弓月新太郎が新撰組に入隊して数日が経った。今までどんぶり勘定だった帳簿も整え、資金に関してはおりょうに変わり銀行や政府の出先機関と直接交渉するようになっていった。
やはり慶応大学で経済学主席だったことはあり、資金面においては早くも手柄を立てた。今まで政府から支給された新撰組の運営資金。経理に暗かったおりょうを侮って府庁はピンハネしていたのだ。保存されていた資金明細書からそれを見破った新太郎は提供の大元である政府に連絡をとって証拠書類を取り寄せ、府庁に直談判して今までの差額全額を請求した。
府庁もピンハネの後ろめたさと証拠の書類、そして新太郎の知識に裏付けされた抗議に観念して全額を返還した。屯所に帰って返還された資金を見たおりょうは大変な喜びようだった。
「こんなにピンハネされていたのねぇ…」
「少し口止め料も入っていますが」
「ブン屋に言うなってことね…。ふふ」
「はい、約束してきました」
「新撰組に弓月ありと知ったんだから府庁も二度としないでしょう。黙っていてあげましょう」
「はい」
「それにしてもお手柄よ新太郎さん、これの使用用途もお任せします」
「みんなに臨時ボーナス、源内さんの研究費に少しと、僕と勇子くんらの戦闘用道具の充実…それと」
「それと?」
「隊士をもう少し増やしたいと」
「そうね…。毎晩の見回りは確かに今の人数では大変ですし…」
「かと言って軍隊のように数を揃えれば良いと云うわけでもありません」
「その通り、この仕事はただ腕が立つだけじゃ務まりません。どんな不気味で恐ろしい物の怪が相手でも慌てずに戦える胆力の持ち主でなければなりません。そして逃げる時には逃げると言うような状況判断が出来る者でなければならない」
「そうですね」
「だから正直言うと、新太郎さんを最初見た時は大丈夫かと思いました」
「ははは、弱そうに見えますものね」
「悪いけれど…そうね。だから最初の見回りの結果次第では現場に出さず経理だけしてもらうつもりでした」
「ではお眼鏡にかなったわけですね」
「ええ、逃げるべき時にはスパッと逃げたと聞きます。あとで勇子さんが褒めていましたよ」
「勇子くんが」
「ああいう冷静な判断は私に出来ないって」
「あはは」
「あら、お話がそれちゃった。新たな隊士を雇いたい、でしたね」
「はい」
「新撰組の戦いと財政を知る新太郎さんからして、どのくらいの人手が必要ですか」
「勇子くんや竜之介に匹敵するような使い手があと二人もいれば」
「あと二人で?その理由は?」
「正確にいえば二名しか増やせないと云うことです」
「そうか…。結界発生装置のことですね?」
「はい、空いている装置はあと二つしかないと源内さんが。あの装置にはまだ不明な箇所があって振り出しからは作れないと言っていました」
「分かりました。あと二人で良いと言うのならば、すでに候補は決まっています」
「そうなんですか?」
「各々の修行にも目途がついたころでしょうし呼応いたしましょう。増員二名は長官の私が責任をもって行います。任せて下さい」
「分かりました」
◆ ◆ ◆
数日後、一人の少女が新撰組屯所に訪れた。
「ここが機動新撰組の…」
「何か御用ですか」
屯所前の門で立っている娘に外出しようとした新太郎が気づいた。
「あの、機動新撰組の屯所はここで良いのですか?」
「そうですよ」
「…てっきりいかつい門番がいるだろうと思っていたのですが意外です」
「そんな人手はありませんから」
「貴方は新撰組の方ですか?」
「はい」
「私は長官のおりょうさんの召し出しに応じて参りました沖田薫と申します」
「ああ、君が…。て、沖田…。まさか沖田総司の?」
「…はい、娘です」
「僕は弓月新太郎と申します。勘定方兼参謀見習いです」
「よろしくお願いします」
「では案内しましょう。どうぞ」
沖田薫は新太郎に長官室に案内された。
「沖田薫です」
「機動新撰組長官のおりょうです。ようこそ」
「はい」
「我々の任務の内容については聞いていますね」
「はい」
「命がけの仕事です。十五の娘だから出来ないと云うのは通りません。戦力にならないと分かればすぐに荷物まとめて帰ってもらいます。良いですね」
「が、がんばります!」
「よろしい、では本日の夜の見回りの成果を見て採用の可否を決めます」
「い、いきなりですか?」
と、新太郎。
「新太郎さんだって初日から立派に務めたではないですか」
「それとこれとは、ところでおりょうさん、一つ質問してよろしいですか」
「なんです?」
「この方は沖田総司の娘さん、もしかしてもう一人加入される方も旧新撰組に縁の方ですか?」
「その通りです」
「これで近藤勇と沖田総司の娘が機動新撰組にいるということになりますが、おりょうさんはどうして旧新撰組の血を引く者にこだわるのですか」
「親の七光りで物の怪は倒せない…。そう言いたいと?」
「…そうです」
薫は新太郎を睨んだ。こんな青白い優男に言われたくはない。
「残念ですが、今その答えを言うわけにはいきません」
「えっ…?」
「しばらくすれば自然と話す時が参りましょう。今は話せません」
普段温和な笑みを浮かべているおりょうが厳しい眼差しとなった。これ以上聞くのは参謀見習いとして分を過ぎると思った新太郎。
「分かりました。おりょうさんからお話しあるまで僕からは二度とお訊ねしません」
「ありがとう新太郎さん」
「話しを元に戻しますが、本日いきなり夜の巡回をさせるのは酷ではないかと」
「いえ、大丈夫です」
新太郎の言葉で逆にへそを曲げてしまったようだ。武の心得はあるが、薫はまだ十五歳の少女だ。
「しかし…君は今まで物の怪と戦ったことがないのだろう?」
「それはないですが…」
「おりょうさん、一度沖田くんの腕を僕に見させてもらえませんか」
「そうね、いきなり見回りに出して万一でもあらば、お師匠さんに申し訳ないですものね」
「はい」
「では新太郎さんに相手をしてもらいましょう」
「分かりました」
「言っておきますが手加減はせぬように」
面白くない沖田。新太郎の見かけは温和な書生。とても強そうに見えない。生まれたころから厳しい修行をしてきた自分にかなうものか。薫はそう思った。
「では私も手加減はいたしません」
「実戦でないにせよ、刀を交える以上は相手を女性と思いません。沖田くん、全力で行くよ」
「望むところです」
おりょう、新太郎、薫は道場へと歩いた。知らせを聞いた勇子もまた道場へと向かった。
「局長の近藤勇子だ」
「沖田薫です」
「ほえ~。何ともかわいらしい顔立ちで。父親は大変な美男と聞くけど、なるほどねぇ」
「…顔は関係ないと思います」
「そうかいそうかい、新太郎、美少女だからって手加減するなよ」
「そのつもりだよ」
「では初め!」
おりょうの合図で向かい合う新太郎と薫。木刀を左右両手に持ち、右前のめりの構え。
(見たことのない流派だな…)
新太郎の木刀の切っ先は震えている。北辰一刀流特有のものだが薫はそれを知らない。
(偉そうに言っていたのに刀が震えている。大したことない)
打ちかかった薫。二本の木刀が生き物のように襲うが、今まで物の怪と戦ってきた新太郎には防げない太刀筋ではない。つばぜり合いになった。押される薫。二刀で新太郎の太刀を押さえて何とか弾き返そうとするが
(くっ、優男なのにすごい力…!)
(膂力がない…。しかし加減はしない)
薫の木刀が二本とも弾き飛ばされた。
「あっ!」
「降参を、沖田くん」
木刀の切っ先を薫に突きだす新太郎。
「まだです!」
道場の外に走った薫。
「おい沖田!いきなり逃げかよ!」
「逃げじゃありません近藤さん!新太郎さん、ついてきて下さい!」
「どうして外に行くんだ」
新太郎の問いに答える薫。
「ここでやると建物を壊してしまいますから!」
「ほうう、大きなこと言うじゃないか。新太郎、付き合ってやんなよ」
と、勇子。
「分かった」
薫を追って屯所の中庭に走る新太郎。薫の術はすでに発動出来る状態だった。
『おいらは白虎!おいらの雷で黒焦げになっちゃえ!!』
(…!?彼女の声じゃない!)
すると空模様はなんの変化もないのに、一筋の雷が新太郎めがけて炸裂した。
「うわっ!?」
辛うじてかわした新太郎だが毛髪と衣服が少し燃えた。あぜんとする新太郎、おりょうと勇子も薫の技に度肝を抜かれた。
「こ、殺す気か!?」
「手加減はしないといったはずです」
「それまで」
おりょうが勝負を止めた。新太郎は木刀をおさめた。
「どうでしたか新太郎さん」
「はい、初めて見る術ですが十分実戦に使えると思います。術の発動には若干の時間を要するみたいですが、それは僕や勇子くん、竜之介がいれば大丈夫でしょう」
「あとは物の怪に物怖じしないで立ち向かえるか、だな」
と、勇子。
「私、がんばります」
「沖田くん、術を発動させる時に声が変わったけれど…。いや変わったと云うより違う誰かが言ったように聞こえたんだけど」
「うふ、じゃあ紹介します新太郎さん」
白い紙の札を出した沖田
「出でよ、我が式神!」
そう言って札を空に放ると
「「は~い」」
すると立派な法衣を着た四人の童子が姿を現した。頭に角が生えている。
「青竜」
「白虎」
「玄武」
「朱雀」
「「かおる、今日はなに~?」」
幼い弟が姉に甘えるようであった。何とも美少年。ちなみに朱雀は女の子だ。
「ちゅ、宙に浮いている…。これが式神…」
童子を指して驚く勇子。
「私の武芸は剣と陰陽術なんです。この子たちは私を守ってくれる式神です。とっても可愛いけど強いんですよ」
「さっきの雷は僕が撃ったんだ。しんたろーよく避けられたな、手加減なしで撃ったのに」
と、白虎。
「あ、ありがとう」
(あんなの直撃してたら即死じゃないか…)
「では沖田さん、今日の巡回から参加してもらいます。敵は物の怪、気を引き締めてね」
「はいっ」
「「かおる、しっかりやれよ」」
「「俺たちのオヤツ代をちゃんと稼げよ」」
「わ、分かっているわよ!みんなも私を助けてよ!」
「「は~い」」
式神たちは姿を消した。
「沖田くん、とりあえず仮入隊までこぎつけたわけだが、今日の見回りの働きいかんで、おりょうさんは正式採用するか決める。かといって功を焦っちゃダメだよ。見回りは三人で行く。チームワークが何より大事だ」
「はい、新太郎さん、よろしくお願いします!」
◆ ◆ ◆
そして夕食も終わり、新太郎と勇子と薫が見回りに出る。隊服を着てきた薫を見て新太郎、
「なかなか似合うよ」
「うふ、ありがとうございます新太郎さん」
「刀は菊一文字と紅鶴の太刀か、大業物だね」
と、勇子。
「父の愛刀と聞いています」
「じゃあみんな装備と道具の確認だ」
「はい」
「おう」
勇子が新太郎の、新太郎が勇子を確認。そして新太郎と勇子で薫の装備を確認した。
「太刀よし、防具もよし」
新太郎が薫の太刀を抜いて確認した。見回り前に自分で入念に確認するが出発前は互いに確認して行く。道具数量の把握は二度三度行う。わずかな誤差が死を招くのだから徹底している。
「近藤さんも新太郎さんもプロですね…」
「他人事みたいに言うな。よし結界発生装置を見せろ」
「あ、いけない。忘れちゃいました」
「馬鹿野郎!あの装置は私たちの命だぞ!お前新撰組の仕事をなめているのか!」
「ご、ごめんなさい」
「勇子くん、出発前に委縮するようなことを言っちゃ駄目だよ」
「だけどよ…」
「沖田くん、急ぎ取ってくるんだ」
「は、はい!」
天国荘に駆ける薫。
「ちぇ、新太郎は沖田に甘いな」
「僕もつい最近が初陣だったからね。あはは」
薫が戻ってきた。結界発生装置を勇子に見せる。
「よし、充電されているな」
「は、はい」
「じゃあ、そろそろ行こう」
出発した新太郎、勇子、薫。
「おい新太郎、今日は強い妖気が二つもあるぞ」
新太郎の持つ妖気レーダーを凝視する勇子。
「一つ目が近いな…」
「それは何です?」
妖気レーダーのことを訊ねる薫。
「これは源内さんが開発した妖気レーダーでね。夜の京都の町を徘徊する物の怪の所在地を妖気で検索できるんだ」
「すっごぉ~い」
「新太郎、まずこのでかい妖気の物の怪から仕留めよう」
「いや、初陣の薫くんには荷が重い。まず妖気の小さいのから仕留めて実戦を経験させたい。挑むのはそれからだ」
「うん、それもそうか」
と、勇子は得心したが
「いえ、行きましょう!こうしている間にもその妖気の持ち主は京都の町を!」
「沖田くん、功を焦るなと言っただろう」
「そうだぜ沖田」
「……」
新太郎たちは妖気の小さな物の怪を的にしぼり、京の町並みを走った。そして遭遇した。
「鎧天狗だ。しかも二体、防御力が高いぞ注意しろ!」
勇子が新太郎と薫に激を飛ばした。
「行くぞ!」
新太郎と勇子が斬りかかるべく構えた。しかし薫は動かない。動けなかった。
「…?沖田くん、陰陽術の詠唱を!」
初めての物の怪との戦い、物の怪を見た瞬間に薫は恐怖で固まってしまった。物の怪がそれを見逃すはずがない。鎧天狗はその硬い足で薫に蹴りかかった。敵が迫ると云うのに薫は動けなかった。
「まずい!」
急ぎ新太郎が薫を抱いて鎧天狗の蹴りから遠ざけた。
「沖田!」
「ご、ごめんなさい…。私怖い…!」
「ちっ!」
「勇子くん、煙玉を。その後に一体ずつ正確に倒して行こう」
「分かった」
「沖田くん、物の怪との戦い、しっかり見ておくんだ」
「新太郎さん…」
勇子が煙玉を使ったので鎧天狗は視界を失った。そして一体ずつ攻撃を集中して鎧天狗を仕留めた。戦いが終わったあと激怒していた勇子は薫を思い切り殴った。
「あうっ!」
「お前さっき何て言った!『こうしている間にもその妖気の持ち主は京都の町を』よくそんな偉そうなことが言えたな!」
「近藤さん…」
「せっかくの陰陽術が宝の持ち腐れだ!とんだ期待の新人だぜ!」
「ひ、ひどい…!あんまりです近藤さん!」
「勇子くん、それは言いすぎだよ」
「黙ってろ新太郎!私たちの命に関わることなんだぞ!戦闘で使えないってのは!」
「沖田くん」
「…はい、ぐすっ」
「僕も物の怪は怖い。この勇子くんだって物の怪は怖い」
「えっ…」
「新太郎、お前何を言って!」
「当たり前だよね。自分より大きくて見かけも恐ろしい。力は人間の何倍、熱気や冷気を放ってくる奴もいるし、とにかくどんな攻撃をしてくるか分からない。怖いよね。怖くていいんだよ」
「……」
「物の怪に何の恐怖も抱かずに攻撃する剣士なんて、所詮返り討ちにあって死ぬだけだ」
「じゃあ新太郎さんはどうやって恐怖に打ち勝ち、物の怪と戦っているのですか?」
「恐怖に打ち勝ってなんかいないよ。倒せないと分かれば迷わず逃げるしね」
「恐怖に勝てないのに、どうして戦えるのですか」
「うまく言えないな。使命感でもないし名誉のためでもない。強いて言うなら仲間のためかな」
「仲間のため?」
「うん、僕はつい最近まで慶応大学で学ぶ普通の学生だったけれど、京都に来て勇子くんやおりょうさんに会い、いつしか新撰組の仲間が大好きになった。京都の町が好きになった。仲間と町を守りたい、そんなところだと思う」
「私はそれにもう一つある」
「勇子くん、それは?」
「『誠』だ」
「うん、新撰組の誇りだね」
新太郎も頷く。
「沖田、もう一度チャンスをやる」
「近藤さん…」
「言っておくが逃げることは恥じゃない。力を上げて後日に再度挑めば良いだけのこと。しかし最初から戦いもせずに下を向いて逃げるやつは『誠』の旗のもとにいる資格はない」
「は、はい!」
「今度、体が強張ったら勇子くんのこわーい顔を思い出すといいよ。それに比べりゃ物の怪なんてかわいいもんだよ」
「こら新太郎、こんな美少女捕まえて何てこと言いやがる!」
「ありがとう、近藤さん、新太郎さん!沖田薫がんばります!」
(仲間と、京都の町と、そして誠、もう逃げないんだから!)
薫はゲームでは二刀流です。