向品はコロニー生活者にとっても数少ない楽しみなのである。

 

勿論コロニーでは大気を汚さない様電子タバコが基本であり、それも余り常習性が有るのは宜しくないと言う理由から風味や味わいがワザと落とされている。

 

しかし南米帰りの兵士達が南米解放戦線の闘士達を真似して軍で広めた葉巻の習慣により、昨今各種メーカーも品質の改良に乗り出していた。

 

しかし、彼の様に地球産タバコに触れたものからすると、矢張り本国のものは味気無くコロニーと違い大手を振って堂々とタバコを吸える地球での勤務は一部から羨望の眼差しを受けていた。

 

口に咥えたタバコの先端からユラユラと揺らめく煙は風に乗って空へと昇る。

 

タバコの煙はやがて山頂の風に追いやられて霧散し上昇気流に乗って空を漂った。

 

 

 

 

キリマンジャロから吹く風を4つの大型ローターが吸い込み、機体の推力に変え高度7,000mもの上空を飛びザフトの大型輸送機ヴァルファウ。

 

輸送機のコクピットでは機長と副操縦士の二人がバイザーを降ろしたヘルメットと酸素マスクを付けていた。

 

「?」

 

「どうした、何か問題でも起きたか?」

 

「いえ、微かですがタバコ臭いなと思いまして」

 

「またぞろキャビンの連中が隠れて吸ってるんだろ。彼奴ら基地に戻ったら報告してやる」

 

そう言って機長は操縦室内の空調を操作して空気を入れ替えた。

 

「これでよし、そろそろ時間だろう」

 

「はい、後続機もちゃんと付いてきていますよ」

 

操縦室のレーダーには自機の後方から3機の輸送機の姿が確りと映っており、ここまでは特に事故や問題も無く順調にフライトプランは進んでいた。

 

「よし、無線をキャビンと格納庫に繋げろ。そろそろ仕事の時間だとな」

 

「了解、通信を繋げます」

 

機長が作戦前の最後の訓示を垂れている間にも、副操縦士は降下に備え各種チェックを済ませていく。

 

この間、後続の機からのシグナルの確認も忘れない。

 

そうして全機の準備が整った所で後は機長の指示を待つのみであった。

 

「降下5分前だ、パイロットは速やかに機体に搭乗し格納庫内の人員は急ぎ与圧室に退避するよう」

 

キャビンでパイロットスーツに着替えたザフトのMSパイロット達が慌ただしく格納庫に降り、機体へと搭乗を開始する。

 

そして全てのパイロット達が機体に乗り込み、格納庫の最後の人員が与圧室に退避した事を確認すると機長の指示で全輸送機の正面のハッチが開く。

 

そうして格納庫の天井に吊るされたランプが赤から緑へと変わり、作戦開始時刻を知らせる。

 

「降下開始」

 

機長の合図により、次々と輸送機のハッチからザフトのMSが空に吐き出される。

 

輸送機から投下されたMSはそのまま地面に激突するかに見えたが、その前に翼を広げ大空に向け宙を舞う。

 

ザフトMS特有のモノアイを光らせ、大きな6枚の羽を広げた紫の機体。

 

この機体こそザフトが開発した空中戦用MSディンである。

 

ザフト空中MS隊は部隊毎に編隊を組み、その後ろからはMSジンがグゥルに乗って合流し、合計16機ものMSが一路キリマンジャロへ向け飛び立つ。

 

MS隊を見送り、輸送機部隊は旋回して給油の為基地へと戻る。

 

MS隊の回収には又別の部隊が当たることになっていた。

 

 

 

 

 

 

休憩時間もそろそろ終わろうかと言う頃、プレハブ裏の喫煙所でベンチに座っていた男は、そろそろ戻ろうかとタバコの火を消そうとした時。

 

突如として基地各所に設置されたスピーカーから警報が鳴り響く。

 

近くで作業していた兵士達や作業員達が慌てて作業を中断して基地内部や防空壕へと駆け込もうとし、格納庫からはMSが緊急出動した。

 

男もタバコの火を消して急ぎ近くの防空壕へと避難しようとしたが、慌てていた為口に咥えたタバコをツナギの中に落としてしまう。

 

「こんな時に」と焦る気持ちを抑え、火を消そうと襟首から手を入れてタバコを掴もうとして失敗し、仕方がないのでチャックを降ろすと今度は火のついたタバコがズボンの中に落ちた。

 

早く火を消そうとズボンの上から両手で火を消そうとするが、震える手では上手く消せずそうこうする内にタバコはズボンの中を落ち遂には安全靴の中へと入る。

 

もう諦めて防空壕まで走るかと思ったが、次の瞬間足の裏に焼ごてを押し付けられたかの様な痛みが走る。

 

火のついたタバコを靴の中で踏んでしまったのだ。

 

男は余りの痛さに頭にきて安全靴を脱ぎ、靴をひっくり返して振ってタバコを外へと出した。

 

憎々しげにタバコの火を睨み、靴を履いた方の足で踏みつけて火を消すとそこで「はっ」として我に帰る。

 

こんな事をしている暇は無いと言うのに、既に周りに人影は無く自分一人逃げ遅れたのだと感じ、彼も急いで避難しようとして走り出そうとし…。

 

瞬間建設現場に併設された滑走路で爆発が起きた。

 

 

 

 

 

 

キリマンジャロ中腹にて建設が進む共和国軍基地に対し、ザフト空中MSによる妨害攻撃が行われ、基地各所に対し爆撃が行われた。

 

グゥルの翼に懸架された爆弾のロックが外され、建設中の滑走路に向け降り注いだ爆弾が彼方此方で炸裂し大穴をあける。

 

一気に高度を落とし低空で侵入してくるディンが、基地建設用の各種機材や資材を置いてある格納庫を攻撃して天井を穴だらけにし、置いてあった燃料に引火して大爆発を起こす。

 

緊急出動した共和国MS隊も必死の抵抗を繰り広げたが、相手が空中と言う事もあり中々狙いが定まらず、ディンやグゥルの機動性に翻弄され一向に有効打を与えられないままでいた。

 

地上の2次元的動きしか出来ないハイザックに対し、3次元の動きを取るディンやグゥルに乗るジンは正に空中を我が物顔で飛び回った。

 

ワザと敵のMS頭上スレスレを掠める様に飛行して挑発し、怒りに任せて振り向こうとしたその背中を別のディンに狙い撃ちされ撃破されるもの。

 

或いは装甲の薄い頭上からの攻撃により自慢の装甲を生かす事なく撃破されるハイザック。

 

如何にMSとて、地上において頭を抑えられてはどんな兵器とてひとたまりも無い。

 

一応共和国軍も対空用のハイザック・キャノンを配備していたが、それらはディンとジンの連携によりアッサリと撃破されてしまった。

 

成す術の無い共和国MSに対し、ザフト空中MS隊はこれまで1機たりとも撃ち落とされておらず、彼我の戦力差と被害は加速度的に増していく。

 

敵の抵抗を完全に粉砕し、主だった地表目標を破壊したザフトMSは最後の仕上げとばかりに採掘中の洞窟に向け狙いを定めた。

 

 

 

 

爆発が起きた瞬間プレハブの影に頭を抱えて伏せた男は、恐怖のあまり体をガタガタと震わせその場にうずくまってしまう。

 

彼は所詮は軍に召集された民間人でしか無く、このような場合どう動いていいかパニックの余りの分からなくなっていた。

 

彼はひたすら姿勢を低くし、その場からなるべく動かない様にするしか無く、その間にも彼の頭上ではザフトのMSが爆弾を落とし共和国のMSを次々と撃破していく。

 

そうしてどれ位の時間が経過しただろうか、ふと気がつくと戦闘の音が止んでいた。

 

もう敵はいなくなったのだろうか?

 

男は顔を上げプレハブの裏から顔を出し外を見て、そして目の前のあまりの光景に絶句した。

 

基地の彼方此方からは黒煙が立ち昇り、発生した火災が格納庫を包み鉄骨を溶かしていく。

 

撃破されたMSの残骸が散らばり、吹き飛んだ腕や足がまるで墓標の様に佇む。

 

共和国は完膚無きまでに敗北したが、しかしザフトは尚攻撃の手を緩めなかった。

 

2機のディンが高度を落としその向かう先に目を向けると、自分達が岩盤を掘っている洞窟へと向かうでは無いか。

 

「マズイ!」と叫ぼうとするも、ドンドンと近づいて来るMSの恐怖に体が竦み声が枯れる。

 

洞窟の内部には資材や作業用MSが残されており、しかも最悪な事に岩盤破砕用の爆薬が運び込まれていた。

 

もしそれに引火すればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 

男はそこで我に帰り、慌ててプレハブの影から走り出し近くの側溝はと滑り込む。

 

男が滑り込むのとディンが洞窟内を爆撃するのは全く同じタイミングであった。

 

瞬間世界から音が消えた。

 

遅れてやってきた轟音と行き場を無くしたエネルギーが荒れ狂い、洞窟を岩盤ごと崩落させる。

 

爆発はキノコ雲として山の頂よりも高く昇り、崩壊した斜面が岩や岩盤と共に地滑りを引き起こす。

 

破壊された滑走路や格納庫にMS、防空壕さえも押し潰され土砂と岩盤によって埋め尽くされた。

 

唯一側溝に伏せていた男のみがこの災禍を逃れ、全てが終わった後呆然とその場に立ち尽くした。

 

ふと空を見上げればそこにはザフトのMSが悠々と飛び去る姿があり、彼は唯とそれを見送る事しか出来なかった。

 


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