魔剣物語外伝 語られざる物語   作:一般貧弱魔剣

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「リテイクだ!」

 

若々しい姿をした金髪の男が、鬼気迫る顔でそう言った。舞台上に立つ男女がそそくさとカーテンの奥へと引っ込んでいく。

 

「いいかね、これは女王と伴侶殿ご夫妻の馴れ初めを描くものだ、半端は許されん!」

 

「ですが座長、既に日が沈む前です。回数を重ねればその分疲労も溜まり演技にキレがなくなってしまいますよ」

 

「む、もうそのような時間だったか」

 

周囲を見渡せば、薄闇が世界を溶かし始めている。

 

「いかんな、少々熱が入りすぎたか。今日はここまで! 続きは明日だ!」

 

「「「お疲れ様でした!」」」

 

「改めて台本の読み込みはきちんとしておくように。大根の誹りは受けたくなかろう?」

 

「「「はい!」」」

 

大急ぎで舞台上の小道具や大道具を片付け、それぞれが帰路につく。最後に、全員が帰ったことを確認した男は夜の街へと繰り出していく。

 

(今日は魚の気分か。となれば店はあそこしかあるまい)

 

男の名はズェピア・エルトナム・オベローン。錬金術師にして劇団を経営する座長であった。

 

 

 

 

 

「ご馳走様。やはり魚料理はここに限るな店主よ」

 

「そりゃあどうも、冥利に尽きるってもんでさぁ」

 

食事を終え、ワイングラスを傾ける。やや渋みがあるが、それが甘みを引き立たせるいい塩梅の熟成具合であった。

 

「んで座長さんよ、新しい劇の方はどうなんで?」

 

「可もなく不可もなく、というのが正直なところだ。このままでは女王夫妻をご満足させるだけの劇が成り立つとは思えん」

 

「へぇ、そりゃまた随分と難儀してるようで」

 

店主はこの常連である男の性格をよく把握していた。並であるなら落第、上等であってもまだ不足。最上を以てよしとするのがこの男だった。

 

「あんま求めるレベルが高すぎてもついてこれなくなりやすぜ?」

 

「それは分かっている。だが、今回ばかりは妥協を許されん」

 

「まあ、女王陛下の恋話となれば迂闊なもんは出せないってなぁ分かりますがね」

 

この国の女王の恋愛といえば、まさしく世の女性が羨むような大恋愛の末の結婚である。当時国民は皆狂喜したし、祝福の言葉がこれでもかと投げられたものだと、感慨深げにズェピアは思い起こす。

 

「陛下を題材にした作品はこの国でも初めてとなる。後世の創作者達の恥とならぬよう、自己満足で終わらぬ劇にしなければ」

 

「はー、芸術家ってのは大変なもんすねぇ」

 

「幸い期限はまだ先だ、演技指導をする時間はある」

 

差し出されたワイングラスに、店主は黙ってワインを注ぐ。時間が遅いのもあってか、店には彼ら二人しかいない。給仕の従業員も休憩中か既に帰宅済みだ。

 

「ま、座長さんもあんまり飲みすぎないようにしなせぇ。明日も仕事なんでしょう?」

 

「ああ、この一杯で終わるとしよう。酒は好きだが、過度に飲むのは好かないのでね」

 

 

 

 

 

「カット、カットカット! 何だその無様は、君は主演女優の自覚がないのかね? 今の場面は儚さと精一杯の気丈さを表現したまえ!」

 

「は、はい!」

 

女優へと喝を入れ、どのように演技すべきかを説明する。女優はそれに応え、彼の合格が出るまでリテイクを重ねた。

 

「カットだ! やる気はあるのかねそれでは三文芝居にも劣る!」

 

「指導お願いします!」

 

「役は君だ役になりきれ役を飲み干せ役と共にあれ! 女王陛下を口説き落とすに相応しい男を演じてみせたまえ! 仕草一つで大きく変わるものだ例えば……!」

 

相手役の男にダメ出しをして、よりよくするためにはどうすべきか指導する。男優はそれを聞いて、より熱がこもるように声を出す。

 

「今日の座長、いつも以上に鬼だぜ」

 

「ああ、ありゃ久々のマジモードだ」

 

傍からそれを見ている劇団員たちは、座長の鬼気迫る演技指導に気圧されていた。かれこれ十数年続く劇団だが、彼がここまで熱の入った指導をするのは稀である。いや、普段から彼は厳しくもためになる指導を心がけているが、それを軽く上回るなど滅多なことではない。

 

「大道具! 切り替えは手早くきちんとしたまえ場が白ける!」

 

「うす!」

 

「メイク係! ライトのあたり具合で陰影が際立っているもう少しフラットなメイクに!」

 

「あいよ!」

 

「何だこの脚本は愚図にも劣る! 我ながら最悪の出来だツマラナイツマラナイツマラナイ!」

 

「「「座長! 少し休んでください!」」」

 

ついには自分にもダメ出しを始めたところで、劇団員たちが彼へとストップをかけた。

 

 

 

 

 

「んで、熱が入りすぎて今日は早めのお開きと」

 

「フー、自己嫌悪に陥る直前だった。止められたのは私の落ち度という他あるまい」

 

「ガッハッハ! あんたは自分に厳しすぎんだよ、いい薬だと思いねぇ!」

 

「……諫言痛み入る」

 

昨日と同じ店へ足を運び、ブランデーを口の中で転がす。彼は酒好きだが、酒に逃げるのは嫌いである。だが、時には感傷に浸るのもそれはそれでいいものだと、歳を重ねて思うようになっていた。

 

「いらっしゃい」

 

店の出入り口である扉が開かれ、鈴の音が鳴った。少し首をひねって後ろを見やれば、黒髪の美しい女性がそこにいた。女性はそのままカウンター席へとやってきて、ズェピアの隣に腰掛けた。

 

「メニューは黒板のやつから選んでくれ、酒はどうする?」

 

「……ええと」

 

なんとなしに、彼女は隣りに座っている男の酒が目に入り。

 

「では、彼と同じものを」

 

「……いいのかい? 度数が結構高い酒だが」

 

「大丈夫です、酒はそれなりに嗜んでますので。あと……」

 

黒板を見ながら、軽食とつまみを注文する。

 

「あいよ、食事はちょいと時間が掛かるがいいかい?」

 

「はい」

 

店主はブランデーをグラスに注いで渡すと、店の奥へと消えていった。

 

「こういう店は初めてかね?」

 

ズェピアは女性へと話しかける。彼女は少し驚いたような顔をしたあと、小さく頷く。

 

「そんなに、分かりやすかったですか?」

 

「初々しいまでの一挙手一投足であったよ、演技ではそうできるものではない」

 

カラン、とグラスの氷が鳴いた。静かな雰囲気と、夜の涼しげな空気もあって落ち着いた空間がそこにはあった。

 

「君は、旅の人のようだが何用でこの国へ?」

 

「え……どうして私が旅行者だと」

 

「この国の女性であれば、ヒールなどの洒落たのを履く者が多い。だというのに、君はいかにも靴底の厚いフラットシューズだ。フラットシューズを履く女性自体は珍しくないが、靴底の厚い種類を好む人は稀だ。旅行などで長距離をゆくなら別だがね」

 

バレエシューズの一種でもあるフラットシューズは、底の面積が広く歩きやすい。しかし、底が薄いゆえに長距離を歩くと疲労が溜まりやすいという難点がある。彼女が履いているのは靴底が通常よりも厚いものであることから、長距離を歩く必要が有ることが伺える。

 

「加えて髪飾りは確か、ガトリング王国で流行している品だと記憶しているが、相違ないかね?」

 

「……合っています。たしかに私はガトリング王国の出身で、こちらにやってきた者です。凄いですね……」

 

「何、これでも観察にかけては多少心得があるのでね。せっかくだから、旅行者である君から何か話でも聞ければと思い話しかけたまでだ」

 

「話、ですか? 面白い話なんてできないと思いますが……」

 

「構わない、誰であれ異なる物語を持つものだ。私はそれに興味があって聞くだけなのだから」

 

「ええと……それなら、友人の話でも……」

 

そして語られたのは、七転八起の物語。国が滅びかけ、それを商人として支えた男の話。一人の少女と出会い、その誇りに絆されて手を取った男のお話。それを聞いて、ズェピアは。

 

(……あれ、これうちの女王のご伴侶の話なのでは?)

 

内心、そんな疑惑が生まれて冷や汗を流す。これは確かめておかねばなるまいと思ったズェピアは、彼女に問う。

 

「ぶ、不躾ながらお聞きしたいのだが……そのご友人の名前は?」

 

「武田観柳と申します」

 

「……そ、そうか。十二英傑の一人と同じ名前のようだね?」

 

「はい、かつての戦争ではそうとも呼ばれていましたね」

 

ズェピアの瞼が痙攣したようにひくつく。思わぬ大物が出てきてしまったことに、彼は冷や汗が止まらなかった。

 

「……つまり、貴女はその、彼の人物のご友人ということでよろしいかな?」

 

「そうですね。かつては従者として彼の下で働いてもいました」

 

(従者とか出てしまったよ当時の彼の人となりをよく知る人物だよこれ)

 

ガトリング王国の救世主とも言われる男は、その私情面における詳しい素性を知られていない。いや、正確には商人や英雄としての話ばかりで私事に関してはあまり注目もされなかったと言うべきか。

 

その後もいくつかの話が続き、時々ズェピアが問いを投げながら会話は弾んだ。

 

(……思いがけず、劇の参考となる話を聞けてしまったか)

 

これは、帰ったら早速脚本に修正を加えねばなるまいと内心で決意する。

 

「ふう……、話し続けたせいか少しだけ疲れました」

 

「ああ、すまなかったね。旅の疲れもあっただろうに、もう少し配慮すべきだった」

 

「いえ、私も話していて楽しかったですから……」

 

「ん、話が終わったんなら是非ともこいつで疲れを癒やしてくれ」

 

いつの間にかカウンターへと戻っていた店主が、料理を手渡す。表面がカリカリになるまで焼かれたグラタンは、まだアツアツであることが予想できる湯気を立ち上らせていた。

 

「おいしそう、ですね……」

 

「うちの自慢のレシピだからな、味は保証しとくぜ」

 

サクリとフォークを沈ませれば、ドロリとしたホワイトソースとマカロニが顔を覗かせる。女性は髪をかきあげてフォークを口元へ近づけ、吐息で冷ましてから口へ運ぶ。

 

「座長さんよお……美人の食事ってのは、やっぱ映えるもんだな」

 

こっそりと小さな声で、常連客へと耳打ちする店主。彼は、それに頷きながら同意した。

 

「ああ、全くだ。……さて、私はそろそろ御暇するとしよう」

 

温くなってしまったブランデーを飲み干し、代金を払って席を立つ。明日も朝早いし、何より今の情熱をこれでもかと脚本に叩きつけたい気分なのだ。

 

「お嬢さん、最後にお名前と滞在期間を伺ってもよろしいかな?」

 

「雪代巴、です。こちらには、3ヶ月ほどの予定ですが……」

 

「雪代さん、貴女のご友人にはこの国の皆が感謝している。当時傾きかけていたこの国と蜜月の関係を結んでくれた御仁など、彼ぐらいだったからね。そんな人物を支えてくれた君には、是非ともこの国を満喫してほしいと私は思う」

 

マントを羽織り、芝居がかったような動作で話す。

 

「いえ、私はそんな大したことは……」

 

「ああ、別段気負う必要はない。これは私が個人的に感謝を述べたかっただけだからね。一夜のよい話を聞かせてくれた君への礼だ」

 

彼は懐から一枚の紙切れを取り出すと、彼女へと差し出した。

 

「これは……?」

 

「私が座長を務めている劇団のチケットだ。この国の芸術や文化は大変素晴らしいが、殊更舞台劇は最上と言っていい。自慢になるが、私の劇団はこの国でも三本の指に入ると自負している。そこに、君を招待したい」

 

「はぁ……」

 

突如、店主が何故か大笑いしだした。それを見て、困惑気味の顔をする巴。ズェピアも同様であった。

 

「グハハハハ! 座長さんよぉ、傍から見たら女を誘う色男だぜ?」

 

「失敬な。私は真剣に彼女への感謝を示しているだけだ。それに、私は妻も娘もいるのだ。軟派な真似などするわけがなかろう」

 

心外だと言わんばかりにムッとした顔になる。一方で、ようやく理解した彼女は仄かに顔を紅潮させて俯いた。恥ずかしがっているようだ。

 

「ええい、ご婦人に恥をかかせるなど私の本意ではない! 1ヶ月後の公演でこの失態を取り戻させてもらうとしよう!」

 

「あ、あの……楽しみにさせていただきますね……」

 

「無論、最高のものをお見せできることを約束しよう」

 

ズェピアは一礼すると、店の扉を開けて外へ出る。空を見上げれば、煌々と輝く星が夜空によく映えていた。




ダイスによるステータス
武勇:66 魔力:61 統率:53
政治:74 財力:43 天運:53
年齢:63

時間軸:魔剣物語リプレイ世界(?)より十年後、あるいは魔王ルートに入らなかった平行世界の十年後。

人物背景:ハーフヴァンパイアであり、ナイトロードの出身であった母と共に学院へと入る。その才能でメキメキと頭角を現していったが、芸術に触れていたく感銘を受け研究を放り出す。以後、国を渡り歩いたが最終的にマテリアル王国で劇団を開いた。主に監督と脚本を担当しているが、たまに自分も役として出ることがあり、悪役がとにかく怖いと評判である。愛称は座長で、主に劇団員や友人、行きつけの店の店員などから呼ばれている。

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