つばめ組との戦いの翌日、長崎屋の主人権蔵が鈴香を伴い新撰組屯所を訪れた。鈴香救出の礼を長官のおりょうに述べるためだ。そしておりょうに歳絵に会わせてほしいと頼んできた。歳絵は快諾して長崎屋と鈴香に会った。
「長崎屋さん、鈴香ちゃん、おはようございます」
「土方様、おはようございます」
長崎屋は深々と頭を垂れた。
「長崎屋さん…」
「すまなかった。親のしたことに娘さんは関係あらへんのに」
「……」
「さらにすまないが、やっぱり儂は君の父上は許せんのや」
「…はい、父は古高さんの縁者の方たちに永遠に許されない振舞いをいたしました。私とて、お詫びのしようもございません」
「だが、金輪際儂は君の前で土方歳三を罵ることはせえへん」
「…はい」
「あとでな、儂はなんちゅう大人げないことをしたんやとホンマ後悔した。君の悲しそうな顔が頭から離れなくてな。本当に申し訳ない」
「いえ…。私の前でもう父を罵らない、それだけで私は十分です。それと長崎屋さん」
「なんや?」
「護国神社に古高さんの墓碑があると聞いています。私が墓参し、父の所業をお詫びいたしたいと思うのですが…お許し願いますか?」
「ああ、こちらからお願いしたいくらいや」
「ありがとうございます」
「鈴香もその時は一緒に行って良いですか」
「ええ、お弁当を持って行きましょうか」
「はい!」
屯所をあとにした長崎屋は門で掃除をしている新太郎にも会った。
「よう見習いはん、精が出ますな」
「弓月様、おはようございます」
「長崎屋さん、鈴香ちゃん、おはようございます」
「鈴香を助けるため、ようしてくれはったようやな。礼を言うで」
「いえ、仕事ですから」
「ふふ…」
「何か?」
「『いえ、仕事ですから』と云う言葉、ようお父さん言っていたで」
「父がですか」
「ああ、やっぱり親子なんやな」
「長崎屋さん、今度お伺いして父のことを聞かせてもらってよいですか」
「ええで、儂で良ければな」
長崎屋と鈴香は帰っていった。手を繋いで歩く二人。
「良かった。鈴香ちゃん元気そうで」
◆ ◆ ◆
さて、その夜の巡回。物の怪を掃討し終えた新撰組。
「近藤さん、最近物の怪が強くなってきたと思いませんか?」
と、薫。
「…確かにな、私たちも強くはなっているんだろうが」
「それにしても不思議なことは、僕らが夜の巡回に出始めた時にいた妖蜘蛛やこけし男などが全然出てこなくなった。どんどん物の怪の強さが上がってきている」
新太郎の言葉に頷く勇子。
「だけど…どういうことが発生して今の状態に至っているのか全然分かんないんだよね…」
「まあ…物の怪がどうして京都に出るのか事体、分かっていませんものね」
薫は自分の刀を見た。
「物の怪と戦っても刃こぼれ一つしないのは、さすが父さんの愛刀と云えるけれど…もう少し攻撃力があったらなぁ…」
刀はそれぞれ大業物を使っているので薫の言うように刃こぼれはないが、だんだん強くなっていく物の怪に対して不安が出てきた。修行は欠かさないものの、すぐに強くなれるものではない。新太郎は勇子と薫の武具を見た。手甲、鉢がね、草履がだいぶくたびれている。それら装備品は当たり前だが攻撃力や守備力、回避力に影響してくる。新太郎のもだいぶくたびれていた。
「明日のお昼、見回りを兼ねて山崎屋さんに行こうか」
山崎屋とは機動新撰組の御用商人で、何かと新撰組の世話を焼いてくれる商人である。
「みんなの装備品を充実させるのも勘定方の務めだからね」
「わあ、みんなでお買い物ですか?」
大喜びの薫。
「そうだよ」
「うふふっ、楽しみですう」
◆ ◆ ◆
さて翌日、朝食の時だった。
「昨夜の巡回のあとに勇子くんと薫くんに言ったのだけれど、みんなの武具をそろそろ新調しようと思う。朝食後時間が取れる人は僕と一緒に山崎屋に来てほしい」
「ニャー(私)は行くニャ」
「俺も行くぜよ」
「武具の充実も剣士の務め、ご一緒します」
猫丸、竜之介、歳絵も応じた。
「良かった。おりょうさん、本日は少し散財します」
「みんなには絶対に必要な武具ですものね。お金は惜しまず、各々自分に合った良い武器を選んで来て下さい」
「「はいっ!」」
朝食を終えたあと、六人で山崎屋に行った。
「これは新太郎様、皆様、いらっしゃいませ」
「こんにちは山崎屋さん」
「今日は何を差し上げましょう」
「隊士の武具を新調したいんだ」
「これはちょうどいい『鉄の手甲』が入荷しておりまっせ」
今まで銅製の手甲を使っていた。鉄なら飛躍的に攻撃力と防御力が上がる。
「見ろよ新太郎、手にしっくりくるぜ」
喜ぶ勇子。
「鉄で出来ているのならブン殴っても物の怪に利くな」
装備して拳を振るう竜之介。
「私にはちょっと重いです…」
両手に装備してダラリと腕を下ろしている薫。
「では沖田様には、この『皮の手甲』なんてどないでっしゃろ?」
「え?でも皮ならば防御力低いし、今までの胴の手甲の方が」
「それが防御力は胴と同じなんどす。それなのに軽い、そのぶん速さが上がりますやろ?」
「わあ、ならば攻撃力もあがりますね!いくつか装着させて下さい!」
「どうぞどうぞ」
歳絵は一つの手甲を凝視していた。
「これは…」
「ほう、さすが土方様、目が高いですな。それは『鬼の手甲』というもんどす」
いかにも強そうな名前、軽いのに強度は鉄以上である。
「明治になって仕事を失った京の刀鍛冶が作り上げた武具なんどす」
「では材質は玉鋼…」
「その通りだす。さすがでんなあ」
これを使えたらと思う。徐々に強くなっている物の怪に歳絵も危機感を抱いていた。
「しかし、一つ一つ手作りでしてな。一対三十円(現在の金額で三十万円)なんどすわ」
「さんじゅッ…!?」
絶句する新太郎。
「弓月さん、これを我らの装備品に出来ませんか。ちょうど全員分六対あります」
「無理を言うな土方。一人一対となりゃ百八十円だぞ。お前新撰組を破産させるつもりか?」
「お言葉ですが近藤さん、どんなに高くても必要ならば買うべきです」
「…なんだと?」
「この軽さなら沖田さんにも装備は出来ます。弓月さん、この手甲を」
「いいかげにしろ土方!お前、自分の剣に自信がねえから、そんな大層な武具に頼ろうって言うんだろう!素直に『物の怪が怖いからすごい武器を買って』と言ったらどうなんだよ!」
「何ですって?」
また始まった…。薫と竜之介はゲンナリした。
「やめろよ二人とも!山崎屋さんが困っているじゃないか!」
新太郎が注意するが歳絵も今回は退かない。
「いいえ、もうがまんできません。近藤さん、表に出て下さい」
「望むところだ、こんにゃろ!」
一応試着していた手甲は外して出て行く律儀な二人。安堵する山崎屋。
「ああ、良かった。あのお二方の喧嘩で使われていちゃ売り物にならへんかった」
「猫丸、二人が真剣を抜いたら張り倒してでも止めてくれ」
「わかったニャ、新太郎」
鼻歌交じりに猫丸が勇子と歳絵を追いかけた。店の外からは勇子と歳絵の喧嘩が始まったようだが、新太郎たちは特にかまわず買い物を続けた。
「兄ちゃん、土方の言っていたことも一理あるぜよ。必要なものならどんなに高くても買うべきなんじゃないろうか」
と、竜之介。
「僕もそう思うけれど、ない袖は振れないから…」
「確かにの…。せめて女どもには装備させてやりたいきに。俺たち男は別にいいけんど」
買い物を終えて店の外に出た新太郎たち。勇子と歳絵は猫丸の一撃を食らってのびていた。最初は拳と蹴りの喧嘩だったが、ついに真剣を抜きかけた時に猫丸が
『あ!歌舞伎役者の坂崎雪之丞ニャ!』
と、歌舞伎の超有名美男子女形の名前を出した。勇子と歳絵はそれにあっさり騙され猫丸の指す方向を見た瞬間、猫丸の肉球パンチをまともにくらい、こうしてのびている。
「この二人もやっぱり女なんニャ~。ニャーが坂崎雪之丞の名前を出したら顔を赤めて『雪之丞様が?』と二人揃って言っていたのニャ~」
猫丸の両肩に担がれている勇子と歳絵。竜之介と薫は勇子と歳絵が猫丸にまんまと騙されたことを知ると大笑いした。
「あっははは!さしもの姉ちゃんたちも美男子には弱いんじゃな!あっははは!」
「その瞬間見たかったな~!あっはははは!」
新太郎も情けない顔でのびている勇子と歳絵がおかしい。
「ははは、猫丸、その戦法を物の怪に教えないでくれよ。全滅しちゃうよ」
「はいニャ」
さて、その夜、巡回前の作戦会議。新太郎が
「では今日は僕と竜之介と歳絵くんが巡回に…」
その歳絵の顔をふと見た新太郎は
「…くっくくく、さ、最近の物の怪はやけに強いから巡回には注意して、はっははは」
おりょうも源内、きよみも一生懸命笑いを堪えている。当の勇子と歳絵は顔を真っ赤にして腕を組んだまま苦虫潰したような顔をしている。
「弓月さん、大事な会議の最中に笑うとは何ごとですか!」
そう歳絵が言うが新太郎を端にして作戦室は爆笑の渦、
(土方歳絵、一生の不覚!よもや二枚目歌舞伎役者の名前に心乱すなんて!)
「それにしても土方が『雪之丞様が?』と言った時はずいぶんと可愛らしい声だったニャ~」
猫丸が言うと、さらに爆笑の渦となった。薫なんて腹を抱えて涙まで流して笑っている。
「猫丸~てんめえ~ッ!」
「なんニャ?あーんな子供だましの手に引っ掛かる近藤が悪いニャ」
(ちっきしょ…!反論できない!)
◆ ◆ ◆
夜の巡回を終えた後だった。自室で隊服から普段着に着替えていると
「新太郎くん、ちょっといいかな」
「源内さん?どうぞ」
平賀源内と竜之介が部屋に入ってきた。源内はいつもの白衣ではなく着物を着ていた。竜之介も小洒落た着物だった。
「どうしたの二人とも、めかしこんで」
「兄ちゃん、遊郭に行こうぜよ」
「ゆ…?」
「そう、毎日物の怪との戦いは疲れるだろう。今日は給料日だし行こう」
「で、でも…」
もじもじしている新太郎。
「ははあ…。兄ちゃんは童貞やな」
「うん…。そうだけど」
「まさか初めては未来の妻でなければ駄目とでも思うちょるんか?」
「それは…」
「新太郎くん、君ほど体が頑健な若者で女性に興味がないわけないよね?」
眼鏡の位置を直しながら源内が詰める。
「げ、源内さん」
「まさか君は女より男がいいって人種なのかい?」
「じょ、冗談やめて下さいよ!」
「じゃあいいだろう。風呂は遊郭にあるから、そのままでいいよ。行こう」
「は、はい…」
天国荘内の屋上で星を眺めていた薫。男三人で出て行ったのを見た。夜食でも食べに行ったのかなと思っていた。部屋に帰ろうとした時、廊下で勇子と出会った。
「沖田、新太郎見なかったかい?借りたい本があるんだけど、あいつ部屋にいないんだよ」
「新太郎さんなら源内さんと竜之介さんと先刻出て行きましたよ」
「…ははあ、今日は給料日だし、さてはあれか」
勇子が何か思い出したように言った。
「あれかって?」
「三人は島原の遊郭に行ったんだよ。仕方ねえ、明日にする…どうした沖田」
「遊郭って…。あの遊郭ですか?」
「他に遊郭があるか」
「あの…遊郭ってお金払って女の人と会う場所ですよね」
「ああそうだ。そっか~。新太郎もいよいよ童貞とサヨナラかぁ」
「…意外です。新太郎さんもそんな遊びをするんですね」
「まあ、新太郎も一人前の男だ。女遊びくらい出来なくちゃな!たぶん源内と竜之介から誘われたんだろ」
「どうしました廊下で立ち話なんて」
風呂から出てきたのか、歳絵も廊下を通りかかった。薫が言った。
「土方さん、新太郎さん遊郭に行っちゃったんですよ」
「そうですか、健康な殿方であれば自然なことです」
「うひひ、昨日の女はどうだったと聞くのが楽しみだ!」
いやらしい笑いをしながら勇子はその場をあとにした。薫はあんまり内容を把握していないようだ。
「でも、女の人とお酒飲んでお話するだけでたくさんのお金を払うなんて新太郎さんも物好き」
さて、初陣の新太郎。源内馴染みの遊郭に行った。
「まあ平賀様、坂本様、いらっしゃい」
「おう女将、遊びに来たよ」
「あら、今日は見ない顔が」
「私や竜之介と同じく機動新撰組で働いている男だよ。あずま者だから京美人をあててやってくれ」
「はい、ウチはみんな美しい京女ばかりですよ。さ、こちらへどうぞ」
通された部屋に三人分の膳があった。手酌で酒を飲んだ新太郎。
「兄ちゃん、酒ぁ舐める程度にしとけっちゃ、ナニが役に立たんようになるぜよ」
「そ、そうなのかい?」
「ははは、胸がときめくじゃろ~。女のアソコってどんな形しているのかも分からんのやき。最初見た時は結構驚くんじゃないろうか」
肘を新太郎に当ててからかう竜之介。源内も続いた。
「ははは、そうだな、私も最初はずいぶんと想像と違い驚いたものな」
「しかし…島原の遊郭か。旧幕時代、新撰組も倒幕派もここで遊んだんだものなぁ…」
感慨深く言う新太郎。
「確かになあ。新撰組では山南敬助の情婦だった明里っちゅうのんが有名じゃなぁ」
「でも確か明治政府によって芸娼妓解放令が出されたはずだけど、どうして島原は」
源内に訊ねた新太郎。
「うん、だからここもいずれ政府によって全面撤去がされるかもしれない」
「そら悲しいぜよ」
「だから今のうちに、新撰組や勤皇の志士たちの息吹が残るここで女遊びをしておくべきなんだよ!」
力説する源内。なんとなく納得した新太郎だった。
「「おこしやす~」」
三人の遊女がやってきた。
「新太郎くん、私と竜之介は指名だから、君の相方は右の子だ」
「あ、そうですか」
「雪奈と申します」
「弓月新太郎です」
心臓は張り裂けんばかり高鳴っていた。雪奈と云う遊女は新太郎より二つ三つ年上で美しかった。今からこの人を抱けるのかと思うと股間も熱くなってきた。
「では弓月はん、こちらへ」
「うまくやれよ兄ちゃん!」
部屋には風呂も用意されている。着物を脱ぐよう促された新太郎
「まあ…」
「え?」
「弓月はん、優男ですけんど、ええ体してはりますなぁ…」
毎日物の怪と戦っているのだ。嫌でも筋骨隆々になる。傷跡も所々あるが、それが男ぶりをあげている。雪奈も裸になった。ポーと見つめる新太郎。
「な、なにか?」
「いや…母以外の女の裸は見たことがないから」
ぷっと吹き出す雪奈。
「すんまへん、弓月はん正直どすなぁ。お初でも見栄張って知ったかぶりする人ばっかりなのに、母以外の裸は見たことないと、まあ明け透けに。そして…」
「え?」
「顔に似合わずこちらもご立派で」
「そ、そりゃあどうも」
「さあ、風呂に入りやしょ。そして今宵、ウチがじっくり女を教えてあげますで」
そして翌朝、新太郎が目を覚ますと
「はい、お水」
「ありがとう」
一気に飲みほした新太郎。
「さすがにそないに体が立派ですと精力も大したもんどすなぁ。何発したか忘れてまいました。ウチ腰が痛いですわ」
「ははは…」
「どないでした女は?」
「やわらかくて温かいです」
「ええ表現されますな」
クスクスと笑う雪奈。
「ウチら遊女はお初の殿方って結構好きなんどす」
「え?」
「吹けば飛ぶよなウチらでも、その殿方の一生に『初めての女』として記憶に残りますやろ」
「そうだね、昨夜のことは一生忘れないよ」
「…良かった」
「なにが?」
「たまにおるんどす。お初の方で女を知った途端、それが忘れられずにどないなことをしても遊び代を作る人が」
「そりゃ悪いことをして?」
「ええ、ウチらかてそんな銭で抱かれるのんはまっぴらなんどす」
「そうだろうね」
「自分で汗水たらして稼いだお金で、遊びに来てほしいんどすわ」
「さっきの良かったは、僕がそういう男じゃないと分かったから?」
「そうどす」
「ありがとう、また一ヶ月一生懸命に働いて遊びに来るよ」
「楽しみにお待ちしております」
さて、最初に通された部屋に行った新太郎。源内と竜之介が朝食をとっていた。
「おはよう、源内さん、竜之介」
「「おはよう」」
自分の膳の前に座った新太郎。意地悪い笑顔を浮かべて竜之介が
「どげんじゃった兄ちゃん、女は」
「…確かに最初女性の秘部を見た時は驚いたなぁ」
「「はっはははは!!」」
笑う源内と竜之介。
「でも、とても良かったよ。女がこんなにいいもんだとは思わなかったな」
「また来月の給料日に遊びにこようぜよ」
「うん、汗水たらして働いて!堂々と遊びに来よう!」