機動戦士ガンダムSEED・ハイザック戦記   作:rahotu

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14話

14話「会議は踊る」

 

L1宙域、ここはかつて世界樹と呼ばれた巨大宇宙都市が存在し、地球と宇宙とを繋ぐ中心地として栄えていた。

 

しかし、「血のバレンタイン」によりプラント連合間の戦争が勃発し、世界樹はその役割を連合軍の軍事拠点として変貌させられていた。

 

結果多くの住民を巻き込んだ「世界樹攻防戦」により、世界樹は連合軍により自爆崩壊させられ、今現在この宙域はその時に発生した大量のデブリにより宇宙の暗礁地帯と化していた。

 

そのデブリ地帯を縫うように、連合軍のネルソン級宇宙戦艦と数隻のドレイク級駆逐艦に護衛されたマルセイユIII世級輸送艦の船団がいた。

 

彼等は地球のマスドライバーから打ち上げられた物資を満載し、月のプトレマイオス基地に補給を届けるべく、ザフトの警戒網を潜り抜ける為敢えて危険なL1宙域のデブリ地帯を進んでいた。

 

本来ならば、危険なデブリ地帯を避けL1宙域を遠回りして安全に月に向かいたい所だが。

 

しかしL1を迂回する航路はザフトの警戒が厳しく、だから連合軍は危険を承知でデブリ地帯を進むしか無かった。

 

デブリ地帯ならば、如何にMSと言えども自慢の機動力を発揮出来ず、例え見つかっても対処出来るのではと言う希望的観測もあり、この航路は連合軍の宇宙における生命線となりっている。

 

しかし共和国が参戦した事により、その前提条件が覆されそうになっている事を除けばの話だが…。

 

 

 

 

 

 

ズムシティー共和国軍統帥参謀本部にある会議室にて、共和国軍の並み居る将官達が今後の方針を決めるべく集まっていた。

 

「まず現在我が軍はプラント連合双方に対し小康状態を保っていると言える。これは偏にプラントと連合との主戦場が宇宙から地上に移った為であり、結果として両軍の宇宙での活動が減少傾向にあるからと言える」

 

「よって今後、我が軍が今後取るべき方針を諸君らと議論したいと思いここに招集した。諸君らには闊達かつ忌憚の無い意見を述べて貰いたい」

 

会議の冒頭、統帥本部長であるゴップ大将がそう述べた。

 

ゴップ統帥本部長は現在共和国軍唯一の大将であり、つまりこの場には彼より上の階級は存在せず、その彼が忌憚の無い意見を述べよと言った事で少なくともこの会議の間は互いの階級をある程度無視した発言が許された事になる。

 

「まず私から一つ、先の南米降下作戦によって我々は大気生成プラントの確保に成功した。今後これを維持し共和国に安定的に大気を輸送する上でも、早期に地上に拠点を築くべきでは無いかと思う」

 

まずそう言ったのは、共和国軍マ・クベ中将であった。

 

中将は共和国軍における施設兵站部門の責任者であり、共和国における大気貯蔵量の不足を何よりも懸念していたのだ。

 

「正直に言って現在我が国の水と大気貯蔵量は心許ない。今後それは戦争が長期化するにつれ益々深刻になるだろう。これを一刻も早く解決しなければ、我々は戦わずして枯渇死か窒息死かの何方か一方を選択しなければならない」

 

会議早々重くなる空気に、将官達は自然と息苦しさと喉の渇きを覚えた。

 

「不名誉な二択だな。だがそれを実現する上で我々には幾つかの問題がある」

 

そう言ってジャミトフ准将は会議室に設置された巨大スクリーンを操作し、宇宙図を映し出した。

 

「まず我々は先だって月面のグラナダ市を併合し、これによって補給線が月まで伸び各戦線に少なからず影響が出ている」

 

「これを更に地球まで伸ばすとなると、一体如何やってこの長距離を維持するかが問題になる。それらについてマ・クベ中将は如何考えているのかお聞きしたい」

 

ジャミトフはマ・クベ中将と違って軍政の立場から地球侵攻に懸念を示した。

 

元々コロニー防衛用に整備された軍の為、大規模な外征能力を不安視する声は軍政を中心に多く、また「共和国はあくまでも防衛の為に立ち上がった」と言う体裁の為、侵略行為とも取れるか地球侵攻は対外的にイメージが悪かった。

 

「ジャミトフ准将の言う懸念も尤もだが、グラナダ市併合によって共和国の生産には余裕が出来ている。距離の問題については、L4を中継拠点とする事で往路の負担を半分程低減できる計算だ」

 

マ・クベ中将は、ジャミトフ准将が出した宇宙図に示された本土と地球とを直接結んだラインに掛かる時間と費用に対し、L4の拠点化と航路にかかる時間とコストとの比較を出した。

 

「L4は先の東アジア共和国軍とザフトとの資源採掘衛星を巡る戦闘の結果。今や何処の勢力にも組み込まれていない無人地帯と化しており、拠点化にかかる問題は少ないと見ている」

 

マ・クベ中将の提案は、会議室に居並ぶ将官達にとって魅力的に見えた。

 

彼は敢えて言わなかったがこの航路はプラント、連合の勢力を迂回し、出来るだけ両者と戦わずしかも戦力を余り割かなくとも良いように考えられており。

 

これにはジャミトフ准将も内心、「成る程」と満足な声をあげていた。

 

ジャミトフとしても少ない労力で大きなリターンが見込めるのであれば、反対する理由がなかったし、寧ろ彼はマ・クベ以上の事を考えていた。

 

(将来的にはL4を中立地帯とするのも手だな。そうすれば、ルナツー方面に戦力を割かなくても済み、グラナダとコンペイトウに戦力を集中出来る)

 

彼の頭の中では、「壊滅したL4コロニーを住民と共に立て直す共和国軍」と言う「美談」が既に組み立てられていた。

 

「L4と地球に拠点を築くのは分かったが、今度はどの程度の戦力を送り込むかじゃな。多過ぎれば本土の防衛が危うくなり、少な過ぎれば今度は拠点の維持も儘なるまい」

 

そう言って今度はコリニー中将がスクリーンを操作し、共和国軍の各拠点の戦力を表示した。

 

「見れば分かる通り、本土とグラナダの戦力は動かせない故除外するとして。肝心なのは3つの要塞からどの程度戦力を引き抜くかじゃが」

 

コリニー中将がスクリーンに映し出した3つの要塞、L4方面のルナツー、L5のコンペイトウそして最終防衛ラインのゼダンの門其々の戦力を比較すると、コンペイトウに大きく傾いていた。

 

「儂は比較的戦力に余裕のある所から引き抜きたいと考えているが、ワイアット少将は如何考えるかな?」

 

コリニー中将は敢えて話題をワイアット少将に振り、彼がどんな反応を示すかジッと観察しようとした。

 

普通であれば、指揮官が自分が保有する戦力を他所に引き抜かれるのに抵抗を感じる筈だ。

 

例え表向き指示に従う風に見えても、内心の不満は隠せない筈であった。

 

だがワイアット少将は動揺するどころか、全く表情を崩さなかった。

 

そればかりか彼は余裕さえある様でだった。

 

「コリニー中将のご慧眼全くその通りです。全体の戦力均等の為にも、余裕のある所から戦力を出すのは至極当然ですな」

 

「であれば、おや?如何もその図を見るに我がコンペイトウの戦力には他と比べ余裕があるようで。なら我が要塞と艦隊から部隊を派遣致しましょう」

 

話を振ったコリニー中将ばかりか、この様な展開を全く予想していなかった将官達は、ワイアット少将の言葉に面食らった。

 

(何だと⁉︎きっとこれは裏があるに違いない、でなければこんな誰もが嫌がる話にここまで食いつく筈がない)

 

そう勘ぐるコリニー中将に対し、余裕の表情を崩さないワイアット少将は更に畳み掛け。

 

「地上に部隊を多く派遣する以上、指揮権の問題は外せませんな。であれば不肖ながらこのワイアットが取るべきかと存じます」

 

「幸い地上に派遣する部隊は元は私の指揮下にあった者達です。指揮統制の面から言っても私が取るのが極自然ですな」

 

そうぬけぬけと言ってのけるワイアット少将に、コリニー中将はしまったと内心後悔した。

 

(儂の本来の目的はワイアットから戦力を引き剥がし、あやつの力を削ぐ事であった)

 

(しかし、地上軍の指揮もヤツが取る事になれば、戦力を削ぐどころか単にヤツの下に新たな軍を増やすだけの結果に終わってしまう⁉︎)

 

一方のワイアット少将も又コリニー中将の悔しがる様子を見て、内心笑みを浮かべていた。

 

(コリニー中将め、貴様の考える事などお見通しだ。ジャミトフと手を組んで最近良い気になっている様だがそうは行かない)

 

(寧ろこの機に軍での発言力を一気に伸ばさせて貰おう)

 

と互いに互いにが相手を貶める策謀を仕掛け混沌とする会議の中、唯1人ゴップ統帥本部長だけは、何処吹く風とばかりに呑気に会議の様子を見守っていた。

 

それを見て並み居る将官達はの反応は大きく二つに分かれ、一方はゴップ大将の余裕の表れと見て敬服し、もう一方は逆に無能と怠惰の証明であるとして彼を侮った。

 

無論彼の本心が何処にあるのか彼等に分かる筈もなく、本当の所は本人にしか分からなかった。

 

彼を有能と見る者、無能と見なす者見方によって様々だが、唯一つ言えるのはゴップが共和国軍で1人しかいない大将であると言う揺るがない事実だけであった。

 

話を元に戻しコリニー中将とワイアット少将が地上軍の指揮権で揉めている最中、2人の予想外の人物から待ったをかけられた。

 

「ご両人の意見は十分わかりました。しかし地球に派遣する部隊の選定は、可能ならば此方で行いたい」

 

そう言って2人の間に割って入ったのは、マ・クベ中将であった。

 

「我々としては地上に拠点を築く上で、大部隊を派遣されては返って敵の注意を引き身動きが取り辛い」

 

「それに戦力バランスを考えるのならば、逆に前線の部隊こそ引き抜き辛かろう。寧ろ本土や後方の部隊こそ、地上に派遣するべきでは無いかと考えている」

 

マ・クベ中将は今回の計画に際し、はじめから後方の部隊を使う事を念頭に置いていた。

 

下手に前線から引き抜いたり、或いはその比率が傾けば如何しても元の部隊の影響力が強く残ってしまう。

 

それでは健全な部隊運営を行う上で障害となり、地上が共和国軍部内の権力闘争の場にされてしまう。

 

それを防ぐ上でも、マ・クベ中将は本土から部隊を割くべきだと主張したのだ。

 

だがこの提案には、コリニーやワイアットのみならず周囲から反対意見が飛んだ。

 

「本土から部隊が引き抜かれては、いざと言う時に対応出来ない。考え直してみてはどうか?」

 

「マ・クベ中将が前線から部隊を引き抜く事を懸念するのは分かる。しかしそれでは本土の守りを疎かにすれば、それこそ本末転倒ではないのか」

 

「何より本土と前線の部隊では実戦経験の差がある。未経験の部隊を地上に送り込んで如何なるか…」

 

彼等の懸念は至極尤もであり、マ・クベも折れるかに見えたが。

 

「軍は存在するだけで物資を必要とします。それならば尚の事遊ばせている余裕など我が軍には無い筈」

 

「それに未経験の部隊と仰るが、地上戦における経験など共和国軍のどの部隊にもないのです。ならばその一点で実戦経験の有無など存在せず、返ってやり易い面もあるでしょう」

 

マ・クベも負けじと正論を込めてやり返し、反対意見を出した将官達も思わず「ううむ」と唸った。

 

「マ・クベ中将の言いたい事は分かったが、しかし依然として指揮権の問題が残っている。それを解決しなくては、幾ら部隊を送った所で意味はない」

 

そう言うのはジャミトフ准将であり、結局指揮の問題が解決しなければ話は振り出しに戻り、最悪地球に拠点を築く計画さえ立ち消えになる可能性があった。

 

それはジャミトフとしても本意ではないが、だからと言ってワイアットかコリニーが地上軍の指揮をとるのは、現実的な側面から言って不可能であった。

 

(コリニー中将がワイアット少将を警戒する気持ちも分かるが、ワイアット少将とて本気で地上軍の指揮が欲しい訳でもあるまい)

 

(適当な所で自分の息のかかった指揮官を押すと言う形で妥協した筈だが、コリニー中将が下手に食ってかかってせいで双方共に収まりがつかん)

 

結局の所、この2人を納得させるだけの指揮官をマ・クベ中将が押さなければならないが、果たしてこの中に2人が納得するだけの人材がこの中にいるかどうか?

 

「その点は私も懸念していた事だが、我が国初の地上軍の指揮官を生半可な人物に任せる事は出来ない。しかも地上の情勢は、極めて複雑で困難な決断を求められる」

 

「これは最早、一方面軍司令官がその裁量で判断する範囲を超えている。よって地上軍は参謀本部付きとし、その司令官はゴップ大将こそ相応しいと私は考えている」

 

マ・クベ中将のまさかの発言に、ジャミトフ准将だけでなくこの時ばかりはコリニー中将やワイアット少将もほかの将官達と同じく面食らった。

 

まさか地上軍を参謀本部付きにした挙句、その指揮官にゴップ大将を当てようなどと一体誰が想像できよう?

 

幾らゴップ大将が冒頭で忌憚の無い意見を述べよといったとは言え、これはその範疇を超えているのでは無いかと言う懸念が先立つ。

 

マ・クベ中将発言に周囲のそんな驚きを無視し、ゴップ大将の顔を真っ直ぐと見ながらこう言い。

 

「参謀本部付きなら、情勢の変化に合わせ柔軟な対応が出来ます。後はゴップ大将がどの様にお考えるのかによりますが」

 

そう言われてゴップ大将は暫くマ・クベ中将がと視線を交わす。

 

互いに無言であったが、会議室の空気は自然と緊張感を帯び空調が効いている筈なのに、鈍い汗が自然と将官達の頬を伝わる。

 

「成る程、マ・クベ中将の言う事にも一理ある。しかしそれでは統帥本部長と陸軍司令官とを兼任する事になり、個人に余りに権力が集中し過ぎやせんかね?」

 

「ゴップ大将のご懸念は尤もです。しかし本土から部隊を動かす関係上、やはりその指揮は参謀本部が取るのが適当かと」

 

ゴップ大将は兼任による権力の集中を説き暗に軍規に反すると伝える一方で、マ・クベ中将もまた地上軍指揮権の問題に一歩も引かない態度を見せた。

 

「宜しい、ならば新設される地上軍は参謀本部付きとする」

 

ゴップ大将がそう言った事で、会議室の中にホッとした空気が流れる。

 

これにはコリニー中将やワイアット少将も何も言わず、彼等としてもゴップ大将と事を構えるほど地上軍は然程重要では無かった。

 

しかしゴップ大将が続けて。

 

「しかし矢張り地上軍の指揮権を統帥本部長と兼任するのは難しい」

 

と言った事でコリニーやワイアットだけでなくマ・クベも「おや?」といった表情で、雲行きが怪しくなり始めた事を感じた。

 

「よってマ・クベ中将に地上軍の拠点施設の監督も含め統帥本部より指揮権を一部割譲し、また地上に派遣する部隊は本土及び前線各拠点から抽出した混成部隊とする」

 

この余りに衝撃的な内容に、流石にコリニー中将も黙ってはいられなかった。

 

「お待ち下さいゴップ大将!それでは実質マ・クベ中将が地上軍の指揮権を取る事になります」

 

「それの何が問題かね?コリニー中将」、とゴップ大将はコリニー中将を見遣る。

 

コリニー中将はその視線に怯まず見返した。

 

(其れでは困るのだよ!?ここまでワイアットと地上軍の指揮権で揉めておきながら、結末がこうでは納得いかん!)

 

コリニー中将としてはマ・クベ中将が地上軍の指揮を取るのが問題ではなく、彼が本当に言いたいのは各拠点から抽出される部隊の方であった。

 

何故なら最初自分と指揮権を争ったワイアット少将の部隊が、少なからず地上に派遣される事で、その影響力が地上軍に及んでしまう事に危機感を覚えたからだ。

 

「恐れながら申しますと、マ・クベ中将はあくまで後方部隊の指揮経験しかありません。しかし、今回地球に派遣される部隊は本土と前線各拠点から抽出した混成部隊であり、その上に実戦経験の無い指揮官を置くのは如何でしょう」

 

コリニー中将は、敢えてマ・クベ中将の実戦経験の無い事を声高に主張した。

 

それは何故かと言うと。

 

(マ・クベが指揮を取る事は半ば確定している。ならば、彼でも指揮が取れる部隊と言う形で前線からの割合を大きく減らすべきだ)

 

(マ・クベ中将の実戦指揮の手腕が未知数の以上、御飾りの指揮官を戴いて実はワイアットの息がかかった部隊に掌握される事になりかねん)

 

つまり表面上は如何であれ、実質ワイアットが地上軍を掌握する機会をコリニーはこの場で未然に防ぎたかったのだ。

 

だが此処でもゴップ大将は更な爆弾を投下する。

 

「成る程、貴官の言わんとする事一々最もである。そこまで言うのならばコリニー中将、貴官がそのマ・クベ中将の実戦指揮能力の不足を補うべく、部隊指揮官を派遣したまえ」

 

ゴップ大将に言われた内容に、コリニー抽出は「はあ?」と思わず目を剥いて声を上げそうになるのを我慢した。

 

「うむ、それならば貴官も納得するだろう。これで地上軍の問題は片付いたな」

 

とぬけぬけと言ってのけるゴップ大将に、会議室に集まった面々は全員心の中で。

 

(何も解決してはいない‼︎寧ろ酷くなった)

 

と心の中で唱和した。

 

(ゴップ大将め、対立する三者の顔を立てる様でいて、自分の責任をマ・クベに押し付けたな)

 

ジャミトフ准将は会議の成り行きを黙って聞いていたが、結果として彼はゴップ大将が巧みに責任逃れをする現場の目撃者となっていた。

 

これで彼の中で、益々ゴップ大将の評価が下がる事になるのだが、その一方気付く一面もあった。

 

(結局これでは円滑な部隊の運営などとうてい…いやそれこそが目的なのか⁉︎)

 

結果として、今後地上軍の運営は厳しくなる事間違い無いが、それは言うならば其々の派閥から派遣された者どうしが対立して身動きが取れず、地上軍として一体となった行動が出来ない事の証左でもあった。

 

(つまりゴップ大将は共和国軍部内にこれ以上余計な火種や対立構造を作らせず。尚且つ参謀本部にある程度自由の利く部隊を保有する事をやってのけたのか!)

 

ジャミトフは戦慄した、ゴップ大将は一見優柔不断そうに見えてトンデモない古狸の本性を隠しもっていたからだ。

 

今回普段の様子からは全く見えて来ない各派閥の勢力バランスの妙に始まり、全体の均衡を大きく崩さずしてその中を悠々と泳ぐ様など。

 

まさに権謀術数の中に生きる、古狸そのものであった。

 

(ゴップ大将は矢張り侮ってはならない人物だな。大将と敵対するのは最後の手段にしなければ)

 

もって生まれた才覚に自信を持つタイプのジャミトフをして、そう言わしめる程ゴップ大将の政治感覚はズバ抜けていた。

 

さて会議の内容は地上軍から先に進み、今度は今まで影が薄かったワッケイン司令から意見が出された。

 

「ルナツー要塞司令のワッケイン少将です。まず初めに、此処にグラナダ攻防戦に参加した部隊からの要望書があります」

 

そう言ってワッケイン少将の合図で、集まった将官達に要望書のコピーが行き渡る。

 

「まずグラナダ攻防戦において、我が軍のMSは確たる戦果と性能を世界に示しましたが、その一方で前線の部隊から早くも性能の不足や欠点の指摘が上がっています」

 

将官達が要望書のページをめくり、そこに書かれていた様々な事に目を通していく。

 

そこに書かれている事は余りに多く、主だったものだけでも。

 

『ジンに比べハイザックの旋回性能が遅い』

 

『近接戦では敵の方が武器のリーチが長く、一方的に攻撃を受けてしまう』

 

『通信機の質が悪い』

 

『明らかにジンに機動力で負けている』

 

『ライフルの命中性能が悪い』

 

『対艦攻撃能力がジンやメビウスに比べ不足している』

 

『格闘戦で盾が邪魔になる』

 

『もっとリーチの長い白兵戦用の武器を!』

 

と内容は様々だが、大きく分ければ二つの事に集約される。

 

つまり『機動力』と『白兵戦能力』、この二つの大幅な改良が求められていた。

 

「我が軍との交戦経験はありませんが、月の戦線にてザフトと連合軍共に高機動力を持つ新型機を投入し、高い戦果をあげています」

 

「今後これらの機体と渡り合う上で、それらに対抗出来るだけの機体を開発する必要があると思われます」

 

ワッケイン少将にそう言われて、将官達は確かにと頷きはしたが、しかし新型機開発には余り乗り気ではない様子であった。

 

「ワッケイン司令、貴官の言う事は尤もだが既に先日の会議でMSハイザックの更なる増産が決定している。今更新型機開発に製造レーンを割く事は難しいぞ」

 

それには多くの将官達も同意した。

 

元々ハイザックの性能強化や新型機開発に関する意見書は多く届けられていたが、共和国軍司令部は量産性に影響の出るものコスト増加を鑑み、その全てを却下してきた。

 

その代わり、コスト削減や製造時間の短縮などといった量産性を高める案を積極的に採用し、これは共和国軍が戦時中ずっと貫き続ける基本方針であった。

 

「それにつきましては製造レーンそのものに手を加える事なく、既存の機体の改修を主にする事を念頭に置いております」

 

とワッケイン少将はスクリーンに既に出来上がった幾つかの改修プランを提示する。

 

「つまり現場レベルで可能な改修の許可を、貴官は求めているのだな?」

 

計画の内容を見た将官達がワッケインの言を信じるのならば、確かにこの計画は彼らにとって魅力的に見えた。

 

高価な新技術を開発するのではなく、既存の技術を使い開発にかかるコスト自体も安くする事で、現在の共和国軍の実情に適したものであったからだ。

 

「は、つきましては改修計画そのものをルナツー基地にて行いたく存じます」

 

ワッケイン少将がここまでルナツーでの開発に拘る理由に、ある訳がある。

 

ルナツー基地は元は資源採掘用衛星としてアステロイドベルトから持ち込まれたものであり、内部では希少な金属が算出され、また共和国軍の宇宙要塞として整備されてきた。

 

しかし共和国の辺境に位置する関係上戦力も乏しく、戦局に与える影響力も少ない事からなかば軍から「忘れられた」存在となっており、ワッケイン少将自身もそれを重々承知していた。

 

ワッケイン少将は元々優秀な指揮官として知られていたが、その実直で真面目過ぎる性格が災いし、魑魅魍魎が跋扈する共和国軍部内では浮いた存在であり、ルナツーになかば左遷される形で司令官のポストに収まった経緯がある。

 

だが大戦が始まって共和国が参戦するに至り、彼もまた一共和国軍人とした国家に何か貢献しなければと言う使命感を抱いていた。

 

元より責任感の強い人物であり、遠く離れた戦場で戦友達の活躍を聞いて日々忸怩たる思いを抱いている部下達に、誇りと自分達の存在意義を与えてやりたかったのだ。

 

「宜しいワッケイン君、君の案を許可しよう」

 

ゴップ大将はそう言って、あっさりとワッケイン少将の案を承認した。

 

ワッケイン少将は「ありがとうございます」と頭を下げたが、これがジャミトフやコリニー、ワイアットにコーウェンならばこうも上手くは行かなかっただろう。

 

これはワッケイン少将の人徳と言うよりも、彼が今更他の将官達の様に政治的発言力を得ようだとか。

 

そういった策謀を考えたりする様な人物では無いと、将官達の誰もが知っていた。

 

つまりワッケインがどうしようとも、殊更反対する理由が彼等には無かったのだ。

 

「機体改修については問題無いとして、並行して戦技獲得や新戦術の開発も進めるべきだ」

 

「はっきり言って機体の性能格差以前に、我が軍のMS運用ドクトリンはザフトのそれと比べて劣っている。ハードとソフト両面でこの課題に取り組むべきだ」

 

そう主張するのは開発局局長ジョン・コーウェン准将であった。

 

彼もまたワッケイン少将と同じく前線からの声に耳を傾け、その結果ワッケインとはまた違った方法での解決を図ったのだ。

 

「だが今更ドクトリン研究など戦争中に間に合うものか?」

 

ジャミトフはここに居る将官達の心情を代弁してコーウェン准将に言った。

 

因みにここで言うドクトリンとは「戦闘教義」を指し、軍における部隊運用の規則である。

 

分かり易く言えば、その国の軍隊がどの様に戦うかと言う戦闘方針の事であり、過去著名な例に「電撃戦」や「エアランド・バトル」などがある。

 

「今始めなければ、近い将来兵士達の血で贖うこととなるだろう。そうなった時、貴官はどう責任をとるつもりだ」

 

コーウェンとジャミトフの視線がぶつかり合い、火花が散る。

 

「まあ、良いでは無いか。元々我が方のMSは連合のメビウス対策に作られたものだ。それが古くなったのなら新しく作り直すのは当然の事では無いか?」

 

そう言ってワイアット少将は仲裁する体を取りつつ、さり気なくコーウェンの肩を持つ。

 

(コーウェンのヤツ、最近アナハイムと親しらしいからな。何かと連中から旨味を吸い取れるやも知れん)

 

結局ジャミトフがそれ以上なにも追求せず、コーウェンの案もすんなりと裁可され、戦技獲得と新戦術を試す部隊を新たにワイアット少将麾下の部隊に置かれる事となった。

 

新設された部隊はこの後、連合やザフトを相手に戦術を試していく事となる。

 

そしてその部隊こそコーウェン准将の子飼いの実戦部隊に他ならず、事実上ここにワイアット・コーウェンの同盟関係が成立する事となった。

 

会議が終わり将官達が次々と退出していく中、ゴップ大将は一人ほくそ笑んでいた。

(思った以上に尻尾を見せてくれたな。矢張り、今後はあの2人がキーマンか)

 

ゴップ大将がキーマンと称する2人とは、ジャミトフとワイアットの事であり、この会議によって共和国軍は今後の方針を得た以上に、共和国軍内部にジャミトフ・コリニー連合とワイアット・コーウェン同盟の二大派閥が出現した事を周囲に浮き彫りにした。

 

今後この二派閥は良くも悪くも共和国軍を動かす事となるだろう。

 

「全く、暫く私も退屈しないですむな」

 

ゴップ大将は不敵に微笑み、今はまだ彼等の好きにさせる事にした。

 

どちらにしろ彼等がゴップ大将に戦いを挑むのは当分先であり、その時になれば彼等は何故ゴップ大将が共和国軍唯一の大将なのか、その本当の意味を知る事となる。

 

時にC.E.70 漆黒の宇宙よりも更に深くドス黒い共和国軍部の闇が動き出す中、戦火は共和国軍の手によって更に燃え広がろうとしていた。

 

 

 

 

 


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