夜の見回り前の作戦会議。この日、歳絵は初めて欠席した。勇子が
「珍しいな土方が欠席なんて。『これも任務です』なんていつも言っているのに」
「さっき呼びに行ったんですけど…」
薫が言いづらそうに言った。
「土方さん、『少し一人にして下さい』って。顔は何か沈んでいました…」
「なに?おい新太郎、さては土方にスケベなことをしたんだろ」
「じょ、冗談じゃないよ勇子くん!そんなことしたら逆に殺されてしまうよ!」
「…そりゃそうだな。しかし一緒に見回りしていたのはお前だろ。何か心当たりはないのか?」
「…言えないよ」
「何だよ、もったいぶるなよ」
「はいはい、それまで、では見回りの作戦を立てるわよ」
おりょうが助け船を出した。聞き込みから帰って来た時、歳絵は沈んだ顔をしていた。それを見たおりょう。あえて何があったのか聞かなかったが、任務を人一倍尊ぶ歳絵が巡回前の会議を欠席するなんてよほどのことがあったのだろう。
「仕方ありません。歳絵さんは本日の巡回より外します。勇子さん、新太郎さん、竜之介、本日の見回りをお願いします」
「「了解!」」
◆ ◆ ◆
敵は『かまいたち』『三つ目傘』『石こけし』『怒りダルマ』と云った物の怪だ。碁盤の目のように町が作られている京都市内に次々と現れる。その日、ひと際大きな妖力を放っていたのは天狗と云う京都では古くから伝わる物の怪だった。手強いが勇子、新太郎、竜之介の三人でかかれば倒せない相手ではない。
「いつつ、天狗め~。奴さんの扇子の攻撃はまっこと痛いきに」
「大丈夫か、ほら竜之介」
新太郎から渡された回復薬を飲んだ竜之介。
「姉ちゃん、レーダーに妖力はあとどのくらい残っているがか?」
「大徳寺の方に集中しているが数はそんなに多くない。電池もそろそろヤバいから急ぐよ」
「「了解!!」」
大徳寺で数体の物の怪と戦った勇子たち。
「残り全部がかまいたちだったなんてな。まあ大したことない物の怪で助かったけどよ」
刀を収めた勇子。新太郎が何か考えごとをしているのに気付いた。
「どうした新太郎?」
「いや、最近やけにかまいたちの出現率が多いと…」
「俺もそう思うきに」
「確かにな…。強さは大したことないけど多すぎるよな…」
そうは思ってもこの時点では何も分からない。結界発生装置が電池切れ間近の警報を鳴動したため勇子たちは屯所に帰った。屯所に帰り、おりょうに報告したあと新太郎は風呂に入った。自室に戻る時にチラと歳絵の部屋のドアを見た。
「結局夕食も食べなかったようだな…。無理もないか、尊敬するお父さんを外道と呼ばれたんだから…」
◆ ◆ ◆
さて翌朝、歳絵の様子が気になった新太郎は
「歳絵くん…。元気になったかな。よし訊ねてみるか」
歳絵の部屋に行った新太郎。ドアをノック
「歳絵くん、弓月なんだけど…」
「…どうぞ、開いています」
「昨日はよく眠れ…」
歳絵が椅子に座ったまま憔悴しきっているのを見た新太郎は後の句が告げなかった。
「もしかして一睡もしていないのかい」
「…眠れなくて」
「…昨日の鈴香ちゃんのお爺さんの言葉が気になっているのだね」
「…大事な巡回を抜けてしまいすいませんでした」
「そんな日もあるよ。気にしないで」
「…はい」
「なあ歳絵くん」
「何ですか?」
「幕末の京都で…ましてや新撰組の副長であったなら…誰からも憎まれず怨まれずに任務を遂行出来るわけがない」
「……」
「池田屋に集まった者たちは吉田稔麿、宮部鼎蔵と云った勤皇の志士の大物。彼らがやろうとしたのは京都の町を火の海にし、混乱に乗じて天皇を長州に連行しようと云うもの。途方もない謀略で、京の治安を守る新撰組としては絶対に阻止しなければならないことだった」
「弓月さん…」
「捕えられた古高さんは壮絶な拷問にも口を割ろうとしなかった。『士道にもとるゆえ申し上げられぬ』と言い切り、決して屈服しなかった。中には敵ながら見事な振る舞いと称賛する新撰組隊士もいたと聞く。それでも歳絵くんの父上は拷問をやめなかった。隊士にもそのやりようを批難されたらしい。『他の者を探して白状させればいい。あれほどの志士をこれ以上辱めるのは武士道にもとる』と。しかし、そんな批判は退けて土方歳三は鬼となって拷問を続け、ついに古高さんから池田屋の情報を掴んだ。結果、その断固たる厳しさが京都を火の海から救ったんだ」
「…ならばどうして父は自白した古高さんを殺したのですか」
「……」
「自白した後、古高さんを治療していれば助かったかもしれないのに!なぜ父は古高さんを殺したのですか!」
「……」
「答えて下さい弓月さん!」
「分かっているだろう。情報を吐いた以上用はない、生かしておけば禍根を残すのみ、そんな理由だと思う」
「……」
「そういう時代だったんだよ…歳絵くん。君の父上は京都のため、新撰組のため、冷血漢の汚名を進んで受けたんだ」
「京都と新撰組のため…」
「父上への罵りを聞くのはつらいだろう。しかし君の父上は怨まれるも、憎まれるも、軽蔑されることも、みんな覚悟していた。信念をもって『鬼の土方』をやった。僕はそう思う。そうでなければ最後まで戦うことをやめなかった土方歳三に、どうしてあんなに人がついていったのか説明がつかないじゃないか」
「ありがとう…。弓月さん」
「眠った方がいい。おりょうさんには僕から言っておくから」
新太郎は歳絵の部屋から出て行った。その日の夕方、新撰組に客が来た。その知らせに目を覚ました歳絵はその客のいる玄関まで歩いていった。
「土方様」
「まあ鈴香ちゃん」
昨日迷子だった鈴香だった。新太郎もその場に来ていた。
「昨日はありがとうございました。そしてすみませんでした」
「……」
「お爺様は鈴香にとっても優しいのに、どうして土方様にあんなひどいことを言ったのか分かりません」
「いいのですよ」
「土方様…」
「お爺様を嫌わないで下さいね。私は本当に気にしていないのですから」
鈴香を思って笑顔を見せる歳絵。新太郎には痛々しいほどだった。
「は、はい、ありがとうございます」
「一人では危ない。僕が送っていくよ」
「頼みます弓月さん」
◆ ◆ ◆
その夜、また金庫破りの事件が起きた。悪評高い政商の家を襲い大金をせしめた。府警や新撰組にしても一刻も早く捕えたい。翌朝に切られた金庫が証拠品として新撰組に届けられた。
「見事に切断されているな…」
と、新太郎。
「げにまっこと信じられん切り口ぜよ」
「私の持っている業物でもこりゃあ無理だね」
断面を見てみると、まさに瞬時に一刀両断された様相だ。さすがの勇子も脱帽だ。証拠品の見分をしていると云うので歳絵もやってきた。
「これは人間では無理ですね…。おりょうさんが最初に読んだ通り、物の怪かと」
「しかし…。こんなことの出来る物の怪って…」
考え込む勇子の横で新太郎が手をポンと叩いた。
「そういえば、ここ数日の夜の巡回で妙にかまいたちが多く出てくる。何か関係があるのかな!」
「確かに…。だけど新太郎、油断する気はないが、かまいたちの力は大したことないぜ。鎌は刀で弾き返せたし、つむじ風は避けるに難しくない。あんなのに鉄の金庫が切れるか?」
「そうだな…」
「親玉のかまいたちが存在するとしたら?」
と、歳絵。
「親玉?」
「近藤さん、確かつばめ組の首魁の美姫殿は物の怪を召喚し、かつ使役が出来たのでしたね」
「まさか美姫が?」
「彼女が親玉のかまいたちを呼びだしたことに、ここ頻繁にかまいたちが出ることに関係があるのでは?」
「勇子くん、この仮説を踏まえて、もう一度現場を調査しよう」
「それがよさそうだね。じゃあ私からおりょうさんに報告してくるから、みんな準備を進めておいてくれ」
「分かった」
新撰組の面々は二人一組で各々金庫破りの現場を調査した。新太郎は歳絵と回った。三日前に被害にあった相模屋と云う豪商を訊ねて調査することを許してもらった。
「しかし、庭の樹木も草もずいぶんと切られているな…」
「弓月さん」
「どうした歳絵くん」
「この足跡…」
「大きいね、人間のものじゃない」
「やはり犯人は鉄をも切れる鋭利な刃物を持った物の怪を使ってお金を強奪していると見て間違いないでしょう」
「それにしてもすごい力だ。石灯籠まで綺麗に切られている」
「正直、今の我々で勝つことは難しいと思うのですが」
「僕もそう思う」
「とにかく、そろそろ時間です。屯所に引きあげましょう」
「ああ、そうだね」
そして屯所に帰ると
「弓月さん、おりょうさんへの報告をお任せして良いですか?」
「ああ、いいよ。部屋に帰って休みなよ」
「いえ、私は源内さんにお会いします」
「え?」
「源内さんに気圧計を作ってもらいたいのです」
「気圧計…?そんなの何に使うの?」
「鉄の金庫の切り口、現場の様子、そしてここ数日のかまいたちの頻発、親玉のかまいたちがいることは間違いなさそうです。かまいたちはその身につむじ風を包んでいます。つむじ風は生じると周囲の気圧を下げますので」
「そうか!それで親玉かまいたちの足取りを追おうと云うわけだね」
「その通りです。その先につばめ組もいると思われます」
「科学的な割り出しだね。上手くいくかも」
「やってみる価値はあると思います。では私は源内さんのところへ参ります」
「ああ、現場調査の報告は僕でしておくよ」
(大したものだなぁ…。先のじいさんの罵りによる心の傷はまだ癒えていないだろうに。僕も見習わないとな)
その夜の作戦会議にて、金庫破りの実行犯はかまいたち、そしてそれを使役しているつばめ組が真犯人であると新太郎たちは結論を出した。無論、まだ仮定であるが。
「いま、それを立証するものを源内さんに依頼してあります」
と、土方が発言したころに源内が作戦室にやってきた。
「お待たせしました」
作戦室のテーブルに源内が成人の拳大ほどの丸い機械を一つ出した。
「いや、歳絵くんには感心しました。よく気圧計を思いついたね」
「「気圧計?」」
新太郎以外の隊員たちは源内の出した機械を見てそう言った。一つ手に取った竜之介が
「姉ちゃん、気圧計なんて何に使うぜよ」
と、訊ねた。新太郎に説明した通り一同に話す歳絵。
「ほえ~。土方は頭がいいニャ~」
「いえ、たまたま気象について学んでいただけです」
源内が続ける。
「気圧計は製作がそんなに困難ではありませんので、歳絵くんからの要望から作戦会議までの短い時間でもそうした見本を作ることが出来ました。本日のうちに町に十分配置できるほどの数は作れるでしょう。配置図も私の方で作っておきます」
「では源内さんときよみさん、そして竜之介と歳絵さんも気圧計の製作をお願いします」
と、おりょう。すると猫丸
「源内、気圧計だけに作るのにきをつけい…。きあつけい。ぐふ、ぐふふふふ…」
ヒュウウウウウウウ
「コホン、と、ところで源内さん、製作に伴う資金はいかほどでしょうか」
「さきの通り、そんなに作ることが難しい機械じゃない。廃材を再利用して作れるからお金はいいよ」
「そうですか、もし必要でしたらいつでも言って下さい」
「では後の方は夜の巡回をお願いいたします」
「「はいっ!」」
巡回は新太郎、勇子、薫で行くことになった。屯所前で巡回前の装備と道具の確認をする三人。
「すごいですよね土方さん、どんなに気象学を勉強していても、普通はかまいたちと気圧計なんて結びつきませんよお」
感心している薫。
「そうだね、僕も最初は驚いたよ。よし薫くんに不備はなし」
「はい」
「それじゃ勇子くん、僕の装備を確認して…どうしたの、怖い顔して」
「別に、じゃ確認するよ」
新太郎の装備と道具袋を確認する勇子。
「なあ新太郎、私はどうもああいうチマチマした捜査って好きになれない」
「気圧計のこと?」
「だって、結局は相手が動くのを待つしかない仕掛けだろ?」
「そうなるね」
「結局、情報は足で掴むしかないんだ。よし、新太郎に不備はない」
勇子の確認は終わっていた。
「よし、では巡回に出発だ。行くぞ新太郎、沖田」
「うん」
「はい」
一行は京都御所近くまで歩いた。物の怪を手際よく倒しながら進んでいく。
「やっぱりかまいたちが多いですね」
汗を拭いた薫、うなずく勇子。
「もしかすると、つばめ組は御所近くの金貸しを狙うかもな」
「御所近くなら何軒か評判の悪い金貸しや政商がいる。回ってみよう」
「「了解」」
新太郎が先導して犯人が狙いそうな商家へと走った。早乙女美姫は金戒光明寺にいた。社殿の屋根に上り、報告を待っている。
「姫」
「右近、どうやった」
「本日、我々が狙いをつけた金貸しの浦沢屋は機動新撰組が張っています」
「はんぺんは焼いて生姜醤油っす!」
「声が大きいわアホ!」
美姫の洋風扇子に叩かれる鈴木左近。
「どうなさいますか姫、やつらの持つ結界発生装置の電池切れを待ち襲う手もございますぞ」
「いやええ、浦沢屋は後日にしよ。今日のところはウチらの負けや。先回りされてもうたんやから」
「はっ」
「かまいたちどもを退かせてウチらもねぐらに帰るで」
「かまぼこは小田原っす!」
「やかましアホッ!」
一方、勇子たちに結界発生装置の電池切れが来た。すでにその夜に京都市内に出た物の怪は掃討し終えていたが
「時間切れだ…。仕方がない帰ろう」
「でも新太郎さん、私たちが帰ったあとにこの店が襲われたら」
「仕方ないんだ沖田、結界発生装置がなくては戦えないのだから私たちにはどうしても時間切れが訪れる…。新太郎、帰りに府警に寄って今夜のことを報告しよう」
「そうだね、ここからは府警に任せるしかないよ」
結局、その夜は金庫破りは現れなかった。朝になり機動新撰組隊士が召集され、
「では町の随所に気圧計を配置してもらいます」
と、おりょう。
「おりょうさん、犯人はつばめ組に決まっています。そんな機械に頼らずとも聞きこみで情報を集めて、つばめ組の足取りを追った方が早いと思います」
勇子が言った。
「じゃあ何のために気圧計を夜なべして…」
源内が言いかけたところ、おりょうは
「では同時に行いましょう。勇子さんは町に出て聞き込みをお願いします」
「分かりました。では」
勇子が作戦室を出て行ったところ
「あ、私も聞き込みに行きます」
薫も出て行ってしまった。
「団体行動の出来ない子たちだな」
源内が腹を立てるのも無理はない。
「あの人には局長としての自覚があるのでしょうか」
と、歳絵。
「歳絵さんに負けたくないのよ」
「おりょうさん、組織が一つの事件の解決のために邁進している時、手柄争いをしている場合ではないと思います。事件を解決すればみんなの手柄です。勝ち負けなんてものは存在しませんし、近藤さんや私の功であるはずがありません」
「うん、歳絵くんの言う通りだ」
賛同する源内。
(正しい…)
新太郎も思った。ふふふ、と笑いながらおりょうが言った。
「いいじゃないの。形は違っても彼女なりに事件解決に一生懸命になっているんだもの。それに気圧計作戦も敵が動いて初めて有効なものですし、やはり同時進行で聞きこみはした方が良いでしょう?」
「は、はあ…」
「さ、分かったら気圧計を京都の町に配置してちょうだい」
「「はいっ!」」
新太郎は当てられた場所に行った。それは大きな金貸しの家だった。
「ごめんください」
「どちらさんかな」
老主人が出てきた。
「あっ!」
「なんやお前、土方の娘と一緒にいた奴やないか」
「……」
「まさか詫び入れろとでも言いにきたんか」
「ち、違います。コホン、僕は機動新撰組の勘定方兼参謀見習い、弓月新太郎と言います」
「弓月だと?」
「何か?」
「お前、もしかして弓月陽一郎はんの息子か?」
「ええ、そうですが…父をご存じなんですか?」
「そらお前、儂かて長年京都で金貸しをやっているさかいな。で、儂はこの長崎屋の主人権蔵や。何か用か?」
「あ、はい」
「言っておくが土方の娘に言ったことを改める気はないで」
「いえ、今回は別の用件あって参りました」
新太郎は植木鉢を出した。その中に気圧計が仕込まれている。
「なんやそら?」
「この中に金庫破りの犯人の足取りを掴むためのものが仕込まれていて、各所に配置させてもらっているんです」
「ほう」
「で、犯人に狙われる可能性がある、こちらのお屋敷にも設置させてもらいたいのですが」
「ふーむ…。まあ、他の隊士やったら追い返していたやろが陽一郎はんのせがれってことに免じて許したろ」
「ありがとうございます」
「つまり、ここにその機械を置けたんも親の七光りやな。あっははは!」
長崎屋は家へと入っていった。新太郎は長崎屋から出て
「なんて憎らしいじじいだ!あれが何で鈴香ちゃんのお爺ちゃんなのか理解できない!」
頭から湯気を立てて新太郎は次の土地へと向かった。途中で歳絵と会った。
「弓月さん、どうですか」
「ああ、僕はあと先斗町に設置して終わりだよ」
「私もあと二条城に配置して終わりです」
「リヤカーで植木鉢を引っ張っての配置だからね。疲れていないかい?」
「大丈夫です」
「この気圧計作戦、うまくいくといいね」
「はい、これが上手くいけば新撰組も変わるかと」
「変わる?」
「はい、近藤さんのような聞き込み中心ではなく、状況に応じて効率的な捜査を行えます。我ら新撰組には源内さんと云う機械巧者もいるのですから」
「なるほど…」
「一睡もしないで気圧計を用意して下された源内さんもねぎらわずに…本当に近藤さんは困った方です」
「そう言わないでよ。勇子くんは僕の命の恩人なんだから」
「初耳です」
驚いた顔を新太郎に見せる歳絵。
「今度話すよ。じゃ後の作戦会議で」
「はい」
すべての気圧計の配置を終え、夕食後に作戦会議が開かれた。
「気圧計の配置は終えました。あとは金庫破りの犯人が動くのを待つだけです」
と、歳絵。それに勇子が
「ああ、そうかいそうかい、気長なもんだねえ…。待っているだけで証拠が掴めるのならば楽なもんだよ」
「では近藤さん、聞きこみの方は何か成果があったのでしょうか」
「くっ…」
得られた情報はない。睨みあう勇子と歳絵。怒気たっぷりに歳絵を睨む勇子に対し、静かな目で勇子を見下ろす歳絵。
「やれやれ…。そんな様子じゃ夜の巡回で勇子くんと歳絵くんは一緒に行けないね」
と、新太郎。
「何を言いますか、私は近藤さんと違い、公私混同いたしません」
歳絵が言うや、猫丸が大爆笑しはじめた。
「ど、どうしたんぜよ猫丸」
竜之介が聞いた。
「ニャッて、『私はコンドウさんと違い、公私コンドウいたしません』見事な駄洒落だニャ。ぐふ、ぐふふふ!」
ヒュウウウウウウウ
「やる気がうせた」
と、勇子。猫丸の駄洒落好きもたまには役に立つものだ。新太郎は苦笑した。
その日の夜、つばめ組がある豪商を狙った。豪商宅近くにある寺の屋根に上がり様子を伺っている。
「ふん、立派な家とお庭やな」
と、早乙女美姫。
「この長崎屋、金貸しで儲けているそうですよ姫」
右近が答えた。
「他人の生き血でこんな豪邸を立てよったんやな。遠慮はいらへん」
「スッポンの生き血は焼酎で割るっす!」
「「意味が違ーうッ!!」」
雲にかかっていた月が姿を出した。
「月が晴れてもうたな。もう一度雲に隠れたら始めるで」
「「はっ!!」」
月が雲に隠れた。精神を統一した美姫。
「天津神、国津神…おりましなせ!出でよ物の怪!」
美姫は物の怪、大かまいたちを召喚した。
「大かまいたち、長崎屋の金庫をバッサリ切り裂くんや!」
通常、京の夜に出てきて新撰組が退治している物の怪と異なり、美姫が召喚した物の怪は美姫に絶対服従する。美姫たちは金庫のある現場には近付かない。双眼鏡で成否を確認している。かまいたちはその手にある鋭い鎌で長崎屋の硬い金庫を豆腐のように切り裂いた。
「キャアアッッ!!」
「ん…?」
美姫が叫び声に気付いて、双眼鏡で確認した。見ると幼い少女が倒れていた。
「あかん!」
急ぎ大かまいたちを戻した美姫。すぐに少女の元に駆けた。
「つばめ組は絶対に畜生働きの盗みをしてはあかんのに!まったくあのかまいたち!」
「姫、どうやら鎌にやられたのではなく、かまいたちとぶつかって飛ばされて気を失ったようです」
右近が横たわる少女を見て言った。
「さよか…。よしウチらのねぐらに連れ帰って治療したろ」
「良いのですか?面倒なことになりますから、いっそ放っておいてほうが…」
「いたいけな少女を気絶させた揚げ句見捨てたなんて噂になってみ、末代までの恥や!いいか、ウチら『つばめ組』は天下の義賊ということを忘れたらあかん」
「はっ、私の考えが浅はかでした。申し訳ございません」
「分かりゃええ、ウチらのねぐらに連れて帰り、元気になったら帰してやりゃええ」
「はっ」
「今日のところは失敗や。とっととズラかるで!」
気絶した少女を連れて、つばめ組は京都の闇夜に消えて行った。