萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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対決、つばめ組

 長崎屋主人の権蔵が機動新撰組の屯所へとやってきた。血相を変えている。玄関に入るなり

「お前ら鈴香を返せ!!」

 と、新太郎に掴みかかった。

「な、なんの話ですか?」

「鈴香が誘拐されたんや!お前らがやったんやろ!」

 その大騒ぎに歳絵も玄関に来た。

「あのけったいな植木鉢も、儂の孫を誘拐するための小細工やな!」

「先日のご老体…」

「お、お前やな!先日の三条大橋で儂に罵られたのを怨んでやったんやな!」

「…?」

「鈴香が!儂の大事な孫娘が!返せ、外道の娘!」

 

 その言葉に歳絵がうつむくと長崎屋の頬に張り手が飛んだ。

「何をする!」

「それはこちらが言いたいこと。『外道の娘』などと云う言葉を大事な部下に浴びせられて黙っているほど私は人が出来ていません」

「おりょうさん、良いのです」

「黙っていなさい歳絵さん。そうですか、貴方が昨日被害に遭われた長崎屋のご主人ですね」

「…そうや」

「ちまたを騒がせている金庫破り、昨夜は長崎屋さんが襲われたと京都府警から情報が入りました。お孫さんを誘拐されたとも聞いています。しかし…」

「ああ、金庫は切り裂かれていたが金は一銭も取られてへんかった。はなっから鈴香を狙ってのことやったとしか思えん」

「それで…それが新撰組のやったことと?」

「…旧幕時代の新撰組は目的のためなら手段は選ばない外道集団やった。その血を引くお前らも同じようなもんやろ」

「何だとこの糞爺!」

「よくもそんなことを!」

 勇子と薫も激怒。

「特に土方や、あの男は畜生と呼ぶのも生ぬるい外道、その娘はあの男の血を引いておる。幼子の誘拐など朝飯前やろが!」

「ならば、私が鈴香さんを救出すれば疑いが晴れますか長崎屋さん」

「ここにおるんやろが!」

「いいえ、断じて新撰組ではありません」

「……」

「必ず私が助け出します。ですが一つだけお約束して下さい」

「なんや?」

「父への罵りを私に浴びせることだけは今後許して下さい。長崎屋さんにとっては親友の仇である父ですが…私にとっては誇りなのです」

 

「…ふん」

 長崎屋はそのまま立ち去っていった。

「沖田、塩まいとけ、塩!」

「はい」

 勇子の言う通り、律儀に塩をまいている薫。鼻息も荒い。

「歳絵さん、必ずと言っていましたが何かあてはあるのですか」

 おりょうの問いに首を振る歳絵。

「いいえ、でも、ああ言うしかありませんでした」

「そうね…。とにかく我ら新撰組の最優先任務は金庫破りより鈴香さんの確保ですね」

「おりょうさん、私の身勝手で新撰組の指針を変えては」

「いや、金庫破りをしているには変わらない。同時進行しても差し支えないと思う」

「弓月さん…」

「おりょうさん、まずは現場を見たいと思うのですが」

「いいでしょう。では勇子さん、歳絵さん、薫さんは新太郎さんと共に長崎屋に行って調査をして下さい」

「土方さんは…」

 薫が気を遣うが

「かまいません沖田さん、参りましょう」

 

◆  ◆  ◆

 

 一行は改めて長崎屋に訪れた。すると屋敷の前にいたのは

「叶…」

 府警の叶鏡一がいた。忌々しそうに叶の名前を呼んだ勇子。

「府警も現場調査か、邪魔だからさっさと終わらせろよ」

 勇子の嫌味を歯牙にもかけず、叶は

「長崎屋の主人は俺の祖父だ。現場調査ではない」

「なあ?お前長崎屋の孫かよ、お前の性格の悪さは爺譲りなんだな」

「教養の欠片もない貧相な嫌味だ」

「その点については私も叶さんに同感です」

「なんだと土方!」

「とにかく祖父が何と言ったか知らないが、お前たちはこの事件から手を引け。邪魔だ」

「そうは参りません。金庫破り一連は京都府警から正式に新撰組が依頼を受けたものです」

 歳絵が言い返した。それは叶も知っている。

「ふん、上の連中は馬鹿ばっかりだ。こんな女子供に依頼するとは」

「言わせておきゃ、この!」

 殴りかかろうとしたのを止めた新太郎。

「駄目だよ勇子くん!」

「放せ、ちきしょ!」

「とにかく新撰組は今回の件の解決のために動きます」

 と、歳絵。

「勝手にしろ」

 叶はスタスタと京都府警庁舎の方に歩いていった。鼻息荒い勇子

「あの野郎、一生女に縁がねえぞ!」

「しかし、鈴香ちゃんはあの叶さんの妹さんなんだよねぇ。ここまで似ていない兄妹も珍しいなぁ…」

 意外そうに言う新太郎。

「そんなのんきなことを言っている場合ではありません。近藤さん、調査の割り当てを」

「ああ、そうだったな土方。まずはみんなで切られた金庫を直接見てみよう。新太郎、調査をすることを長崎屋の糞爺に伝えてき…」

 当の長崎屋の主人が出てきた。

「お、お前さんたち、本当に鈴香を探してくれるんやったら無駄話などせんで真面目にやってくれるか」

「ご老体…」

「なんでよりによって鈴香がいぃひんようになってしもうたんや…。鈴香にもしものことがあったら儂は儂は…。頼む鈴香を助けてくれ」

「こっちだってはなっからそのつもりだ。糞じ…いや長崎屋さん、まずは詳しい話を聞かせてくれないか」

 と、勇子。

「分かった。ほなら中へ」

 家に入っていった長崎屋。

「私が長崎屋から話を聞いてくる。沖田は式神を使って現場調査、新太郎と土方は周囲の聞き込みだ」

「はい、近藤さん」

「分かったよ勇子くん」

「いいかい、何としても長崎屋の孫を救出するんだ。それが何よりも最優先だよ」

 しかし歳絵は

「待って下さい近藤さん、今回の事件は今までの金庫破りの事件と酷似しています。どうしてお金を取らなかったかは不明ですが、同一犯の犯行と見て間違いないでしょう。ここは気圧計を見てかまいたちの足取りを追うべきです」

「同一犯なんてことはお前から聞かされなくたって分かっている。つばめ組の仕業なんだよ。でも今は金庫破りの話じゃなくて長崎屋の孫救出の話をしているんだ。助け出さなきゃ、お前はあの爺に面子も立たねえだろうが!」

「私の面子などより、鈴香ちゃんの身の安全です」

「じゃあ何で今、気圧計の話なんかするんだよ!」

「人質の安全確保のためにも二手に分かれて足取りを追えば、人質の早期救出に繋がると思うからです」

「…勝手にしろ!」

 吐き捨てるように言って勇子は長崎屋に入っていった。

 

「現場で仲間割れとはね」

 と、新太郎。

「私は己が見解を副長として意見しているだけです。それを近藤さんが…」

「まあ確かに感情的だね。でも感情的で気性が荒い局長、冷静沈着で頭脳派の副長、傍から見ていていい組み合わせだと思うよ」

「何であの人が局長になったのですか」

「知らなかったの?入隊順だよ」

「……」

「ともかく今回は歳絵くんの言うことが正しい。僕も気圧計を調べるよ」

「分かりました。まずは長崎屋さんに設置した気圧計を調べましょう」

 

 長崎屋の庭に設置した気圧計を見た新太郎。

「針が下がっているね」

「これはこの近辺の気圧が低下した証拠です。この装置から察するに時間帯は昨日の夜半…。我ら新撰組の巡回が終わったあたりですね」

「なるほど」

「その時間帯に気圧を下げる何者かが、この場所に出現していることを表しています」

「それが親玉かまいたちと云うわけなんだね」

「その可能性は極めて大きいと思います。町じゅうに設置した気圧計を確かめ、同様の下がり方をしている物を探せば足取りを追えるはずです。弓月さん、急いで確認作業にかかりましょう」

「よし」

 

◆  ◆  ◆

 

 新太郎と歳絵は各所に配置した気圧計を調べ回った。そして大徳寺付近で気圧の低下を確認した。

「弓月さん、こちらも」

「大徳寺から北方向に進んでいるね」

「付近を細かく調べましょう」

 付近を調べていく新太郎と歳絵、人通りの少ない場所に出た。薄暗い林の近くにやけに大きな家があった。歳絵がその家の前で立ち止まった。

「弓月さん」

「何だい」

 顎で地を指す歳絵。同時に人差し指を口に立てて声を出すなと言っている。

(足跡…。相模屋で見たものと同じだ…!)

 近くの林に身を潜めた新太郎と歳絵。

「歳絵くん、ここがつばめ組のアジトかも」

「はい、私が探ってみます。弓月さんは見張りを願います」

「分かった」

 歳絵は屋敷に潜入した。物音立てずに壁を飛び越えて着地。たいしたものだと新太郎は感心した。

「すごいなぁ。まるで忍者だよ」

 新太郎も木陰に潜みながら屋敷の様相や庭を見つめる。

「庭が相模屋と同様に少し荒れている…。少なくともかまいたちが出た場所と云うのは間違いなさそうだな」

 

 しばらくして歳絵が戻ってきた。

「弓月さん、屋敷には物の怪と数人の居住者がいるらしく、その中に鈴香ちゃんの声を確認しました」

「やった!ここがつばめ組のアジトか!」

「幸い、声から察するに鈴香ちゃんはつばめ組に無体な仕打ちを受けている様子はありません」

「良かった。しかし物の怪がいる?まだ夕方なのに…」

「察するに美姫さんは昼間でも物の怪を召喚して使役できるのでしょう。さもなくば、とうに府警に捕まっていますから」

「確かに」

「ここは早急に鈴香ちゃんを屋敷から救出すべきです」

「もちろんだ」

「私はここで見張っていて、作戦を考えておきます。弓月さんは屯所に戻り、隊士すべて連れてきて下さい!」

「分かった!」

 

◆  ◆  ◆

 

 新撰組屯所の作戦室、空いている二つの席を見つめる薫。

「遅いですね、新太郎さんと土方さん」

「二人して宿にシケこんだとか」

 竜之介が言うと

「新太郎にそんな度胸あるかよ」

 勇子が一笑にふした。

「土方が誘うこともありうるぜよ。兄ちゃんは中々ハンサムじゃきに」

「竜之介」

 おりょうがジロリと見ると竜之介は小さくなった。そんな時、作戦室に迫る足音があった。ドアを思い切り開いた新太郎。

「おりょうさん、みんな!鈴香ちゃんの居所を見つけた!」

「本当か!!」

 立ちあがった勇子。

「いま、その屋敷の近くで歳絵くんが見張っている。おりょうさん、その屋敷はつばめ組のアジトである可能性が高いので、無事に鈴香ちゃんを救出するため、全員での出撃をお願いします!」

「許可します。みんなで人質の確保とつばめ組逮捕に全力を注いで下さい」

「「はいっ!!」」

「機動新撰組、出動!!」

 

 急いで現場に急行する新撰組。全速力で走る。

「新太郎さん、どうやってつばめ組のアジトを見つけたんですか」

 と、薫。

「気圧計を辿って見つけたんだ。右に曲がるよ!」

「「おう!」」

「しかし新太郎、親玉かまいたちとどう戦う。今の私たちじゃ」

 と、勇子。

「単純だけど、こまめに回復して攻撃力の高い技を叩きこむしかない。巡回で倒してきたかまいたちは直接攻撃しかしてこなかったから、親玉も小細工なしの攻撃かもしれない。薫くんが式神で仲間の耐久力を回復し、あとの五人が攻撃、僕が攻撃補助も兼務する。それでも駄目ならつばめ組逮捕は断念して、鈴香ちゃんのみ奪回して退却だ。勇子くんはその局面の判断を頼む!」

「分かった、任せておけ!」

「そこ左だ!そろそろ徒歩に切り替えて静かに迫ろう!」

「「了解」」

 

 すでに夜はふけていた。新太郎たちはつばめ組アジトに到着。

「弓月さん」

「歳絵くん、様子はどう?」

「変わりはありません。出かけた様子もございません」

「土方、状況は新太郎に聞いた。待機中に作戦を考えておくと言ったらしいな」

「はい近藤さん、すでに出来ています」

「聞かせろ」

「はい、まず二班に分かれます。屋敷に突入して鈴香ちゃんを見つけて保護する班。そして物の怪を倒して先の突入班を援護する班です。すみやかに行動して鈴香ちゃんを奪回するだけではなく、つばめ組逮捕を目指します」

「よし、では突入班は土方が指揮をしろ。土方、竜之介、猫丸だ」

「「了解!」」

「私と新太郎、沖田が突入班を援護して物の怪を倒す」

「近藤さん、親玉かまいたちを私たち三人だけで倒すのですかぁ?」

 不安そうな薫。

「鈴香ちゃんを奪回したら、保護を竜之介さんと猫丸さんに任せて、私も戦闘に加わります」

 人質の安全を考えると、二人が鈴香の護衛に回らなければならないだろう。

「誰だ…!」

 新太郎が背後に気配を感じた。全員が身構えた。

「俺だ…」

 それは京都府警の叶鏡一だった。鈴香の兄である。

「叶さん…!?」

「市中でお前たちが全速力で走っているのを見た。もしかしてと思ってな…」

 

 つばめ組アジトを見る鏡一。

「ここに鈴香が…」

「お前みたいな男でも、妹は大切なんだねぇ」

 日ごろ喧嘩ばかりしている勇子が嫌味を言った。

「当たり前だ。鈴香は俺のたった一人の妹なんだ」

「では叶さん、ご協力願えますか」

 と、歳絵。

「ああ」

「では私と一緒に突入して下さい。鈴香ちゃんを助け出しましょう」

「分かった」

「じゃあ、乗り込むよ」

 と、勇子。

「「了解」」

「美姫のやつ…。何でこんな馬鹿な真似をしたのか。横っ面張り倒してやる」

 屋敷の扉を開けた勇子。

「御用改めである!!」

 

◆  ◆  ◆

 

「ぶっ」

 味噌汁を吹き出した美姫。夕食中だったらしい。

「今のは暴力娘の声!?」

 刀を握った右近。

「新撰組っす!!」

「鈴香は?」

「もうおねむしてるっす」

「ならええ、行くで!」

「すでにかまいたちどもが迎撃しています!」

 先に様子を見に行った右近が美姫に知らせた。

「何人乗り込んできたんや」

「暴力娘と弓月、それと沖田薫です」

「三人で来るとはなめられたもんやな。ウチらの安住の地に踏み込んだ礼をたっぷりしてやるで!」

 近藤たちのところに向かう美姫、それについていく左近を右近が捕まえ

「もう、どう転んでもこのアジトは使えない!お前、金庫と通帳を持って先にここを出ろ!」

「どこで落ち会うっす?」

「一時間後に京都駅の改札だ。ほとぼりが冷めるまで京都を離れるしかない!」

「分かったっす!姫を頼むっす!」

 廊下で左近と別れて美姫を追いかける右近。最初に勇子たちを迎え撃ったかまいたちは掃討されていた。

「久しぶりだな、美姫、右近」

「近藤はん…」

「みそこなったよ、まさか誘拐までするなんてな」

「誘拐、何の話や?」

「すっとぼけるな!長崎屋の娘を誘拐したろうが!」

「あれはだな!」

 右近が説明しようとしたが美姫が止めた。

「言わんでええ。言っても分からへんやろ」

「鈴香ちゃんを返してもらおう」

 と、新太郎。

「勝手に持っていくがええ。奥で寝とるで」

 歳絵が鈴香を連れてきた。

「鈴香ちゃんを確保しました!」

「さ、早乙女様…」

「あーあ、気持ちようおねむしていたのに」

 美姫は鈴香の視線に腰をおろし

「鈴香、この不細工なお姉ちゃんに着いていき。お家に送っててくれるで」

「不細工だとこの…!」

「勇子くん!そんな挑発に乗るなよ!」

「わ、分かっているよ新太郎!」

 勇子たちを余所に鈴香は

「早乙女様も一緒に…」

 勇子たちは驚いた。鈴香が美姫を姉のように慕っている。

「もうお別れや。短かったけれど可愛い妹が出来て楽しかったで」

「早乙女様…」

「そこの青白いの、とっとと鈴香連れて表に出え。血なまぐさい戦いなんぞ子供に見せるもんやないで」

 青白いの、と言われて歳絵も腹が立つが言うことも道理。

「叶さん、妹さんを頼みます」

「分かった。気をつけろよ、あの女は観念などしていない」

「はい」

 

 早乙女美姫と田中右近を機動新撰組が囲んだ。

「さあ、年貢の納め時だぜ美姫!せめて幼馴染の私が引導を渡してやるぜ」

 美姫に詰め寄る近藤。しかし美姫はいたって冷静だ。右近は美姫を守るように立つ。

「右近、左近はどないした?」

「はい、再起を図るべく資金を預けて先に逃がしました。一時間後に京都駅で…」

 と、美姫にしか聞こえないように話した。

「上出来や」

「はっ」

 次の瞬間、美姫の両眼が大きく開いた。

「出でよ、物の怪!」

 

 大かまいたちが現れた!近藤たちはあわよくば物の怪を呼びだす瞬間に美姫に攻撃を仕掛けようとしたが、美姫の物の怪召喚は驚くほど速かった。普段『天津神…国津神…おりましなし』と言っているのは彼女なりの精神統一に過ぎない。瞬時に召喚することもまた可能であったのだ。あまりの召喚の速さに度肝を抜かれた近藤たち。それに加えて大かまいたちの巨体である。あまりに大きくつばめ組アジトの屋根を突き抜けた。次の瞬間に美姫と右近は屋敷を飛び出した。

「逃がすか!」

 叶鏡一がサーベルを抜いたが

「どけ」

 右近が抜刀するや、鏡一が振り下ろしたサーベルを苦もなく弾き返した。吹っ飛ばされる鏡一。

「うあっ!」

「ふん、ウチらを捕えたかったら府警総動員でこいや!」

「早乙女様!」

「鈴香!お爺ちゃんと仲良くするんやでー!」

「早乙女様…」

 

 美姫と右近は逃亡に成功。一方の近藤たちは極めて劣勢。大かまいたちは近藤と土方が見ていた通り、すさまじく強かった。退却しようにも鼬ゆえ素早い。回り込まれてしまう。

「くそ!美姫にズラかられた今、こんなのと戦っても意味がねえのに!」

 息もたえだえの勇子。

「回復薬ももうない…」

 このままでは全滅してしまう。新太郎は覚悟を決めた。

「僕が囮になる。勇子くんたちは逃げるんだ」

「何を馬鹿なこと言っているんだ新太郎!」

 怒鳴る勇子に微笑む新太郎。

「全員死ぬよりいい。おりょうさんに勘定方はまた探してくれと言ってくれ」

「新太郎さん…」

 涙ぐむ薫。

「弓月さん、それは出来ません」

 凛と歳絵が言った。

「いいから退くんだ。このままでは全員犬死だぞ!」

「私たちのために死ぬなんてやめて下さい。私たちにとって弓月さんの代わりになる方はいないのです。貴方は私たちの心に死ぬまで残る深い傷をつけるつもりですか」

「歳絵くん…」

「死ぬならみんな一緒です。それが新撰組です」

「たまには良いこと言うじゃねえか土方」

「そうですよ!水くさいですよ新太郎さん!」

「ビッグな男になるには避けられない戦いぜよ」

「竜之介をビッグな男にするには避けられない戦いニャ」

 

 図らずも新太郎の覚悟で士気が上がる。決死の覚悟で攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、信じられないことが起きた。大かまいたちが突然その場から煙のように消えたのだ。

「な…っ!」

 呆然とする歳絵。

「どうして…」

 敵が突然消えた戦場を見渡す勇子。

 

「お優しいですな、姫」

 大徳寺五重塔の屋根に美姫と右近がいた。美姫は脱出した後、ここから双眼鏡で戦いの様子を見ていた。

「そうやない、言うたやろ、つばめ組は義賊や。たとえ敵でも殺さんのや」

「はっ」

「それに…敵がいなくなると云うのも寂しいもんやからな」

 近藤たちに勝機なしと見た美姫は大かまいたちを消したのである。

「行くで、しばらく京都から離れる」

「はっ」

 美姫と右近は京都駅に行き左近と合流。その日のうちに京都から姿を消した。

 

「美姫が助けただと?」

 と、勇子。歳絵が続ける。

「そうとしか考えられません。呼び出せるのならば消せるのもまた可能でしょうから」

「僕もそう思う…。逃げたあと、どこかで戦いを見ていて僕らに勝機なしと見た彼女があえて消したのだと」

 新太郎も同意見だった。

「なんのために。美姫には私たちなどうっとうしいだけだろ!」

「つばめ組は義賊、人は殺めず、と云うところだろう」

 叶鏡一が歩み寄ってきた。彼自身も負傷している。右近に吹っ飛ばされた時の負傷だ。

「あの男…。俺のことなど簡単に斬れただろうに…」

「お兄様、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ鈴香」

「右近様を嫌わないで、とっても優しくて面白いお兄ちゃんだったんだから」

「そうか」

「みなさん、誤解しないで下さい。鈴香がわがまま言ってお屋敷に置いてもらっていたんです」

「え?」

 驚く新太郎。

「つばめ組の皆さんは物の怪を見て気を失った鈴香を看病して下されたのです。早乙女様は破れた着物のままでは余計な心配をかけると鈴香の着物も繕って下されて…」

「あの美姫が?」

 信じられないと云う顔の勇子。

「右近様も左近様も本当に優しくて、そして面白くて、まるで本当の家族のようでした…。いつもお家に誰かがいて笑い声がしてとても楽しかったんです」

 

「家族か…」

 妹の鈴香がそういう愛情を求めていたのは知っていた兄の鏡一。だが生来の無愛想はどうしようもなかったらしく表現できなかった。

「だから…お爺様やお兄様が心配していると分かっていても、つばめ組の方たちと一緒にいたくて今まで…」

「でも鈴香ちゃんがいなくなって、みんな大変だったんだよ」

 と、薫。勇子も添えた。

「ああ、あの長崎屋の糞爺の取り乱しようったらなかったよな。よっぽど鈴香が大事なんだろうな」

「お爺様が鈴香のことを?」

「そうですよ。鈴香ちゃん、寂しいなら寂しいと素直に甘えてごらんなさい。がまんすることなんてないのですから。きっとお爺様もお兄様も喜んで受け入れてくれますよ。それが家族というものです」

「土方様…」

「どうなんだよお兄ちゃん、何か言えよ」

 相変わらず仏頂面の鏡一。

「コホン、鈴香、帰るぞ」

「叶の奴、照れてんな~。げにまっこと素直じゃないきに」

 竜之介が突っ込む。苦笑している鏡一に歩む鈴香。

「お兄様」

「さあ、帰ろう」

「はい」

「土方」

「はい」

「祖父がひどいことを言ったそうだな。すまない」

「いえ…」

「お前たちは『親の七光り』新撰組ではなかったな。立派な新撰組だ」

「ありがとうよ叶、素直に受けとくよ、その言葉」

 と、勇子。

「じゃあな」

 鏡一と鈴香は去っていった。

「さて、すっかり夜もあけちまったし、おりょうさんも心配しているだろう。帰ろう」

「そうですね近藤さん」

「めでたく任務達成ですね!」

 胸を張る薫。

「では機動新撰組、引き上げだ!」

「「了解!」」


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