やはりセルデシアでも、俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:カモシカ

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第六話 書庫塔の林

 俺、直継、シロエさんの三人で向かったのは、アキバの街の隣接ゾーン『書庫塔の林』だ。初めての戦闘という事もあり、結局雪ノ下達に心配されてからまる一日開けてからとなった。

 スタート街であるアキバの街に近いだけあって難易度はかなり低い。とはいえレベル20台前半のモンスターが出るので、レベル10にも満たない超初心者ならやられてしまうが。

 ここは典型的な廃墟型のフィールドゾーンであり、アキバの街に似た廃ビルを、緑のツタや寄生植物が覆っている。

 

「ハチマン、『解放経路循環』はどこまで再現出来そうだ?」

「あぁ……練習はしたんだが、まだ循環は出来てない。三つまでなら繋げられるが」

「いや、それで十分だよ。というかよく再現出来たね」

「まああれはタイミングさえ覚えとけばどうとでもなるからな。特技のモーションは変わってないし」

「そんなんが出来るのはハチマンだけだっての」

 

『解放経路循環』。それはゲーム時代のテクニックの概念。特技のモーション、再使用時間を分析し、特技の始まりと終わりを繋げ、通常なら有り得ない速度で特技を繰り出すもの。

 それを俺は、とあるアイテムの効果で通常より低難度で実現していた。

 

 アイテム名『技の結び目』。

 なんの捻りもない名前だが、これで幻想級である。

 効果は単純で、最大20の魔法以外の特技を繋ぎ合わせるというもの。

 もちろんそんなチートが無制限で使えるわけも無く、特技と特技をタイムラグゼロで発動させなければならない。コンマ数秒ズレるだけで、通常の十倍の〈再使用時間〉と、それまでの循環で与えたダメージを食らうことになる。

 

 繋ぎ合わせると言っても、繋いだ特技の〈再使用時間〉と〈使用時間〉をゼロにするという効果であるため、その点では通常の『解放経路循環』よりも難易度は高いだろう。なんせ通常なら〈再使用時間〉の間にタイミングを測れるが、魔法特技ではない《暗殺者》の特技はほとんど一瞬で終わってしまうし、発動地点から対象までの距離によっても発動時間は変わってしまう。だからそれこそ完全に特技の発動時間を把握し、反射の域にまで高めなければならない。

 

『技の結び目』の効果ならば通常の『解放経路循環』の欠点である〈再使用時間〉変化による循環の崩壊が起こらない。

 が、失敗したときのリスクが大きすぎるため他人に嫉妬されることは起こりにくい。なんせ、タイミングがずれた瞬間負けは確定する。〈デットリーダンス〉でさえ〈再使用時間〉は10秒になってしまう。〈アサシネイト〉のあとにミスしたならもうその時点でゲームオーバーだ。

 

 と、そんな色モノではあるのだが、俺はこれを使ってレイドを潜り抜けてきた。文字通り死線を。だが所詮は画面の向こうの出来事だ、と言われてしまうだろう。事実そうであるのだから。

 だが俺にとって、誇れる物など何も無かった俺にとって、この世界は間違いなくもう一つの現実だった。そしてその現実が、今度は画面の向こうの現実ではなく、今ここにある事実として現れた。ただそれだけの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 最初に出会ったのは3匹の〈灰色狼(グレイウルフ)〉の群れだった。

 俺たちを見つけるなり、すぐさま飛び掛ってくる。いくら自分たちがレベル90というエルダーテイル内でほとんど最高レベルの能力を持っているとしても、やはり戦闘は怖い。

 自分たちよりも遥かに生きることに貪欲な生き物が、本能のままに、殺気を剥き出しにして襲い掛かってくる。

 だから体も竦むし、反射的に目を瞑りそうにもなってしまう。

 だが俺は、これを現実として見定める。

 画面の向こうにしか無かった、非現実的な現実を。

 今度は、何よりも理不尽な、圧倒的な現実として。

 昔は軽かった背中に、守るべきものの重みを感じて。

 

「『結び目よ、技を結べ』」

 

『技の結び目』を使用した『解放経路循環』の起動ワード。これもこのアイテムが不人気だった理由の一つだ。手作業で直接入力する必要があるのだ。一瞬の判断が明暗を分けるレイドで、それだけのロスタイムが生じるのは致命的だ。だが今は口にするだけで発動が可能となっている。

 

「〈ガストステップ〉〈デッドリーダンス〉〈シャドウバインド〉──『解』」

 

 〈ガストステップ〉での高速移動。〈灰色狼〉の後ろに一瞬で辿り着き、〈デッドリーダンス〉で沈める。ついでにシロエさんに向かって行こうとした狼の影を縫い止める。

 

「っ、すまんハチマン」

「……ありがとう。助かった」

「いえ」

 

 一度落ち着いてしまえば、もうシロエさん達が竦むことも無い。

 直継は手に持った『ケイオスシュリーカー』で、シロエさんは〈付与術師〉の攻撃呪文、〈マインドボルト〉で一匹ずつ狼を屠る。レベル90の力は、レベル20そこそこの敵には過剰なのだ。

 

「……ごめん。ハチマン君」

「俺もすまん。〈守護戦士〉なのに〈挑発〉できなくてよ」

「いえ。俺のさっきの行動は褒められた物じゃないですから」

 

 前衛を無視し、ヘイトを稼ぎに行くような攻撃をしたのだ。ソロならそれでいいが、今のようにパーティーを組んでいる以上、それはしてはならない事だ。

 

 それに〈ガストステップ〉の勢いで攻撃を当てただけであって、俺自身戦闘の覚悟が出来ているかと言われると、決してそうとは言えない。

 だからシロエさん達には落ち度などなく、迎撃も撤退もせず突貫した俺が悪い。

 

「そうだとしても、だよ。僕たちは戦わなきゃいけなくなるだろうから」

「そーだな。確かに財産はあるが、それがいつ無価値な鉄屑に変わるか分かったもんじゃない。だったら戦闘してでも稼ぐぜ祭り!」

「それはなんの祭りだよ……」

 

 ま、俺が心配する事ではないのだろう。そもそもシロエさんは俺なんかよりも断然頭が回るし、直継だってあれで立派な社会人だ。軽薄なおバカに見えるが、戸部とは違ってちゃんと考えているバカなのだ。

 

 戦闘は一筋縄では行きそうにないが、この三人ならば、何の問題も無いであろう。

 そう思えるのは、彼らが俺の友達だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~そのころのハチマン宅~~

 

 

 

 ニヤニヤニヤニヤ

 

 もはやそんな音が聞こえてきそうなほどのニヤケ顔に、雪ノ下雪乃改めユキノは囲まれていた。

 

「な、何かしら。何か言いたい事があるのならさっさと話して欲しいのだけれど」

 

 居心地の悪さを誤魔化すように、ユキノは話を振る。もちろん悪手である。敗因はコマチの性格と、これからするであろうからかいと質問攻めを予想出来なかったこと。ユキノはテンパっているのだ。

 

「いえいえー。コマチは何だか嬉しいだけですからー」

「ユキノ先輩、やりますね」

「ゆきのん、何か可愛かった」

「な、な何を」

 

 ユイユイは若干「むー」とでも言いたげだが、親友の思わぬ行動に微笑ましさも感じているようだ。

 

「そりゃあさっきのユキノさんの態度みて、お兄ちゃんは愛されてるなーと思った訳でして」

「さっきのユキノ先輩、無茶するせんぱいを心配する妻の顔でしたからね」

「妻っているのは違うと思うけど……ヒッキーのことが好きなのは伝わったかな」

「な、ななな、す、好きとか、妻、とか、勝手なことを言わないで頂戴」

 

 思わず頬を林檎も顔負けなほど真っ赤に染めるユキノ。ゲームの感情表現は過剰だが、それだけではないだろう。

 

「ユキノ様ってやっぱりハチマン様の恋人なのでしょうか」ヒソヒソ

「でも、他にもハチマン様を好きな人、居る」ヒソヒソ

「……修羅場、というやつでしょうか」ヒソヒソ

「……ハーレム、かもしれない」ヒソヒソ

 

 それを部屋の入り口から見守るメイドが二人。やはりメイドさんというのは最強なのかもしれない。これでユキノは全方位から囲まれることとなった。

 

 その後、帰ってきたハチマンをみて喜びが隠しきれない様子のユキノを、コマチが暖かく見守っていたのは語らずに置こうと思う。


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