魔剣物語外伝 語られざる物語   作:一般貧弱魔剣

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「……久方ぶりに来たかと思えば、随分と苛立ちを募らせているようだな?」

 

「ええ、そこは認めましょう。あの度し難い存在によって私の苛立ちは今までにないほど膨れ上がっているわ」

 

「あまりその炎を撒き散らさないで貰いたい、『我々』の総量が減ってしまう」

 

ある場所。邪竜神殿、その最奥部が一角。一人の男と堕ちた聖女が対話をしている。男の背後からは、絶えず不気味な不定形たる影が蠢き、あるいは消えていく。

 

「ああ、『我々』も見ていた(・・・・)ぞ。人間とはあれほど悍ましくなれるものかとな」

 

「……そう、お前にさえそう写ったのね。やはりあれは度し難いほどに醜悪だわ」

 

「できれば『我々』に迎え入れるのも吝かではないが……その憎悪の炎で焼かれるのには釣り合わんな」

 

堕ちた聖女の見せた一瞬の怒気が、男へ即座に撤回の言葉を吐かせた。男が想定していたよりも、怒りの原因に対する殺意は高かったようだ。

 

「しかし歴代開闢の抹殺とは、随分と労力のいるオーダーだな。確かに手数はいくらでも増やせるとはいえ、面倒極まりない。『我々』は便利屋扱いか?」

 

「あら、不満? けどお生憎様ね、お前はアルカナの中で最も使いやすい手駒とさえ思っているわ。無駄な叛意もなく下らない策謀も持ち合わせない。お前を支えるのはただ純粋な弱肉強食のみなのだから」

 

嘲るかのような笑みを浮かべる。いや、実際に彼女は彼を嘲笑しているのだろう。

 

「……それを言われては、立つ瀬がない。嗚呼確かに、『我々』が下なのだから、強者に従うのが道理だろう」

 

「分かればいいのよ。無駄な問答は端から不要、号令の通り動きなさいな『運命の輪』」

 

 

 

 

 

交わりの故郷、ティルノ・ナグ。この国には、邪竜神殿でも特級の危険領域にして未踏破領域である『万魔神殿(パンデモニウム)』が存在する。人類が未だ攻略の糸口さえ見いだせない禁域にして、あらゆるものが弱肉強食のもとに成り立つ伏魔殿。

 

異変は、その禁域付近を巡回していた狩人達によってまず認知された。超大型の邪竜である『巨魔(マリード)』が闊歩するそこは、地鳴りや唸り声の絶えない場所であった。しかし、その日はいつもよりざわめきのない、不気味なほど静かな森。

 

(なんだ、この胸騒ぎは……)

 

胸に去来する嫌な予感は、果たして現実のものとなった。森の奥から、黒い液状の何かが流れ出してきたのだ。それは森から出ると同時に、液体から固体へと変化した。

 

「っ、総員構えろ!」

 

歴戦の戦士であった狩人達は、その培われた勘に従い戦闘行動を開始する。ある者は自慢の脚力で、ある者は特異な翼で。それぞれが自らの持つ特異性を十全に発揮し、距離をとる。

 

多くの迫害されし者達によって形成されたこの国家は、人種のるつぼと言っても過言ではないほどに多様性が豊かな国である。それは、女王の寛容さや国の自由な方針の現れでもあるのだろう。

 

だが、今この国へと現れたのは他者を害する悪辣な多様性であった。

 

「っ! 何だ、あれは……!?」

 

それは黒き奔流。大小様々、姿形も統一性のない数多の邪竜(・・・・・)。それらはひたすらに、無差別かつ無慈悲に命あるものへと一斉に襲いかかる。小動物であろうと躊躇なく飲み干し、豊かな緑は一瞬にして枯れ落ちていく。まさしく狂奔であった。

 

「総員、一時退避!」

 

質では他国にも引けを取らない彼らだが、如何せん数の不利とは覆し難いものであることもよく知っていた。故にこそ、このまま衝突するのはまずいと判断したのである。

 

だが。

 

(このままでは、追いつかれる……!)

 

類を見ないほどに統一性のない邪竜の群れから、足の速い種が抜き出てくる。このままではそれらに足止めを食らって、あの群れに飲み込まれるだろう。ただでさえ戦力が不足している状態で、この隊が全滅することだけはあってはならない。

 

(ならば、ここで被害を最小限に食い止めることこそ必定……!)

 

そう考え、狩人達のリーダーは足を止めて邪竜の群れを一人食い止めようとした。

 

その時である。

 

『皆さん、伏せてください!』

 

上空からの声。機械によって拡散されたそれは、瞬時に狩人らへと届き次の行動を迅速なものとした。

 

「エックス……カリバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

上空を飛ぶ飛行空母から、エックスの黒い極光が吹き荒れた。邪竜の群れは一瞬の内に飲み込まれ、跡形もなく鏖殺されていく。だが、巨大な個体は肉体を欠損しようとも構うことなく進撃を続け、森の中からはなおも邪竜の群れが絶え間なく溢れ出てくる。

 

「チッ、鬱陶しい邪竜共だ。雑魚は私がやる、お前たちはでかい方を頼むぞ」

 

『『合点承知ばい!』』

 

空母から降りてきたエックスは比較的小さめな個体を、イェーガーに搭乗した二人が巨大な邪竜を相手取る。振るわれた豪腕が、邪竜の顎を粉砕し、追撃の振り下ろしで大地へ還す。エックスもイェーガーでは相手しづらい小型の邪竜の群れを相手に、大立ち回りを演じていた。

 

「我々も続くぞ」

 

「「「応!」」」

 

退避行動をしていた狩人達も反転して攻撃に参加し、邪竜を駆逐していく。やがて、森から溢れてきた邪竜の流れも終息したところで、ようやく彼らは一息をつけたのであった。

 

 

 

 

 

「しかし、今回のこれは何だったのだ?」

 

「確かに、いつもの邪竜の襲撃にしては随分と変てこなものであるな」

 

「黒い液体……邪竜の元となるようなものだろうか?」

 

邪竜の襲撃が止み、発生していた現象を狩人達から通信で聞かされた研究者たちは、各々の見識を述べつつ原因を探る。

 

「何にせよ、イェーガーは大型の邪竜相手でも十分な力を発揮できることが証明されたのは大きな進歩です! 今までは実戦が足りなかったこともありますが、今の戦闘記録があればより対策を講じる事は容易になることでしょう! 一刻もはやく戻って再調整を……!」

 

「気持ちはわかるが落ち着け」

 

「何にせよ、本格稼働まであと少しと言った段階だな。次は予備の武装をどうするかだが……」

 

一方、イェーガーの対大型邪竜との戦いを終始興奮気味に見ていたエルネスティは、恍惚の表情を浮かべながらイェーガーへの更なる改造に思いを馳せていた。他の研究畑の者達も、戦闘が終了したことで早くも新たな課題に向けて頭を切り替え始めていた。

 

『安堵するのはまだ早い。森から何かがくるぞ』

 

「え?」

 

だが、地上の者達はそうではなかった。長年この国を守り続けてきた戦士たる狩人達。彼らは、油断なく森の奥からやってくる何かを感じ取っていたのだ。

 

「……人間だと?」

 

姿を見せたのは、先程のような邪竜の群れではない。人間の姿をした、何か。

 

「な、え、あ……?」

 

その姿に、飛行空母からモニタしていた一人が言いよどむ。そう、何かとしか表現できなかったのだ。形容し難き人のような何か、それは体が常に不定であった。もぞもぞと全身が蠕動し、形を変え続けている。そして、その歩いた後に残っているのは先ほどの黒い液体。

 

「多少の数減らしはできると思ったが、存外やるな。一人の犠牲者もなく『我々』を残らず始末しきるとは」

 

男が口を開き、最初に発したのは、意外にも賞賛の言葉であった。口の端を歪め、品定めでもするかのように地上の彼らを見回している。

 

「『咎人(ネフィリム)』……!」

 

それは人の姿を取った、人の知能を有する邪竜という新たなる脅威。先日のヒオクリの儀でも確認された厄介極まりないであろうもの。

 

「貴様が先程の現象を引き起こした張本人か」

 

「いかにも」

 

剣を構えるエックスに対し、現れたものは鷹揚とした様であった。それは余裕の現れか、或いは脅威と感じていない裏返しであるか。観察していた男は、エックスを見て何かを察したかのように表情を変化させた。

 

「ほう、成り立ちは異なるが同類か」

 

「貴様のようなヘドロに同類呼ばわりされるのはひどく不快だ、死ね」

 

邪竜嫌いの彼女の地雷を踏んでから一瞬。瞬きの間に彼女は咎人へ肉薄して逆袈裟斬りの一撃を見舞う。回避不能の速攻、それで終わるはずだった。

 

「何とも、気の短い同輩だ。『我々』でなければ死んでいたぞ?」

 

それは異常な光景だった。邪竜であれ咎人であれ、肉体が生存機能を果たせなくなれば沈黙するのが必定である。しかし、斬られたはずの男はまるで意にも介さぬかのように平然と立っていた。真っ二つになった体を、即座に結合(・・・・・)させて。

 

「単純な物理的攻撃など、『我々』には通用しない。それこそやるならば徹底的な質量を用意することをおすすめしよう」

 

言うが早いか、男の右腕が一瞬で膨れ上がりエックスを殴りつけた。

 

「カハッ……!?」

 

体をくの字にさせ、体内の空気すべてを持っていかれるほどの衝撃。仮にも英雄級の力を有し、頑健な肉体を有するはずの彼女の意識を一撃で刈り取り、飛行空母まで吹き飛ばした。

 

「エックスさん!?」

 

鋼鉄の外壁を破壊し、船内に叩きつけられた彼女を見て、かばんは思わず駆け寄る。医術の心得があるマミゾウも、彼女の容態を見るために急ぎ駆け寄って彼女の体を調べる。出血は少々多いが、肉体に大きな損傷がなかったのは幸いというべきだろう。

 

「うむ、安心せい。見た目は酷いが気絶しているだけじゃ」

 

「よかった……」

 

(それにしても……なんというでたらめな奴じゃ……)

 

モニタに映し出されている男を見て、マミゾウは内心で肝の冷える思いであった。小柄な少女とはいえ、ただの腕の一振りで彼女を意識不明に追い込み、宙に浮かぶ鉄の要塞の外壁を突き破るなど。

 

(長く生きてきたことから理不尽にはもう大分慣れたつもりではあったが、ここまででたらめなのを見るのは久方ぶりじゃわい)

 

かばんに拡声器を渡すよう促し、それを受け取ると、マミゾウは男へと質問を飛ばす。

 

『貴様、一体何者じゃ?』

 

「自己紹介を忘れていたな、失敬した。『我々』はネロ・カオス、貴様らが察している通り咎人であり、『アルカナの兄弟(ブラザーフッド)』である」

 

『アルカナの兄弟、じゃと?』

 

初めて聞く単語に、マミゾウは片眉を釣り上げて怪訝な顔をする。どうやら少なくとも、ただの咎人とは異なる輩であるようだと警戒のレベルを上げる。地上の狩人達も同様に、ネロ・カオスへと警戒を強めた。

 

「三大魔王が一角、ジャンヌ・オルタの直属の配下にして、上位の咎人から構成されるものだ。現在、我々には歴代の『開闢』を抹殺せよとの命が下っている」

 

『……よいのかのう? そのような情報をホイホイと喋って』

 

「何、構わんさ。どうせ一切合財を食い散らかすのだからな」

 

そう言って、ネロの体積が急激に膨張した。そこから現れたのは、獣や小動物、鳥類など様々な姿をした黒く悍ましき群れの具現。その全てが、先ほどと同じ邪竜であった。

 

「歴代開闢を殺せと命じられたのだが、一々それらを探すのも面倒だろう? 加えて、新たな開闢が誕生する可能性があるのも面倒だ。ならば、開闢候補が多く集まるここを磨り潰せば後々が楽になる。最後には元開闢が残るだけならば、それらは他に任せればよい」

 

「物凄く雑であるな!?」

 

大雑把という他ない。ドクター・ウェストの言葉に他の研究者たちも同意した。まさか面倒だからなどという理由でこちらの命が狙われるなど思ってもいなかったのだから当然だ。

 

「有象無象、その全てを分け隔てなく『我々』は咀嚼しよう。歓迎するぞ、新たなる来訪者達よ。この身の内は魔剣の泥という混沌そのもの、混じり溶け合い迎合するがいい」

 

蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

『『おおおおおお!』』

 

最初に動いたのは、イェーガーであった。アームを振りかぶり、ネロ・カオスへと叩きつける。

 

「悪くはない質量だが、しかしまだ足りんな」

 

イェーガーに比べ遥かに小さいはずのネロ・カオスは、しかしそれを容易く受け止めた。質量差から吹き飛ばされるどころか、微塵もその場から動いていない。

 

「喰らい尽くせ」

 

体内から溢れた泥が邪竜の巨大な口へと変貌し、イェーガーの左腕を噛み破った。バランスが崩れ、イェーガーは倒れ込む。片腕をもがれたせいで、うまく姿勢制御ができずに起き上がれない。

 

「ふむ、歯ごたえのない餌だ」

 

ネロ・カオスは鋼鉄でできたアームを、口内で咀嚼して吐き出す。吐き出されたそれは無残にも丸く折り曲げられ、されど変わらぬ重量を以て狩人達を吹き飛ばす。狩人の一人が起き上がる間もなく、変形した邪竜の一体に絡みつかれ、ネロ・カオスの元へと引き寄せられた。

 

「ようこそ、貴様は記念すべき最初の来訪者だ」

 

ネロ・カオスの腹が開き、真っ赤な口腔を覗かせる。そのまま、彼は相手の頭から一気に食らいついた。クチャクチャと咀嚼し、真っ赤な血を滴らせる凄惨な様は、まさに獣の食事であった。

 

「よき歯ごたえと味だ、さすがに強者は違う」

 

笑みを浮かべ、肉体を震わせる。それはまるで、全身で歓喜を現しているかのようだ。その震えが収まると、彼の肉体から新たに泥がこぼれ落ちる。そして形を成したそれは。

 

「ア゛ア゛ァ゛……」

 

「馬鹿な……」

 

ネロ・カオスが食らった狩人と、同じ姿であった。

 

「言っただろう、歓迎するとな」

 

狩人は生前と同様に剣を構え、しかし新たに邪竜の力を得て強大となった膂力で襲いかかる。その目に理性の光はなく、ただ本能のままに暴れていた。

 

(イェーガーでの攻撃に微塵も揺るず、絶えず邪竜を吐き出し、食した相手を取り込む……まさか!?)

 

一方で、エルネスティはネロ・カオスの正体について、ある一つのことに思い当たっていた。それは、この世界を物語として描いていたかつての世界で、設定としてほんの少しだけ語られたある存在。

 

身の毛もよだつそれを思い出した彼は、急ぎ拡声器を手にして大声で言い放った。

 

『地上の皆さん、全員急いで逃げてください! そいつは食らった相手を自らに取り込む能力を持っています! そして、そいつは多分今の僕達じゃ殺しきれない(・・・・・・)!』

 

「ほう?」

 

エルの言葉に反応して、ネロ・カオスは飛行空母を見やる。

 

『そいつは恐らく、邪竜の魂の集合体です! 見かけは人間大でも、質量は『巨魔』に匹敵するかもしれない! 魂それぞれが結びついてるから、殺しても殺しきれない!』

 

かつて明かされた設定、それはティルノ・ナグの奥底に佇むという理不尽の権化。邪竜よりも遥かに矮躯ながら、巨魔すらも凌ぐ質量を持ち無数の魂が結合した存在があるというもの。取り込まれれば構成要素の一部となり、二度と抜け出すことは叶わない。それを、エルは思い出したのだ。

 

「左様、この身は擬似的な神殿のようなもの。あらゆる生命を取り込み、材料さえあればそれこそ無限に吐き出せる」

 

そして、ネロ・カオスが語ったのはもう一つの恐るべき事実。

 

「貴様らの言う『破局』とは、『我々』から分離した実験結果だ」

 

この国を幾度となく危機に陥れた『破局』、その元凶は自らだと宣った。

 

「『我々』は混沌という性質故に、永遠に未完成のままだ。だが、だからこそより高めることが可能という裏返しでもある。その一環として、『巨魔』を食らって実験的な個体を作った」

 

それは、あらゆる可能性を取り込む混沌としての特性故。絶えず不定であり、絶えず進化し、絶えず退化する。連綿と続く終わりなき蠱毒。それこそが、ネロ・カオスの本質である。

 

「この意識も、所詮は因子の欠片の集合体。始まりからして既に混沌であり、個にして群。『我々』の末端一つ一つには本能のみが存在している。そこに、一個人の人格など存在し得ない」

 

全て、その全てが集合体の結果であるネロ・カオスを形成するための糧でしかない。あらゆる人格も、意識も、記憶さえ踏みにじられる。

 

「だが、それはもはや憎悪も悲哀も存在しない、全ての人が混ざりあった終焉である。喜ばしいことだ、人々はようやく争いと憎しみから解き放たれるのだから」

 

再びネロ・カオスが膨張し、体を蠕動させる。

 

「貴様らも全て『我々』に加えてやろう。同一と相成れば、争う必要などあるまい?」

 

体表から先程よりも多数の邪竜が、顔を覗かせる。これらが一気に開放されれば、地上の狩人達はひとたまりもないだろう。止めようにも、下手に近づけば取り込まれてしまう。もはや詰みかと思われたそんな時。

 

『いや、そげんこたあさせん!』

 

それを阻止せんと、倒れていたイェーガーが起き上がりネロ・カオスへと覆いかぶさる。

 

「邪魔だてする気か、貴様」

 

『おう、勿論そんつもりじゃ!』

 

ネロ・カオスは確かにあらゆる生命を飲み込むが、逆に言えばそうでないものは飲み込めない。先程イェーガーの腕を吐き出したのがその証左である。搭乗していた二人はそれを分かっていた。加えて単純な重量は、この場においてはネロ・カオスに対する最も適した拘束具となっていた。

 

『おい達も、以前は功名心ばかい逸らせちょった!』

 

『自分たちのこっばっかい考えとった!』

 

『じゃっどん、そげん粗忽者のおい達を思いやってくうっちゅう人がおった!』

 

二人の脳裏に浮かんだのは、あの忘れがたき記憶。情けなくも逃げ出し、見殺しにしてしまった彼女。自らの命も顧みず、逃げる時間を稼いでくれた恩人の姿。

 

二人はそれに報いるため、そしてその手助けをしてくれた人のために戦っている。

 

『『きさんのそれには、思いやいがなか!』』

 

しかし、現実は非情である。思いだけで倒せるほどに、目の前の理不尽は甘くなかった。

 

「下らん、そんなものは所詮気まぐれとまやかしだ」

 

ネロ・カオスは再び体を蠕動させて巨大な口を形成し、機体を食い破ろうとしている。一方のイェーガー、『クレマンティーヌ』は片腕のうえに機体は限界寸前、このままでは負荷がかかりすぎて崩壊してしまう。

 

「誰にも逃げ場などない、ここが貴様らの終焉だ」

 

獰猛な笑みを浮かべ、大口を開けて食らいつく。

 

"勝手に決めつけてんじゃねーよ、バーカ"

 

『『!?』』

 

それは、いかなる幻聴か。あるいは、本当に聞こえたものだったのか。

 

『『うおっ!?』』

 

壊れかけていたからなのか、イェーガーに搭載されている脱出装置が勝手に作動し、二人は椅子ごとイェーガーの外へと放り出された。

 

「! これはっ!?」

 

一方で、イェーガーと組み付いていたネロ・カオスは急激な魔力反応を感じ、初めて驚愕を顕にした。負荷のかかったイェーガー内部では、エネルギー源であるアイゼンストーンが魔力崩壊を始めていたのだ。

 

回避しようにも、既に食らいついた状態からでは間に合うはずもなく。ついに臨海に達したアイゼンストーンが、ネロ・カオスを巻き込んで大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

煙が晴れると、そこには爆発の凄まじさを物語る巨大なクレーターが形成されていた。

 

「な、なんちゅう爆発じゃ……」

 

「生きた心地がせんかったばい……」

 

爆心地には、かろうじて形を保っているイェーガーの姿と、ネロ・カオスから湧き出ていた黒い泥のみ。ネロ・カオスは、跡形もなく爆散してしまったようである。

 

「……? なんかあれ、動いちょらんか?」

 

よく見ると、その泥はもぞりと動いている。そしてよく見れば、それらはあちらこちらに散らばっている。

 

「二人共、それ以上は近寄るな。あれも恐らくは奴の一部だ」

 

おっかなびっくり近づこうとする二人を、狩人の一人が制止する。固唾を呑んでクレーターを見ていると、泥が次々と中心に向かって集まっていくではないか。

 

「ま、まさか……!?」

 

「おいおい、冗談だろ……!?」

 

泥はやがてすべて集まり、立体へと変化する。そして形を整え、ヒトガタへと成った。そう、ネロ・カオスの姿をとって。

 

「驚いたぞ、『我々』を一度殺すなどそうできることではない」

 

「……目の前で復活されて言われるのも複雑だが」

 

「賞賛は素直に受け取るがいい。あそこまでバラバラにされてしまったお陰で、前の人格が死んでしまったではないか」

 

「人格が、死んだ?」

 

もぞりと、体を揺らすネロ・カオス。結合させた体の調子を見ているかのようだ。

 

「『我々』は元々集合から生まれた意識だ。故に不死性は高いが一度でも細かく爆散してしまうと人格が消滅してしまう。再結集した後でも同一のそれは発現しない。今の『我々』は、先程のネロ・カオスとは別人だ」

 

『別の人格って、つくづくわけがわからん生態であるな!?』

 

一人に一つの意識が存在し、その生を全うする人間側からすれば、それは理解の追いつかない話であった。しかも、ネロ・カオスはそれをよしとしているようにも見える。根本からして、人間とは異なる生態なのである。

 

「どこへ行くつもりだ」

 

踵を返し、こちらへ背を向けて歩きだすネロ・カオスに向けて言い放つ。

 

「何、別段何もしはしない。森へ帰るだけだ」

 

「……どういうことだ?」

 

「前の『我々』であれば貴様らに容赦なく襲いかかっただろう。しかし今回の『我々』は些か命令を尊重するようになったのでな、歴代開闢を殺しに行くつもりだ」

 

「おい達を見逃す、ちゅうこっか?」

 

「それを、我々が信用するとでも思うか?」

 

「では戦うかね? 生憎だが、やる以上は全て飲み干すまでやるか」

 

ティルノ・ナグ側は、既に満身創痍の様相である。これ以上の戦いは継続するなど不可能だろう。相手が退くというならば、これ以上は不要であると判断し、狩人は押し黙った。

 

「ああ、開闢の抹殺が完了した暁には、開闢候補であるお前たちを殺しにまたくるとしよう。その時には今度こそ、お前たちを『我々』に迎え入れる」

 

そう言うと、ネロ・カオスは後ろ手を振りながら『万魔神殿』のある森へ去っていった。かくして、ティルノ・ナグの激動の一日は幕を下ろす。しかし、それは新たなる怪物との再戦を予感させるものでもあった。




戦闘能力:常に変動している混沌故に強弱のムラが激しく、基本強大ではあるが物凄いクソ雑魚が生まれることもある。『死神』とは相性が悪そうだが、彼の場合は元々の生態であるため影響がない。

アルカナダイス:10(運命の輪。その暗示は正位置で転換点、変化、定められた運命。逆位置で情勢の急激な悪化、別れ、アクシデントの到来。彼は己の内側で全てを完結させる閉じた輪である)
フェイスレス好感度ダイス:88(かなり興味を惹かれている、というか縛りさえなければ自らに取り込みたいとさえ思っているようだ)

時間軸:魔剣物語AM、或いは平行世界

人物背景
ネロ・カオス。ザナドゥの禁域『地獄(ゲヘナ)』最下層にあったケイオスタイドを、光が暇つぶしでティルノ・ナグの禁域『万魔神殿』にぶちまけ、たまたま転がっていた死体と馴染んだことで誕生した。

普段は万魔神殿の奥におり、邪竜の取り込みや吐き出しを行っていたのだが、ジャンヌ・オルタの号令によって腰を上げた。現状、彼は取り込んだ魂全てと結びついている個にして群であり、殺しきる方法が物理的にまとめて抹殺するか魂ごと消滅させるぐらいしかないのだが、彼の総量故に純粋な大質量が必須である。

ただでさえ疑似神殿のような存在であり、このままいくと女王級すらも取り込んで『万魔殿』と完全に一体化しかねなかったのだが、開闢を狙いに外へ出たのでリミットが伸びた。『破局』の主原因はこいつだが、女王個体も関わっていると思われる。
原作のネロ・カオスは一人称が『私』だが、この世界の彼は群から生まれいでるという成り立ちが異なる存在であるため『我々』と称している。

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