16話「戦訓」
C.E.70 大戦勃発から半年が過ぎようとしていた頃、プラントと連合軍は共に息切れを起こしていた。
長期化する戦争に宇宙と地上双方の戦線を抱え込んだ事で、両者の兵站線は崩壊をきたし。
またNJ被害による人口の大幅な減少によって労働力や兵力の不足が浮き彫りとなり、大戦初期の様な大規模な会戦自体が不可能となりつつあった。
これ以降両軍共に散発的な攻撃な終始し、宇宙と地上双方で小競り合いの他全くの膠着状態に陥った。
そんな中、共和国軍は宇宙と地球の双方で活発な活動を行っていた。
地球において南米に大規模降下した共和国軍は、南米地下大空洞ジャブローを拠点化し、早くも同拠点の要塞化と本土コロニー間とのHLVによる定期航路開拓を進めていた。
ジャブローの拠点化に際し、施設監督官兼司令官代理であるマ・クベ中将は南米の反連合勢力を抱き込み。
物資や武器の提供と反連合活動への協力の見返りとして、現地人を大量に動員する事に成功した。
同時に地球環境に慣れる為、積極的に付近の村や都市の復興を行うなど、南米市民との友好関係も模索し。
また南米諸国そのものの切り崩しや、現地組織の一本化等も進めていき、結果として南米に共和国軍の拠点を作るという目標を早期に達成し得たのだ。
これは偏に、マ・クベ中将の軍政官としての能力が共和国軍内でも突出したものであった為であり。
ゴップ大将さえいなければ、現在空席の後方勤務本部長就任も夢では無かったと囁かれた。
さて比較的平和裏に進む地球派遣軍とは違い、宇宙での共和国軍の活動は激しさを増す一方であった。
コンペイトウ要塞司令兼駐留艦隊提督のワイアット少将は戦訓と戦技獲得を名目に積極的に麾下の部隊を繰り出し、部下同士を競わせる事で大きな成果を上げていた。
その内の一つであるガディ艦長率いるアレキサンドリアは、L1宙域を中心に活動を行っていた。
「ここんとこずっと出撃で参っちまうよな」
「俺なんてもうカミさんと三週間もあってねえよ。産まれたばかりの子供にも顔を忘れられちまう」
2人のパイロットは愛機の前で互いに愚痴を言ってボヤき、その側を整備員が「邪魔だな」と思いながら通り過ぎて行った。
「な〜にをチンタラ突っ立っておるか、貴様ら!」
「げ、隊長⁉︎」
「ヤ、ヤザン大尉」
アレキサンドリアのMSデッキに響く声に、2人のパイロットは肩をビクリと竦ませた。
パイロットの2人を叱りつけた男、ヤザン・ゲーブル大尉は壁を蹴ってMSハンガーに降りて来た。
「整備員の邪魔になっとるのが分からんのか!暇だったら自分でもせんか」
と一喝し、2人をパイロットは慌てた様子で愛機の方に向かっていった。
「全く、緊張感がたりん。緊張感が」
そうボヤくヤザンだが、彼とてここ最近の連続出撃には内心辟易していた。
ここ一週間を例に見れば、彼が率いる部隊は朝出撃して戻ってから朝食を食べてまた出撃し。
昼食後にも出撃をし、戻って一休みしてからも出撃し、午後も出撃後夕食を取り、悪ければこの後も出撃するのだ。
当然こんな生活を送っていればパイロットは疲弊し、現場の負担も大きくなる。
戦訓獲得を目的とした出撃命令が、返って各部隊の稼働率を下げる元凶となっていた。
「ヤザン大尉、ブリッジに至急来るようガディ艦長からの通達です」
「おう、すぐ行くと伝えろ」
ブリッジからの伝令に力強く答えるも、そのあと小声で「全く、何をやらされるやら」と付け加えるヤザン。
後に野獣と呼ばれる男は、まだその片鱗を見せてはいなかった。
「ヤザン大尉、ブリッジに出頭しました」
アレキサンドリアのブリッジに入室してヤザンは、ガディ艦長に向かって敬礼した。
「ヤザンか、またハンガーでトラブルがあったそうだな?」
ガディ艦長は艦長席に座ったまま、ヤザンにいきなりそう言った。
「少し部下が弛んでいたので、喝を入れてやったまでです」
とそう嘯くヤザンに、ガディ艦長はそれ以上なにも追求しなかった。
素行や性格にこそ問題あるものの、ヤザン大尉は優秀な軍人でありまた腕の立つパイロットだったからだ。
多少の事くらいは、目溢しする度量をガディ艦長は持ち合わせていた。
「そうか、近々我々に交代命令が来る」
「ほぉ、と言うと我々は久し振りに自分のベットで寝られる訳ですな」
と軽口を叩くヤザンだが、内心これが前置きである事は分かっていた。
「その前にもう一仕事だ。情報部からザフトがローラシア級2隻をL1宙域に派遣したとの報告があった。どうやら連中も連合軍がここを通って補給しているのに漸く気が付いたらしい」
「で、我々の任務はその艦隊を単独で叩けと?無茶を言うぜ」
ローラシア級が2隻ともなれば、12機のMSを保有しアレキサンドリア級と粗同等の戦力となる。
共和国軍の基本ドクトリンは数で相手を圧倒する事であり、同数のしかも技術技量共に格上の相手と戦えと言うのは、自殺行為に等しかった。
「いや、我々に課せられた任務はザフトがどうやって連合軍の輸送艦隊を襲撃するのかを偵察する事だ。上は一刻も早くザフトの技術を盗みたいらしいな」
ガディ艦長はそう言って敵の予想ルートをモニターに出すが、それ以前にこの様な任務が下される背景には、共和国軍の考え方に原因がある。
コーディネイターに対するコンプレックスから始まる連合軍と違い、技術的後進国である共和国では、優れた技術を吸収する事に抵抗感はなく。
時に貪欲とまで言われる執着を見せる。
例えば戦闘後に漂う残骸一つとっても、出来るだけ多く回収して持ち帰って研究したりスクラップにして再利用するので、専門の改修部隊を作り。
その余りの仕事熱心ぶりは、ジャンク屋ギルドのお株を奪う程であり、ギルドからは「共和国軍が通った後には塵も残らない」と形容される程兎に角飽くなき欲求がそこにある。
「ヒトの技術を盗むのは良いですが、我々だって結構な艦を沈めてきましたがね」
ヤザンはそう言ってこの任務に対し、余り乗り気ではなかった。
事実L1宙域のデブリに潜んで活動を続けるアレキサンドリアの主な獲物は連合軍の輸送艦隊であり。
実際対艦強襲の研究も含め、相当数彼等も堕としていた。
自分達が獲得して得つつある戦訓や技能に、態々ザフトから技術を盗む意味はあるのかと、ヤザンは言いたかったのだ。
「本国ではデータは多いに越した事はないそうだ。安心しろ、お前達が得たデータもちゃんと戦訓に反映される」
「だといいんですがね?」とヤザンは溜息交じりにそう吐き出すと、それ以上はもう用はないとばかりにブリッジを後にする。
ガディ艦長とて今回の任務に含む所もあったが、彼はヤザンと違ってあくまでも任務に忠実な軍人であった。
故にヤザンの様に不満を口にする事は無かったが、しかしその内心は釈然としないものを抱えていた。
L1宙域の世界樹崩壊後に広がったデブリ地帯を、数隻の艦に護衛されて輸送船団がゆっくりと航行していた。
まだ真新しいデブリの数々には、コロニーの他に戦艦の残骸や或いはMSやMAの物と思しき漂流物も含まれており。
それらによってこの宙域は深刻な電波障害が起こり、殆どレーダーが効かないため目視による原始的な航行でしか進む事が出来ず。
その為、船脚は自然とゆっくりとした物になっていた。
彼等の姿はデブリのカーテンによって隠されてきた筈であった、しかし今日この日それは一発の銃弾と共に破られる事となる。
「NJ濃度急上昇⁉︎艦隊に急速接近する機影多数確認!」
デブリとNJによって有視界戦闘に陥ったとは言え、ある程度限定した距離と空間ならば各種光学装置やセンサーを複合する事でレーダーも有効に機能する。
デブリの中とは言え、輸送航路確保の為デブリ地帯にはトンネル状の航路が開かれており、その範囲では比較的デブリも少なく接近する機影がゴミなのかそうでないのが位の判別はついた。
接近する機影がゴミでないと分かると、直ぐに全艦隊に非常時警報が発令され第一次戦闘態勢を取っていく。
足の遅く脆い輸送船団を艦隊の中央に配置し、その周囲をネルソン級とドレイク級で固める連合軍。
この時まだMAは出撃していなかった。
MAはあくまでも対艦攻撃機や爆撃機と言った位置付けであり、MSを相手には手も足も出ず。
出撃しても、逆に撃墜されて航路の妨げとなる可能性があった。
そうでなくとも、MSと比べて圧倒的に小回りで劣るMAでは密集したデブリ地帯での運用には大幅な制限がかかってしまう事も付け加えておく。
こうして、全く不利な状況で始まった連合軍とザフトとの戦いは一方的な虐殺と言えた。
飛来したザフトのジンはデブリの陰に隠れながら巧みな機動で艦隊に近づくと、まず邪魔な対空砲火を上げる戦艦から始末にかかった。
MSの接近を許した戦艦がどうなるかなど、最早言葉にするまでもない。
象に群がる蟻の如く、いや鯨に襲いかかるシャチの群れの如く取り付き、容赦なくライフルが撃ち込まれ。
バズーカが艦橋を破壊し、トドメに機関部を破壊され戦艦は一瞬で宇宙の塵と化した。
そうして今度は駆逐艦に狙いを定めると、有線式ミサイルの雨の中を曲芸飛行の様な機動でアッサリと回避し。
弾の節約の為か今度は重斬刀で船体を斬り刻み、三枚におろして行く。
後に残るのは、護衛を失った輸送船団だけだが。
ここでザフトのMSは攻撃するのでは無く、船団を鹵獲する行動に出た。
MSの一機が輸送船の艦橋に取り付くと、ライフルの銃口を突きつけ降伏を勧告する。
この時抵抗したり逃げようとする輸送船には、躊躇無く銃弾が叩き込まれ。
そうで無くとも、彼等は身動きが取れない状況であった。
何故なら、先に撃破した戦艦の残骸によって航路は塞がれ、護衛の駆逐艦も今や護るどころかその残骸によって輸送船団の身動きを封じていた。
更に、駄目出しとばかりにローラシア級2隻が船団の後方より現れた事で。
彼等は一切の抵抗する気力を折られた。
ここまでにかかった時間は僅か15分足らず。
その余りの早業に、ヤザンら襲撃を観察していた共和国軍のMS隊のパイロット達はコクピットの中で舌を巻いた。
「成る程、羊の追い込み方を良く分かっている。中々賢い狼の様だな」
3機のハイザックがデブリの陰に隠れ、有線で繋がれた外部カメラからの映像を見て、そう評するヤザン。
「ヤザン隊長、今ならザフトは鹵獲した輸送船団に夢中です。奇襲して先制攻撃の機会ではないでしょうか」
部下の1人が自分の機体とヤザンの機体とを接触させ通信を開く。
俗に言うお肌の触れ合い通信と呼ばれるこの方法は、外部に通信の内容が漏れない様多用された。
この興奮気味にそう話す部下は、まだ戦場に出てから日が浅く、それ故戦場の恐ろしさと言うものをまだ十分には知ってはいなかった。
「馬〜鹿者、それでは折角の偵察の意味が無いでは無いか!今は大人しく盗撮紛いの任務に集中せんか」
とヤザンが盗撮紛いの任務と言った所で、もう1人の部下が「くくく」と押し殺した様な笑い声が通信機から聞こえてきた。
「どうせ見るなら、色気の無いMSじゃなくて女の尻を覗いて見たいですけどね」
そう言って軽口を叩く部下に、ヤザンもまた調子を合わせ。
「この任務が終われば、好きなだけ女の尻を追いかけていいぞ。お前も、敵のケツを狙うよりそっちの方が良いだろう?」
「じ、自分でありますか⁉︎」
いきなり話題を振られ、返答に困る部下にヤザンはまだまだ青いなと感じていた。
「無事生き残れたら、良い店を紹介してやる」
「隊長〜俺にも紹介して下さいよ〜」
そうして部下と馬鹿話をする事で、血気にはやる部下の1人を程よく緊張から解すヤザン。
普段の粗野な態度からは想像出来ないが、意外な程部下の面倒見がいいのがこの男てあった。
「そろそろ引き上げるぞ。ウチに帰るまで命を落っことすなよ」
機体を反転させ、デブリの陰からデブリの陰へと移りその場を後にするハイザック達。
いまだ共和国軍は、パイロットの質量共にザフトと比べ劣っている状態が続いていた。
しかし、彼等が持ち帰った情報により着実にその差は埋まりつつあり。
共和国は氷の張った川の下で蠢く大河の流れの様に、その動きは確かに歴史を左右する方向に向かいつつあった。