やはりセルデシアでも、俺の青春ラブコメはまちがっている。   作:カモシカ

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プロローグ 2

「……おい、なんだよ、これ」

 

 呆然と呟いた俺の言葉は、不思議なまでにリアルな風に消えていった。だがそうして立ち尽くしているわけにもいかないのだ。まずは状況を整理しよう。

 

・俺はさっきまで雪ノ下達と《エルダーテイル》をプレイしていた。

・チュートリアルを終え、早速外に出て戦闘をしていた。

・その後も俺のホームを案内したり街を案内したりして、拡張パック導入の時間が来た。

・気づいたらここに立ってた。←イマココ

 

 いや、マジで何?なんで俺は()()()()()()()()()()()手足の感覚はきちんとあるし、違和感らしい違和感など腰にささった二本の刀位のものだ。いや、それだけでは無い。俺が着ているのはとあるダンジョンで手に入れた秘宝級革鎧だし、頭から爪先まで間違いなく俺が揃えた装備だ。《茶会》が解散してからはソロで活動していたが、それでもそこらのソロプレイヤーよりは技術も装備もトップレベルだという自負はある。

 

 とまあそれは置いといて。取り合えずこれが俺の夢ではなく現実だと仮定して動こう。理性が夢だと声高に叫ぶが、頬を撫でる穏やかな風が、周囲のプレイヤー達の喧騒と混乱が、腰にささった刀の重みが、俺にある一つの現実を実感させてくる。

 ならば動こう。直前まで俺は小町達と《エルダーテイル(この世界)》で遊んでいたのだ。なら、これが現実だとするなら、俺のようにキャラクターの姿でゲーム世界に取り込まれているかもしれない。

 

「……そういや、《念話》って使えんのか?」

 

 《念話》。フレンド登録をしたプレイヤー同士が使えるボイスチャット機能。それ以上でもそれ以下でもない。だがここが現実だとするなら、何より有効な通信手段だ。そういうわけで《念話》を使おうとするが……メニューの開き方が分からない。俺が立っているこの場所がどこからどう見ても《アキバの街》である以上、ここはゲーム世界で、それはつまりメニューが開けなければ何も出来ないということだ。

 それに思い至り、俺は愕然とする。メニューが開けなければ《念話》は使えない。装備の変更は出来ない。もし戦闘になっても特技は使えない。俺自慢の《召喚笛》コレクションも使えないということである。

 

 考えろ。何か方法はある筈だ。思考を停めるな。停滞は何も生まない。それを俺は分かっている。

 目を細め、意識から周囲の情景を追い出す。かつて無い集中の果てに、思考の海に溺れようとしたその瞬間。目の前に辛うじて写っていた視界の中に、半透明の板のようなメニューが表示される。意図せず、それも呆気なく解決してしまったことに少しずっこけそうになるが、やり方が分かったのならそれは喜ぶべき事だ。

 

「……あった」

 

 メニューの中のカーソルを意思の力で動かし、《フレンドリスト》から小町を選び、《念話機能》を使用する。何回かコール音が響いた後、無意識に耳に当てていた手から、愛しの我が妹の声が聞こえてきた。

 

『……おにい、ちゃん?』

「ああ、俺だ」

『よかった……おに、お兄ちゃんに、会えなかったら、どうしようかと……うぅ』

「だーいじょぶだって。何せお兄ちゃんはゲーム内なら超強い。金もアイテムも腐るほどある。俺が居れば大丈夫だ。安心してくれ」

『うん……』

「……あー、周りに何があるかとか分かるか?迎えに行くぞ」

『あ、ああ、そだね。えーっと、あ、何か近くにでっかい鳥居みたいなのがある』

「鳥居……《タウンゲート》か?まあ兎に角そこから動かないでいろ。すぐ向かう」

『ん、わかった。雪乃さんと結衣さんといろはさんは今一緒に居るから』

「!わかった!」

 

 《念話》を終了し、距離にして数百メートルを全速力で走る。レベルはカンストしてるので、現実世界ではまず出来ない速度で駆ける。

 とは言っても、俺と同じようにどこかへ走り去るもの、道の真ん中で踞るもの、状況に理解が追い付かず呆然と立ち尽くしている者。それらの人々が居るため直線距離とはいかなかった。

 俺が気がついた場所は《旧アキバ駅》付近。俺の家に程近い場所だ。とは言え、道が狭い上に人が多いので自然と歩みは遅くなってしまう。

 

 《タウンゲート》に到着したのはそれから五分後のこと。人目で初心者と分かる装備を着た少女の一団が、こちらに向かって手を振ってくる。言わずもがな、小町達である。《タウンゲート》前の階段に座っているようだ。

 

「……よ」

「お兄ちゃん!」

 

 小町が抱きついてくる。見慣れた小町の顔だ。キャラメイクのときにもほとんど現実と同じ容姿、身長にしていたので違和感は少ない。それは他の三人も同じなようで、外見に大きな違和感はない。

 それもそのはず。体験チケットでは《ヒューマン》か《ハーフアルヴ》しか選べなかったのだ。雪ノ下が《猫人族》を選べなくて呆然としていたのは新鮮だった。只、俺の外見は随分とおかしな事に――小町達と比べると、だが――なっている。

 耳には灰色の毛が生え、ふさふさの尻尾が揺れている。つまり、俺の種族は《狼牙族》なのだ。

 

「……えーっと、ヒッキー、だよね?」

「おう。お前も由比ヶ浜で良いんだよな?」

「う、うん」

 

 頷きを返してくれたが、何故かそのまま俺の顔をまじまじと見る。……何か変なとこあっただろうか。

 

「その……比企谷くん?」

「ん?何かおかしいか?」

 

 同じく雪ノ下も俺の顔を見つめてくる。……やだ、モテ期?

 

「キモいですせんぱい」

「おいやめろ心を読むな」

「ホントに考えてたんですか……」

 

 そんなことを考えていたら一色から呆れられた。だが結局一色も俺の顔をじーっと見つめてくる。いや、ホントどうしたのん?

 

「……なあ、俺の顔何か変か?」

「いやぁ……」

「だって……」

「ねぇ……」

「あなたまだ……」

「「「「目が腐ってるよ(わ)」」」」

「なんじゃそりゃ……」

 

 どうやら俺の目は、例えゲーム世界だろうと関係なく腐っているらしい。…………ぐすん。


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