機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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開戦編
1話


1話「不可侵条約」

 

C.E.(コズミック・イラの略)70 人類が再構築戦争によって発生した大量の難民を受け入れる為に、宇宙に建造した巨大な人口の大地。

 

スペースコロニーに移り住む様になってから既に半世紀余り過ぎ、戦争難民達は地球の故郷に帰れぬまま子を産み、育てそして死んでいった。

 

月の裏側にある地球から最も遠く離れたL2のコロニーに移された後彼等は、歴史の必然として宇宙移民の自治権拡大と独立を得るべく運動を展開。

 

そしてC.E.60年代には国連から一応の独立と自治権を与えられたが、依然として彼等は地球に住む人々によって搾取され続けていた…。

 

 

 

 

時はC.E.67年 コーディネイターの独立と自衛権獲得を目指すプラントと宗主理事国との関係が決定的となり、最早両者の衝突は免れないと思われていた開戦前夜のまさにその年。

 

プラントからの親書を携えた一隻の船が、L2宙域にある自治共和国のスペースコロニー「ズムシティー」に入港した。

 

旧世代型の、完全密閉型コロニーであるズムシティーの宇宙港に降り立ったプラント最高評議会議員アイリーン・カナーバは、まず鼻に付く機械油の臭いに思わず顔が顰めそうになるのを、表情筋を総動員して何とか収めた。

 

カナーバ議員は、プラントの外交官として各国地球にある大使館や月面都市にも行った経験を持つが、さしもの彼女もこの先制パンチには些か面食らった。

 

(完全密閉型コロニーの空気は最悪と聞くが、此処までとは思ってもみなかったわ)

 

しかしカナーバ議員の努力の甲斐もあって、出迎えに来た役人に一切気付かれることなく護衛と共にリムジンに乗り込んだ彼女は。

 

車の中で肺の中に溜まった息を「はーっ」と吐き出した。

 

「漸くマトモに息が吸えます。しかし酷いコロニーですね此処は」

 

と今回彼女に付き従う随行員であり又護衛兼秘書官である男の発言に、カナーバ議員は。

 

「発言には気をつけなさい。何時何処に誰の目があるか分からないものよ」

 

と嗜めるも、スモークガラスの向こうに見えるコロニー内の空は、曇っていて反対側の大地の様子がまるっきり見えなかった。

 

自治共和国の首都コロニーであるズムシティーでさえこうなのだ、L2の他のコロニーの空など推して知るべしだろう。

 

「申し訳ありませんカナーバ議員。しかしこんな辺境のコロニーに人を寄越す物好きなんて、我々以外あり得ますかね?」

 

「私達は表向き共和国との資源貿易協定について交渉に来たのだけど、“本来”の目的は依然評議員でも難色を示す者も多いの」

 

プラント最高評議会は一枚岩などではなく、カナーバが属す穏健派のシーゲル・クラインと、その盟友であり急進的なコーディネイター至上主義者のパトリック・ザラとの支持者に分かれている。

 

今回シーゲル・クラインからの密命を帯びてここL2の共和国を訪れた彼女らは、パトリック派の妨害を懸念していたのだ。

 

「プラント独立を目指す評議員が、宇宙移民の独立を目指す共和国で派閥争いですか。何とも皮肉が効いていますね」

 

カナーバはこの口数の多い男にそれ以上答える事は無かったが、内心では。

 

(所詮私達コーディネイターも、“人”である事には変わりないか)

 

(だからこそ、私達は人間としての尊厳と自由を守る為に戦わなくてはならない!)

 

そう固く決心するカナーバ議員を乗せたリムジンは、ズムシティー共和国議会に程近いホテルの地下へと入り込む。

 

そして今日この場こそ、後の歴史を左右するある条約が結ばれる舞台なのである。

 

ホテルのロビーを通さず、裏のホテルスタッフ用のエレベーターから条約調印の会場に入ったカナーバ議員等は、先に会場入りしていた共和国の外務大臣ダルシア・バハロから歓待を受けた。

 

「カナーバ議員良くぞおいで下さいました。道中何か変わった事は有りましたかな?」

 

「バハロ大臣、お陰様で共和国の空気を堪能できました。流石宇宙移民独立を目指す国だけあります、他とは空気が違いますね」

 

「成る程、実は私もプラントには一度だけ大使館付事務官として行ったことがあるのですが、流石は技術立国。多くを学ばさせて貰いました」

 

「私も共和国滞在中は色々と勉強させて貰いますわ、バハロ大臣」

 

「私も今回の条約が両国と国民のより一層の発展と平和に繋がることを期待しています」

 

互いにリップサービスから始まった事で、緊張の面持ちであったプラントからの随行員達や会場内の空気が少しだけ緩和された。

 

今回プラント、共和国両者どちらにとっても無事に成功させたいが為、カナーバ議員もバハロ外務大臣の意図を読み取ってそれに応じたのだ。

 

そうして程よく互いの緊張が取れたことで、早速条約調印式の式典が行われた。

 

プラント、共和国双方がサインする事で即日執行されるこの調印式は、トラブルもなくつつがなく全行程が終了した。

 

そして最後に互いにサイン入りの書面を交換し、互いに向き合って握手した事で漸く両者共に肩の荷が降りたことで内心ホッとしていた。

 

本来ならば此処にプレスからのカメラのフラッシュがおきる所だが、報道関係者に知らせずに行われる秘密式典の為、この両者が互いに握手をする写真は共和国プラント両国の政府機密保管庫に永らく封印される事となる。

 

「両国の繁栄と平和をこれからも期待しております」

 

「私も、そして必ずや宇宙移民の独立を」

 

そうしてお互い言葉と握手を交わし、式典は終わった。

 

ここに『プラント・共和国相互不可侵ならびにコーディネイター・スペースノイド相互協力条約』が締結された。

 

これは実質的にプラントと共和国との同盟関係を結ぶ条約であり、そして今後起きる大戦においてナチュラル、コーディネイターだけでなく宇宙移民スペースノイドが参戦する事となるのであった。

 

 

 

 

 

カナーバ等プラントからの外交団が帰国の途に就いた後、バハロ外務大臣は共和国首相官邸を訪れていた。

 

「デギン首相、全て恙無く終わりました。しかしこれで本当に宜しかったので?」

 

バハロ外務大臣は首相命令とは言え、共和国議会でも反対の多いプラントとの同盟の事を、あえて今デギン首相に問いただした。

 

デギン・ザビはこの年70歳を超える政界の大物であり、共和国建国から存命する長老格の一人である。

 

禿げ上がった小山の様な頭と顔には、年輪を重ねたシワが浮かび、老眼から常に鼻頭に眼鏡を引っ掛けている。

 

しかしその眼差しは老いても尚鋭く、バハロ大臣を試す様に見つめた後徐ろに固く閉ざされた口を開き嗄れた枯れ木の様な声を出した。

 

そしてデギンは条約が締結する前は決して明かさなかったその本心を語り出す。

 

「バハロ外務大臣、後事を託す者として君には話しておかねばならんな。儂は、決してプラントを信用して今回の条約を結んだのでは無い。いや、寧ろ逆の事を考えて敢えて議会の反対を押し切って結ばせたのだ」

 

「プラントが裏切ると?」と言った本人には衝撃は無くしかし眉をひそめるバハロ大臣。

 

その可能性も彼も考えなかった訳ではないが、折角結んだ条約が実は無駄であったと言われては、外交官として自身の立つ瀬がない。

 

そう思って彼は眉を顰めたのだ。

 

「儂はな、出来ればプラントにはこのまま理事国に潰されればと思っている。しかし決してそうはならん」

 

「プラントは狡猾でそして手強い、儂等が祖父の代からやって来たことを僅か20年足らずで成し、その次の段階も成そうとしている」

 

実際デギンの言う通り近年のプラントは急速にその勢力を拡大し、一部では急進的とさえ取られている。

 

そしてその圧力を受ける共和国は、日に日にその力が強くなっている事も実感しているのだ。

 

今の共和国には碌な軍備は無く、精々デブリ警戒用のパトロール艇があるだけ。

 

これでは余りに心許なく、何より今から備えなければ脅威に対抗する事も出来ない。

 

故にバハロ外務大臣は、デギンの真の狙いは共和国の為に時間を作る事であったと悟る。

 

そしてデギンも又、バハロ大臣の表情から自身の真意を読み取ったと分かり、双眸を綻ばせた。

 

「儂が出来るのはここまでだ、後の事は君達に任せる」

 

今までと違い、そこだけ優しく語りかける様な口調に違和感を覚えたバハロは「まさか」とデギン首相を見る。

 

「デギン首相、こらからも我々を導いては下さらないのですか?」

 

「儂ももう歳だ、事が起きる時儂はこの世にはいないだろう」

 

と語るデギンの顔は政界の大物の威厳と畏怖を持たせるそれでは無く、人生に疲れ果て後は老いて行くだけの老人のそれであった。

 

そしてデギンが初めて人前で見せる弱気に、バハロは共和国を支え続けた大樹が枯れて倒れようとしているのを感じた。

 

「少し話疲れた。下がってくれバハロ大臣」

 

バハロはそう言われて仕方なく部屋を後にし、扉を閉めきる前に少しだけ開けて中のデギンの様子を伺った。

 

「…所詮コーディネイターもアースノイドと同じよ。仮にプラントが独立したとしてスペースノイドの立場が良くなる保証もない」

 

「何方が宇宙の覇権を握るか分からないが、我らも今後の身の振り方を考える時期が来たのかもしれないな」

 

扉に背を向け、誰ともなしに呟くその声は政治家らしくもあり、しかしその真意を知ったバハロには老人の世を憂う声にしか聞こえなかった。

 

そしてこの2年後、デギンはこの世を去る。

 

そしてその時共和国首相の座には、外務大臣バハロが就いていた。

 


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