やはりセルデシアでも、俺の青春ラブコメはまちがっている。 作:カモシカ
シロエさん達との戦闘訓練から帰ってきた次の日、つまりあの騒ぎから五日目のこと。俺達はマーケットに向かっていた。
シロエさんから忠告を受け、俺がマーケットに出品していたアイテムを取り下げに来たのだ。まあそれだけではなく、果物類を買いに来たのが主な目的だったりするのだが。
そして道行く人のギルド未所属率も明らかに減ってきた。どうやらギルドに加わることは安心に繋がるようで、実際、未所属でレベル90の俺も頻繁に誘われていた。まあ拠点も資金もある状態でわざわざ
しかし何度も何度も勧誘されると、いっそ自分たちでギルドを立ちあげるのもありではないかと思ってしまう。後で雪ノ下達に相談しなければ。
そして、俺がマーケットから出品を取り下げている間に、雪ノ下達には好きに買い物をさせていた。資金なら掃いて捨てるほどあるので、金貨100枚ほど渡しておいた。
結局半分も使わなかったようだが、まあ今の状況で買い物を楽しむ気にはなれないと言われれば納得せざるを得ない。買っていたのも、ゲームでは装飾品でしか無かった生活必需品の類で、その他には部屋着などの服を買っていた。下着が無いのが一番辛いだろうが、それを俺から言うとセクハラなので触れずにいた。ちなみに俺は短パンと普通のズボンを二重で履いている。この情報要らないな。
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マーケットから引き上げ、愛しの我が家に帰ってきた。
出迎えはもちろん、ノリの良い双子メイドである。この数日で何度いじられたことか……。
「おかえりなさいませ。ハチマンさま」
「ハーレムデート、お疲れさま」
そしてミーナはとても良い笑顔でサムズアップ。毎回俺のメンタルHPを削り取るなぁ……。
「あーうん。ハーレムでは無いから」
「いやぁー、お兄ちゃんはモッテモテだから安心しなよ」
「そーですよー先輩。私たちを侍らせておいてハーレムじゃ無いとか何様ですか葉山先輩ですか正直それはキモいですごめんなさい」
「おい、今の葉山がえらくディスられてたが良いのか」
一色曰く、もう葉山に興味は無いらしいが。
それでも一応、ほんっとうに一応、友人の枠の端っこの端っこになら入れてやらんでもないような気がしないでも無いので、ツッコミだけは入れておく。
「ん、んんっ……こほん。ところで比企谷君。私たちも〈ギルド〉に入った方が良いのかしら?」
「あ、そ、そうだよヒッキー!なんか、街の人みんなぎるど?に入ってたじゃん!」
由比ヶ浜の発音が怪しかったが、まあいつもの事なのでスルーする。
「〈ギルド〉な。ちょうど俺もその話をしようとしてたから丁度いいか」
「およ?お兄ちゃんから話なんて珍しいね」
「あー、いや、俺も色んなギルドに勧誘されてるんでな。めんどくさいからいっそのこと俺たちで〈ギルド〉作っちまうかと思ってよ」
刹那、時が停まった。
もちろん比喩的な意味なのだが。そんなに俺が勧誘されるのが意外ですかねぇ……。
「お、おおお兄ちゃんが、か、勧誘されたぁーーー!!??」
「うるせえ」
小町が叫んだ。感情表現が過剰なのは現実化したエルダーテイルでも同じなようで、小町の顔が表現できないほどに微妙な感じになっている。
「……なるほど、比企谷君は腐っても
「ま、そうだな。それに俺はゲーム内では不本意ながらそこそこ有名だし」
「比企谷君。現実に目を向けなさい。悪名を轟かすことはあっても、勧誘されるような前向きな評判がたつ筈がないでしょう」
「ふっ……聞いて驚け。俺のエルダーテイル歴は六年。そして、あの伝説のパーティー、〈
「な、なんだってー!?」
小町だけが乗ってくれた。他の奴らは、何言ってんだこいつ頭湧いてんじゃねーのって視線を向けて来る。悲しい。
「……で、お兄ちゃん。それってなに?」
「そっかー知らないかー……まあ、簡単に言うなら、ゲーム廃人だらけの集団でギルドでもないのにヤマトサーバー内外問わず暴れ回ったキチガイ集団。色んな意味で伝説の集団だ」
ほんと、カナミさんのわがままで世界中を飛び回ってたからな。あの人観光目的で海外サーバーの
あの人を抑えてたシロエさんにはほんと尊敬しかねーよ。
「……待って、それって確か攻略サイトにも載っていなかったかしら?」
「お、攻略サイト見てたか。なら多分それで合ってるぞ」
「ねえゆきのん、だからそれって何なの?」
「……二年前に活動を休止したプレイヤー集団のことよ。たった二年間の活動期間で、さらに二十八人という少人数でありながら、ヤマトサーバー攻略ランキング三位にまで登り詰めた。その影響力は未だに健在であり、〈
何だか美化されてるような気がしてならないが、結局のところ〈茶会〉の行動理由なんて大したものではなく、新しいモンスター?見に行こー!ってな感じだった。だからこそギルドでも無かった俺達が二年も活動できたのだが。
あそこでの記憶は美しいもので、解散した時は結構悲しかった。それでもソウジロウに付いていくことは無かったのだが。……いや、あのハーレムの中に入ってく勇気が出なかったとかでは無くてですね?何と言うかナズナさんに遠慮したと言うかそういうことでして。
「ほえー、先輩ってガチ勢だったんですね」
「まあな」
「ならギルドマスターは先輩ですね」
「………………は?」
過去を思い出してちょっとしんみりしていた俺に、一色はすごくいい笑顔を向けて来る。ちょっと、一色さんあーた、変なこと言うんじゃありません。
だが、俺のそんな思いが通じる筈もなく、女性陣は盛り上がっていく。
「……そうね。ギルドを立ちあげるのであれば、エルダーテイルに最も深く関わっていて、人脈……があるかは分からないけど、実力と資産がある比企谷君がリーダーをするのが適任かしら。問題は比企谷君にリーダーの素質が全く無いという事だけれど……」
「まあまあゆきのん、大丈夫だと思うよ?このメンバーで立ちあげるなら身内だけだし」
「でもシロエさん達って誘わなくて良いんですかね。先輩」
「……ああ、一応連絡はするが、まあ無理だろうな」
「ほえ?何で?」
「……まあ、色々あるんだよ。シロエさんみたいに優秀だと」
シロエさんはこのゲームが好きで、だからこそギルドに恐れを抱いている。いや、恐れというより嫌悪か。利用され、いつまでも『仲間』として迎え入れられることの無かったシロエさんは、ギルドに入る事を望まない。それは例え俺という付き合いのある人間からの誘いでも同じだ。ソウジロウの誘いを断ったように。
「て、流されそうになったが……ほんとに俺なんかで良いのか?雪ノ下とか一色のほうが向いてるんじゃ」
「おにーちゃん。雪乃さん達はね、お兄ちゃんを信頼してるの。向いてる向いてない関係なく、お兄ちゃんが活躍する所が見たいの」
諭すように、やれやれと言いながらも小町はそう言って微笑む。
「そーですよ先輩。それに私を生徒会長にしたのは先輩ですし、まさか自分の番になったからって逃げたりしないですよね?」
一色がいたずらっ娘のように笑う。いつもの小悪魔の笑顔だ。
「ヒッキーはもうちょい自信持ちなって。それに私達だってちゃんと支えるよ?ヒッキーは一人じゃないんだから」
由比ヶ浜は、そう言って太陽のような笑顔を咲かせる。見る者に元気をくれる、暖かい笑みだ。
「愚問ね。私たちは貴方だから付いていくのよ。結局、あなたの言う『本物』になれたのかは分からないけれど、この信頼は偽物では無いもの。貴方と私たちで、この世界を生き抜きましょう」
いつもの罵倒が嘘のようになりを潜め、雪ノ下が浮べるのは信頼の滲む美しい微笑み。俺たちを信頼してくれているのだと確信出来る、素敵な笑顔。
ああ、なんと幸せなことか。
これが、幾度と無くすれ違い、その度に歩み寄ってきた俺たちの絆。……いや、そんなふうに定義するのが勿体無いくらいの、素晴らしいなにか。
それを、ずっとぼっちだった俺が信じることが出来ているという、この奇跡のような瞬間を、俺は忘れはしないだろう。いつか、混ざることが出来なかった景色に、今度こそは触れられた。
この状況は、決して喜ぶべきものではないけれど、今この時だけは感謝を捧げる。
「……そっか。ありがとな」
そして、それだけの信頼を受けたのならば、俺がやろうじゃないか。
「んんっ!……ここに、ギルドの新設を宣言する」
小町の、雪ノ下の、由比ヶ浜の、一色の視線を受け、俺は由比ヶ浜がチケットを貰ってきた時から考えていたギルド名を口にする。
「その名は────〈ぬるま湯と部室〉」
この名前は作者なりに今の八幡の心境を考えて付けてみました。陽乃さんにぬるま湯と断言された関係を部室という彼らの居場所に重ね合わせ、それでもなおぬるま湯のような心地いいだけの、すぐに冷えてしまうものにしたくない。そんな想いを忘れない為に……
と、こんな感じです。とはいえ作者にネーミングセンスはないので、これはねーよとお思いの方は何か妙案を教えてくださると助かります。
追記
活動報告に募集欄を作りました。皆様どしどし送ってください。作者のインスピレーション的な何かが刺激されて、執筆が捗ります。