萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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勝海舟、京都へ

 東京の榎本武揚邸、ここに勝海舟が訪れていた。

「聞いたかい釜次郎(武揚)、山県さん率いる陸軍が物の怪に蹴散らされちまったての」

「聞きました」

 勝は着物から筒状の機械を取りだして卓の上に置いた。

「勝さん、これは?」

「『結界発生装置』と云う。実体のねえ敵さんを手前の土俵にあげる機械らしい。つまりこいつがねえと宮本武蔵だろうが柳生十兵衛であろうが物の怪にかすり傷一つつけられねえのさ」

「これが」

 手にとって眺める榎本。

「そりゃあ政府が雇った科学者と技術者を名乗る双子の兄弟が『京都に出現する物の怪を駆逐するために』と高値で売り付けた。しかしそいつはとんでもねえ偽物だった。それを使って京の平和をと乗り込んだ陸軍たちゃあ物の怪に一矢も報いられずやられたって話だ」

「それはもしや外国人と物の怪が裏で繋がっていたと?」

「確かな証拠は何もねえが、そうとしか思えねえな。いや、その双子の外国人が化け物そのものかもしれねえ」

「まさか…」

「しかもよ、政府は山県に機動新撰組解散命令を出した」

「馬鹿な…。陸軍が壊滅させられた以上、京の治安の頼みの綱は彼女たちでしょう!」

「政府に圧力をかけたのは西洋の要人数名らしい」

「どうして、そんな者らが十人にも満たない小隊に」

「おりょうさんと新撰組の嬢ちゃんたちが要人らの目的に横槍を入れた、とならば話が合う。しかし政治的に横槍を入れられるほど嬢ちゃんたちは器用じゃねえし、彼女らがやってきたのは京都を徘徊する物の怪を退治することだけだ。なぜそんな彼女らが邪魔となるのか。さっき釜次郎が言ったとおり、裏で物の怪と通じているとしか思えねえな」

「なぜそんな圧力を毅然として跳ね返さないのか。情けない…」

「西洋から文化や技術を入れて、日本はどんどん近代化に向かっている。貿易も行い、維新で困窮した国庫も潤いだした。だから西洋の要人を怒らしたくはねえってのは分かる。だがそれだけじゃねえだろう。政府首脳は多大な賄賂をくれる西洋要人を手放したくねえのさ。笑える話さ。西洋要人の遣り口は兵糧を高値で買い占めて、城の兵糧庫を空っぽにしてから鳥取城を干殺しにした太閤さん(豊臣秀吉)と同じだぜ。政府に贈った賄賂も国が落ちれば戻ってくる。なんで分からねえかな政府の馬鹿どもは」

「何とか食い止める手立ては」

「この汚い膿を出さなきゃ俺たちゃ維新で死んだ者たちに笑われちまう。とにかく真っ先にかからなきゃならねえのは京都だな。とにかく情報がまるでねえ…。おりょうさんに任せきりなのも無責任だしよ。俺ちょいと京都に行ってくるぜ。現地に行ってみねえことには分からねえよ」

「では東京での様子は逐一勝さんに届けましょう」

「ありがてえ、恩に着るぜ釜次郎」

「いつ経ちますか」

「ああ、明日の朝一番の船でな」

「では、ちょっと待って下さい。歳絵が好きな榎本家の漬物を持って行ってもらいたいので」

「いいぜ、お易い御用さ」

 

◆  ◆  ◆

 

 勝が京都駅に向かう旨はおりょうに知らされた。そして到着の日、おりょうの頼みで新太郎が出迎えに向かった。その途中で勇子とも会ったので一緒にやってきた。

「勝海舟かぁ…」

「勇子くんは初対面だよね」

「そりゃそうさ、そんな大物政治家に私みたいな小娘が会えるわけないだろ」

「はは、そうだね。ところで勇子くん、勝先生が来ると云うのは新撰組以外には内緒だからね」

「…つまり極秘の訪問ってことか。面白くなりそうだぜ」

 京都駅に着いた。

「えーと、勝先生は」

「新太郎さん、ここだ、ここ」

 駅の改札を出たところに勝がいた。

「よう、新太郎さん」

「勝先生、お久しぶりです」

 頭を垂れる新太郎の肩に触れる勝。

「いい面構えになっているねえ。男ぶりが上がっているぜ」

「ありがとうございます」

 勝の言葉が嬉しい新太郎、確かに修羅場をくぐり抜けているだけ、新太郎の顔は東京にいたころと雰囲気がまるで違う。勝ならずとも、その変わりように気づいただろう。

「勝先生、紹介させていただきます。機動新撰組局長の近藤勇子くんです」

「局長の近藤です」

「勝海舟だ、よろしく」

「はい」

「君が近藤さんの娘さんかい」

「そうです」

「ははは、あの鬼瓦のような近藤さんにこんなきれいな娘さんがいるとはねえ」

「勝先生は父の勇と会ったことがあるのですか?」

「なんだい、お袋さんや勇五郎さんから聞いていないのかい」

「いえ、聞いてはいたのですが難しい話であんまり覚えてなくて」

「ははは、近藤さんとは江戸城で会っているよ。ありゃあ実にいい男だ」

 勇子の顔が喜色満面となる。天下の勝海舟にいい男と父が称されたのが嬉しい。

「しばらく京都にいるつもりだから、親父さんのことはおいおい話させてもらうよ」

「はい、楽しみにしています」

 新撰組屯所に着いた勝海舟。

「新太郎さん、さっそくおりょうさんに会いたいのだがな」

「はい、おりょうさんも待っているでしょう。こちらへ」

「おう、そうだ。これを今日の晩飯にでも出してくんな」

 勝は新太郎に小さな風呂敷包みを渡した。

「これは?」

「榎本が俺に持たせたものだ。歳絵くんの好物らしいぜ」

「漬物の匂いですね。美味しそうです」

「どれ私が調理場に持っていくよ。新太郎は勝先生を長官室に案内してくれ」

「分かった」

 勇子は天国荘に戻っていき、新太郎も勝を案内してから自室に戻った。

「勝先生、お元気なようで良かった。でも、これから何があるのだろう。僕たち新撰組以外は秘密の訪問だものな。京都見物ではないはず」

 

 夕暮れ時となった。そろそろ夜の巡回の時間、新太郎は作戦室へと向かった。作戦室に入るとおりょうと勝が待っていた。

「勝先生、どうしてここへ」

「みんなの活躍ぶりを見ていただこうと思い、お連れしたのよ」

 と、おりょう。他の隊士も揃った。

「勝先生、久しぶりじゃきに」

 竜之介が挨拶した。

「おう、しばらく見ねえうちにデカくなったじゃねえか。お母さん大事にしているかい」

「もちろんぜよ」

「うん、竜之介もいい面構えになってやがる。失敗したとはいえ、上海でヒトヤマ当てようとした経験は無駄になってねえということか」

「今度は成功してやるきに」

「こら竜之介、調子に乗るんじゃないの!」

「うひ」

 席に着いた竜之介。おりょうが隊員たちに言った。

「巡回前の会議の前に一つ辞令を発表します。弓月新太郎、前へ」

「は、はい」

 作戦室のテーブルの前に行き、おりょうと勝の前で姿勢を正す新太郎。おりょうは辞令書を広げて

「弓月新太郎、本日より参謀見習いの『見習い』を外し、機動新撰組の勘定方兼参謀を命じます」

 辞令書を受け取る新太郎。

「みんなの強い推薦がありました。戦闘でよき采配を執られておられる様子」

「い、いえ…」

「今までは采配を執る前に近藤さんから許可をもらっていたようですが、今後は必要ありません。機動新撰組の頭脳として堂々と采配を執りなさい。期待していますよ」

「はい!」

 拍手で湧く作戦室

「おめでとう新太郎さぁん」

「弓月さんの采配なら安心です」

「見習いの時が良かったなんて言われないようにな、新太郎」

 薫、歳絵、勇子が祝福した。照れ笑いを浮かべる新太郎。少し給料も上がった。

「ありがとう、みんな。僕がんばるよ!」

「では新太郎さん、席へ」

「はい」

 新太郎が席に戻ると、巡回前の会議が始まった。巡回経路、魔物と物の怪の注意すべき攻撃、ここ最近の戦闘における反省点など活発な意見が出される。見習いであったときと同様に議長を務めているのは新太郎だ。勝は

(いい雰囲気の会議だ。明治政府の馬鹿どもに見せてやりてえくらいだな)

 会議も落ち着き、おりょうが

「しばらく勝先生には新撰組に滞在してもらうことになりました。勝先生、何かみんなに一言あれば」

「そうだねえ…。まあいつものようにがんばってくんな」

 実に単純な一言だが勝が言うと重みがあるように取れるからに不思議だ。

「「はいっ」」

 

 巡回に出たのは新太郎、勇子、歳絵であった。勇子と歳絵の持つ機動剣は本当に攻撃力がある。新太郎は二人の補助や戦闘の采配を執るのが最近の役割だ。だからこそ、勇子と歳絵も全力で攻撃に集中できる。

「ふう、新太郎、レーダーに残りはあるかい?」

「いや、さっきの魔物が最後のようだ」

「弓月さん、変わらず見事な采配でした」

「そうだな、『見習い』が取れて気合入れたか?」

「そりゃ少しは。だけど初心は忘れずにいるつもりだよ」

 戦闘が終わり、体を伸ばした勇子はふと空を見た。

「今日はずいぶんと星が見えるなぁ…。きれいな夜空だ」

「意外ですね、近藤さんがそんな乙女チックなことを言うなんて」

「むがあ!そんなに変かよ!」

「似合いませんよ、ねえ弓月さん」

「牛鍋を論じる方が勇子くんらしいかも」

「ふんだっ!」

 

 天国荘に帰った新太郎たち。風呂から出た新太郎は涼みがてら天国荘の屋上に上がった。

「ふう、気持ちいいな。ん?」

 先客がいた。勇子である。

「勇子くん」

「お、新太郎か」

「星を見に?」

「まあね、さっきの土方と新太郎が言ったように、ガラじゃないと分かっているんだけど時々こうして星を見たくなる時があってさ。新太郎はどうして屋上に?」

「いや、今日の風呂は熱くてね。ちょっと涼もうと思って」

「まあ、座りなよ」

「うん」

 勇子の横に座った新太郎、勇子は星を見つめている。

「そんなに星を見るのが好きだったのなら、さっきは悪いことを言ってしまったね。星より牛鍋を論じる方が勇子くんらしいなんて」

「いや別に星を見るのが好きとか、そういうんじゃないんだ。一時期、一人で色々と考えることがあってさ。私はこんなに一生懸命修行をしているのに、どうして誰も認めてくれないのだろうと悩んだことがあったんだ。師の勇五郎もめったに褒めてくれなかったから、余計にそう思ったのだろうね」

「……」

「それで悔しくて悔しくて夜中一人で泣いていたら運悪く師匠に見つかっちゃったんだ」

「それでどうしたの?」

「この星のようにお前の努力を見てくれている人は必ずいるから頑張れって一言だけ…」

ふっ、と勇子は笑った。

「要するに師の勇五郎は私のことをずっと見ていてくれたんだよ。口に出さずともさ。なんか星を見ていると、あのころが懐かしくてね」

「そんなことがあったんだ」

「ま、昔のことだよ。さて、そろそろ寝ようか、寝坊したらまた土方がうるさいからな」

「はは、そうだね」

 

◆  ◆  ◆

 

 翌朝になった。屯所門前の掃除をしようと新太郎が箒と塵取りを持って中庭を歩いていると

「あ、勝先生、おはようございます!」

「よう新太郎さん、おはよう」

「こうしてじっくりお話するのも久しぶりですね」

「ああ、そういやそうだな」

「元気があまりないようですが…」

「うん、俺が京都でやろうとしていることを思うとねぇ…。今朝もそれで寝覚めが悪いったらありゃしねえ」

「勝先生は京都で何をなさるつもりなんですか?」

「明治政府のなかに色々と汚いものがあってね…。まあそいつを掃除しねえとな。この国を愛していた竜馬や西郷さんに怒られちまうのさ」

「僕に何か出来ることはないでしょうか」

「ありがとうよ、その時はお願いするぜ。ああ、今日の夕方に長官室に来てくれねえかい」

「はい」

 勝は中庭から去っていった。庭掃除をしながら新太郎。

「明治政府の汚いものを掃除か…。何か大変そうだが男冥利につきる仕事だ。がんばるぞ」

 

 昼の見回りを終えて天国荘に戻った新太郎。そろそろ夕方である。夜の巡回前の装備確認をしていた。

「さて、そろそろ長官室に行こう」

 本部の長官室に向かった新太郎。ドアをノックして

「新太郎です。勝先生に言われて来ました」

「どうぞ」

 おりょうが答えた。長官室に入るとおりょう、勝海舟、そして

「山県さん?」

 陸軍卿の山県有朋か訪れていた。

「今日は君一人かね」

「はい、呼びだされたのは僕一人です。山県さんこそどうしてここに」

「俺が呼んだのさ」

「勝先生が?」

「俺が京都に来た理由の一つさ。まあ座んなよ」

 長官室のソファーに座る新太郎とおりょう、向かいに勝と山県が座った。勝が

「新太郎さん、外国人と魔物のことについてはおりょうさんと山県さんにあらかた聞いた。お前さん、ずいぶんと修羅場くぐっているな」

「い、いえ、仲間たちがいればこそ何とか」

「で、政府が雇った外国人が魔物であったと云う事実。陽一郎さんが持っていた書に新太郎さんたちが討った魔物の写真があったということ。これを鑑み、俺の方でも独自に調査したんだが…どうやらこの一連の事件は十六年前のある戦いと密接な関わり合いがあることが分かった。これまで機動新撰組が戦ってきた化け物を十六年前に目撃している男がいるんだよ」

 勝の隣に座る山県は驚き、

「そんな馬鹿な、御維新の直前にあんな化け物が京都をうろついていることなど、あるはずがない」

「最初は俺も疑ったさ、だがこれは紛れもない事実だ。当時の詳しい事情を知る男の名前も聞いた。嘘だと思うならそいつに聞いてみな」

「それはどなたですか?」

 おりょうが勝に訊ねた。

「一昔前、京都で活躍していた陰陽術の使い手、名は慈慧(じけい)」

 新太郎は初めて聞く名前だが、山県とおりょうには心当たりがあった。

「慈慧?かつては名うての陰陽師と謳われていたようだが、最近は噂も聞かぬ」

「十六年前を境に表舞台から姿を消したのさ」

 勝が答えた。

「住まいは調べてある。京都の山奥で人目を避け、ひっそりと暮らしているらしい」

「勝先生、本当に慈慧と云う仁なのですか?」

「なんだいおりょうさん、知り合いかい」

「その方は当局の一番隊隊長、沖田の師です」

「なんだそうかい、そういや沖田くんの娘さんは陰陽術に長けていると聞いたことあったな」

 その時、長官室のドアの向こうから人が走り去る音が聞こえた。

「なんだ?」

 勝が言うより早く、新太郎は急ぎ太刀を持ってドアを開けた。

「誰もいないな」

 本部を見て回る新太郎、しかし誰もいなかった。夜の巡回前、だいたい皆は天国荘にいる。

「困ったわね、今の話を誰かに聞かれてしまったのかしら」

「なに、別に聞かれて困る話じゃねえさ。それよりおりょうさん、今日にでもその慈慧を俺が迎えに行き、ここで話を聞きてえんだが一緒に何人か来てくれねえかい」

「分かりました。新太郎さん、勝先生とご一緒して下さい。弟子の薫ちゃんも連れてね」

「はい」

「陸軍卿も慈慧殿のお話を伺った方が良いでしょう。本日はこのまま屯所にお留まりを」

「そうさせていただくつもりです。その間、土方の息女に会えますかな」

 歳絵に土方歳三のことを語っておきたいと思っていた山県にはちょうどいい時間となったようだ。

「はい、呼んでまいりましょう」

 本部を出た中庭、そこにいる薫。息を切らせていた。

「あのジジイと会わなきゃならないの…」

 どうやら立ち聞きしていたのは薫らしい。

「冗談じゃない…。やっとあのジジイから解放されたと云うのに…」

 

 天国荘のラウンジ、ここで歳絵と話す山県

「そうか、酒巻くんと会ったのか」

「陸軍卿は酒巻様をご存知で?」

 山県は西南戦争で政府軍の参軍を務めており、事実上の指揮官であった。

「ああ、西南戦争で会っている。博愛社に要請され戦地の軍医を務めていた。若いが名医、何より仁術の何たるかを知っている。二本松少年隊であった彼にとっちゃ薩摩は怨み骨髄に至る仇敵、それを治療するなんて大した男だと思ったが…なるほど土方の教えを受けていたのなら、さもあろうな」

「陸軍卿と父の出会いはどんなものだったのでしょうか」

「ここ、京都が最初だ。恐ろしい男だった。我ら長州の者にとっては恐怖そのものだったな」

 敵将からしか見えぬものがある。山県はそう言っていた。娘の前だからとは云え必要以上に土方歳三を持ち上げなかったが、京都時代の父を敵の目から知る山県の話は歳絵にとり嬉しいものであった。夢中で聞き入るが

「いやです!」

 薫の部屋の前から聞こえた。新太郎が困った顔をしている。どうやら慈慧のもとに行くのを薫が拒否しているようだ。

「私、絶対にいやです」

「し、しかし勝先生が言うには慈慧さんの住まいには強力な結界が張られているらしい。僕らだけじゃ辿り着けないじゃないか。薫くんに一緒に来てもらわなきゃ」

「知ったことじゃありません」

 プイと顔をそむけて拗ねる薫。いつものわがままと様子が違う。

「すいません、一寸中座します」

 山県の前から中座した歳絵は薫の部屋に行った。

「沖田さん」

「…何です」

「これは長官命令です。貴女に拒否する権限はありません」

「…」

「どうして師のもとに行くのを嫌がるのかは知りませんが、それは貴女の私情。任務にそんなものを挟んでもらっては困ります」

「分かりましたよ、行けばいいんでしょ行けば!!」

 頭から湯気を出して天国荘の玄関に歩く薫。

「薫くん…。どうしたのだろう」

「弓月さん、貴方も参謀なら、もう少ししっかりして下さい。沖田さんを甘やかしすぎです」

「は、はい…」

 歳絵に叱られてトボトボと玄関に歩いていく新太郎。歳絵の態度を見て山県は

(ふはは、血は争えんな土方、娘さん、お前そっくりだぞ)

 

 かくして慈慧のいる庵に向かうことにした。薫、新太郎、そして勝海舟。慈慧の庵がある場所は九条山の荒れ寺。人里を離れた場所にある。山に入ると肌寒さを感じた。妖気等の影響ではなく、ただ気温が低いゆえだが。山道に入ろうとする新太郎を止めた薫。

「このまま歩いても、同じ場所をぐるぐる回るだけになり、気が付いたら山の外に出ています」

「それが」

「はい、師匠が九条山に張った結界です。いま解きますので」

 陰陽術で慈慧の結界を解いて新太郎と勝を入れ、再び同様の結界を張った薫。山奥に入っていく一行。

「何か仙人でも出てきそうだね」

 と、新太郎。

「それは仙人さんに失礼ですよ。師匠は小汚い糞ジジイなんで」

「か、薫くん、それは失礼じゃ…」

「それにしてもこんな山奥、結界なんか無くたって誰も来ませんよね~」

 

「ならば何でおぬしらは来た?」

 その時、一筋の風が吹いた。先導していた薫が立ち止まり、声の主に返す。

「私はこんなとこ来たくはなかったわよ」

 小柄な老人が新太郎たちの前に現れた。なるほど小汚い身なりだ。くたびれた着物を着て、腰も少し曲がっている。しかし薫よりも小さな体躯なのに、不思議な凄みを感じる老人であった。

「師匠…」

「師匠を小汚い糞ジジイとは相変わらず口の利き方を知らぬ馬鹿弟子よ」

「…私、アンタが師匠だなんて思ったことないもん」

 いつもと違う怒気を含んだ薫の言いようだった。

「懐かしい師弟の再会に何だが、お前さんが慈慧かい」

「そうだが、あんたは?」

「俺は勝海舟と云う」

「ほう、あんたのような政府高官がこんな山奥に何用だね」

「率直に聞く。十六年前に起きた事件について聞きてえんだ」

「十六年前?」

「お前さん、十六年前に竜馬と一緒に魔物に立ち向かったんだろ。その時の話さ」

「……」

「いま、サンダードーンの魔物たちが京都に暗躍しています。そして十六年前にも同様な事件が起きているとか。現在サンダードーンに立ち向かっている者として十六年前に起きた事件を知っておきたいのです」

 新太郎も頼んだ。

「…その前に薫の腕試しをしたい。儂の元から離れて、どれだけ腕を上げたのか。薫が儂に勝てたら知っていることをお話しよう。しかし儂に敗れた場合は金輪際この場所には近づかないでもらいたい」

「ふん、今のあんたなんか敵じゃないもん。間違えて殺してしまうかもよ」

「減らず口はよい、かかってくるがいい」

 慈慧の両の目が紅蓮に光った。突如慈慧から強い風が吹く。

「若いの、勝殿、巻き添えを食うゆえ下がっておられい」

 小柄の慈慧が大きく見える。剣士の新太郎、そして勝も武芸者である。その恐ろしさを肌で感じる。

「こりゃあ、そうとうなもんだ。新太郎さん、慈慧さんの言うとおり下がってようぜ」

「薫くん」

 薫には慈慧しか目に入っていない。まるで親の仇でも睨んでいるかのようだ。

 慈慧の陰陽術が発動、巨大な鬼が二体降臨してきた。

「こりゃすげえ、青鬼と赤鬼かい」

 驚く勝と新太郎

「すごい、慈慧さんは美姫さんと同じく物の怪を召還出来るのか」

「ほっほっほ、若いの、物の怪ではない。薫と同じく式神よ」

「これも式神か…」

「さあ薫、かかってこい」

「言われなくたって!」

 薫も青竜、白虎、玄武、朱雀の式神を呼んだ。だが薫の式神の放つ技はことごとく慈慧に通じない。まるで大人と子供だ。やがて式神たちはチカラを使い果たし、宙に消えた。

「「薫~っ!ごめんな~!!」」

「「相手が悪すぎ~!!」」

「み、みんな…」

「やれやれじゃのう薫…。もう少しマシになっているかと思えば」

「うるさいわね!」

 青鬼と赤鬼が放つ棍棒の一撃を何とかか儂た薫は機動剣を抜いた。

「薫くん!人に機動剣を向けるなど!」

 新太郎が言うが、もはや薫の耳には届かない。我を失っている。

「未熟者めが。やはりお前をおりょう殿に預けるのは早すぎたようじゃな」

「糞ジジイーッ!!」

 間に入ろうとした新太郎より早く、慈慧は薫の懐に入り当て身を食らわせた。薫は吹っ飛んだ。師の慈慧になす術なく敗れた薫だった。

「ゴホッ、く、悔しい…」

「何で儂に勝てぬか分かるか」

「うるさい!」

「情けない…。燕雀いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや…。まさに今のお前じゃ」

「小物にはしょせん大物の気持ちは分からねえってわけかい…。厳しいねえ…」

 勝が添えた。薫は悔し涙を流し

「馬鹿にしないでよお!!」

 山から走り去っていった。

「薫くん!」

「さて、慈慧さん、さっき沖田くんが勝てなければ話さないと言っていたが、それ申し訳ねえが、無しってことにしてくれねえかい。今の完全に大人と子供だったぜ。お前さん、最初から弟子に負けることはねえと分かって戦ったんだろう?俺たちゃ、どうしても十六年前に起きた事件について知っておかなきゃならねえんだよ」

「心配無用じゃ勝殿、あれはあくまで弟子の成長を見るための方便、元々話す気でいた。儂も老い先短いゆえ、このへんで誰かに語り継がなければと思っていたところですでな」

「ありがてえ、ぜひ新撰組に来てくんなよ」

 勝海舟の求めに応じて、新撰組屯所に行くことに応じた慈慧。いよいよ機動新撰組の父たちが参じた戦いの謎が明らかになる時が来た。


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