萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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天戒のサリーヌ

 薫は時々父母を夢で見る時があった。

 父の総司、そして母は優しく微笑んで薫の顔を見ている。この光景は実際に薫が見ているものなのだろう。赤子のころに見た、遠い記憶の彼方にある父母の顔。

『沖田さんがちょっと男っぽくなったような顔かしら』

 いつか新撰組屯所を訪れた千葉佐那子が言っていた。

 薫は佐那子のこの言葉で、時々見る夢の中に出てくる美男は父の総司だと分かった。母の名前は覚えていない。顔はうっすら覚えているが、もはや記憶は薄れ、明確には分からない。その顔がぼやけた母も時々夢に出てくる。いつも同じ夢。青空の下、父母が微笑み自分を見つめ父の総司が

「薫、元気に育てよ」

 と、抱き上げられる。記憶にない父の温もり。そして母はいつも自分に

「お父さんに抱かれて良いわね薫」

 そう優しく微笑んで薫に言っていた。

 

 機動新撰組に属し、京都の町を歩くようになって薫は、その夢がけして自分の願望が生んだものでないことを知る。夢で父の総司に抱かれた後、母と一緒に茅の輪くぐりをしている。その場所は北野天満宮。

 昼の見回りでたまたま訪れた北野天満宮で催されていた茅の輪くぐり。薫はそれを見て父母が自分を連れ、ここで茅の輪くぐりをしたと分かった。生まれた子供の無病息災を祈る茅の輪くぐり、父母は私を連れて、それをしてくれたのだ。だが薫はそれで父母を許したわけじゃない。父の総司は生き地獄とも云うべき陰陽術の修行に私を送りこみ、何より母は私を捨てたのだ。

 皮肉なほどに夕日がきれいだった日、母は突如自分を捨てた。慈慧に自分を委ねて立ち去った。まだ母親が恋しい女童にはあまりに残酷であった。母と離れたくなく追いかけた。しかし、いくら『母上』と呼んでも振り向いてくれず、母は夕暮れの中に消えていった。

 その後に味わう陰陽術の苛烈極まる修行も相まって、薫は父母を憎み出した。茅の輪くぐりをしてくれたから、それが何だと云うのか。私をこんな生き地獄に突き落とした父母をけして許さない。

 

◆  ◆  ◆

 

 慈慧が立ち去った日の夜、巡回は新太郎、歳絵、薫で出た。

 機動剣が冴えわたり、新太郎の采配も相まって魔物や物の怪を掃討していく。新太郎も負けていられないと太刀を振るう。妖気レーダーに反応は消えた。全部倒したようだ。

「ふう」

 刀を鞘に収めた新太郎。

「薫くん」

「はい?」

「ここのところ元気がなかったから、今日の見回り大丈夫かと思ったんだけど僕の杞憂だったね」

「あは、元気ないように見えました?私はいつもと同じですよぅ。父や師匠も私には関係ないし」

 やっぱり、その点はひどく冷めている薫だった。新太郎と歳絵は苦笑するしかない。

(そして私を捨てた、あの馬鹿女も関係ない…。私の家族はもう機動新撰組のみんななのだから)

「任務完了、屯所に帰ろう」

「「了解!」」

 

 話しながら屯所に帰る三人。

「それにしても、今度本部に作られた指令本部ってすごい部屋ですね」

 と、薫。機動新撰組の屯所は会議室や長官室のある本部、隊士たちの宿舎である天国荘に分かれるが、今度本部に指令本部と云う部屋が作られた。今まで巡回に行っている隊士と屯所は連絡が取れなかったが、結界発生装置に高性能な無線機を搭載させることに成功したのを機に作られたのだ。

 先日に同愛社副総裁、酒巻武良が機動新撰組に支払った謝礼金は機動甲冑が作られるうえ、こうしたハイテク作戦室を作られるほどの額だったと思われる。隊士出動中はおりょう、源内、きよみがそこに詰めて連絡を取り合う仕組みとなっている。隊士たちは前線に出ていても、おりょうの指示によって動くことも可能となったわけである。

「でも、それによって我々の位置も指令本部に分かってしまうのですから、弓月さんや竜之介さんは巡回の帰りに、そのまま遊郭と云うわけにもいかなくなりましたね」

「そうなんだよ、て、何だバレてたの歳絵くん?」

「あれだけ、清々しい顔で朝帰りしていれば分からない方がおかしいです」

「ははっ…。まいったな」

「ふふっ、新太郎さんのスケベ」

 

 その時だった。新太郎の持つ妖気レーダーが警戒音を上げた。大徳寺の南、木々の中の間道に入って間もなくであった。新太郎と歳絵は妖気レーダーを見て目を疑った。今まで見たこともない妖力を示している。

「まずい…!アダルより強力な魔物だぞ」

「ここは一時撤退すべきでしょう」

 薫も妖気レーダーを覗き込んだ。確かにアダルを越える力の持ち主である。巡回後だから体力も少なからず消耗している。歳絵の意見に薫も賛成した。

「新太郎さん、土方さんの言う通りです。ここは退く…」

 月夜の灯りに浮かんだ人影が見えた。それが強大な妖気の持ち主か。ゆっくり歩いてきた。

 

「女…!?」

 驚く新太郎と歳絵。妖気レーダーと歩いてくる女を交互に見る。間違いなく、その女が妖力の持ち主である。

「そう構える必要はございません。今日のところは挨拶に来たまで」

「…………!?」

 穏やかな口調だが、それを聞いた途端に薫が全身を硬直させた。徐々に姿がハッキリと見えてきた。和服を着た京美人、そう思わせる。新太郎は妖気レーダーの反応を疑ったほどだ。

「久しぶりね…。薫…」

「は、母上…!」

「「母上!?」」

 新太郎と歳絵は絶句した。どうして薫が母と呼んだ女性がこんな妖力の持ち主なのか。

「立派になって母は嬉しいですよ」

「…ふざけるな」

 薫の目が据わっている。今まで見たこともない薫の怒り。

「母の姿をして、私をどうするつもりなのよ!サンダードーン!!」

 機動剣を振り上げて女に襲いかかった。薫は母の姿をした者にも何のためらいもなく刀を振り下ろした。しかし

「よい太刀筋です。父上の血は争えませんね…」

 女は薫の渾身の一太刀を片手で掴んでいた。

「くっ…」

 新太郎と歳絵が薫に駆け寄った。

「薫くん!」

「沖田さん、この女性は本当に貴女のお母さんなのですか!?」

「違います…!絶対に違います!確かに母の姿はしていますが偽物です!サンダードーンが化けているに決まっています!」

「あらあら薫、それはそのお仲間にではなく自分に言い聞かせているのでしょう?分かっているはず。私は沖田琴(きん)。薫、お母さんよ…」

「うそよ!」

 チラと新太郎の持つ妖気レーダーを見つめる琴。

「どうして沖田薫の母親が妖力を持っている。そう言いたげですね」

「「……」」

 新太郎も歳絵も突然のことに何も言い返せない。

「簡単です。私は魔族、そして沖田総司の妻…。薫は人間と魔族の合いの子なのですよ」

「で、でたらめを言うなぁ!」

 琴に斬りかかる薫。しかし琴の手から衝撃波が発せられた。吹っ飛んだ薫を抱きとめる新太郎。

「だ、大丈夫か薫くん」

 薫は琴を睨み

「ふざけるな…!あんたなんか母上のはずがない!」

(母上は私を捨てたけれど優しい時もあった…!あんな鬼女のはずがない!)

「思いだすわね…。総司と貴女と北野天満宮で茅の輪くぐりをしたことが。ふふっ、ああ懐かしい…。お父さんに抱かれて良いわね薫」

「……!!」

 薫はそれを聞くや全身の力が抜けて地に座り込んでしまった。紛れもなく、父母と自分しか知らぬ思い出である。では本当に目の前にいる女は母上なのか、違うと思いたい。だが薫の中では最初に出会った時点ですでに答えは出ている。魔族が化けている、そんなものではない。母なのだと分かっていた。

「は、母上…」

「改めて名乗りましょう、沖田琴は仮の名…」

 琴は姿を変えた。いや本来の姿になったと云うべきか。

「サンダードーン指揮官、天戒のサリーヌ」

 呆然とする新太郎と歳絵、薫はもはや放心状態であった。

「ヨウイチロウの息子とトシの娘ね。なるほどいい面構え、薫はどうやら失敗作だったみたいだけれど。あっはははは!」

「て、天戒のサリーヌだと?十六年前沖田総司に斬られたと云う」

 と、新太郎

「よくご存じね、その通り、私は総司に斬られた。だが完全に死んでいなかった。甘い男だった。私が女だから致命傷を与えなかったのよ」

「「……」」

「だが、常勝不敗の私を倒したのは確かなこと。私は総司に復讐を誓った。琴と云う人間の娘に化けて近づき、私を抱かせてやった。慈慧は私との激闘が総司の命を縮めたと解釈しているようだけれど、それは違う。私が総司の精気を根こそぎ奪ったのよ。ただでさえ肺に病を抱えていた総司にはひとたまりもなかったでしょうねぇ…。どんどんやつれ、潜伏先の江戸でくたばったわ。実にいい気味だった」

「腐っていますね、貴女…」

 吐き捨てるように歳絵が言った。

「まあ、薫を宿したのは計算外だったけれども堕胎せず、そのまま生んでやった。総司は大層喜んでいたわ。私も良き妻と母を演じたものよ。いい退屈しのぎにもなった…。はっはははは!」

「は、母上…!!」

 怒りと悔しさのあまり涙を落とす薫。時に見せた優しさもすべて演技だと云うのか。

「そして総司の遺言どおり、薫を慈慧に預けた。いずれヨウイチロウやリョーマ、イサミの遺志を継ぐ者たちが結束するのは分かっていた。つまり私たちサンダードーンと薫は戦う運命にある。だからね、私は決めたのよ。薫の首を総司の墓前に置いてやるとね!あっはははは!」

「「許さない!」」

 新太郎と歳絵は刀を抜いてサリーヌに斬りかかった。しかし再びサリーヌの放つ衝撃波で吹っ飛ばされた。近寄ることも出来ないのだ。

 

「あんたなんか母上であるもんかあ!!」

 泣き叫ぶように薫は式神を召喚、しかし

「「……!?」」

 四式神は動かない。いや動けないと云うべきか。

「ど、どうしたのよ、みんな!」

「あらまあ…。慈慧も大層なオモチャを薫にくれたものね。今度会ったらお礼言わなきゃ」

 白虎、青竜、朱雀、玄武は額に脂汗をにじませる。

「転生したとはいえ、私から味わった恐怖は覚えているようね…。そう、十六年前…聖獣のお前たちを、しかも白虎、青竜、朱雀、玄武として本来の力を出していたお前たちに致命傷を与えたのは私…。そんな子供に転生していれば立ち向かうことも出来ぬが道理ね…」

「ご、ごめんよ薫ぅ…」

「体が動かないよぅ~」

 泣きそうな顔の白虎と青竜。

「み、みんな…」

「ふふふっ、紗姫ほどの者がいればいい勝負が出来るかもしれませんが、その紗姫の娘の美姫は私たちの元にいる。困りましたねぇ?あっはははは!」

 高笑いを残したまま、サリーヌは月夜の中に消えていった。

「立てるかい、歳絵くん…」

「あ、はい…」

「この役立たず!!」

 半狂乱とも云える形相で式神たちを罵る薫。

「薫ぅ…」

 泣きべそかいている朱雀。

「肝心な時に戦えないでどうするのよ!それでも神様なの!聖獣なの!笑わせないでよ!」

「薫くん!言いすぎだぞ!」

「ほっといて下さい!いざって時に使えない道具なんかいるもんか!」

「「ど、道具~!?」」

 悲痛に叫ぶ式神、これは許していけない言葉と思い、歳絵が叩こうとしたが次の瞬間に薫は吹っ飛んでいた。新太郎が叩いたのである。

「弓月さんが…叩いた…」

 明治の世で珍しいほど女性に礼儀正しい新太郎が叩いたのである。驚いた歳絵。

「いかに受け入れがたい事実を聞いて心が乱れているとはいえ…言って良いことと悪いことがある!断じて許される言葉じゃない!みんなに謝るんだ!」

 赤く腫れた頬を押さえ悔し涙を落とす薫。

「新太郎さんも、式神たちも!みんな大嫌い!!」

 泣いて走り去る薫。

 

「みんな、薫くんを許してやってくれ…。あんな事実を聞かされ……気か動転しているんだ…」

「ぶう…」

「しんたろーの顔を立てて許してやる」

「難しい年頃なんだ薫は」

「しんたろー、よく殴ったな。カッコ良かった」

 四式神はニコリと笑い、宙に姿を消した。薫を叩いた手を見つめる新太郎。

「よく叩きましたね…。弓月さんが叩いていなければ私が叩いていました」

「事実なのかな…」

「サリーヌが沖田さんの母と云うことが…ですか?」

 黙って頷く新太郎。

「偽か本物か…。おそらくは沖田さん自身で分かっているはず…」

「あの狼狽ようは…」

「本当の母親なのでしょう…。なんて残酷な運命…」

 

◆  ◆  ◆

 

 屯所に戻るため歩いていく新太郎と歳絵、前方から激しい銃撃の音が聞こえてきた。

「弓月さん!」

「うん!」

 急ぎ屯所に駆けていく新太郎と歳絵。一人の女が新撰組屯所に殴りこみをかけていた。

「キャーハハハハ!!」

 マシンガンを乱射している女、水色の美しい長髪をなびかせ、赤いボディ・コンシャスを着た外国人の女である。

「あら、弾切れ」

 すぐに新しい弾倉を装着する。

「ほらほら出てきなさいよ!物陰で震えていんの?明治の新撰組は腑抜けねえ!」

「あの女、言いたいことを言いやがって!」

 刀を握る勇子、本部玄関の壁に隠れ機会を伺っている。

「あわてんな姉ちゃん、今に弾もなくなるきに」

 竜之介が言った。

「あのアマ…。そんときゃブッタ斬ってやる!」

 竜之介の見込み通り、弾が切れた。新太郎たちも駆けつけた。好機とばかり討って出た勇子たち。しかし

「安心するのはまだ早いわよ」

 女が腕をあげると、使い魔たちが次々と降りてきた。三十体以上はいる。距離を取った新太郎と勇子たち。おりょうと勝海舟も出てきている。女はおりょうが機動新撰組の長と見抜いたか、小銃をスカートの中から取り出して、おりょうを撃った。

「あうっ」

 左腕をかすめた。

「母ちゃん!」

 母を庇うように立つ竜之介。

「やめろ!」

「お前の狙いは何だ!」

 勝海舟が女に一喝した。

「私はサンダードーン幹部、妖幻のキスレヴ…。以後お見知りおきをミスター勝」

「以後なんてねえよ、てめえはここで死ぬんだからな!」

 キスレヴに刀を突き付ける勇子。しかし、さわぎを聞きつけて京都府警が新撰組屯所に駆けてきた。かつてアブを仕留めたように、銃器も充実している部隊がやってくる。さすがに旗色が悪くなったと見たかキスレヴは

「騒がしくなってきたわね。ここは退くわ。だが私の顔と名は覚えておきなさい」

「忘れるはずないろうが!母ちゃんを傷つけたやつを!」

 バズーカをキスレヴに向けている竜之介。魔物がキスレヴの前に立ちガードしている。

「その土佐なまり…。おりょうを母と呼ぶ。お前がリョーマの息子か?」

「だったら何じゃ!」

「なら親子そろって私の手で殺してやるわ」

「なんだと?」

 さしもの勝も驚愕した。

「リョーマのように私の手で殺してやると言っているのよ」

「あ、あなたが竜馬さんを!?」

「そうよ、だが安心しなよ、苦しまずに殺してやったんだから。アーハハハハ!!」

 前に立っていた竜之介をはねのけ、竜之介の腰に差してある刀『陸奥守吉行』を取ったおりょう。勝が止める間もなかった。

「母ちゃ…!」

 今まで息子の竜之介さえ見たことがない激怒のおりょう。左腕から血が流れ落ちているが眼中にない。般若さながらの形相である。

「キサマアアアアッッ!!」

 キスレヴも一瞬気圧された。小銃を撃つが足に当たった。しかしおりょうは止まらない。

「よくも、よくも私が愛する人を!竜馬さんを!」

 おりょうの斬撃を紙一重でかわしたキスレヴ、顔に一筋入った。おりょうの持つ刀を弾き飛ばしたキスレヴ。

「この大年増!私の美しい顔に傷…ッ!!」

 おりょうの拳骨がキスレヴに強烈に入った。勇子と歳絵が機動剣を抜いているため、この場は結界発生装置が作用している。拳骨もそのまま魔物に浴びせることはできる。キスレヴの顔面を殴り続けるおりょう。新太郎や勇子たちは呆然、温和な笑みを浮かべるおりょうしか知らない隊士は驚いた。怒らせたらこんなに怖い女だったのか。サンダードーンの幹部を素手でぶん殴っている。

「このっ…!」

 一瞬のすきをついておりょうの腹を蹴り飛ばしたキスレヴ。

「ゴホッ…!」

「この中古女!よくも!」

 キスレヴからおりょうが離れると同時に新太郎、勇子、歳絵が襲いかかった。京都府警も迫ってきている。

「ちっ…!退くよ!!」

 使い魔たちがキスレヴを護衛し、その場から退却していった。京都府警はキスレヴを追っていく。

「ま、待て!」

 追おうとするが、さっき撃たれた足が痛み、その場に崩れたおりょう。

「悔しい…!竜馬さん、ごめんなさい…!仇…討てなかった…!」

 その場で気を失ったおりょう、

「母ちゃん!」

「「おりょうさん!!」」

 竜之介、勝と新撰組隊士たちがおりょうに駆けた。源内が

「いけない、極度に興奮したうえ、この負傷!きよみくん、急ぎ弾丸の摘出手術の準備を!」

「はいっ!」

 本部の医務室に運ばれていくおりょう。竜之介、猫丸も一緒に行く。勝が

「勇子くん、このまま警戒していてくれ。もう一度来るともかぎらねえ」

「分かりました」

 勝も医務室に駆けた。

「土方、新太郎、聞いての通りだ。今日はこのまま屯所の警備に当たる」

「「了解」」

「ん?そういえば沖田はどうした?」

「帰ってきていないのですか?」

 歳絵が聞いた。

 

「いま帰りました」

 憔悴しきった様子の薫が帰ってきた。勇子が怒鳴る。

「沖田、お前何をしていたんだ!キスレヴとか云う女魔族が乗り込んできて大変だったんだぞ!」

「そうですか、でも私にはもう関係ありません」

「な、なに?」

 そのまま勇子たちの前をスタスタと歩き去る薫。

「薫くん」

 新太郎が呼びとめる。一寸歩を止めた薫は

「…別に叩かれたのを怒ってはいません。私が悪いのですから…」

「何を拗ねている!お前がいない間におりょうさんは重傷を負ったんだぞ!お前もこのまま屯所の周りを警戒しろ!」

「はぁ~い」

 その返事に勇子は激怒し

「なんだ、その言い方は!」

「勇子くん」

 勇子の肩を押さえた新太郎

「土方、巡回中に何があった!」

「そ、それは…」

「叩かれたと沖田は言ったな。どういうことだ!」

「ごめん勇子くん、今は言えない」

「新太郎!」

「今は僕と歳絵くんのみしか知らない方がいい。これは薫くん自身から言ってくれなければ意味がないんだ」

「…それを私に納得しろと言うのかよ」

「「……」」

「ふんっ、勝手にしろ!」

 頭から湯気を出して立ち去る勇子の背を見つめる新太郎と歳絵

「弓月さん、貴方は誤っていません。あの事実は沖田さんから言うべきなのです」

「歳絵くん」

「しかしおりょうさんは重傷、我らは不和、機動新撰組はどうなってしまうのでしょう…」

 源内がおりょうの手術を行っている。勝、竜之介、猫丸は医務室の前でおりょうの無事を願っている時、屯所の警戒をしていない薫に怒った勇子が天国荘の薫の部屋に怒鳴りこんだ。

「沖田!てめ…」

 薫の部屋は隅々まで掃除されていた。机のうえに『辞表』と書かれた封書があった。

『私、沖田薫は一身上の都合により、機動新撰組を辞させていただきます』

 隊服も綺麗に畳まれ、機動剣も磨かれて置いてあった。辞表を床に叩きつけた勇子。

「あんの…馬鹿が!」

 

 薫は辞表を書き、部屋を片付け、屯所から出ていった。門より出て屯所に深々と頭を垂れた。行くところなどない。でももうここにはいられないと思った。私には半分魔族の血が流れている。みんなの敵なんだ。一番仲間たちと別れたくないのは薫自身だろう。涙が止まらなかった。

 いつだったか、勇子と歳絵と気に入った浴衣を取りあった時、お転婆長女とお澄まし次女、そして我が儘三女の三姉妹で一番上の賢いお兄ちゃんを困らせているような、肉親の愛を知らない薫はとても幸せに感じた時だった。新撰組の仲間たちが大好きだ。

 でも、いずれ自分が半魔族と分かってしまう。きっとみんな私を嫌う。それがとてつもなく嫌だった。怖かった。だから出ていくしかないのだ。

「えぐっ…。えぐっ…。ぐすっ」

 泣きながら歩く薫。先刻新太郎に叩かれたのも本心より怨んではいない。自分が間違っていた。いかに気が動転していても、今まで自分を守ってくれた式神たちを『道具』なんて言うなんて。新太郎さんはそんな私に本気で怒ってくれたのだ。私を大切に思ってくれなければ叩いてはくれない。今も少し腫れている頬を撫でる薫だった。

 

 勇子から知らせを聞いた新太郎が

「僕が探しに行き連れ戻す。勇子くん、歳絵くんはこのまま警戒を」

「しかし一人じゃ」

 と、勇子。薫の装備一式を持った新太郎。

「僕のせいだ…。あんなに心を取り乱していた薫くんに対して優しい言葉もかけてやらず叩いてしまうなんて…」

「…新太郎」

「俺も行くぜよ」

「竜之介!?馬鹿な今はお母さんに」

「母ちゃんは源内さんが必ず助けてくれるきに。それに母ちゃんが動けない時に何かあっちゃ俺は治った母ちゃんに合わす顔ないきにの」

 歳絵はうなずき、

「竜之介さん、頼まれてくれますか。私と近藤さんは警戒を続けます」

「わかった。兄ちゃん、行こう」

「うん」

 

 急ぎ、新太郎と竜之介が薫を追いかけた。一方、その薫は魔物に囲まれていた。

「さっきは見なかったお嬢ちゃんね…」

「あんたね、おりょうさんに怪我させたと云う女は!」

「お互いさまよ、まあ今さらそれはいいわ。こうして手柄首が易々と手に入るのだから」

 薫は刀を握ろうとするが、その刀は腰にはない。

「あっ…」

「改めて名乗りましょう。私は妖幻のキスレヴ…」

「妖幻のキスレヴ…」

「分かっているのかしら?機動新撰組とサンダードーンは交戦状態にある。そんな状況の中、一人で、かつ丸腰で歩くとは我らもなめられたもの」

「…聞きたいことがある」

「何かしら?念のため言っておくけれど、逃がしてくれと云うのは駄目よ」

「サリーヌは…。本当に沖田総司の妻だったの?」

「ええ、その通りよ。それが何か?」

 自然に答えたキスレヴ、その質問でキスレヴも察した。

「そうか貴女、サリーヌの娘ね?あっははは!」

「……」

「と云うことは半魔族なワケね。一応訊ねておきましょう。サンダードーンに来る?サリーヌの娘なら幹部として迎えられるわよ」

「…ふざけんじゃないわよ」

「結構、これで遠慮はいらないわね」

 

 マシンガンを握ったキスレヴ。しかし、そのマシンガンはキスレヴの手から弾き飛ばされた。竜之介がバズーカを撃ち、落としたのである。

「まっこと探したぜよ!」

「薫くん!」

 竜之介と新太郎が駆けつけ、薫の前に立った。

「ちっ…!うっとうしい!!」

 ついにキスレヴは正体を見せた。それはギリシャ神話に登場する怪物、ケンタウロスと云える。上半身が女戦士の様相で、下半身は鍛え抜かれた鮮やかな馬を思わせる。金色の盾に金色の剛槍を持つ。体長は三メートル近い。

 竜之介が念のため持ってきた信号弾を飛ばした。屯所周囲を警戒していた勇子と歳絵が上空に飛ぶ信号弾をキャッチした。急ぎ機動パトカーに乗って現場に向かう。他の隊士も来れば面倒なことになる。キスレヴは持っている槍で怒涛の攻撃をしてきた。竜之介もバズーカを撃つゆとりがない。新太郎と竜之介だけで戦っている。新太郎が薫の装備を持ってきたので急ぎ機動剣を取る。

「これを最後の戦いにしよう」

 二人は私のために駆けつけてくれたんだ。四の五の言っている場合じゃない。

 

「闇を払いし風となりて…!沖田薫、行きます!」

 

 式神の札もある。薫は陰陽術を詠唱

「急急如律令!!」

(虫がいいけど…。みんな助けて!もう二度とあんなこと言わないっ!)

「はぁ~い!」

 式神白虎が降臨した。薫の呼びかけに応じたのである。

『オイラの雷で黒コゲになっちゃえ!!』

 キスレヴと周りの魔物たちに落雷が炸裂した。

「ギャアア!!」

「白虎、ありがとう!」

「礼なら、しんたろーに言え薫ぅ」

「うんっ!」

 続いて朱雀、玄武、青竜も降臨した。勇子、歳絵も現場に駆け付けた。新太郎が

「こいつがキスレヴの正体だ!」

「なんだよ、馬女だったのか」

 と、勇子。

「誰だ、今言ったのは!」

 気にしていたらしい。キスレヴは激怒した。

「わ、私じゃないよ、あそこの優男が言ったんだぜ」

 新太郎を指した勇子、

「いっ…!?」

 真っ青になる新太郎だった。キスレヴは新太郎を睨む。

「なんという局長…」

 呆れる歳絵。

「ふんっ、さっき私に隠しごとした罰だ。さあ土方、沖田行くぜ!」

「「はいっ!」」

 新太郎、竜之介、勇子、歳絵、薫の総攻撃でさしものキスレヴも押される。

「ちょうどいい相手だ。試したかった技がある!みんな下がれ!」

 新太郎たちはキスレヴの前から散った。機動剣を得て以来、稽古を重ねて会得した技。天然理心流のすべてを極め、さらに修練を重ねて完成させた必殺剣であった。

「これで…決める!」

 勇子はキスレヴに突進、機動剣が紅蓮の炎に包まれた。

「猛虎鬼炎斬!!」

 巨大な虎の姿をした斬撃がキスレヴを襲った。

「ギャアアアアアッッ!!」

 歳絵、薫も呆然とした破壊力だ。キスレヴは全身を斬られ、血まみれとなって倒れた。

「ふう」

 機動剣を鞘に収めた勇子、

「機動剣だからできる技だ…。源内に感謝しなきゃな…」

「これは私ももっと修行に励まないとなりませんね」

 負けられないと歳絵も機動剣を握る。

 

「さて沖田」

「……」

 薫に歩み寄る勇子。

「『局を脱するを許さず』覚悟は出来ているんだろうね」

「はい…」

「裁きは屯所でやる。今は戻れ」

「…嫌です」

「なに?」

「もう戻れません」

「この期に及んで何を我が儘言ってやがる!」

 

「ぷっ、くくく…」

 キスレヴだ。人の姿に戻り、血まみれで横たわっている。

「戻れないわよね…。サリーヌの娘よ…」

「サリーヌ…?」

 記憶を辿る勇子。思いだした。慈慧の話に出た『天戒のサリーヌ』サンダードーンのナンバー2である。

「サリーヌの娘!?」

 新太郎と歳絵を見た勇子、勇子から顔を背ける二人。そういうことだったのか。

「に、人間にもなれず、魔族にもなれない半端な存在、安楽な人生を送れると思わぬことね。地獄を味わうことになるわ。あっははは!!」

「い、言わせておけば、このおお!!」

 逆上してキスレヴにとどめをさそうとした薫、しかしキスレヴの体はスウッと姿を消した。機動剣の切っ先は地に刺さった。

「また、サンダードーンに回収されたようですね…」

 溜息をつく歳絵、薫はキスレヴが倒れていた地に剣を突き刺し続ける。

「知らなければ良かった!知らなければ!」

 

 急に辺りが暗くなった。月明かりが遮られている。何ごとかと空を見上げれば、巨大な円形の軍艦が空を飛んでいるではないか。

「な、なんだありゃ…」

 呆然とする勇子。そしてその軍艦の船首に一人女が立ち、新撰組を見下ろしている。サリーヌである。不敵な笑みを浮かべ、娘の薫を見つめている。

「母上…。いやサリーヌ…!」

 軍艦は機動新撰組の頭上を通過、いずこかへと姿を消した。

「すげえな…。あんな空飛ぶ軍艦、初めて見たぞ」

 と、勇子。他の者も初めて見た。この当時は蒸気機関車が日本を走ってまだ十年しか経っていない。空飛ぶ乗り物など夢のまた夢のようなものだ。歳絵が

「私たち人間より魔族の方が文明は発達しているということですね」

「だが、文物の使い方を間違えているぜ。自分たちの力を人間相手に使いたくてウズウズしているんだろうよ。ケッ、魔族め」

「勇子くん!」

「あっ…」

 薫の前で、あまりに配慮のない言葉だった。新太郎の注意で気づき、口を押さえた勇子。

「わ、わりい沖田…」

「いいんです…」

 空飛ぶ軍艦が飛び去った方向を見つめている薫。新太郎が歩み寄る。

「薫くん、さあ帰ろう」

「寄らないで下さい!私には半分魔族の血が流れているんです!みんなの敵なんです!!」

 さしもの勇子もどう言っていいのか分からなかった。そんなの気にするなと思うのだが、どう言葉にしてよいのやら。だが、今までずっと黙っていた竜之介が

「薫、ちくと訊ねるが…」

「何をです…」

「お前の体に半分魔族の血が流れていると…俺たち何ぞ態度を改めんといかんがか?」

 心底不思議そうな顔で竜之介が薫に訊ねた。

「え…」

「難しいことは分からんが、お前はお前じゃろ?沖田薫は沖田薫、それでええんじゃないろうかの」

 ぷっ、と勇子は吹き出した。

「そりゃ正論だ!あっはははは!!」

「竜之介さん…」

「さあ、帰るきに。機動新撰組は沖田薫のハウス、俺たちはファミリーじゃき」

「ふ、ふうあむいり?」

「ファミリー、家族と云うことです、沖田さん」

 歳絵が訳してくれた。

「家族…」

「帰ろう、熱い風呂が沸いている」

「はい…。新太郎さん…」

 

 サンダードーン基地『空中要塞』傷だらけのキスレヴを嘲笑して見つめるサリーヌ。

「大口を叩いて…まあ、何たる不様なこと」

「サリーヌ…」

「言えることは我らより敵さんの方に優秀な者が揃っているということね。悔しいわねぇ」

「そんな言い方ないでしょ!」

「ふん、しかも、よけいなことをまあベラベラとしゃべってくれて。興が冷めるったらありゃしない…」

「次こそは、次こそはあいつらを…!」

「次はない」

「え?」

「もうお前に用はないのよ」

「サ、サリーヌ!…ぐっ!」

 キスレヴの首を掴んだサリーヌ。

「お前の存在価値は、もはや私の養分となるのみ…」

「や、やめて…。やめてサリーヌ!」

「さよならキスレヴ、すぐに忘れるわ、あなたのこと」

「た、助けてアダル、アダル助け…あ、ああああああああッッ!!」


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