機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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23話

間話

 

 

共和国統帥参謀本部にて、ゴップ大将は地球方面軍司令代理マ・クベ中将から送られてきた報告書に目を通していた。

 

ゴップ大将の代理として送られたマ・クベ中将には定期的に現地での事を纏めて報告するよう義務付けられており、今ゴップ大将が読んでいるのがまさにそれである。

 

報告の内容によれば地球方面軍は彼等が当初想定した以上に良くやっており、懸念された派閥間の抗争も今の所表面上には浮き出てはいなかった。

 

しかし、報告書の中でマ・クベ中将は当初の戦略的目標を達成し今後どの様な方針で動くのかを本国に仰ぎたいとの旨が書かれており、ゴップ大将も些かばかりこれについて考えねばならなかった。

 

何故なら今日行われる共和国政府による会議の結果如何によっては、地球方面軍の即時の撤退も考えられたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

共和国にて主要官庁と議事堂が置かれているコロニー・ズムシティでは、今日閣僚達による会議が行われていた。

 

「プラントは『オルバーニの和平案』を蹴ったようです。連中まだまだヤル気の様ですな」

 

外務大臣ゾロモフがそう言うと、集まった閣僚達は皆一様に「矢張りな」と言う顔をした。

 

オルバーニの和平案とは、地球連合事務総長オルバーニとプラント評議会議長シーゲル・クラインとの間で画策された秘密会談の事である。

 

しかし事前の話し合いにおいて連合側が提出した和平案との折り合いがつかず、結局会談は破談となってしまった。

 

「マルキオ導師はなんと?」

 

マルキオ導師は共和国とも関わり深く、今回の和平交渉も実は彼が主導したとの話もあったが、その彼の手腕をもってしても交渉のテーブルに着かせる事は出来なかった。

 

「引き続き和平に向け各方面に働きかける様ですが、まあ無駄骨でしょうな」

 

余りマルキオ導師の事が好きではないゾロモフはそうあっさりと返した。

 

結果としてマルキオの平和への活動は水泡に帰し、まだまだ戦争は継続する事が予想されたが、此処で共和国は政治的にある問題が浮かび上がる。

 

つまり戦争は『一体いつまで続くのか?』と言う事である。

 

人類が血の教訓によって積み重ねてきた戦争の歴史において、早期決着早期講和は度々論じられてきた。

 

そして戦略の破綻は国家の破綻を意味し、国家滅亡を回避する上でもこれは常識的な考えであった。

 

しかし今次大戦において連合プラント共に悪戯に戦火を拡大し、いまだエイプリルフール・クライシスから立ち直れていない地球経済は益々疲弊の一途を辿っている。

 

NJの影響で各地で深刻な食糧不足やエネルギー危機が発生し、深刻な飢餓や疫病によりその犠牲者は全人類の一割に達した。

 

それにも関わらず、これ以上戦い続けて一体何を得ようと言うのか?

 

「プラントは、いやザフトはこの戦争にどう終わりをつけるつもりだ?このまま地球経済が逼塞すれば、例え独立を勝ち得たとしてもそこから先どうするのか…」

 

「我が国とて無関係ではありません。コロニーの多くは地球との関係あってこそ成り立っているのです」

 

閣僚達はこの終わりの見えない戦争に不気味な影を感じ、彼等に不安を抱かせた。

 

最早戦局は単なる独立戦争から、互いが互いに相手を殺しきるまで終わらない絶滅戦争へとその姿を変えようとしていた。

 

「うぉっほん、先の事を考えるよりまずは我々の事を考えねば」

 

ワザとらしい咳を上げ、ゾロモフ外務大臣は話を軌道修正する。

 

「幸い地球での戦線は小康状態にあると軍部から聞き及んでいます」

 

「当面の間は問題ないかと」とゾロモフは続けた。

 

旧式のコロニーが大多数を占める共和国においてそれは数少ない朗報であった。

 

「内務からもご報告が一つ。国内経済ですが難民支援も含めL4におけるコロニー再建事業にて公金を投入し経済を支えております」

 

「並びに、他コロニーからの移民が増加傾向にあり国内でも新規コロニーの建造需要が見込まれるものと思われます」

 

内務大臣の報告は最初のものは分かるが、移民が増加傾向に何故あるのか各閣僚達には分からなかった。

 

常識的に考えれば、戦争当事国の一つに数えられる共和国に移民しようなどと、そう考えるものではない。

 

しかし、内務大臣の報告を信じるならば移民が増えているのだ。

 

その疑問に対して内務大臣はその理由をあっさりと答えた。

 

「実を言いますと、移民者達の多くは最初中立国に受け入れ申請を送っていたのですが、それが受理されず仕方なく共和国に流れた者が殆どなのです」

 

「まあ、難民と違いしっかりとした身分保障と財産がある分マシですが」と付け加えた。

 

単純に考えて難民が増えると国家の負担が増大するが、移民ならば人口も伸び税収も入るので有難いと言えば有難かった。

 

その理由は様々であれ…だ。

 

「財務からもご報告が、此処3ヶ月で株価が上昇傾向にあり今年度中には各銘柄が過去最高値を更新する勢いです」

 

「?それは戦争特需とは違うものなのか」

 

戦争になればネジ一つとってもありとあらゆるものの需要が発生する。

 

言うなれば戦争は経済にとってカンフル剤の様なものであり、一時的な効果は見込めても長期的には余り喜ばしいものではない。

 

「それが、調べてみれば鉄鋼や造船、ロケットエンジンにバッテリー等の電装関係までは分かるのですが、下はオムツメーカーや粉ミルクから上は介護用品といった文字どおり“凡ゆる”銘柄が買われているのです」

 

それは明らかに異常事態であった。

 

戦争特需にはもう一つの側面がある、つまり軍需が優先されると言うことだ。

 

鉄鋼は戦艦の装甲板に、ロケットはHLVユニットに、電装関係は複雑なメカニズムで動くMSとここまでは分かる。

 

しかしオムツや粉ミルクがどうして軍需に繋がるだろうか?

 

まして介護用品など、共和国が例え国民皆兵制度を敷いたとしても理解に苦しむだろう。

 

「資金の出所を探ったところ、どうにも外部から大量の資本流入が関係している様です」

 

外部からの資本流入と聞いて、閣僚達は流石に心穏やかではいられなかった。

 

「それは何者かが共和国経済の乗っ取り、もしくは恐慌を引き起こしての経済崩壊を狙った策謀なのではないか?」

 

多くの閣僚達がそう疑った。

 

不審な資金の流入は、正に何者かが経済戦争を仕掛ける前触れに思えたのだ。

 

何者かは意図的に共和国経済をインフレさせ、その後一斉に資本を引き上げることで恐慌を引き起こそうと試みている、と。

 

しかし財務大臣は首を横に振りそれを否定する。

 

「詳しく調べた所、どうにも資金の出所は地球。主には中立国ですが、中には非プラント理事国や一部連合国からも月や中立国経由で資金の流入が行われています」

 

「私も最初経済攻撃を疑いましたが金の動きがあからさま過ぎます。それに偽装にしてはわざわざオムツメーカーや粉ミルク工場には投資しないでしょう」

 

つまり財務大臣の言を信じるならば、今共和国は戦争中にも関わらず好景気に突入しかかっているという事だ。

 

それは喜ばしい事だが、逆に言えば各メーカーや工場並びに資本がコロニーに逃げ出し始めていると言う証左でもあった。

 

それに気がついた一部の閣僚達は、地球が彼等の思う以上に荒廃しつつある事を思い頭を悩ませた。

 

後世経済学者が述べて曰く、何故戦争中にも関わらず共和国に各国の資本が集中したかと言うと、これもエイプリフール・クライシスの影響による。

 

地球規模での電波妨害は、人々の生活のみならず金融や為替などの資本を麻痺させた。

 

実体経済よりも遥かに多くの資金が作る巨大な金の流れ、それが突如として機能しなくなったのだ。

 

つまり金があるのに金が動かせない、かつて星を覆い月と繋がり遥かコロニーとも接続された経済は無残にも寸断されてしまったのだ。

 

例を挙げればエイプリフール・クライシス以降クレジットはゴミと化し、ATMは過去のものとなった。

 

一部地域では金の不足から物々交換が行われる様になり、国内で経済難民が発生する有様である。

 

当然各国は資本の回収に躍起になり、後に判明する事だが連合国は戦争に勝ってプラント資本を接収しなければ国家崩壊の危機に瀕していた。

 

それが戦争長期化の一因となり、益々地球の経済と少なくなった資金を消耗させていると言う下手な冗談とさえ思える事態を引き起こしている。

 

中立国にしてもその多くは突如として他国との経済が寸断され、その被害は連合よりもより深刻であった。

 

そうして逼塞する経済が行き場を求め宇宙に飛び上がり、NJの影響の薄い月やそして共和国に行き着くのは自然な流れとも言える。

 

がそれは後世になって言える事であり、当事者たる彼等はそれよりも他の事を多く考える必要性に迫られていた。

 

「経済の問題については今後も協議を重ねるとして、今必要なのは早期講和が見込めない以上我が国の今後の戦略を練らねばならない」

 

今までずっと黙って会議の流れを聞いていたバハロ首相は、この会議で初めて口を開いた。

 

共和国はグラナダを救援する為とは言え連合プラントに宣戦布告されてしまい、いまだ国家滅亡の危機にあった。

 

「国防大臣、我が軍の状況は」

 

「はい、地球宇宙共に小康状態を維持していると報告には上がってはいます」

 

今次大戦において共和国は言わば脇役、旧世紀世界規模での大戦が起きた時の半島国家やメイプル大国に相当する。

 

そのせいか今の所両者との大規模な衝突には発展しておらず、国内でも本当に戦時なのかと言う空気も漏れている。

 

「しかしこの状況は遅くとも今年末までと軍部からの報告もあり、依然として状況は厳しいかと」

 

国防大臣が言う通り、共和国の状況は決して好転してはいない。

 

いや寧ろその逆でこのまま手をこまねいていれば、何は連合かプラント或いは両方からすり潰される未来しかなかった。

 

故にタイムリミットは今年末まで、それまでに何らかの状況打開策を見出せねば共和国はこのまま国家滅亡の道を転がり落ち続ける事になる。

 

「何か打開策のある者は?」

 

バハロ首相がそう聞くが、閣僚達は互いに目配せをして黙ってしまった。

 

これは別に彼等が無能だからという訳ではない。

 

寧ろ彼等は共和国の事を痛い程良く分かっていたからこそ、自分達が逆立ちしても連合やプラントに勝てない事を十分承知していたからだ。

 

共和国はその成り立ちからして今まで大規模な遠征軍を持ったことはなく、連合主要各国を降し占領し続けるだけの軍隊は無いし、そんなものを支えるだけの経済力も無い。

 

プラントに対してもまた同様であり、戦前の経済力より想定される軍事力は共和国より遥かに強大である。

 

つまり自分達が八方塞がりであり、精々出来て現状維持が精一杯であった。

 

さて沈黙する閣僚達を前にバハロ首相は落胆するでも無く、また怒りを露わにするでも無く務めて冷静であったと言われる。

 

彼は意見を出せと言われて、その場凌ぎの案を出す様な者を信用しないし、またその様な者に国家の重責を担わせる事は出来ないとすら考えていた。

 

その点で言えば、今この場にいる閣僚達は現場を正しく認識する事ができる見識を持ち、みだりに出来もしない絵空事を述べる様な者達では無かった。

 

バハロ首相は時たまこの様に人を試す所があり、それは例え重要な会議の場においても度々行われた。

 

それは彼が外務省時代に当時の首相デギン・ソド・ザビに行われた事であり、それは彼流の訓練でもあった。

 

さて話を会議に戻すと、沈黙の中国防大臣が一人手を挙げ発言を求める。

 

「実は、軍部からも今後の戦略方針の事で再三の要請があり彼等も我々の決断を待っている。中にはこの様な者も出るくらいだ」

 

彼はそう言ってとある計画書を会議の場に提出した。

 

それはとある将官が纏めた意見書であり、決してこの様な場にあっていいものでは無かった。

 

当初国防大臣もこれをこの場で出すつもりは無かったが、しかしながらこのまま共和国が閉塞し窒息の中壊死するのを座してみる事は我慢ならず、だからこそこれが違憲でありそして劇薬と承知でも出さざるを得なかったのだ。

 

しかしバハロ首相は誰もが静止する間も無く、意見書を取り上げそれに目を通し始めた。

 

これは決して議事録には残せまい、とこの時の誰もが考えていた。

 

如何に共和国軍人が政治屋気質が強いとは言え、シビリアンコントロールの関係上軍部のしかも一将校の意見書が政府の会議の場で読まれるなど健全な政府運用に支障をきたす事間違い無かった。

 

意見書に目を通し終えると、バハロ首相は国防大臣に向かって「これは誰が?」と聞いた。

 

国防大臣は「それは…」と口篭ると、バハロ首相はそれ以上追求はしなかった。

 

しかし、軍部の手は国防省の他にも各省庁に深く及んでいる事は見て取れた。

 

何故なら、国防大臣が意見書を出す時何人かの閣僚が一瞬だけ驚いた表情をしたのをバハロは見逃さなかったからだ。

 

恐らく同様の内容のものが彼等の省庁にも送られたのだろう、しかも閣僚級に取次げるほど地位も高くそして頭の切れる者の手によって。

 

バハロ首相は早急に軍部に対して手を入れる必要があるとこの時心に決めながら、しかし今はこの劇薬を飲むべきかどうかを問うべきであった。

 

彼は手で意見書を黙って隣の者に渡し、バハロ首相の意を汲み取った閣僚達は其々手ずから受け取り回し読みをする。

 

この時、誰もメモを取る素振りや内容を写す素振りを見せなかった事は流石と言える。

 

これは本来ならばこの場に存在しないものであり、決して外部にも記録にも残しておく訳にはいかなかったのだ。

 

後に「空白の一時間」と呼ばれる議事録の空白の中で、果たして一体どの様な内容が話し合われたのか、それは今も尚謎である。

 

しかし、この日の閣議決定により共和国の方針が固まったのは確かであり、以降混迷を深め方針を二転三転させていく連合プラントの中で唯一共和国だけが一貫して戦略方針を保ち続けた事は驚嘆に値した。

 

それは決して人類社会全体に新たな光明は齎さなかったにしろ、どの国よりも早く彼等は戦後に向け動き始めたのである。

 

 

 

 


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