12話「南米潜入」
共和国軍統合作戦本部に、南米に降下した部隊から大気生成プラントの奪取に成功したとの報告が入ったのは、彼等が地球に降り立ってから3日後の事であった。
「一先ず、作戦の成功を喜ぶとしようか。しかし思ったよりも簡単じゃったな」
ジーン・コリニー中将は並み居る将官を見渡してそう言うが、ここに居る面々にとってここから先が本番であった。
「で、並行して行われとる秘密基地の捜索はどうなのだ?」
コリニーが秘密基地と半ば侮蔑を込めて呼ぶそれは、共和国が持つ古いデータ資料の中から出てきた、南米にあるとされる巨大地下空洞の事であった。
何故そんなデータが共和国にあるかと言うと、元は地球の戦火から逃れ宇宙に上がった難民達が持ち込んだ、様々な物や技術の中にそれがあったからだ。
再構築戦争によってそれ以前の貴重な資料や物・技術が戦火で焼失する中、地球から持ち出されたモノが巡り巡って共和国へと流れ着き、長い年月の間共和国で保管されてきたのだ。
その膨大なデータ資料の事を共和国では侮蔑と嘲笑を込め、『賢者の遺産』と呼んでいた。
「いまだ音沙汰なし、気長にエージェントからの報告を待つしかありませんな」
ジャミトフは口ではそう言うが、彼も内心ではそんな物は存在しないのではと思っていた。
(本当に有るのならそれに越したことはないが。しかし宝探しに人と時間をかけれる程今の我々には余裕はない)
彼としてはこの時点で既に、エージェントを引き上げる事も考えていた。
「極秘裏にアマゾンに建設された核シェルター『ジャブロー』か。見つかれば、今世紀最大の発見だろうに」
冗談めかしにこう言うのは、ジョン・コーウェン准将であった。
新型機開発予算の獲得に失敗し、意気消沈するかに見えた彼だが、その後アレキサンドリア級の増産計画で息を吹き返す事に成功していた。
今では敵視していた筈のアナハイム・エレクトロニクス社とも和解し、その関係を深めている。
最もジャミトフにから言わせれば、飼いならされただけという辛辣なコメントが出る所だが。
「まあ、現状様子を見る他あるまい」
そう結論付けられ、会議は別の議題に移った ていくのだか、当の南米ではどうかと言うと…。
「はぁはぁ、全く上の無茶も勘弁して欲しいものだわ」
共和国から南米に派遣されたエージェントをの1人であるレコア・ロンドは、滴る汗を手で拭いながらそう不満を漏らす。
アマゾンのジャングルを彷徨って早5日、服の上から肌を刺す虫に危険なヒルや猛獣などに遭遇しつつ。
何とかジャブローへの入り口を探そうするも、いまだその痕跡さえ発見出来ていなかった。
途中原住民と遭遇し、何とか交渉の末それらしい物がある場所を教えてもらうことが出来たが。
今の所、全て空振りに終わっていた。
(もしかすると、別の仲間がもう見つけているかもしれない)
(自分がいまやっていることは、無駄なんじゃないか?)
ふとした拍子に、気弱な自分が心の中でそう呟くのを、まだ撤収命令が来てない事を理由に心の声を無視してレコアはジャングルを彷徨い続ける。
その時、目の前の林からガサガサと何かが近付いてくる気配がした。
咄嗟にレコアは腰に下げたホルスターに手をかけ、何時でも銃を抜ける様身構える。
その間にも目の前の林がガサゴソと揺れ、何かがレコアの前に姿を表す。
「はぁ、参った参った。こんなんならガイドを雇うべきだったかなってあ?」
ジャングルにスーツ姿と言う凡そこの場に似つかわしく無い男が(何処と無く軽薄そうな気配を漂わせながら)、ジャングルの中から出てきた。
「ありゃ〜俺もとうとう頭がやられたか〜。ジャングルでこんな美人の幻と出会うなんて」
男は戯けた表情で顔を天に向け額を手で覆うが仕草をする。
その余りに滑稽じみた光景に、レコアの方も自然と緊張感が解けホルスターから思わず手を離してしまう。
「あら?ヒトの事を捕まえておいて幻扱いだなんて、酷い人ね」
「へぇ、自分の事を美人だって認めてるんだ。で、アンタみたいな女1人こんな所で何してんの」
レコアはそう尋ねられて、敢えて挑発的な態度で相手にこう返した。
「あら、ヒトの事を聞く前に先ずは自分の名前を名乗ったらどう?」
「こりゃまた失敬。こんな所だと文明的な会話をつい忘れがちになっちまうんだ」
「俺はカイ・シデン。フリーのジャーナリストさ」
ジャーナリストを名乗るカイ・シデンと言う男の事を、レコアは全く聞いた事が無かった。
恐らくそこまで有名でもない人物なのだろうと、相手のようすから当たりをつけつつレコアも自分の名前を名乗った。
「レコア・ロンドよ。コロニー出身でここには地質の調査に来たの」
予め、偽装された身分証にそう記されたことを答えるレコア。
仮に証拠を見せろと言われても、身分証とバックパックの中に入っている機材がその証拠となる。
実際これらの機材は、ジャブロー探索に大きく役立つので持っていても損はないのだ。
「何だアンタも俺と同じスペースノイドかよ。実家はL4のコロニー何だがアンタはどこだい?」
「L3よ、貴方の実家とは正反対の方向ね」
因みにこの2人が言うL4やL3と言うのはラグランジュポイントの事であり、地球から見て月との間にあるのがL1であり、ここには崩壊した世界樹が存在した。
月の裏側共和国があるのがL2、L3は反対方向にあり新しいコロニーが建造中であり、L4とプラントがあるL5は月軌道上に存在する。
「でそのスペースノイドのジャーナリストさんが、どうしてこんな所にいるのか教えて下さらないかしら?」
「何々、俺の事がそんなに気になるわけ。いやー照れるぜ」
と下品な笑みを浮かべ、態とらしく頭を掻くカイ。
「あらそう、教えてくれないのならここでお別れね。サヨナラ、ジャーナリストさん」
カイの不真面目な態度に少し怒ったレコアは、彼を置いて先に進もうとした。
「ちょちょっと待ってくれよ⁉︎分かった、分かったよ降参だ」
カイは慌ててレコアを引き留め、両手を挙げて降参のポーズをとる。
「実は俺、反連合グループの取材をしてるんだよ。で今はそいつらの所で色々と世話になってるのよ」
そうカイの口から驚くべき情報が飛び出す。
彼が反連合グループと言っているが、それは言うなればゲリラやテロリスト集団の事だったからだ。
「良かったら連中の所まで案内するぜ。彼奴らも俺の知り合いだって言えば邪険にはしないハズさ」
カイにそう誘われて迷うレコア。
(現地の人間だったら、もしかしたらジャブローの事を何か知っているかもしれない)
(けどこの男を信用出来るかどうか…)
レコアはジッとカイの瞳を見つめた。
少しでも嘘や後ろめたい事があれば、目の動きでそれと分かるからだ。
だが当のカイ本人はと言うと。
「いやーそんな見つめられて、俺照れちゃうな〜。まさか本当に俺に気があったりして」
カイの態度は、最早軽薄を通り越して道化の域に達していたがそうと知らないのは本人ばかりで。
レコアは直ぐにカイに対する警戒心を解いた。
「バカおっしゃい。それより案内してくれるんじゃなくて?」
「お、乗り気になったかい」
「コーヒー位はあるんでしょうね」
「何だったらシャワーもつけるぜ。こっちだついて来てくれ」
カイに先導され、レコアはその後をついて行く。
いざとなればレコアは後ろから何時でも撃てるのだが、当のカイ本人はそんな事気付きもしない態度で先に進んでいく。
そして歩く事30分して、突然ジャングルの視界が晴れ目の前にキャンプ地が広がる。
カイに連れられ、キャンプの敷地に入るレコアは周囲を注意深く観察する。
キャンプの規模はレコアが思ったよりも広く、奥には鍾乳洞らしき洞窟まで続いており。
整然と整えられた天幕に周囲を歩哨が警戒し、キャンプの中には長距離無線用のアンテナまであり、車両も数両程駐車していた。
レコアの目からしても、ゲリラやテロリストにしては余りに装備が整い過ぎていた。
そしてレコアは、この集団の正体に思い当たる節があった。
(この集団って、まさか⁉︎)
「着いたぜ」とレコアの思考はそこで中断された。
気がつくと彼女はカイに連れられ、キャンプの一番奥にある天幕に案内されていた。
「ちょっと待ってな」
カイはそうレコアに断ると、1人天幕の中に入り中にいる人物と一言二言と言葉を交わし目でレコアに中に入るよう促す。
一瞬入ろうか入らないか迷ったが、覚悟を決めレコアは天幕の中に入った。
天幕の中には大きめのテーブルとその上に周辺を記した地図が置かれ、他無線機や各種機材が置かれていた。
レコアは奥へと向かい、そこで1人の男と対面した。
「ようこそ、カイのお友達。私は南アメリカ合衆国陸軍少佐フランシスコ・バリボルです。最も今では元とつきますがね」
そう言って朗らかな笑みを見せ、レコアの手をとって熱く握手するバリボル。
レコアはぎこちない笑みを返しつつ、内心とんでもない所に来てしまったと後悔した。
(まさかゲリラやテロリストなんかじゃなく、南アメリカ合衆国の脱走兵の隊長と出会うなんて⁉︎)
この出会いが、後にレコアを数奇な運命に導く事になるとは。
この時のレコアは梅雨とも知らなかった。