萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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機動甲冑

 キスレヴとの戦いから数日経った。

 おりょうは意識を取り戻したものの、やはり良人竜馬を殺した者と遭遇したゆえ心の動揺が著しい。源内から精神安定剤をもらって飲んで、ようやく気持ちを落ちつけていると云える。薫も気持ちの整理がついていない。無理もないだろう。母に再会したと思えば、その母は今や機動新撰組の宿敵とも云うべきサンダードーンの幹部であったのだから。

 自分が半魔族であるのを嘆き、一度は機動新撰組から去ったものの仲間たちの思いやりに触れて無事に戻ってきた。しかし、いつもの愛らしい笑顔は見せない。時々隠れて泣いているようだ。それは母と戦わざるを得ない運命を呪ってなのか。

 

 サンダードーンの本拠地、機動新撰組は『空中要塞』と呼んでいる。空を飛ぶ巨大な基地。あの日、機動新撰組だけでなく多くの京の人々が空中要塞を目撃している。明治に空飛ぶ乗り物なんて考えられない。もはや京の空を通過して姿は見せていないものの、まさに黒船来航のごとく、人々は得体の知れない空飛ぶ船に戸惑いを隠せずにいた。

 

 そして、その空中要塞の中には

「姫、もうこの船より出ましょう。私はもう日に日に痩せていく姫を見てはいられません」

「……」

 早乙女美姫、田中右近、鈴木左近、つばめ組の三人がそこにいた。豪華な部屋が割り当てられている。美姫は部屋中央のソファーに横になっていた。もう体が重くだるくてたまらないのだ。目に見えてやせ細っている。美姫の側近である田中右近と鈴木左近は何度このサンダードーンの基地から美姫を連れ出そうとしたか数え切れない。しかし助けようとする美姫がそれに応じなかったのだ。ウチは自分の意志でここにおるんやと。

 今の右近の言葉に反応もしない美姫。左近が

「もう洋食は食い飽きたっす!納豆とお茶漬けが食べたいっす!」

「そうじゃねえだろ左近!」

「…ちょっと黙ってんか。ウチは気分が悪いんや」

 億劫そうに話す美姫、顔色は青く、目には精気の欠片もない。そこへ

 

「プリンセス美姫、具合はいかがですか」

 マルケシュヴァンがやってきた。

「…ウチの具合なんぞ、どうでもええ。それより封印機は見つかったんかいな」

 そろそろ残る封印機も少なくなってきたが、徳川幕府当時に早乙女家が治めていた寺社にはもう封印機は存在しなかった。美姫の問いにマルケシュヴァンが答える。

「幕末の新撰組も色々と考えたようです。すべて早乙女家が治めていた寺社のみに封じたら危険と感じたのでしょうな」

 有馬温泉に封印機があったのも、そういう差配からだろう。

「御託はええ、見つかったんか」

「はい、もしや京都より持ち出されたかと思いましたが、残る二つも京都にございました」

「どこや」

「平等院と養源院にございます」

「…なるほど、両方とも京都が後世に残すべき遺産や。建物を壊さずに封印機を奪うよう絵図を描き」

「その絵図は出来ております。まずは宇治の平等院に」

「平等院に着くまで、ウチは眠らせてもらう」

「後ほど迎えに参ります」

 マルケシュヴァンが部屋を出で行くと、美姫は疲れはてた体をそのままソファーに投げだし、眠った。

 

“何の修行もせず、そんな強大な力を得て無事に済むはずがない”

 新太郎のこの言葉はやはり正しかった。医術の素人でも美姫の体の異常が分かる。やせ細り、水しか受け付けない。何かにとりつかれたように美姫は力を求めていく。しかし、得た力と代償に美姫は命を縮めている。もはや手段を選んでいられない。右近は

「姫を連れて、この船から出よう」

「で、でも姫に怒られてしまうっす」

「俺が全責任を取る。もはや遅いくらいだ…。近藤の言うとおり、姫を殴ってでも今の過ちを止めるべきだったんだ。何がナイトだ…。自分に呆れてため息も出やしない」

「……」

「そろそろ着陸するだろう。それを狙って姫を連れ去る」

「了解っす!」

 基地は京都郊外に着陸。右近は眠っている美姫の両手両足を縛り付け、肩に担いだ。

「な、何をするんや右近!」

「しばらく辛抱を!」

「また、みんなで楽しいつばめ組をやるっす!」

「勝手な真似は困りますね…」

 部屋を出るとマルケシュヴァンが右近たちの前に立ちふさがった。

「貴様…!」

「右近殿は何か誤解されているのではないかな?我らサンダードーンはプリンセス美姫が大望を果たすべく、そのご助力をしているのですよ」

「ならば姫のこの衰弱ぶりを説明しろ!」

「そうっす!八ツ橋は京都銘菓っす!」

「もうええ、おろせ右近」

「なりませぬ、これ以上封印を解けば姫のお命は」

(アホッ、お前らマルケの殺気が分からんのかいな!殺されてまう!)

「どすこいっす!」

 左近が四股を踏んだ。

「ここは任せて先に行けっす!」

「ほう、大した騎士道精神ですね」

 不適に笑うマルケシュヴァン。左近を相手にせず素早く右近に詰め寄り腹に一撃、すぐに美姫を取り戻した。

 

「ひ、姫、ゴホッ」

(ちょうどいい、彼らは美姫のオマケでついてきた者、元々用はないのだからな…)

「右近、左近、ウチの邪魔をする言うなら、もうアンタらに用はない。どこにでも好きなとこへ行ったらええ」

「姫…」

「それはあんまりっす!」

「さよならや。マルケ、用済みのこいつら解放したれ」

「承知しました」

「姫ーッ!」

 右近と左近の前から立ち去る美姫。

(堪忍な…。こうせんとお前ら殺されてまう…)

 美姫を追いかけようとする右近に立ちふさがるマルケシュヴァン。

「命拾いなさいましたな…」

 右近に分厚い封筒を渡す。

「ほら、当分食べるに困らないでしょう」

「ふざけるな!!」

 激怒して茶封筒をたたき落とす右近。中には大金が入っていた。

「必ず姫は取り戻す!」

 無念だが、ここは一度退くしかない。右近と左近はサンダードーン基地から去っていった。二人の背を窓から見つめている美姫。左近の言った“またみんなで楽しいつばめ組をやるっす!”これがやけに耳に残る。

「楽しかったな…。毎日笑い声が響いて…。でも今のウチは笑うことも忘れてしもた。いつからこうなってしもたんか…。でも堪忍な、ウチはもう後戻り出来ひん…」

 ドアがノックされた。

「プリンセス美姫、封印機までご案内しましょう」

「分かった、行こか」

 

◆  ◆  ◆

 

 空中要塞の足取りを追っていた機動新撰組、キスレヴとの戦いのあと、初めてその姿を見せた空飛ぶ軍艦。新撰組も追いかけたものの、さしもの機動パトカーでも空を飛んでいるものに追い続けるのは無理であった。飛んでいった方向は情報で掴めたものの、まさに雲を掴むような話であり、新撰組が当面出来るのは今まで通り、夜の京都に徘徊する魔物を討つだけであった。

 それにしても、おりょうの容態が心配である。キスレヴから撃たれた傷は深く、出血も多かった。命に別状はないと源内が言うが、良人竜馬を殺した者が目の前に現れたと云うことは、おりょうに大きな動揺を与えていた。そのキスレヴを討った今も、そう簡単に気持ちの整理がつくものではない。

「おりょうさん、そうとう参っているね…」

 巡回が終わり、屯所に戻っている新太郎、勇子、歳絵。おりょうを案じていた勇子だった。

「無理ないよ、旦那さんの仇が目の前に現れたんだ」

 うなずく勇子。続けて歳絵が

「沖田さんもまだ心に整理がつかないみたいですね」

「よりにもよって…実のお母さんが敵だなんてな。私たちもいざと云うときどうだろう。沖田の母を斬れるのか」

 勇子の問いかけに新太郎と歳絵も答えられない。迷いがあって倒せる相手と思えない。しばらく無言のまま歩き、屯所に着いた。すると

 

「や、やっぱり駄目だ。引き上げよう」

「ここまで来て何を言っているっす」

「「……?」」

 聞いたことのある声が門の影から聞こえてきた。

「早く行くっす」

「お、おい、左近」

 

「う、右近に左近?」

 新太郎は急ぎ刀を握った。

「ま、待て、戦う気はない」

 右近は腰から刀を鞘ごと抜いて地に置いた。左近は元から丸腰である。新太郎たちも刀から手を離した。

「田中右近と鈴木左近は機動新撰組に投降する」

 信じられない、互いの顔を見合う勇子、歳絵、新太郎。

「どういうことだ右近」

 勇子が訊ねた。

「ひ、姫を助けて欲しいっす!」

 いきなり本題を言ってきた左近。

「があ~ッ!!どうしてお前はいきなり核心から言うんだよ! 少しは前口上があってだな!!」

「「……」」

 頭を掻いて勇子

「おいおい、お前ら漫才をしにここに来たのかよ」

「とにかく屯所前で立ち話もなんだから中に入ろう」

 と、新太郎。

「そうだな、おい右近、悪いが武器は預からせてもらうぜ」

「分かっている」

「それと何か食べさせてほしいっす! もう腹ペコなんす!!」

 つばめ組の田中右近と鈴木左近が機動新撰組に投降してきたと云う知らせは他の隊員にも届いた。長官代行として勝海舟が立ち合い話を聞くことにした。おりょう、源内、きよみ以外は本部の一室で右近と左近の話を聞いた。

 

 あの日、大文字の火祭りのあと、天戒のサリーヌと名乗る女に襲われた。まったく歯が立たず、三人とも一命は取り留めたものの、その後に美姫はマルケシュヴァンと云う魔族に言いくるめられ、サンダードーンに身を置くことになった。

 封印機には『早乙女家の力』が封じられているとのことだったが、日に日にやつれ、何かに蝕まれていく様相の美姫の姿を見るに、それだけではないと右近も左近も感じていた。何度も止めた。でも美姫はもう止まらなかった。

 

「どうして、そこまで力を欲しがる?」

 右近に訊ねた勇子。

「姫は昔から母上より力が劣る自分を嘆いていた。自分に母さまと同じくらいの力があれば明治政府に早乙女家を潰されずに済んだと…」

「それにしたって、ありゃあ異常だ。あのやつれよう、一つ封印を解くたびに気が遠くなるほどの苦痛を味わっているはずだ」

「そうだ、姫は封印を解いた日は、のたうち回るような苦痛を味わっている。それでも封印を解くことをやめようとしなかった。俺と左近で何度も何度も止めたが聞く耳を持ってくださらない。これは母上を越えようとする以外に別の理由があるとしか思えない」

「別の理由…」

「サンダードーンの首領であるサリーヌを討つことだ」

 薫が肩をピクリと動かした。

「首領はテトラグラマトンじゃないのですか?」

 歳絵が訊ねた。

「その名は聞いたが、テトラグラマトンとやらは彼らサンダードーンの象徴的存在のようだ。それの復活のためどうたらこうたら姫に言っていたのを聞いたことがある。実質の指揮官はサリーヌだ」

 新太郎と歳絵が目を合わせた。すべての封印機が解放された時、そのテトラグラマトンは復活する。慈慧の話の通りであった。

「姫とて、サンダードーンが本心で姫の早乙女家再興のために助力しているとは考えていない。何かに利用されているとはお気づきのはず。そしてサンダードーンの目的がこの京都を、いや日本を侵略するためと云うのも分かっている。しかし、利用されるにしても、姫はまぎれもなく強くなっている。その強さをもってサンダードーンの野心を水際で阻止しようとしている。そうとしか考えられない」

「それがサリーヌを討つと云うことですか…。どう思いますか弓月さん」

「あまりに危険すぎるな…。美姫さんはサンダードーンを甘く見ている。その水際での戦い、少なくとも機動武具フル装備の勇子くん、歳絵くん、薫くん、そして僕と竜之介、猫丸、右近と左近、このすべてがその場にいなければ互角には戦えない。美姫さん単身ではとても無理だ」

「うん、俺も新太郎さんと同意見だぜ。ともあれ、その美姫って娘の身柄を急いで確保しなけりゃならねえな…」

 勝が添えた。

「右近、訊ねるが」

「何だ、弓月」

「封印機は今までいくつ解いた?」

「いくつ?ちょっと待てよ」

 右近と左近は記憶を辿り、解いた封印機の数を思い出した。

「確か十八…。十八だったな左近」

「そうっす、マル何とか云う幹部は全部で二十と言っていたっす。それが先日に残り二つと言ったのだから、すでに十八解いたと云うことになるっす。でも先日に残る二つのうち一つに行っているはずだから、残り一つっす」

 先に慈慧の話を聞いていた機動新選組はこの事実に改めて慄然となった。あと一つ、封印機を解けばテトラグラマトンの魔力は完全に復活してしまう。勇子が立ちあがり

「左近、残る封印機の場所は!?」

「平等院にあったのは、もう解かれていると思うっす。となると、もう一つは養源院っす」

「養源院…。三十三間堂に隣接する血天井で有名な寺ですね」

 と、歳絵。しかし、養源院は早乙女家が治めていた寺院じゃない。三代将軍家光の生母、崇源院の要望で建立された寺であるため、徳川家が治めていた。だから今まで機動新撰組も養源院にあると分からなかったのだ。しかし勝が

「確か幕末時、新撰組と養源院の坊主どもが揉めたと云う話があったが、そのことかい!近藤さんと土方くんはすべて早乙女家の寺社に置くことは危険と判断したんだろう。うかつだったぜ、今ごろ思いだすなんざ!」

 作戦室のテーブルを叩いた。

「勝先生、今は!」

「ああ新太郎さん、急いでくんな。右近と左近はこのまま新太郎さんの指揮下に入りな。このさい過去の経緯は無しだ。京都が、いやこの日本がどうなるかの瀬戸際だ。機動新撰組とつばめ組は本日をもって手を組む。おりょうさんには後日俺から知らせとく。たのむぜ、一刻を争う!」

「「了解!!」」

「機動新撰組、出動!!」

 

 竜之介は出動前、医務室で母のおりょうに付きっきりの源内のもとに走った。

「源内さん、聞いちょくれ!」

 つばめ組から得た情報を源内に説明する竜之介。

「残り一つ…!?そこまで最悪の事態に…」

「源内さん、親不孝かもしれんけど母ちゃんより機動甲冑の方にかかってくれちゃ」

「え…っ!?」

「この最後の封印機の解放は何としても阻止しなけりゃならんち。その場所はもう分かっているき、今からみんなで行くんじゃが、おそらく美姫と戦うことになるじゃろ。じゃき美姫が召喚できる物の怪は、もはや怪物なんじゃ!姉ちゃんらに機動甲冑がないと太刀打ち出来んぜよ!」

「し、しかし…」

「命に別条はないんじゃろ?この国がどうなるかの瀬戸際なんぜよ!母ちゃんを案じてくれているのは息子として嬉しいが、今は国のため、母ちゃんから離れて機動甲冑を仕上げてくれちゃ。頼むきに!」

「…よく言いました竜之介」

「か、母ちゃん!わ、悪い、起こしてしもたがか」

「おりょうさん、無茶は」

「源内さん、竜之介の言う通りにして下さい。私は大丈夫、きよみさんは本部の『機動甲冑緊急射出装置』の点検を」

「おりょうさん…」

「そんな大事な戦いの前に伏せていなくてはならないとは不甲斐ないばかりですが…。今は一刻を争います」

「分かりました。機動甲冑ももはや最後の調整段階、今日にでも使えます!きよみくんも行くぞ!」

「はい!」

 源内ときよみは指揮本部へと駆けた。そこは夜の巡回中におりょう、源内、きよみが詰めている場所である。機動剣の開発成功と共に、結界発生装置に高性能な無線を内蔵することに源内が成功させたの機に建設された。妖気レーダーの大型モニターもある。

『機動甲冑緊急射出装置』とは、勇子、歳絵、薫、いずれかが窮地に陥った時、各々が持っている無線電波を辿り、甲冑を入れた樽が主人の元に飛んでいく仕組みである。

「指揮は勝先生に取ってもらうきに。母ちゃんは寝ちょってくれ」

「言う通りにするわ。でも嬉しかった…。竜之介がお母さんより国を案ずる若者に成長してくれて」

「俺は坂本竜馬の息子ぜよ」

「ふふっ、そうね」

「二人きりになれるのは少ない、今のうちに母ちゃんに言っとく」

「なに?」

「すべてが終わったら嫁にしたい女がおるんじゃ」

「あらまあ、いつの間に」

「ええかな」

「竜之介が好きになった子ならお母さんは何も言いません。その子のためにも生きて帰ってくるのよ」

「ああ、じゃあ母ちゃん、大事にな!」

 

 今日にでも機動甲冑をつけて戦うことが出来る。しかし、最後の調整には勇子、歳絵、薫も立ち合ってもらいたい、それが源内の要望であった。それを聞き新太郎は勇子たちに残るよう告げた。

「しかしよ…!今の美姫が召喚出来る物の怪は日本神話にも出てくるような怪物なんだろう?私たち抜きで…」

 と、勇子。

「確かに苦しい、しかし機動甲冑が戦場に飛んできても君たちが戦闘不能では何にもならない。最後の調整だからこそ、君たちも立ち合ってよくよく確認しなきゃ」

「弓月さんの言うことにも一理ございますね…」

 歳絵は納得した。

「薫くん」

「は、はい」

「君にはこれからの戦いは酷かもしれない。しかし僕たちには君が必要だ」

「……」

「こんなに胸が平らな女でも、な」

「む、胸は関係ないでしょッ!!」

 勇子の突っ込みに反論する薫。ドッと笑いが起きた。

「新太郎さん、私は大丈夫です。あの時に竜之介さんが言ってくれた通りです。母が何者であろうと私は私です。機動新撰組の沖田薫ですから」

「頼りにしているよ」

「ドンと任せて下さい、ふふっ」

 機動新撰組の仲間たちの羨ましそうに見つめる右近。

「うらやましいな、サンダードーンにちょっかい出されるまで、つばめ組も笑いが絶えなかった」

「その笑いを奪ったサンダードーンは許せないっす。うどんは讃岐っす」

「右近、左近、今回だけは美姫に容赦すんなよ。討つことも情けと知れよな」

「はははっ、近藤の暴力娘からそんな立派なことを聞くとはな。だが、俺も腹は括った。左近、お前も腹ぁ括れよ」

「もちろんっす、白菜食えっす!」

 

 装備の点検を行い、新太郎、竜之介、猫丸、右近、左近は養源院に駆けた。太刀の柄を掴む右近、この太刀を姫に浴びせなければならぬ日が来るなんて…。やがて養源院に到着、養源院と三十三間堂との間の道、そこに美姫とマルケシュヴァンが立っていた。

「やはり来ましたか…」

 フッと笑うマルケシュヴァン、だが新太郎と竜之介、猫丸は美姫の顔を見て唖然とした。髪はほつれ、頬はこけ、目の下にはクマ、以前に見た時にもそれはあったが、今はさらにひどい。竜之介は

「もはや完全に復讐に狂う鬼婆じゃな…。哀れなもんぜよ」

 竜之介の言葉を聞き流す美姫。右近と左近を見た。先に右近と左近を救うため、あえて突き離した美姫であったが、十九個目の封印機を解いた後ゆえか、わずか残っていた慈悲の心も吹き飛んでいたようだ。

「寝返ったんか…。ウチを見捨てて」

「…もはや姫を救うにはこれしかなかったのです!」

 右近はひざまずき訴える。

「やかましドアホ!」

 肩で息をしている美姫、怒鳴るだけでその体力の消耗か。新太郎は美姫が哀れでならない。そんな身でどうしてサリーヌを討てるのか。

「美姫さん…。貴女はお母さんが死を賭してまでやり遂げたことを水泡に帰そうとしているのだぞ!」

「だから何や、母さまがちゃんとウチに力を継承せなんのが悪いんや!」

「なっ…」

「母さまがウチに力を継承しておったら、つまらんコソドロなどせんで、一気に明治政府を滅ぼしたったわ!おかげで回り道したが今さらそれはどうでもええ、もうじき東京や大阪を焼け野原にしたるわ!ホーッホホホホホッ!」

 この返事に新太郎、竜之介、右近は絶句。違ったのだ。いや十九個目の封印機を解放したゆえなのか、人格が一変してしまっている。美姫は右近が見ていたようなサンダードーンの侵攻を水際で防ごうとしているではない。単に力を欲して明治政府を滅ぼそうとしている。

 右近が美姫を傍で見て『姫は力を得て、サンダードーンに立ち向かうため』と判断したからには、それまでには態度や言葉の節々でそういう面が見えたのだろう。しかし美姫にはもうそんな気持ちはない。自分の野心のためだけに力を暴走させる魔女となってしまったのだ。右近は泣き崩れた。

「姫…。お許しを…俺が不甲斐ないばかりに…」

「…何に詫びているのか、よう知らんが、もはや裏切り者に用はあらへん。新太郎、お前も一緒に地獄に行きや!!」

 

 美姫が召喚した物の怪、それは地響きと共に現れた。

「ギャオオオオッッ!!」

「八岐大蛇だと…!!」

 八つの首を持つ巨大な竜である。その巨体を見上げる新太郎。まさかこの目で見る時が来ようとは。竜之介が

「兄ちゃん、召喚術者の美姫を仕留めるしかないぜよ」

「それは無理ですね…」

 マルケシュヴァンは美姫の前に立ち、そして使い魔を何体も召喚させた。背後にも回りこまれた。

「ホーッホッホッホッ!明治政府を滅ぼす前の景気づけや!八岐大蛇!こいつら畳んじゃり!」

 

 勝負になるはずがない。新太郎、竜之介、猫丸、右近、左近はなすすべもなく八岐大蛇に倒された。

「うっ、ううう…」

 辛うじて全員息がある。

「しぶとい、だが、ここまでや」

 八岐大蛇の巨大な足が新太郎たちを踏みつぶそうとした時である。

「待ち!!」

 思わず美姫が口走った言葉であった。八岐大蛇の足は止まっている。美姫は自分で発した言葉が自分でないように感じた。

「な、なんや今の…」

 その言葉を聞いたマルケシュヴァンは

(ふむ…。まだ少し残っているようですね)

 倒れる新太郎を見つめる。

(ウコンとサコンを仲間と思う心、そして…シンタロウを…)

 

 エンジン音が響いてきた。機動新撰組の機動パトカーである。

「来たか、仕切り直しや、下がれ大蛇」

 機動パトカーを降りた勇子、歳絵、薫。最終調整は終わったが、まだ機動甲冑は装備していない。指揮本部の大型モニターで桁違いの妖気を見たため、慌ててやってきたのである。勇子の前に八岐大蛇に敗れた新太郎たちが横たわっている。

「沖田、急げ」

「はい、急急如律令!!」

 陰陽術による癒し、しかしダメージは大きく、まだ誰一人立ちあがれない。歳絵が一人一人の総頸動脈に触れている。黙ってそれを許している美姫とマルケシュヴァン。八岐大蛇は攻撃命令を待ちかねているように興奮している。

「近藤さん、みな何とか大丈夫です。沖田さん、陰陽術を続けて下さい」

「はいっ!」

「ひ、姫…」

 こんな目にあっても右近は美姫を案じている。

「その騎士道、見上げたもの。だが…」

 美姫を睨む歳絵、

「あの姫は…その騎士道に値する者ではない」

 仲間の無事を聞いた勇子は美姫に歩み、その前に立つマルケシュヴァンに

「おい、色男」

「何ですか、ミス勇子」

「邪魔だ」

「かまへん」

 道を譲ったマルケシュヴァン。睨みあう勇子と美姫、この二人が少女期からの親友と誰が信じようと云う雰囲気である。

「美姫…」

「何どす?」

 なんだ、この顔は。かつて一緒に野山を駆けた親友の見るも無残な顔。サンダードーンに利用され、母親が命を賭けて成し遂げたことを水泡に帰そうとしている。哀れを通りこして悲惨、美姫の顔はまさにそれを表している。

「…あの世に送ってやるから、お母さんに謝ってきな。会ってももらえねえと思うがな」

「…やれるもんならやってみい、さあ、その邪魔な男どもさっさと片付けて構え!」

「あの女っ…!」

 猛烈な怒りが湧いた薫、薫だけではない、勇子や歳絵にとっても新太郎や竜之介を傷つけられ、かつ侮辱されることは手袋を投げられたに等しいこと。一人で美姫に殴りかかりそうな薫を押さえた歳絵。

「あの女っ、許せません!」

「私も同じです。我らの家族を傷つけた落とし前は取らせていただきます」

「もう何も美姫に言うことはない…。土方、沖田、やるよ!」

「「はい!」」

 

 歳絵が左手首に装着している無線機のゼンマイを回した。機動新撰組指揮本部内の赤灯が周り、サイレンと鐘が鳴る。きよみの机にあるモニターの地図、養源院を差して『緊急』と云う赤文字が出た。きよみが

「勝長官代行、養源院に緊急要請!」

 大型モニターに記されている養源院に指して勝海舟、

「よし、機動甲冑、緊急射出!!」

「機動甲冑、緊急射出!」

 源内が発射ボタンを押すと、本部より三つの大きな樽が発射された。桃、紫、白の光が勇子たち目がけて飛んでくる。

「いくぞ!」

「「了解!!」」

 勇子、歳絵、薫は機動剣を空に掲げた。樽の蓋が開いた。マルケシュヴァンは

「ほう…。紗姫の使っていた甲冑ですか…」

 機動甲冑は勇子、歳絵、薫を包んでいく。機動剣に刻まれた文字が赤く光る。勇子は『虎』、歳絵は『龍』、薫は『鶴』である。装着されていく金属音やモーター音も美しい旋律に聞こえる。ついに近藤勇子、土方歳絵、沖田薫が機動武具すべて装備したのである。鉢金には『誠』の文字が輝き、そして勇子、歳絵、薫と改めて名乗りをあげた。

 

「熱き思いを胸抱き、誠の旗に集いし我ら」

 

「固き決意を胸に秘め、京の都の悪を許さず」

 

「皆の平和を胸宿し、正義の刃で一刀両断!!」

 

「「機動新撰組、見参!!」」


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