萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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青春の祭り

ついに最終決戦の時がきた。

京都に物の怪と魔物が出る理由は分かった。十六年前の戦いで封じたテトラグラマトンの魔力が封印機から漏れだしたためだ。事態は最悪の方向に加速し、テトラグラマトンそのものが今や復活してしまっている。だが、その魔王テトラグラマトンの首を取れば魔物も物の怪も京都から消えていく。

まさに種の存続を賭けた戦い、そう言えるだろう。機動新撰組がテトラグラマトンをいただく魔族の組織サンダードーンに破れれば、京都から日本、日本から世界へと侵略は続く。誠の旗には『人類の存続』も掛かっていること、誰も口にはしなかったが、みな最終決戦の意味は分かっていた。

 

最後の封印を解いて後に突如京都の空に現れた黒い球体。慈慧の話では、それがテトラグラマトンの魔力そのものと云う。つまりサンダードーンの本拠地である。源内の読み通り、機動新撰組とつばめ組の右近と左近も何とか黒い球体に乗り込んでいった。すでに退路はない。

「弓月さん」

球体に入り、すぐに歳絵が気づいた。

「弓月さん、これは先に東山で見た空飛ぶ軍艦です」

「そのようだね…」

あの巨大な空飛ぶ軍艦全体を膜が球体を成して包んでいるような様相である。

「右近と左近、君はここで美姫さんとしばらく暮らしていたのだろう?内部は覚えているか?」

右近は首を振り

「残念だが、外れの一室を与えられていたものの軟禁と言える状態だった。要塞の中は自由に歩け回れなかった」

「そうか…。用心しながら進んでいくしかないな」

改めて要塞の中に入った機動新撰組一行。内部はまるで鯨に飲み込まれていくような通路だった。勇子が

「まったく、いい趣味してやがるぜ」

と、吐き捨てるように言った。

 

通路は薄暗く、そしてこれと言った妨害は入らない。そして予想していたことだが『妖気レーダー』は役に立たない。敵の本拠地に突入したのだ。妖気だらけなのだから正しくは作動しない。勇子たちは今までの実戦の勘から魔物の数と強さを割り出すしかない。だが、その勘も今の段階に至れば信頼に値するものだ。

いやに一本道が続く。先頭は勇子がつき、しんがりには新太郎が備えている。嫌な予感がする。

「勇子くん、みんな、これは誘われている…」

無言で頷く仲間たち。勇子が

「新太郎、ひときわ明るい光が見えている」

「あの光の下に小広い部屋か踊り場か…。いずれにせよ、あの場に着いたら一斉に掛かってくるでしょう」

歳絵が添えた。新太郎が作戦を説明。

「絶対に散っては駄目だ。数が多すぎる場合は、この狭隘通路に引きずり込んで各個撃破する。いいね!」

「「了解!!」」

 

前進し、あえて虎口に飛び込んだ勇子たち。案の定魔物の軍団が襲いかかってきた。来るのが分かっていたので、勇子たちはすでに強烈な第一撃を繰り出す準備はしていた。

「連続斬り参!!」

「隼斬り参!!」

新太郎と勇子の強烈な斬撃に続き、歳絵、薫、竜之介、猫丸、右近、左近も続いた。魔物は一体一体力任せに襲いかかってくるが、勇子たちは新太郎の采配のもと連携して戦う。たとえ一人一人が魔物より弱くとも遅れは取らない。団結の力と言えるだろう。まだ魔物は残っていたが、突如引いていく。どうやら退却しろと指揮官が命令したようだが、その指揮官が勇子たちに歩んできた。

 

「さすがですね…。あの者たち程度では足止めもままなりませんか」

初めて見る。深緑の長い髪を流す、不気味なほどに顔が整った男。女なら誰でも夢中になりそうであるが勇子、歳絵、薫は顔色を変えない。

「初めまして機動新撰組の皆さん、私の名前はサイヴァ、漆黒のサイヴァと呼ばれています」

「ふーん、あんたそんなに美形なのに悩みなんてあるんだねえ。深刻のサイヴァなんて二つ名なんてよ」

サイヴァはクククと笑い、

(初めてお会いした時、同じことをサリーヌ様も申したな…)

士気が落ちるようなことを言わないで下さい、と歳絵に叱られている勇子。

「出会ってばかりで何ですが、ここで貴女たちには死んでいただきます」

ゆっくり勇子たちに歩むサイヴァ。

「貴女たちは人の身でありながら強くなりすぎた…。分に過ぎた強さを得たら自滅あるのみ。ふふっ…。人間の戒めでございましたかな?」

「そしてそれは魔族への戒めでもある」

サイヴァに太刀を突きつけて言い放つ新太郎。

「結構、では…かかってこられよ」

正体を見せたサイヴァ、それは新太郎や歳絵が幼い頃に読んだ西洋の童話に出てきた悪い魔法使いの様相であった。全身を黒いローブに包み、紅蓮の炎のように光る眼光。何より童話の悪い魔法使いは小さい老婆の印象があるが、正体を現したサイヴァの体躯は大きく、まるで巨大な野獣が魔法使いになった、そう言える者だった。

勇子は直感で

「新太郎たち下がれ!こいつには機動甲冑がないと立ち向かえない!」

「その機動甲冑への信頼が命取りとなる…。紗姫との戦いで私たちサンダードーンが何も学んでいないと思っているのか?」

サイヴァが言うと、対峙する間合いの中で何かが弾かれるような音が響いた。現状で発することが考えられない音。薫がそれに気づいて音が発された場所を見た。

「…雷!?」

雷が横に走っていた。いかに機動甲冑とはいえ金属で出来ている。電撃は防げない。

「みんな避けて!急急如律令!!」

(電撃は電撃で防ぐ!!)

同じく電撃を得意とする白虎を召喚しようとした薫めがけて

「アイスダガー」

今度はサイヴァ、氷で棒手裏剣のような凶器を何本も作り、薫に投げはなった。二つの魔法を同時に、かつ発動までの溜めがまったくない。勇子、新太郎、竜之介もサイヴァが薫を狙ったのは分かったが助けるゆとりもなかった。薫も陰陽術を詠唱していたため、ほぼ無防備な状態で食らってしまった。

「あぐっ!!」

機動甲冑に助けられ、アイスダガーは薫を貫くことはなかったが、まるで鉄球がぶつかってきたかのような衝撃。刃から助けてくれても、その衝撃まで完全に無とならない。並みの人間では耐えられない衝撃が雨のように薫を襲ったのだ。機動甲冑を装備していなかったら命はなかった。薫は血を吐いて倒れた。

「今までの君たちの戦いぶりから、その娘の陰陽術によるものが多い。先手を取らせてもらった。悪く思わないでくれ」

サイヴァは至って冷静である。勇子、歳絵、そして新太郎も今までのサンダードーン幹部とは異質の者とゴクリとツバを飲んだ。しかし新太郎は妙と思った。どうして続けて攻撃をしなかったのか。たとえアイスダガーの刃は薫を貫かなくても石礫として、薫を矢継ぎ早に打ちすえることは出来たはず。あえて戦闘不能にしなかったのか。現に薫は意識を失っておらず、刀を杖に何とか起き上がろうとしていた。

「おかしな娘さんですね。どうして人間などの味方をするのですかな。貴女は私たちと同じ魔族でしょう」

「うるさい」

またその話か、薫は口に溜まった血をペッと吐き出し、忌々しそうに答えた。

「たとえ、この戦いに勝ったとて貴女に待っているのは地獄ですよ」

「見てきたようなことを言うな!」

その薫の言葉に意を得たりとサイヴァは笑い

「見ましたよ、私も貴女と同じく人間と魔族の合いの子でございますから」

「なっ…!?」

「もう大昔のことですが、私も魔族に立ち向かったのです。今の貴女と同じように人間の仲間たちと共に。しかし魔族を倒したらどうなったと思います?その人間の仲間たちは私を殺そうとしたのですよ」

ククク、と笑って話すサイヴァ。

「さすがに驚きましたが、黙って殺されるわけにもいかず仲間たちを皆殺しにしました。その中には将来を誓った娘もいたのですが、その娘まで私に剣を向けてきましたからねえ…。殺してあげました。所詮人間なんてこんなものなのですよ。倒すべきは魔族ではなく人間だったのです」

「「……」」

「降りかかる火の粉を払っているうちに私はその国を滅ぼしてしまいました。何をやっているのですかね人間は。私に何もせず、ほうっておけば危害は加えないと云うのに、わざわざ殺されるために剣を取る…。でも私はまだその時は人間を見捨てませんでした」

 

サイヴァは語る。そして薫も混乱してきた。私も、私もそうなるのか?魔族を倒した後に仲間たちに殺されるか、それとも自分が第二のテトラグラマトンになってしまうのか、起き上がりかけた薫であったが、サイヴァの話を聞いているうちにペタンと尻もちをついてしまった。

ただの舌先三寸と侮るなかれ。これは干戈を交えていないものの、まぎれもなく戦いである。サイヴァにとっては敵の結束を乱し、士気の激減を図ると云う策。早くも薫には効果が顕著に表れている。

「一国を滅ぼしてから、しばらく経ち私は再び人間の仲間たちと共に魔族に立ち向かい、そして撃破しました。で、同じことを人間はしてきました。私を殺そうとしたのです。仲間たちを皆殺しにして、ついでだから魔族の代わりにその国の人間たちも皆殺しにしました。くっくくく…。さっきも言いましたが私に何もせずば、私は何もしなかった。だが人間はどうあっても半分魔族の存在は許さないみたいでしてねぇ…。ならば自分の居場所を掴むためには人間を滅ぼすしかないと思いましてね。次からは魔族側に付いたわけです」

「「……」」

「魔族は良いですよ。たとえ人間との合いの子であろうと不当な待遇は受けません。力があれば、どんどん重く用いられます。人間の世界じゃありえませんねぇ。あいつらは少しでも異端な者を排除しなければ気が済まない矮小な屑ども。肌の色程度で蔑むなんて頭がおかしいのではないかと思いますよ。薫と申しましたか?どうですか、今ならば母上のお力でサンダードーンの幹部の椅子を用意いたしますよ?」

 

「あっははは!」

笑う勇子

「バーカ!お前がその程度の男だから出会う仲間もそんな二束三文な連中ばかりなんだよ!哀れすぎて笑っちゃうぜ!」

「ほう、では君は半魔族の彼女に気持ちが永遠に変わらないと?」

「当たり前だろ。こちとら、そんなに器用じゃねえんだ」

「なぜ言いきれる?」

「そりゃあな、私も沖田も『誠』を背負っているからだよ!!」

「近藤さん…」

勇子の言葉がどうしようもなく嬉しい薫だった。

「たとえ、お前の言う人間すべてが沖田を敵としても私たちだけはずっと味方、仲間だ!」

サイヴァは笑わない。勇子の目を見て、その言葉を受けている。歳絵はこのサイヴァの態度を見てサイヴァが語ったことが偽りでないことを悟った。歳絵も勇子に添える。

「同じ半魔族でも、貴方は機動新撰組と出会わなかった。そこの違いでしょうか」

立ちあがった薫へ回復薬を飲ませた新太郎。

「これじゃ全快に遠い、回復の陰陽術を自分にかけるんだ」

「了解、すぐに戦線に戻ります」

薫は凛と立ち、勇子と歳絵の横に並んだ。

「ほう、結束が乱れるどころか、より強くなるとは面白い。全力で君たちを叩き潰したくなった!」

 

サイヴァの両の手に火、水、雷、風の魔弾が出た。それを機動新撰組に容赦なく放ち続ける。勇子たちは避けるので精いっぱいだった。猫丸の突進もあっさり避けられ、竜之介のバズーカはサイヴァの防御魔法の前には豆鉄砲であった。機動剣で斬るも、怒涛のごとく発せられる魔法の前に近付きようがない。

再び、サイヴァは電撃で機動武具をまとう勇子、歳絵、薫に狙いを定める。戦いの喧騒のなか、さしもの薫も気づかない。ピシッと大気が揺れた。新太郎が上を見た。

「まずい!」

とっさに脇差を上に放って避雷針代わりとした新太郎。バチバチと眩い光が敵味方を包む。

「どうしましたか、私程度にやられるようではテトラグラマトン様に勝てるはずがございませんよ」

「最悪の相性だ…。近づけもしない」

肩で息をする勇子。新太郎は勇子、歳絵の背を見つつ考えた。この戦いは退却が出来ない。ここテトラグラマトンの本拠地に来た時点で、後戻りは出来ないのだ。

結界発生装置は作動している状態、いま戦闘に加われるのは勇子、歳絵、新太郎、竜之介、右近である。猫丸と左近は封印機を搬送している。脂汗が額ににじむ新太郎、気がつけば魔法使いにはうってつけの間合いを取られてしまっている。不意に近づけば先のアイスダガーとやらで蜂の巣となる。まだ他にどんな魔法を操ってくるやら。

考えろ、考えるんだ、新太郎は懸命にサイヴァを打倒する作戦を思案したが、対峙した時点で、すでにサイヴァは自分に必勝の位置取りをしていた。それはサイヴァが機動新撰組の戦いをずいぶん前から観察し、何より人間を侮っていない証拠である。ここから逆転が出来るのか、だが新太郎はあきらめない。勇子も歳絵も、何だかんだと新太郎の知恵を頼りとしている。投げ出すことなど出来ようか。

どんな局面でも必ず打開策はある。新太郎の父、陽一郎の言葉である。新太郎はあきらめない。だが勇子の言うとおり、まさに最悪の相性。サイヴァを倒す秘策、そんな名案、この戦闘の中、かの諸葛孔明でも考えつくまい。

しかもサイヴァは悠長に思案する時間も与えない。そしてついに薫がサイヴァの真空魔法に吹っ飛ばされた。魔法封じの陰陽術をゆとりのない状態で強引に発動させようとし、それをサイヴァに付け込まれた。壁に叩きつけられ、倒れる薫。

 

「はぁ…はぁ…」

まだサイヴァにかすり傷一つ付けられない勇子たち。膝を落としかけたが、それを堪える勇子。局長の自分がそんな様を見せたら士気の激減は免れない。サイヴァは手をゆるめない。何故なら、誰一人としてあきらめていない。もはや立っているのは勇子、歳絵、新太郎だけだと云うのに。

「魔法って無尽蔵に撃てるものなのか…。薫くんの陰陽術は数度の戦闘で枯渇するけれどサイヴァはまったく底がないように放ってくる…」

「さてね…。あそこまでの魔法使いと戦うなんて初めてだからねぇ…」

新太郎の疑問に勇子が答えた。今までサイヴァのように炎、雷、風を発する物の怪や魔物と戦ったことはある。しかしたいてい一撃か二撃であった。サイヴァは無尽蔵さながらで、しかも一発一発の威力が桁違いである。

 

「新太郎、囮になれ」

「なっ…!?」

勇子の言葉に驚いたのは歳絵である。だが

「分かった」

新太郎は即答、勇子は続ける。

「すまない、もうちょっと早く決断出来ていれば。局長失格だ」

「それを言うなら僕こそ参謀失格だ。何も作戦出せなかった」

「相手が相手だ。仕方ねえさ。でも…」

「何も言わなくていい」

刀を収めた新太郎、疾駆に備えるためだ。

「ちょっ…!弓月さん!」

「歳絵くん、これは旧新撰組にもあった役割『死番』だ」

新撰組は敵地に突入の際、もっとも危険が伴う一番手を『死番』と呼んで、毎日の交代制にしていた。つまり死番の者は朝から死の覚悟をしていたと云うことである。

「しかし!」

「勇子くんを褒めてあげなよ。生きろと言うより死ねと下命する方がつらいのだから」

歳絵の肩をポンと叩いた新太郎。その新太郎がサイヴァに向かって突撃しようとする、その瞬間だった。異様な圧迫を背後から感じ、勇子、歳絵、新太郎は振り向いた。

「あいつら…?」

驚く勇子、思えぬ伏兵だった。薫の東西南北を守るかのように立っている四人の童子。式神である。東の青竜、西の白虎、南の朱雀、北の玄武。いつも可愛らしい笑みを浮かべていた童子。それが眼光鋭くサイヴァを睨みつつ立っている。

「「薫をいじめたな」」

思わず気圧された勇子。魔物と物の怪とも違う、圧倒的な強さを醸し出す雰囲気。サイヴァは

「これはお久しぶりですね。と、言っても私のことはもう覚えておりませんか」

十六年前の戦い、サリーヌに致命傷を負わされた式神。その傍らにはサイヴァがいた。サリーヌと対峙した時と同様にサイヴァにも及び腰になっても不思議ではないが、四式神は凛々しく薫を守りながら立っている。サイヴァの顔から笑みが消えた。

「ほう、主を傷つけられた怒りで転生前の力が蘇りますか…」

背筋に寒さを感じるサイヴァ、あの時はサリーヌと共に各個撃破で倒していった。しかし今度は式神が聖獣となってサイヴァ一人に襲い掛かる。

『『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!』』

式神が聖獣として正体を現した。青竜、白虎、朱雀、玄武が降臨した。一斉にサイヴァに襲い掛かった。魔弾も怒りに煮えたぎる聖獣には淡雪のごとく。これではサイヴァも一たまりもない。

 

「ぐっ、ぐあああああ―ッッ!」

血まみれになって床に崩れ落ちたサイヴァ。無敵の様相であったサイヴァが信じられないほどのあっけなさである。これが式神たち本来の力なのか。しかし

「ありゃ時間切れ~」

そう朱雀が言うと、聖獣は童子の姿に戻ってしまった。時間にして二分から三分、これが限界なのだろう。しかも青竜以外は倒れるサイヴァの前でスヤスヤと眠りだしてしまった。

「あふぅ、仕方ないなぁ…」

眠気を堪えつつ青竜は仲間に術を施して姿を消していった。

「ふっ…。やはり神は強いと云うわけですか…」

意識が薄れつつあるサイヴァ、十六年前の戦いもすでに激闘で弱り切っていた聖獣をサリーヌと共に討った。体力気力ともに充実している四体もの聖獣相手に一人で叶うはずもない。

「…仲間の裏切りに心を歪ませ……何国も滅ぼし、何十万もの人間を虐殺した私に…やっと来てくれた天罰かもしれませんね…。神に討たれるか…。まずまずの最期でしょう…」

息絶えたサイヴァ、不思議と静かな笑みを浮かべている死に顔だった。

 

サイヴァの亡骸を改める歳絵、死亡を確認した。刀を収める勇子。

「すげえ攻撃だったな…。伊達に神様を名乗ってねえよ、あいつら」

「しかし、この後の戦いには来てはくれないでしょうね」

歳絵も刀を収めた。

「まあな、でもこの戦いに加勢してくれただけで十分だぜ。よほどの力を使うみたいだしな」

「薫くんの負傷を見た怒りによって、本来の力を引きずり出したというわけだからね。彼ら自身も自在に聖獣になれると云うわけでもないようだ」

道具袋の回復薬を握り、倒れる仲間たちに向かう新太郎。

「さて、みなが起きたら前進するよ。いいな土方」

「了解、しかし近藤さん、先の囮作戦は…」

「やらなきゃならん時はまたやるつもりだ」

歳絵はフッと笑い

「…ちょっと見直しましたよ」

偽りのない褒め言葉だった。回復した薫がサイヴァの傍らに立っていた。同じ半魔族、この人は未来の私の姿なのかもしれない。そう思った。

(青竜、白虎、朱雀、玄武…)

思念で式神を呼ぶ薫、姿を見せないまま薫と話す式神。

((な~に、薫。まだ眠いのだけど))

(この人のように私がもし道を外したら…)

((…………))

(迷うことなく私を殺して…)

「大丈夫じゃき」

「え…?」

 その薫の横に竜之介がいた。それより何で式神と話していたことが分かったのか。

「何となくじゃな、薫は顔に出るきに」

 カァ、と顔を赤くした薫。

「薫はサイヴァと同じにならんち、俺がこれからずっと側にいるきに」

「ちょっ、ちょっとそれって…」

「うん、俺の嫁になってくれちゃ」

「竜之介さん…」

半魔族の私でいいの?声に出さないが顔に出る。そして竜之介もすべて受け入れると云う笑顔で頷いた。

「あ、ありがとう…。こんな私でよければ…」

嬉し涙を浮かべて竜之介の求婚を受けた薫。思わぬ求婚劇に微笑む勇子と新太郎たち。

「お似合いだよ、二人とも」

と、新太郎。

「うん、薫とハッピーになるためにも、この戦いは負けられんぜよ!」

「はっぴい?」

「幸せ、と云う意味ですよ沖田さん」

歳絵が訳してやった。幸せになるため、うん私も頑張らなきゃと気合を入れる薫だった。

 

◆  ◆  ◆

 

サンダードーン基地、最深部。ここでサリーヌと美姫が睨みあっていた。

「サリーヌ、今までよくもウチのことを虚仮にしまくってくれたな」

「ふうん、私と戦うつもり?」

豪奢な椅子に座り、不敵に笑うサリーヌ。

「お前のような魔女を生かしておいたら京都は、いや日本もおしまいや。ウチがたたんでやる。もはや、ウチの力はお前なんぞ越えとる。覚悟しいや!!」

美姫は物の怪を召喚、それは日本の伝承に出てくるほどの怪物ばかりであった。しかしサリーヌは苦も無く倒した。

「ア、アホな…」

「アホはアンタでしょう。ふふっ…」

美姫に詰め寄るサリーヌ、後ずさる美姫、恐怖で震えている。

「どうして、どうして母さまの力をすべて継承したのに!」

「救いようのない馬鹿ね。確かに紗姫の力は継承した。しかし、その力を使う基礎や練度が全く備わっていないのよ。お前は何もかも犠牲にして母親が持っていた力を得ようとしたけれども、その実は何も手に入れていなかった。お笑いね」

「……」

「お前は私たちに『紗姫の娘』『早乙女家の娘』としか見られなかった。誰も『早乙女美姫』と認めていなかった。本当に馬鹿な娘、敵であった私とて紗姫が気の毒でならないわ、あっはははは!!」

「ちっ、ちくしょおお―ッ!!」

悔し涙を浮かべてサリーヌに殴りかかる美姫。

「あらあら初対面の時と同じじゃないのよ。まったく成長のない娘」

美姫の首をギュッと掴んで持ちあげたサリーヌ。

「へしおってやるわ。せめて、お前の母と戦った者の情け、痛みも感じないよう殺してあげる」

首をしめられ、意識が薄れるなか美姫は悔し涙をポロポロと落とす。

(ちきしょう、ちきしょう、美姫のアホ!母さま…ウチを許さんといて…あの世に行っても合わす顔などあらへん…)

最後、想いを寄せている人の顔が浮かんだ。

(新太郎…大好きや…。せめてウチのこと忘れんといて…)

その時だった。

 

「待て!」

意外な者がその場に殴りこんできて美姫を救う形となった。アダルである。

「アダル…。あんたまだ生きていたの?」

冷徹に言い放つサリーヌ。

「その女を殺す前に聞いておきたいことがある。どうしてテトラグラマトンは復活しない!その女、すべての封印を解いたんじゃねえのか!?復活したのは、この軍艦を包む魔力だけじゃねえか!!」

美姫を放り投げたサリーヌ、アダルの問いに答えた。

「言い忘れていたけれど、テトラグラマトンはすでに死んでいるわ。この女の母親に殺されてね」

「なんだと…!」

「復活するのは、この魔力だけで十分だったのよ。何故なら私がテトラグラマトンの魔力をそのまま自分のものと出来るから。分かる?私自身がテトラグラマトンとなったのよ。あっはははは!」

「てめえ…。俺たちをだましてやがったのか!」

「ふふふっ…。だまされた貴方が馬鹿なのよ、この女と同じようにね」

「なんやて?」

「少し下界を見せてあげるわ」

基地の最深部はそのまま巨大なスクリーンとなった。京都の人々が不安に怯えながら、いま自分たちのいるサンダードーン基地を見つめている。

「な、なんや?これは夜やない、紫色の空…?」

「これが魔都の京都、魔に支配された京都の空よ。もうじき魔物が京都に降り人間たちを殺し、この都を我ら魔族のものとする」

「ふっ、ふざけるんやない!ウチがそんなんさせへんで!」

「何を言っているの?魔都にするに私たちにもっとも貢献してくれたくせに」

「な、なんやと?」

「あの封印機にはね。早乙女家の力と共にテトラグラマトンの魔力も封印されていた」

「……!?」

「機動新撰組の者たちが言っていたでしょう?母親が死を賭してまで行ったことを娘のお前が水泡に帰そうとしていると。機動新撰組はかなり早い段階で気づき、お前の説得を試みるも、私を倒したい一心からお前はその忠告に聞く耳持たなかった。その結果がこれよ。魔の都の復活のため、おおいに働いてくれたというわけ」

「う、うそや…」

「確かお前たち『つばめ組』は京都を古きよき時代に戻すとほざいていたわねぇ。良かったじゃない大願成就で。私たちサンダードーンもお力添えしたかいがございましたわ。あっははははは!」

「ウ、ウチが……京都をこんなんにしてもうたんか……。ウチが……」

美姫の中で何かが弾けた。

「ああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

「ふん、哀れな女、絶望と悔恨のあまり精神の綱が切れちゃった。で、アダル…」

「……」

「だまされたから何?」

「てめえ…」

「ふふっ…。お前のような役立たずがやっと私のために役立つ時が来たわね。キスレヴのように私の養分になりなさい」

「て、てめえがキスレヴを!!」

「今ごろ気づいたの?本当に馬鹿ね。あっはははははは!!」

我を忘れてサリーヌに襲い掛かるアダル、しかし一矢も報いられずアダルは沈んだ。

「ち、ちっきしょう…!!」

「まずそうだけど、まあ仕方ないわね…」

アダルの首を掴み持ち上げたサリーヌ。そこに

 

「はぁ、はぁ、はぁ、やっと着いたぜ!ここが最深部だな!!」

機動新撰組が到着した。勇子はもっていた手拭いで汗を拭いた。

「おや…。ついにここまで来てしまいましたか」

サリーヌはアダルを持ちあげたまま勇子たちを見た。

「アダルがやられています。仲間割れでしょうか」

と、歳絵。

「まあ、そんなところです。しばらく待って下さい。すぐに済みますから」

「くっ…。ざまあねえな…」

機動新撰組を見つめるアダル。

「おい、お前ら!人間にこんなことを頼むなんて俺もどうかしちまっているけどよ……。必ずサリーヌを討ってくれ!」

「あっはははは!あんな人間に頼みごととはね。落ちるとこまで落ちたわねアダル」

次の瞬間、勇子たちは目を疑った。サリーヌの口が異様に大きくなり、アダルを貪欲に食べ始めてしまった。肉がちぎれ、骨が砕かれ、そしてアダルの断末魔の叫び、耳を塞がずにはいられなかった。

 

「な、仲間を食っちまった…」

呆然とする勇子。

「ひどい……」

あれが私の実の母親なのか、そう思うと吐き気が止まらない薫。

「だから魔物なのです」

冷徹に言う歳絵。

「ああ、まずかった。さて皆さん、お待たせいたしました」

機動新撰組の前に立つサリーヌ。

「早乙女美姫はどこにいる」

新太郎が訊ねた。

(まさか、食ったのか…)

サリーヌは顎で方向を示した。美姫は最深部の部屋の隅に座っていた。目の焦点が合っておらず、ブツブツと何か言っている。一目で分かった。心を閉ざしていると。

「何をした…」

右近が怒りに震えて聞いた。

「安心していいわよ、私も女だから犯せなんて命令はしない…。ただ教えてやったのよ、美姫が何をしたかということをね」

「そうかい、てめえの罪の重さに気づいたら気が狂ってしまったってことかよ」

もう立ち直れまい、勇子は思った。たとえ救いだしても間違いなく自分で死んでしまう。そこまで思わせるほど美姫は傷ついていた。

「おいたわしや姫様…。この右近がふがいないばかりに…」

「美味いもん食べさせて、姫を助けるっす!」

気楽な左近の言葉がこの時はありがたかった。

 

「では、お相手いたしましょう」

サリーヌは正体を表した。黒い翼が大きく広がる。金色の体毛に覆われた異形の者。

「天戒のサリーヌ参上…」

先に屯所で見た姿と同じだが魔力が格段に違う。サイヴァより何倍も強いのであろう。だがそのサイヴァと戦ったこと、そしてその後に最深部に至るまでの戦いも経て、対魔法使いの戦い方は学んでいる。不思議なほど心が落ち着いているのが分かる。機動新撰組は静かに構えを取る。

 

「熱き炎を刀に込めて…近藤勇子、行くぜ!」

 

「たゆたい流るる水のごとく…土方歳絵、参ります」

 

「闇を払いし風となりて…沖田薫、行きます!」


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