萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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最終回です。


はじまりの風よ吹け

サンダードーンとの熾烈な戦いから数日経った。もはや夜の京都に物の怪が出ることはなくなった。機動新撰組の父たちや坂本龍馬が望んだ平和が訪れたのだ。それと同時に訪れたのは機動新撰組終焉の時であった。剣を置くべき時がやってきたのだ。

東京から戻った勝海舟とおりょうが話し合い、ついに隊士たちに『機動新撰組解散』の通告が出された。沖田薫は肩を落とした。

「私の居場所はここしかないのに…」

涙を落としかけたところ竜之介が肩を抱いて、

「おいおい、それはなかじゃろ?薫の居場所は俺の隣ぜよ」

「うっ、うん!!」

何が『うん』だ。ドサクサ紛れにイチャつきやがってと呆れて二人を見つめる勇子。

 

「で、勝先生、明治政府の様子は?」

新太郎が訊ねた。前々から気になっていた。

「ああ、明治政府に入り込んでいた西洋の要人がみんな消えちまった」

「それでは…」

「詳しいことはわからねえな。サンダードーンが消滅しちまった今、大人しく魔界にでも帰っちまったんじゃねえのかい」

「魔界…」

「いやいや、そんな世界があることもわからねえんだがな歳絵くん」

「いえ、物の怪が戻っていく世界があるように、魔物にも帰る場所があるのでしょう。それが魔界…。やはり再び人間の世にやってくるのでしょうか」

「てこたぁ…。親父たちが私たちに課したような修行を私たちの子にやらせなきゃならねえってことかい?」

と、勇子。歳絵は浅くうなずき

「考えておいた方が」

「その必要はないわ」

おりょうが制した。

「たとえ、再び魔物がやってきたとしても、それはその時代の若者が立ち上がるべきなの。それが何もみんなの子である必要はないのよ。貴方たちの父上たち、そしてみんな、もう京都、いや日本を二度も救ったのだから、これからは魔物や物の怪のことなど考えず、自分たちの幸せや夢を考えなさい。あとのことは後の世の人々に託せばいいの」

「おりょうさんの言う通りだぜ、みんな」

コホン、咳払いして話を戻した勝。

「で、先の西洋要人と癒着していた政府高官は次々と政界を去った。いや、正しく言えば俺と釜次郎(榎本武揚)で、そういう掃除をしたんだがな」

「では勝先生が当初考えていた『汚い膿を出す』と云うのは」

「そうだぜ新太郎さん、お前さんたちの活躍によって目出度く成就ってワケよ。これで龍馬や西郷さんに顔向け出来るぜ」

「ふふっ、私も龍馬さんに顔向けできるわね」

「そうぜよ母ちゃん、きっと『おりょう、げにまっこと、おまんって女子は大したもんぜよ』と抱っこしてもらえるがぜよ」

竜之介の言葉に頬染めるおりょうだった。

「まあ竜之介、お母さんをからかうもんじゃないわよ、ふふっ」

「これから世の中は変わるぜ。今の政治家はみんな薩長門閥か、俺のような元徳川幕府の人間、とにかくサムライの出ばっかりだ。だが、これからは違う。百姓や農民の出の者は無論、女だって日本の舵取りをする時代になるぜ」

「フリーダムの時代が来るんじゃな!」

「そうよ竜之介、勝先生の言う通り、機動新撰組の解散は終わりじゃなく、始まりなのよ」

「始まりか…」

 

感慨深く、始まりと云う言葉をつぶやく新太郎だった。その新太郎が閃いた。

「勝先生、おりょうさん」

「なんだい新太郎さん」

「機動新撰組の終わりと、僕たちの門出を祝い、山県さんや山崎屋さん、長崎屋さん、その他僕たちを色々と助けてくれた方たちを招待してパーティーを開きませんか」

「パンティ?」

「違うぜよ猫丸『パーティー』ゆうて親しい仲間たちが集まって、パーッとお祭りすることじゃき」

パーティーの意味を知らなかったおりょうも、竜之介の言葉を聞き

「まあ、それは名案だわ新太郎さん」

勇子、歳絵、薫も満面の笑みでうなずいた。勝が

「さすが新太郎さんだねぇ、せめてもの俺からの餞別だ。勇子くん、歳絵くん、薫お嬢ちゃんにピッタリのドレスを贈らせてもらうぜ」

「やったぁ!!」

「ありがとうございます勝先生」

「うふっ、竜之介さんをメロメロにしちゃいますぅ」

大喜びの勇子、歳絵、薫だった。すぐに機動新撰組ゆかり人々に招待状が届けられた。会場は機動新撰組本部のロビー。きよみや源内は自分たちで会場の飾り付けに勤しむ。パーティーなんて初めてだから、みんな子供のように心を躍らせた。勇子、歳絵、薫を連れてドレスを買いにいった勝が帰ってきた。

 

「新太郎、洋服屋で鈴香に会ったぞ」

と、勇子。鈴香にも招待状は届けてある。

「長崎屋さん、大喜びしながら鈴香ちゃんのドレスを選んでいましたね」

歳絵が添えた。

「へえ、パーティーって開く前から人を幸せにするんだなぁ…」

「本当ですぅ。発案者の新太郎さん、いい仕事です」

と、薫。

「はははっ、新太郎、当日鈴香のドレスを褒めること忘れるなよ。お前が今まで仕込み続けてきた光源氏計画が一瞬でパアになるぞ」

「なっ…!僕は鈴香ちゃんにそんな気持ちは!!」

「はっははは!真っ赤になってやがる。単純だな新太郎~」

「ひどいなぁ勇子くん…。でもドレスを褒めるのは忘れないよ」

 

「新太郎さん、ちょっといいかい」

勝が会場に来て新太郎を呼んだ。

「あっ、はい!」

何か困っている新太郎に気づいた歳絵。

「どうしました弓月さん」

「うん、実はこれからパーティーに出す料理の食材や酒を卸しに来る業者がたくさん来るんだ。臨時で雇った料理人さんたちも来るし…」

「それなら私で裁いておきます。勝先生のところに」

「ありがたいや。あっ、歳絵くん。今しがた酒巻さんも出席する知らせが届いたよ」

「酒巻様が?」

「うん、奥さんとお嬢さんを連れて来てくださるよ」

「それは楽しみです…。ますます当日が待ち遠しくなりました」

「佐那子先生も来て下さるし、僕も楽しみだよ」

 

勝の元に走る新太郎。勝は新太郎を中庭に誘った。

「新太郎さん、あんた、これからどうするんだい?」

「はい、慶応大学に復学しようと思います」

「卒業後は?」

「商人になろうかと」

「実は渋沢栄一が新太郎さんを雇いたいと言っているんだが」

「しっ、渋沢栄一先生が!!」

「ああ、破綻寸前の新撰組を立ち直らせた手腕、機動新撰組の頭脳としての活躍、何より魔物に挑んだ胆力に惚れこんじまったらしい」

「……」

「それなりのポストと給料は約束すると言っているが、どうするよ」

「…大変名誉なことですが、それはお断りします」

「ふむ…。一応理由を聞かせてくれるかい?」

「僕は卒業後、京都にまた戻ってきます」

「どうしてだい?」

「おりょうさんは、ああ言ってくれましたが、やっぱり魔物復活の可能性が気になります」

「なるほどねぇ…」

「京都でカンパニーを旗揚げし、父以上の商人になることが僕のこれからの夢です。しかし、それと同時に僕の剣を後の世代に伝えておきたいのです」

「あははっ、それじゃ仕方ねえな。渋沢も納得するしかねえだろうが、ますます新太郎さんのことを気にいるだろうぜ」

「ご期待に沿えず申し訳ございませんとお伝え下さい」

「竜之介にも似たような話を振ったんだがよ」

「竜之介に?」

「ああ、陽之助(陸奥宗光)が政治家として育てたいと言ってよ」

陸奥宗光は元海援隊士、坂本龍馬の部下であった人物である。政治家になりたいという竜之介の夢を勝から聞いて知ったのだろう。龍馬から受けた大恩を返したいと思うと同時に竜之介の器量を見込んだゆえに違いない。

「だが、竜之介も話を蹴りやがってな。俺自身の力で、この国の舵取りをする場所に上がってみせるぜよと言い切りやがった。それを聞いた陽之助はますます竜之介が気にいったみたいだぜ」

「竜之介やるなぁ…」

「あと、京都府警が勇子くんと歳絵くんを誘っている」

「京都府警が?」

「ああ、薫お嬢ちゃんは年齢もあるし、婚約者もいるからな。勇子くんは近藤家の次女、歳絵くんは釜次郎の養女だから身元もしっかりしているし、府警からすりゃ今まで京都を守り続けた二人はどうしても欲しい人材なんだろうよ」

「二人は何と?」

「歳絵くんは即座に断ってきた。勇子くんは考えさせてほしい、だそうだ」

 

歳絵が断った理由は知っている。解散が告げられた翌日、歳絵は新太郎を大徳寺に誘い、夕暮れのなか歩いた。そして打ち明けた。解散後、私は海を渡り魔物についての研究を続けると。おりょうの言葉は理解できる。魔物のことは後の時代の人に任せて、私は私の幸せを掴めばいいのだと。

しかし、一度始めた戦い。魔物の復活はあるかもしれない。歴史は繰り返すのだから。わずかでも不安要素があるのなら、まだ降りるわけにはいかない。歳絵はそう考えたのだ。

 思いのたけを新太郎に伝えた歳絵、最後に新太郎に握手を求めた。手を握り合う歳絵の目にうっすら涙が浮かんでいた。

「みんな、それぞれの道を歩いていくのだな…」

「ああ、おりょうさんの言うように、これが終わりじゃねえ。始まりなんだ」

 

◆  ◆  ◆

 

パーティー当日となった。この日のためにタキシードを勝に用意してもらった新太郎。会場まで歩いて行くと、

「ああ、新太郎さん、決まっていますよ~ッ!!」

薫が褒めてくれた。柱の後ろに人影二つ。

「近藤さん、土方さん、何を照れているんですか~?浴衣の時と変わっていないですね」

「おっ、おい、離せよ、何か照れくさくて」

「こういうのは着慣れないものなので…」

薫に引っ張り出された勇子と歳絵。ドレスを纏う勇子と歳絵は隊服を着ている時とは別人と思えるほど美しかった。新太郎は思わず惚けて二人を見つめ

「うわぁ、二人とも綺麗だよ!!」

「まあ、当然の言葉だな」

少し胸元が強調される勇子のドレス、ちょっとセクシーポーズを取ってみる。ウインクのサービス付きだ。

「ぼっ、僕もこういう時にどうやって褒めていいのか、よく分からなくて…。三人とも本当に綺麗だよ。隊服の時はまったく気づかなかったけれど…」

「ふふっ、ありがとうございます弓月さん。弓月さんのタキシード姿も素敵ですよ」

「竜之介さんたら、私を見てメロメロでした。股間を押さえながら『早く、初夜来てくれぜよ~』とか言っていました。私には何のことだが」

「「…………」」

勇子、歳絵、新太郎は一斉に吹きだした。

 

祖父の長崎屋権蔵、兄の鏡一に連れられて鈴香もパーティーにやってきた。着慣れないドレスで新太郎に走ってくる鈴香。

「弓月様!」

ほっぺを真っ赤に紅潮させている鈴香。新太郎は鈴香の視線に腰を下ろし

「鈴香ちゃん、うわぁ、とっても素敵だよ、そのドレス!すごく鈴香ちゃんに似合っているよ!」

「えへへっ、ありがとう弓月様、弓月様のタキシード姿も素敵ですっ!」

「はははっ、ありがとう」

それを遠目に見ていた勇子はプッと吹きだし

「あいつ、天然の女ったらしだな…」

「言うなれば、女を口説く『天然理心流』でしょうか?」

「うまい!土方に座布団三枚!!」

「いりませんよ」

あの新太郎の優しさに勇子と歳絵は救われた。落ち込んだ時、誰よりも親身になって心配してくれた新太郎。時には命がけで自分たちを守ってくれた新太郎。いつしか仲間以上の気持ちが芽生えたのは勇子と歳絵も同じ。自分より強くて、心優しき男…。そんな男いないと思えば案外近くにいた。

しかし、その気持ちは口にしてはいけないこと。たとえ、機動新撰組が無くなろうともそれは同じ。勇子と歳絵はほのかな恋心を抱く男の背中をしばらく見つめていた。

 

やがてパーティーの時間となった。始まりにあたり、おりょうが挨拶をした。勝がその後ろにいる。

「皆様、当『機動新撰組』は本日をもって活動を休止することを決定いたしました。隊士たちが仲間と共に死線をくぐることが出来たのは、ひとえに皆様の厚いご協力あってのことです。短い間でしたが、機動新撰組の長官として改めて御礼申し上げます」

出席者には京都府警、京都府庁、京都銀行の幹部とその夫人たち、そして山県有朋を始めとする京都駐屯の陸軍幹部、そして新撰組を支えた京都の名もない人々が集っていた。千葉佐那子、近藤勇五郎、慈慧と云った勇子たちの師、酒巻武良も多忙のなか駆け付けた。

「この祝宴が終われば私たちはそれぞれ別の道を歩み始めることになります。しかし、私は共に戦った仲間たちに、これだけは忘れて欲しくないことがございます。それは日本人としての心、新撰組の『誠』の心です。これから日本はますます世界に向かって躍進していくでしょう。そのためには今まで以上に西洋の知識や技術を吸収していくことも必要になってくると思います。だけど、それらに惑わされ流されてしまい、己の寄って立つ場所を見失わないように…」

固唾を飲んで、おりょうの言葉に聞き入る招待客たち。

「我々は西洋の真似ごとをするために彼らの知識や技術を学んでいるわけではないのです。何故に開国をし、日本人が今日までたゆまぬ努力を続けているか、皆様に考えて頂きたいのです。新しい時代を迎えるため、これからも努力の手を休めることのないように一人ひとりが日本人としての自覚を持ち…」

万感の思いを込めて、おりょうは次の言葉を発した。

「心に萌える剣を携えて歩んで行ってほしいのです」

最後、ニコリと笑ったおりょう

「以上を持ちまして機動新撰組長官からの御挨拶とさせていただきます」

満場より拍手が起こった。

「ささやかではありますが、皆様心行くまで祝宴をお楽しみくださいませ」

 

パーティーが始まった。パーティー会場の中央の踊り場で、竜之介は薫と猫丸と踊り、新太郎は歳絵、勇子と踊る。全員社交ダンスの経験なんてなかったが、剣士のカンか、すぐにリズムに乗れて踊れた。もはや言葉はいらない。心より訪れた平和な京都の夜を楽しみたい、そんな気分だ。

歳絵は武良とも踊った。武良には社交ダンスの経験があった。

「まさか土方さんの息女と踊る時が来るなんてなぁ…」

「ふふっ、酒巻様、とってもお上手です」

「そっ、そうかい?あっははは」

パーティーの一角の席、踊り終えた歳絵は武良と話した。

「海外に魔物の研究をするため旅立つか…」

「はい」

「君はまだ、この国に本当の平和が来ていないのではないか、そう思っているのだね」

「仰せのとおりです」

「うん、それが君の選んだ道ならいいだろう。だが日本を発つ前に明里さんの墓参をしてあげてくれないか」

「はい、それは喜んで」

「そうか、それでもう一つ…」

「はい」

「困ったことがあったら、いつでも私を頼りなさい。いいね」

「ありがとうございます」

 

宴たけなわだが、そろそろパーティーもフィナーレだ。鈴香は新太郎と踊り疲れたか、祖父の膝の上でスウスウと眠っていた。最後、近藤勇子が壇上に立ち

「こういうの柄じゃないのですが、機動新撰組局長として一言だけ。私たちは、それぞれの父の意志のもと、この京都に集いました。子供のころはあまりの修行の厳しさに、父の遺言を呪ったことさえあります。だけど今は、よくぞ私に意志を託してくれたと父に感謝で一杯です」

ぐすっ、少し涙ぐんでいる勇子の声だった。

「今まで父の写真を見ても、笑っている顔が全然想像出来ませんでした。でも、今ならあの鬼瓦みたいな父の顔が優しく微笑んでいる想像が出来るのです。何か初めて父が褒めてくれたような気がします」

師の勇五郎は壇上の勇子を見て

「義父上…。ご覧になっていますか…」

手ぬぐいで何度も涙を拭いている。弟子であり義妹の成長が嬉しくてならない。

「サンダードーンを討ち、父の意志を継げたこと、そしてそれが成し遂げられたこと。それは時に厳しく、時に優しく私たちを支えてくれた、この京都の人々あってのこと。機動新撰組局長として心よりお礼申し上げます。私たちは今日で刀を置きますが、誠の旗は我が胸の中で立て生き続けるつもりです。皆さん、本当にありがとうございました!」

満場の拍手と喝采が勇子を包む。花道、まさにそう言えた。勇子はそのまま京都府警長官の元に歩み

「明日からお世話になります」

そう言って頭を垂れた。府警長官は勇子の手と肩を握り

「こちらこそ、よろしく頼む」

信じられない光景だ。叶鏡一は美酒を口に運びながら苦笑した。京都府警と機動新撰組は捜査上の意見の衝突から何度現場で大喧嘩したことか。いま勇子を歓喜で迎えた長官とて勇子に思い切り尻を蹴られたことがある。

「府警と新撰組、喧嘩するほど仲がいい、てことか」

 

その時だった。パーティー会場にいきなり、煙幕弾が放り込まれた。たちまち会場は濃煙に包まれた。

「ゴホッゴホッ!なんだ?」

咳き込む勇子、やたら甲高い笑い声が会場に響いた。

「ホーッホホホホホ!!」

「げっ?美姫!?」

右近と左近を左右に早乙女美姫率いるつばめ組が乱入してきた。

「勝様、山県様、それにお歴々の皆さん、我らつばめ組の新しい目標のお披露目のため、この場に参上いたしました」

縦長の紙を右近と左近が広げた。そこには

『京都独立』

と書かれてあった。絶句した山県は

「馬鹿な…!!」

「そんじゃ、ウチらはこれにてさいなら!ホーッホホホホホ!」

美姫の視線の先に新太郎がいた。新太郎は美姫を見つめて微笑を浮かべていた。立ち直ったのだね、そう目で語っていた。美姫もまた目で、無論やと返して立ち去った。陸軍と府警が追いかけていったが、つばめ組は見事に逃走。パーティーは最後にハプニングがあったが、それもまた興があっていい。

 

◆  ◆  ◆

 

平賀源内は故郷の香川県で病院を作ることを決めて、助手を務めていた渡瀬きよみもそのまま源内についていった。やがてきよみは日本最初の女性外科医となり、彼女の故郷である熊本で病院を作り、九州の医療向上に大きく貢献することになる。

源内は香川で知り合った女性との間にもうけた男子に五代目の源内の名は付けず、発明家平賀源内の名前は四代目をもって終わる。

 

新撰組本部は京都府預かりとなり、その土地代と新太郎が勘定方として出した利益を公平に分配して、おりょうは退職金を渡した。竜之介はそれを選挙資金に充て、近々行われる選挙に京都府地区代表として立候補するつもりだ。妻となった薫の全力の応援を受けて。

猫丸は中国に帰って行った。物の怪が京都から消え失せた今、彼女自身も居心地が悪くなったのかもしれない。また魔物が出たらニャー(私)が蹴散らしてやるニャと仲間たちに言い、京都から去っていった。

 

本部の始末、お金の分配など勘定方の新太郎は最後まで新撰組屯所に残っていた。

パーティーの翌日には勇子は京都府警に務めだし、歳絵も荷物をまとめて屯所を後にした。

竜之介は京都郊外に屋敷を構え、父の故郷の高知からではなく、あくまで京都を拠点として政治活動をしていくつもりらしい。

本部の一角でおりょうと後始末をしていたが、それもすべて終えた。府警、府庁、銀行、そして明治政府に提出する書類、すべて新太郎が書き、おりょうが決裁の添え書きをした。この時点で機動新撰組は完全に解散となった。

 

「ふう、お疲れ様、新太郎さん。最後まで付き合ってくれて」

「いえ、勘定方なのですから当然です」

「これ、私から寸志、受け取って」

「いや困ります。みんなに公平に退職金を分けたのですから」

「だから、これは私の退職金の一部です。私の顔を立てると思って」

「あ、ありがとうございます」

「明日の汽車で東京に?」

「はい、また書生に戻ります」

「卒業後にまた京都にくると聞いているわ。その時はみんなで一杯やりましょう」

「楽しみにしています。では僕は久しぶりに京都の町を散策してきます」

「そうね、しばらく来られないのだから」

 

明日、京都を去る新太郎。もはや刀を腰に差すこともなく書生風体のまま京都の町を歩く。今までの思い出がよぎる。苦しい戦い、無念に拳を握ったこと、そして仲間たちと肩を抱き合い笑った時、今では京都が第二の故郷と思えるほどだ。三条大橋の中央で夕暮れの鴨川を見つめ、脳裏に浮かぶ思い出を巡る新太郎だった。そこに

「思い出に浸っているところ、悪いどすな」

「美姫さん…」

右近と左近を連れず、一人ここに来た美姫。

「東京に帰るんやて?」

「うん、明日に」

「ええんか?つばめ組がこれから大暴れする京都を離れて」

「ははは、それは府警の仕事だからね」

もはや物の怪を召還できる土台は京都から消え失せている。もはや美姫は物の怪を呼んで使役出来ない。しかし美姫の顔は覇気に溢れている。義賊つばめ組は続けていく。

「京都独立か…」

「ああ、そうや。きっと成し遂げたるで」

美姫を見つめて微笑む新太郎。顔を赤めて、新太郎の目線を逸らす美姫。

「警官になった勇子くんに怒られるかもしれないけれど応援している」

「ホンマか?」

「でも無理はしないでね。美姫さんは一旦突っ走ると周りが見えないから」

「……」

「体に気をつけて」

そう言って去ろうとしたとき、新太郎の背中に走り、顔を埋めた美姫。泣いている。

「新太郎…」

「……」

「ホンマは東京になんぞ帰るなと言いたい…」

「美姫さん…」

「こいつだけは言わせておくれやす…」

「うん…」

「大好きや…」

しばらく泣きやまない美姫に背中を貸している新太郎。美姫は新太郎の背をポンと叩き、笑顔で

「ほんならな新太郎、東京で頑張り!」

「ああ!」

こうして京都の町を救った機動新撰組の物語は終わった。隊士たち、それぞれにこれからどんな人生があったのだろうか。

 

◆  ◆  ◆

 

土方歳絵、日本を離れ欧州諸国を回り、魔物のことを研究した。しかし明確なことは何一つ分からなかった。時に人間に化けていた魔物を倒すことはあったが、魔物がどこから来て、どこに去るのか、日本を襲う気なのか、何も分からなかった。

いつしか歳絵は三十歳になっていた。もう肉体的に衰え、剣士として魔物と立ち向かうのは困難となった。そして母国日本がロシアと戦争している。人間同士で戦っている。成果はなく、母国は戦争。結局はおりょうが言った『後の人に任せる』と云う言葉が正しかったのである。

歳絵は傷心のまま帰国、榎本家に帰って行った。それから間もなく歳絵は大病を発した。榎本家は酒巻武良に連絡をとり、武良の病院に歳絵を入院させた。生死をさまよう歳絵だったが、武良の治療によって徐々に快癒。

歳絵は何の成果も得られなかったことを嘆きながら武良に語った。武良は歳絵に女医にならないかと勧めた。生きる指針を失いかけていた歳絵に新しい目標を与えたかったのだ。

渡瀬きよみが女の外科医第一号なら、土方歳絵は女の産科医第一号となった。普段は優しい武良であるが医療のことになると鬼のような厳しさだった。だが、歳絵は産科医と云う仕事に誇りを見いだし、腕の良い産科医となっていった。

やがて先妻を病で失っていた武良と結婚、遅い初婚であった。武良は前々から故郷二本松に病院を立てることを決めており、歳絵も一緒についていった。武良は二本松に医療学校を建設して後進にあたり、歳絵も女性産科医の育成にあたった。

酒巻武良は昭和七年、七十八歳で没した。歳絵も老境に達しており、この二本松で産科医を続けながら余生を送ろうと考えていたところ、一通の手紙が歳絵の元に届いた。

 

近藤勇子、京都府警に任官した、その三年後。叶鏡一より求婚を受けた。

最初は心臓が飛び出るほど驚いた。交際をしたとか、そういうのは一切ない。それがいきなり、俺の妻となってほしいと言ってきた。勇子は自分でも信じられないことに、その場で求婚を受けている。いわゆる寿退官である。

ついに美姫を捕まえられなかったか、そう思い退官を決めた時だった。その早乙女美姫が勇子の自宅にやってきた。何日も食事をしていない、右近と左近とも散り散りとなったようだ。万策尽きた美姫は恥をしのんで勇子の元に出頭してきたのである。

 

弓月新太郎、復学して二年後に慶応大学を首席で卒業、京都でカンパニーを立ちあげるべく、着々と準備と下調べを行い、京都、大阪、東京を慌ただしく行き来していた。元金は機動新撰組の退職金で足りる。これを元手に、どんなカンパニーを立ち上げるか考えどころだ。大阪から東京に戻る時だった。大阪駅で一通の電報を受け取った。差出人は勇子。内容は『ミキ・ジュウタイ』だった。

大慌てで新太郎は記されていた勇子の自宅へと走って行った。勇子の家に着いた新太郎、勇子が出迎え

「久しぶりだな、三年ぶりか」

「うん」

顎で家の奥を差した勇子。呼吸の荒い美姫が布団に横たわっていた。

「美姫さん…」

「ああ…。新太郎…来てくれたんか……」

憔悴しきっていた美姫。叶うはずが無いのだ『京都独立』なんて。しかし美姫はそれを本気でやろうとしたのだ。古き良き京都を取り戻すため。だが夢は潰え、今は心身共にボロボロの状態だ。

「…でもウチな、どんなに食うに困ったかて体は売らんかった……」

「美姫さん…」

「だって、ウチが純潔くれたるんは…新太郎……お前だけや……」

「……」

「お前、もう女房おるんか……」

「いや…まだ独り者だよ……」

「良かった……」

「美姫さん!!」

「ウチ…ウチを……お嫁はんに……」

「するっ!美姫さんを、美姫を!」

「おおきに…」

 

これより二年後、弓月新太郎は京都でカンパニーを設立。社長である新太郎の前に

「ホーッホホホホホ!!ウチがいるかぎりにダーリンのカンパニーを京都一番、いやさ日本一にしたるでえ!!」

何と美姫は新太郎が嫁にすると聞いた瞬間から病状の悪化が止まり、数日のうちに快癒した。勇子は女の一念はすごいねぇと呆れるように笑った。右近と左近の足取りも掴め、つばめ組は京都府警に出頭。義賊として名を馳せていたつばめ組に対して減刑嘆願書が殺到し、結局は執行猶予付きで放免となっている。

 

それより驚いたことがある。僕の母と美姫が上手くいくだろうかと京都から東京までの汽車のなか胃が痛いこと極まりなかったが、新太郎の母の静は早乙女美姫と知るや腰を抜かすほど驚き、衝撃の事実を息子に伝えた。

「美姫さんは亡き父上が決められた貴方の許嫁です!!」

何の冗談かと美姫を見たが、美姫は

「そうや、ウチも子供の時分に父母から弓月家の新太郎くんが許嫁と聞かされとる」

「じゃ、初めて会ったときから?」

「もちろんや、だけど親の決めた亭主なんてまっぴらや、そう思っていたんやけど…やっぱり母さまと父さまの目は確かやったんやなと思うで」

「美姫…」

「許嫁うんぬんやのうて新太郎、アンタはここでウチの心を落としたんや。誇ってええで!」

胸をドンと叩いた美姫だった。そして改めて

「お母様、末長くお願いいたします」

新太郎の母に恭しく礼をとった。最初はなんだ、この娘さんはと思ったが、やはり息子が惹かれただけはあるなと認め、以後は不仲で当たり前と言われる嫁姑が母娘のように仲睦まじくなる。

 

新太郎がカンパニーを立ち上げるを機に、弓月家は京都に引っ越す。美姫は新太郎の公私の伴侶となり、カンパニーの隆盛に大きく貢献する。右近と左近も新太郎が立ちあげた弓月商会の社員となった。

新太郎と美姫は夫婦として大変仲が良く、二人の間には二男三女に恵まれた。やがて明治政府に没収された早乙女家の土地のうち五分の一ほど買い戻し、そこに早乙女家が再興される。これは妻の美姫に内緒で新太郎が行ったことで、あとで知った美姫は泣いて新太郎に感謝したらしい。美姫の長女真姫が第十五代早乙女家当主となった。もっとも術は何も使えないが。

 

新太郎は息子に弓月商会は継がせず、優れた部下に後を委ねた。父の陽一郎がやったように子孫に美田を残さず、と云うわけである。美姫もそれには異論を挟まなかった。弓月商会を勇退して、夫婦水入らずで温泉でもと云うのが普通だが、そうはいかなかった。もはや父の陽一郎以上の名士となっていた新太郎に、ある誘いが来た。そして新太郎はその要請を快く引き受けた。妻の美姫は夫のかつての仲間たちにそれを知らせるために筆を取った。

 

坂本竜之介、彼は機動新撰組の中で、もっとも非業な最期を遂げていると言っていいだろう。父の龍馬と同じく暗殺されたのである。1936年、あの226事件に巻き込まれたのだ。時の大蔵大臣、高橋是清の側近を務めていた坂本竜之介の屋敷に青年将校たちは襲撃、竜之介と薫は還暦を越していたが、あの機動新撰組で修羅場を経た二人だけあって、青年将校相手に大立ち回りをするが、ついに数え切れない銃弾が竜之介を貫いた。

倒れる夫に泣きすがる薫、女の薫を撃つことはしなかった青年将校たち。しかし、彼らは全員この場で逆襲に遭い殺される。坂本邸を襲った青年将校で生き残ったのは誰もいない。これが226事件、最大の謎と呼ばれている。

事実はこうだ。夫を無残に殺された薫は怒りで我を忘れた。眼球の色は真紅となり輝きを放ち、牙は鋭利な刃と化し、髪の毛は逆立つ。何より薫は六十を過ぎた女の風体ではなくなっており十五歳の姿に戻っていた。眠っていた母サリーヌの力が怒りにより解放されたのだ。青年将校たちは薫に一瞬のうちに殺されてしまったのである。

薫はこの日より姿を消した。美姫が届けた手紙も宛先不明で戻ってきてしまった。

 

◆  ◆  ◆

 

京都の町、ここに三人の女が歩いていた。近藤勇子、土方歳絵、早乙女美姫である。もはや全員還暦を過ぎていた。

「男どもは好きに生きて、私たちを置いてさっさと死んでしまった。ずるいねえ…」

と、勇子。叶鏡一との間に六人の子をもうけた。鏡一はすでに故人だが、子に夭折は一人もなく元気に育ち、すでに子は巣立ちをはたした。勇子は長男夫婦のもとで悠々自適の日々を送っている。

「私は十五も年上の殿方に嫁ぎましたゆえ、先立たれるのは覚悟していましたが、やっぱり悲しいものですね」

夫の武良を弔った歳絵、武良と歳絵の間に子は出来なかったので夫の故郷である二本松も夫が亡くなった今、離れるに抵抗はない。歳絵は美姫からの手紙を読んで久しぶりに京都にやってくることにした。自分たちがいたころとガラリと変わっている京都、勇子と美姫は京都にずっと住んでいるから、変わらない風景であるが歳絵にとっては、もう別世界だ。

 

「で、土方…。いや酒巻夫人か」

「土方でいいですよ。私も近藤さんと呼びますから」

「じゃあ土方、結局外国で魔物のことは…」

「はい、何も分かりませんでした。たまに凶暴な下っ端の魔物と遭遇して戦ったくらいで」

「ウチらがテトラグラマトンを倒して封印して五十年以上経つけど、魔族は長生きやから五十年なんてヤツらにとっちゃ、ほんの一瞬やないか」

「そうです美姫さん、私もそれを恐れていたのです。だから昨年に竜之介さんが殺されたのだって、私は一瞬…」

「おいおい土方、魔族の仕業と云うのか?」

「いえ、すぐに考えすぎと分かりましたが…」

「土方はん、今のウチらじゃ、たとえ明日に魔族が攻め込んできてもどうにもならへんやないか」

「はははっ、美姫の言うとおりだな」

「それで、いま弓月さんのやっていること…ですね?美姫さん」

「そうや、さあ着いたで。今は女子の部があるから女人禁制やないんや」

勇子、歳絵、美姫は立派な門構えの建物の前にいた。武道専門学校、通称武専、ここにやってきたのだ。勇子はすでに女子の部の剣道師範を務めているが

「私に薙刀科の面倒を見てほしいって…弓月さん本気なんですかね…」

「ああ、歳絵くんしかいないって言っとったで」

連絡を受けた新太郎は校門近くまで出迎えにいった。

「歳絵くん!」

「まあ、弓月さん!」

およそ四十数年ぶりの再会である。

「相変わらず美人さんだね」

天然の女ったらしは現役のようだ。

「まあ、お上手で」

弓月新太郎は弓月商会の勇退後、武道専門学校の校長就任を要請されたのである。その条件として女子師範の部を設立させるなら引き受けると答えた。それが受理され、現在新太郎は武道専門学校の校長を務めている。

「歳絵くん、美姫からの書、読んでくれたかな」

「はい、私に薙刀科の講師を務めろと云うお話ですね」

「そうだ」

「でも私はもう薙刀を二十年以上握っていませんから…」

「では今から勘を取り戻してくれ」

「…強引ですね」

苦笑する歳絵。

「僕たちが機動新撰組で培った力、若い者に残さなくちゃ!!」

「ずるいですね、それを言われたら引き受けるしかありません」

「良かった!」

「十日ほど下さい。すべての勘を取り戻しますから」

「…歳絵くん、薫くんの行方は…」

歳絵は首を振った。おりょうはすでに他界し、竜之介と薫の間に子は出来なかった。よって勇子が捜索願を出したが、ようとして行方が知れなかった。

「そうか…。竜之介が死んで、そうとう参っていると思うのだけど…京都にいるのなら顔を出してほしいよ」

頷く勇子、歳絵、美姫。彼女らとて薫が心配でならなかったが、ついに存命中に再会は叶わなかったのである。

歳絵は武道専門学校女子の部の師範となり、武を志す若い娘たちを厳しく仕込んだ。それは勇子と新太郎も同じこと。後に魔族が日本を襲っても立ち向かえるように。そういう願いからであった。

そして、機動新撰組の活躍が伝説となり、人々に忘れ去られたころ、弓月新太郎、近藤勇子、土方歳絵、早乙女美姫は世を去っていった。

 

◆  ◆  ◆

 

そして平成の現在…。

京都郊外の金戒光明寺、ここに機動新撰組隊士たちが奉られている。弓月新太郎、おりょう、近藤勇子、土方歳絵、早乙女美姫が京都で没したゆえだろう。坂本竜之介は東京、渡瀬きよみは熊本、平賀源内は香川に墓があるが生前の希望で分骨されて仲間たちと共に眠っている。

しかし一つだけ遺骨も遺髪も納められていない隊士の墓がある。沖田薫の墓である。沖田薫がどんな最期を迎えたのか現在も分かっていない。

田中右近、鈴木左近も同じく金戒光明寺の墓所で眠っている。新撰組の敵手として伝えられるか首領の早乙女美姫と共に義賊として明治の京都で活躍したことは確かなこと。後世の人は誰よりも機動新撰組と縁の深かったつばめ組を同じ場所で弔ったのだ。

 

今日は大誠の日と云われる日で、機動新撰組が魔王テトラグラマトンを倒した日である。京都では祇園祭りに匹敵するほどの盛大な祭りとなり先人の武功を称えている。機動新撰組屯所跡地から金戒光明寺まで隊士に扮した老若男女が隊士たちの木像や絵をあしらった巨大な山車と共に練り歩くのだ。

 

その翌日になると祭りの後の静けさを迎える。隊士たちの墓の前には真新しい献花が風にそよいでいる。そこに一人の老婆がやってきた。足腰はしっかりしている。おりょうの墓に手を合わせた老婆。そして隊士一人一人の墓に線香を手向けた。

「みんな、久しぶり…」

木々が風にそよいで心地よき音をかなでる。

「はは、こんなシワクチャだから分からないかな。私、沖田薫よ」

もし墓の主たちが目の前にいたら驚きのあまり絶句したのではないだろうか。

「みんな…。みんなも知っての通り私はテトラグラマトンを倒した後、竜之介さんの妻となった。でも私、しばらくして気づいたの。老いがまったく来ないことに」

 

竜之介の妻になって四年ほど経って薫は気づいたのだ。十五からまったく顔と体も変わらないということに。

「竜之介さんやお義母様は私が半魔族と知っても受け入れてくれた。でもだからこそ焦ったわ。私が魔族の寿命を持っているってことに。だから私は竜之介さんやお義母様に気づかれないよう、陰陽術の応用で適度に自分の体を老いていかせた…。だましていてごめんなさい、竜之介さん、お義母様」

だが、あの事件が起きた。竜之介の最期は父の龍馬と同じく暗殺であった。226事件…。

「自分でも驚いちゃった…。私にあんな恐ろしい力があったなんてね…。だから私は姿を消した。そして今まで若返りを繰り返して生きてきた。不老不死を望む人は多いけれど、ちっとも良くないよ。だって寂しいだけだもの…」

涙を着物で拭う薫。

「でもね、若返りが出来なくなったの。私やっと死ねるんだよ。みんなのところに行けるんだよ!」

 

その言葉を発すると同時に薫は倒れた。病魔に冒されていたのだ。心臓が痛い。しかし薫には天国の階段に上がる心地よき痛みであったかもしれない。薫は仲間の墓の前で死にたいと思って、この場所にやってきたのだ。

「やっと、やっと…」

「一人で逝くのは悲しいニャ」

スッと姿を現した妖怪がいた。猫丸である。

「ね、猫丸さん…?」

「久しぶりだニャ薫」

「ど、どうして生きて…」

「ニャーは猫妖怪ニャ、寿命は長いニャ。中国の山奥で静かに暮らしていたが、なーんか悲しい声が京都から聞こえてニャ。んで来てみれば薫が倒れていたと云うわけニャ」

「さ、寂しかったよ猫丸さん…。ずっと独りぼっちだったんだよ…」

「そうかそうか、薫はいつまで婆さんになっても寂しがり屋で泣き虫な小娘だニャ。ほら」

薫を抱き上げた猫丸。

「あったかい…」

「竜之介、新太郎、みんニャ、今から薫がそっちに行くニャ…」

沖田薫は静かに目を閉じ、息を引き取った。享年不明…。

 

「やれやれ、やっと来たか沖田!」

「近藤さん!」

「遅すぎます」

「は~い、ごめんなさい土方さん」

「薫くん、とにかく構えて!」

「え?どうしてです新太郎さん?」

「目の前を見なよ!!」

よく見れば、薫は五条大橋のうえに立っていた。そして目の前にいるのは

「ホーッホホホホホ!!ようやく潰しがいのある機動新撰組になりましたわね!」

「つばめ組!!」

「言っておくけどダーリン、手加減しまへんえ」

「僕もする気はないよ美姫」

「よくも安月給でこき使ってくれたな弓月~ッ!!」

右近は戦意まるだしだ。

「まったくす!長浜の鯖そうめんす!!」

「やかましアホ!!」

左近の後頭部に美姫の扇子が入った。

 

「会いたかったぜよ薫」

「あなた…!」

夢にまで見た竜之介との再会だった。薫に求婚した当時の凛々しき男子の姿があった。

「子作りはあとでするぜよ。さ、一緒に大暴れじゃき」

「うんっ!」

 

「さあて、いっちょ長年のケリをつけようかい美姫!」

「望むところや、右近!左近!」

「はっ!」「へいっ!」

「やっておしまい!!」

 

「熱き思いを刀に込めて…近藤勇子、行くぜ!!」

「たゆたい流るる水のごとく…土方歳絵、参ります!!」

「闇を払いし風となりて…沖田薫、行きます!!」

 




皆さん『萌えよ剣 壬生の狼の娘たち』を愛読して下されてありがとうございます。
ホームページ『ねこきゅう』にて平成22年に書き終えたお話ですが、とても楽しく書いたのを覚えています。

ゲームをプレイした人には分ったでしょうが、私はラスボスを変えてしまっています。正直、こいつはかなりの冒険でした。ゲーム本編のラスボスはティスリと云う男性です。彼がテトラグラマトンそのものになるわけですが、薫とは全く縁がありません。
プレイして思いましたがティスリと云うラスボスに、あまりにも重みがないのです。プロットを書いてみて、こんな影薄いラスボスをどうやって書けばいいのかと思ったのですが、その時たまたまプレイしていたファイナルファンタジーのディシディア。

4のラスボスはゼロムスなのに、中ボスのゴルベーザが登場していますよね。4の敵役でゼロムスよりゴルベーザの方が印象に残るキャラクターということ。ああ、これだと思ったのです。しかし萌え剣にはゴルベーザのような敵キャラがいません。
主人公サイドに縁があって、かつ、それをラスボスにしてしまえば萌え剣はもっと盛り上がるぞと思い、私がダイの大冒険2作品でダークヒロインとして登場させたサリーヌをラスボスにしたのです。

さらに他作品『二本松少年隊-秋に菊が咲くころに-』から登場いただきました酒巻武良。彼は本編終盤に後妻をもらうのですが、こっちでは歳絵を後妻にしてしまいました。歳絵にも女の幸せを送らせたかったので。

ハーメルンに次に何を投稿するかは考え中ですが、とにかく一つ長編を投稿し終えて安堵しています。皆さん、ご愛読ありがとうございました!

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