小説家になろうに掲載(完結済み)
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アダルとの三度目の死闘の数日後のこと。その日は朝から源内の機嫌が良かった。
「ふんふんふ~ん♪」
朝食の時もニコニコしている。
「源内さん、何ぞええことでもあったがか?」
竜之介が訊ねた。
「これから起きるんだよ」
新太郎は源内のご機嫌の意味は分かっていたが話さずにいた。
「ははぁ…女だね?」
からかう勇子。
「ははは、だといいんだがね」
天国荘の玄関から声がした。
「御免下さい」
「来た!」
源内は箸と茶碗を置いて、急ぎ天国荘の玄関へと走った。あんなに機嫌のよい源内は珍しい。よほど来訪を待ち焦がれた相手が来たようだ。
「ちぇ、男かよ。面白くないな」
飯をかっこむ勇子。
「不謹慎ですよ近藤さん、源内さんのお客とあらば我らにとっても大事な客人」
相変わらず冷静な歳絵。
「はいはい」
「でも、源内さんがあんなに喜ぶお客さんて誰なんでしょうね」
好奇心がうずく薫。しばらくして源内に案内され食堂へやってきた客。
「おりょうさん、私の兄弟子の酒巻武良さんです」
洋装の似合う男だった。飯を頬張りながら勇子
「うお、男前!」
「近藤さん!」
叱る歳絵。それに苦笑しておりょうが言った。
「機動新撰組長官おりょうです」
「酒巻です。食事中に失礼いたします」
「勇子くん、ちょっと席をずらしてくれないかな」
源内が頼んだ。てっきり源内は自室に通すと思ったが、みんなと会わせるつもりのようだ。勇子が横にずれて席を作り、そしてきよみがお茶を持ってきた。
「よろしいのですか源内さん、私たちも立ち合って」
と、歳絵。
「ああ、ぜひ聞いてほしい。新撰組にもめでたい話なんだ」
よほど嬉しい知らせを持って来たらしい。源内の顔はニコニコしどおしだ。
「改めまして。私はこういう者です」
名刺をおりょうに渡す武良。
「酒巻武良様…。同愛社の副総裁さん!?」
「はい」
同愛社とは明治十二年に医師会会長の高松凌雲が設立した医療団体で、貧しい者から治療費は取らないと云う人道的な活動をしている。酒巻武良は高松凌雲の一番弟子で同社の副総裁を務めている。客の名前と肩書を知ると勇子は
「同愛社、へえ、聞いたことがあるよ。多摩にも確か支部がありましたよね。近隣の人たちはずいぶんと世話になっていたなぁ…」
「私も聞きました。レッドクロス(赤十字)の精神によって西南戦争以後に設立されたとか」
と、歳絵。薫は初耳のようだ。
「へえ、とっても偉い人なんですね」
「いやいや、とんでもない。医者として当たり前のことをしているだけですよ」
と、照れ笑いを浮かべた。源内が続けて紹介する。
「酒巻さんは高松凌雲先生の一番弟子でして、あの西南戦争にも博愛社に要請され軍医として戦地に赴いているのですよ。薩摩軍と政府軍の負傷者双方から感謝され、私も医師として目標にしている方です」
高松凌雲と云えば幕府の典医の身でありながら、歳絵の養父である榎本武揚と共に五稜郭に行った人物。歳絵は奇縁を感じていた。
「ははは、君も一緒に西南戦争に行っただろ源内くん」
「いやあ私なんて、ひっきりなしにやってくる重傷患者に慌てふためくばっかりで。酒巻さんの助手を務めるのがやっとでした」
「まあ、そんなお人をお招きできるなんて当局の誉れにございます」
恭しく武良に頭を垂れるおりょう。
「しかし随分とお若い副総裁さんで」
「よく言われます。三十になったばかりですから」
「で…。その副総裁の方が新撰組に何用ですか?確か同愛社の本部は東京、わざわざ京都まで」
「はい、実は源内くんに医療機械の開発を注文していたのです」
「医療機械?」
「医術と発明技能、いずれも優れた源内くんにしか頼めないことでした。全部で三点、実に素晴らしく先日晴れて同愛社の公式医療機械として認められました」
「源内さん、すごぉい!」
と、薫。
「ありがとう、みんなの武具開発の合間に作らせてもらったんだ」
「それに伴い…」
おりょうに小切手を渡した武良。額面に驚くおりょう。大金である。
「こ、こんなに!」
「はい、源内くんより発明の特許を買い取らせていただきました。量産すれば、たくさんの人命が救えるでしょう。同愛社からの謝礼です」
「受けて下さいおりょうさん。機動新撰組の機器と施設があればこそ作れたのですから」
「源内さん…」
小切手を両手で挟み、源内を拝むように頭を垂れるおりょう。そして小切手を勘定方の新太郎に見せる。
「源内さん、これだけあれば…」
「ああ、機動甲冑が作れる」
「「やったぁ!」」
喜ぶ勇子と薫。冷静な歳絵も笑顔を浮かべる。機動剣で戦った今なら分かる。従来の武具ではサンダードーンの魔物に立ち向かうに困難だった。しかし源内が開発した機動剣を使えば全身に力がみなぎり、そして剣の切れ味たるやすさまじい。剣でもありがたいのに今度は甲冑まで。資金不足で製作は中断されていたが一気に解消された。
「しかし酒巻さん、多忙の極みの貴方がどうしてわざわざ京都に?」
と、源内。
「うむ、じかに君に礼を言いたかったこともあるが…何より明治に復活した新撰組を訊ねてみたかったんだ」
「ここへ?」
「ああ、そういえば源内くんには言ったことがなかったな。私は一時期新撰組にいたんだ」
驚く源内、勇子たちも驚いた。思わず勇子が
「じゃ、じゃあ私の親父に会ったことがあるのですか?」
「いや、私が会ったのは土方さんだけだよ。申し訳ないがね」
「父とお会いになったことが…」
「君が歳絵くんか」
「は、はい…」
「君は小さかったから覚えていないだろうな…。私は五稜郭で君と会っているんだよ」
「え?」
「私は二本松藩の子弟で戊辰戦争のおり藩が滅んだあとに母成峠、会津鶴ヶ城、そして箱館五稜郭と転戦している。土方さんとは母成峠で初めて会った。政府軍に敗れた後、土方さんは仙台に行き、私は会津鶴ヶ城に行った。落城後、再び石巻で土方さんと合流してね。その場で新撰組に入れてくれたよ。私は刀がカラキシだけど狙撃だけは誰にも負けなかったからね。だから私は最後の新入隊士と云うことになる」
「ちょ、ちょっとお待ちください。酒巻様は確かさっき三十歳と申されました。では母成峠の戦いのおりは」
「十四だった」
「じゅ…」
「そういう時代だった。私は二本松少年隊の生き残りでね。土方さんにも最初は坊やと言われたものだよ」
武良は鞄から紙袋を取りだした。
「で、箱館戦争は旧幕府側の敗北で終わり、土方さんは討ち死にした。私は宮古湾の海戦で受けた傷が重くて入院していた。だから今こうして生きている」
「酒巻様は宮古湾海戦に父の部下として参戦を?」
「ああ、狙撃手としてね。『お前は敵艦に乗り込まず、この船からガトリングガンの砲手を狙撃し続けろ』これも一つの運だった。甲鉄に乗りこんでいたら間違いなく戦死していた」
歳絵は養父の榎本武揚から聞いたことがあった。宮古湾海戦、劣勢を盛り返すために蝦夷共和国総裁の榎本武揚が立案した敵主力艦『甲鉄』の強奪作戦(アボルダージュ作戦)において、土方歳三が乗船した回天号だけが敵主力艦甲鉄に辿り着けて、そして作戦を決行した。
そのさい、回天号からガトリングガンの砲手を徹底的に狙った一人の少年狙撃手がいたということ。父の歳三はその働きによりガトリングガンを奪うことができ、そして甲鉄の占拠は成らなかったものの、土方が無事に回天に引き返すことができたのは、その少年狙撃手の援護あってのことだと。その狙撃手は当時若干十五歳と聞いていた。父の歳三の信任厚かった少年狙撃手、それが目の前にいる。歳絵は胸が高鳴った。
「あえて洗濯はしていないので少し汚れているが、見てほしい」
武良は紙袋を開けて中身のものを広げた。
「京都に来たのは源内くんの発明を同愛社が認めたことを知らせることと…そして」
「……!?」
「この旗を土方さんのご息女に渡すことだった」
それは新撰組の『誠』の旗だった。しかし破損して汚れている。だが歳絵には関係ない。父の誇りの旗印、歳絵は旗を胸に抱いた。
「酒巻様、この新撰組の旗は…」
「土方さんが一本木関門の戦いのさい、腹に巻いていた旗だよ」
「ええ!!」
「その血痕はお父さんの血だ」
「父の血…!」
土方歳三はその戦いで討ち死にをしている。そして出陣前に泣きやまなかった自分のせいだと歳絵は今でも思っている。
「出陣して五稜郭の本営に行くついでに私が入院していた箱館病院に来た。歳絵が泣きやまなくて困ったと苦笑していたっけ」
「そのせいで父は…。力を発揮出来ずに」
「はははは、それは違うよ」
「え?」
「『娘は何か感じ取ったのかもしれないな。生きて帰らぬと』そしてその後に『たぶん当たりだな。敵中に孤立した友軍を助けに行くのだ。命がいくつあっても足りない。だが退くわけにはいかぬ戦い。もし俺が帰らぬと察して泣いたのならば、そういう勘の鋭さ、さすが俺の娘だ』そう笑って言っていた。そして『娘は榎本さんに託した。俺は新撰組として最後の戦いをするまで』と…。土方さん自身、生還不可能とすでに分かっていた。そんな戦いに雑念持って臨む方ではない。力を発揮できず討たれたなんて、当の娘さんが言っちゃダメだよ」
唖然として武良を見つめる歳絵。そして
「そ、そのお話は本当ですか?」
「二本松武士は嘘を言わない」
歳絵は父の旗を胸に抱きながら涙を溢れさせた。武良は驚き
「ど、どうされた?」
「う、嬉しくて、嬉しく…。う、うう…」
「実は歳絵くんは今まで少なからず、その時に泣きやまなかったことに責任を感じていたのです。それでお父さんが力を発揮できずに討ち死にしたと。それが今、酒巻さんの言葉で違うと分かった。彼女が感極まるのも…」
新太郎が言った。勇子と薫は初めて知った。いつも鉄面皮なのはそういうことだったのかと。
「そうだったのか…。そんなことならもっと早くここに来れば良かったね」
今まで堪えていた涙が一斉に溢れたようだ。止まらなかった。
「しかし、やっとそれを渡せた…。君のお母さんに面目が立ったよ」
(…え?)
「ははは、見ればお母さんによく似ておられる。でも目元は親父さんに似てい…」
歳絵は驚いたように武良を見つめている。そして歳絵が母の顔を知らないと知るおりょうも唖然として武良を見ている。
「…?何か私は変なことでも?」
ふと時計が目に入った。
「ああ、いかん。もう行かなければ」
「酒巻さん、まだいいじゃないですか。歳絵くんにお父さんのお話でも…」
「すまない源内くん、今度ゆっくり来させてもらう。妻と娘を金閣寺に連れていく約束があってね。いま京都駅前の都ホテルに待たせてあるんだ」
「寧々さんと松会ちゃん(武良の妻子)も京都に来ているのですか。じゃあせっかくだし私も挨拶に」
「酒巻様!!」
歳絵が立ちあがりかけていた武良の腕を掴んだ。血相を変えている。
「ど、どうされた?」
「酒巻様は私の母をご存じなのですか!?」
「え?」
「私の母に!会ったことがあるのですか!?」
「は、母上のことを知らないのかね…?榎本総裁から聞かされていないのか?」
「聞かされておりません!お願いです。母のことを教えて下さい!」
困惑する武良。源内を見るが
「酒巻さん、私からもお願いします。ご存知ならば教えてあげて下さい」
「……」
「駅前の都ホテルでしたね。私で良ければ寧々さんと松会ちゃんを金閣寺に連れて行きますよ」
おりょうも
「酒巻様、ぜひ歳絵さんにお母様のことを教えてあげて下さい」
と、頭を垂れた。
「分かりました…」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
武良の手を握って礼を言う歳絵。こんな歳絵は初めて見る。しばらくして歳絵の部屋に通された武良。
「どうしても知りたくて…。奥様とお嬢様とお約束があったと云うのにお引き留めしてすみません」
「いや、人の子ならば当然だよ」
「ありがとうございます…」
テーブルのうえに茶を差し出す歳絵、それを軽く飲んだ武良、一つ咳払いをして切り出した。
「…君のお母さんの名前は明里と云う」
「あけ…さと…?」
「名前くらいは知っているのじゃないのかい?」
「ご冗談を!明里は新撰組総長、山南敬助様の!」
「そう、情婦だった。そして島原の遊女だった…」
唖然とする歳絵。新撰組総長の山南敬助、副長の土方歳三とは不仲と伝えられる。しかし公私は分けており、土方がおおまかな作戦を考え、山南が綿密な作戦にしていった。不仲とはいえ認めあっていたのだ。
だが突如、山南敬助は新撰組を脱走する。新撰組の公金を持ち、明里を身請けし京都から二人で出て行こうとしたのだ。しかし沖田総司が大津で山南を見つけた。沖田はそのまま逃がそうとしたが、それが露見しては沖田が罪に問われる。山南は結局京都に戻り『局を脱するを許さず』の局中法度により切腹となった。
身請けされた明里は遊郭で山南が迎えに来るのを待っていたが、届いたのは山南切腹の知らせだった。明里は山南の切腹の日に新撰組へ来て、最後対面し、そして切腹を見た。沖田の介錯によって首が落ちた時、絶叫とも言える声で泣いた。そして明里は切腹に立ち会っていた土方歳三を憎悪込めて見つめた。土方は顔色一つ変えず山南の切腹を見て
『さっさと片付けろ』
と、冷徹に言った。土方歳三、あの男が私の最愛の人を殺したのだと。明里が京を去ったのはその日だった。土方が山南切腹の夜、一人泣いたことも知らずに。明里は復讐に狂い、土方を殺そうと思った。惚れた男の仇を討つ、もはやそれだけが彼女の支えだった。
かつて千葉佐那子が言っていた。京都から江戸まで土方さんを追いかけてきた女がいたと。歳絵はそれが母と直感した。そしてそれは正しかったのだ。母は父を殺すために追いかけたのだ。
「私は十五で新入隊士となった。だから戦の時以外は雑用ばかりでね。奥さんと君の世話を見させてもらっていた。まあ逆に私が明里さんに世話になっていたようなもんだったが、明里さんはお酒が入ると少し饒舌にもなったので私が聞きもしないのに土方さんとのなれそめを話してくれた。無論、君はまだ赤ん坊だったから記憶にも残っていないだろうね」
「はい、それで母上は何と…」
「まさに執念だった…。そう明里さんは言っていた」
「復讐の執念…」
「新撰組が甲陽鎮撫隊と名を改めて、江戸を進発して間もないころ、明里さんは土方さんをついに殺す機会を得た。当時、甲陽鎮撫隊は兵力不足を補うため、土地の有力者に請い人を出してもらっていた。つまり寄せ集めとなるわけだが局長の近藤勇は部隊の融和を図るために宴をひんぱんに行っており御陣女郎なども呼ばれた。明里さんはその一人となって土方さんに近づき、自分を抱いている最中に隠し持っていた凶器で背中から刺すつもりだった」
「……」
「しかし結局それは失敗。それでも土方さんは明里さんを殺さなかった」
「なぜ…」
「土方さんは鬼よ、冷血漢と罵られていたが女性を殺したことはただの一度もないんだ」
「女を殺したことは…一度も…」
「それでも明里さんはあきらめなかった。いつか隙を見て殺してやると追いかけた。だが予期せぬことが起きた」
「予期せぬこと?」
「土方さんを刺殺するため、あえて土方さんに抱かれた明里さんだが…その時に胎内に生を宿してしまった。それが君だ」
「えっ…!?」
「最初は正直、その運命の皮肉に嘆いたらしい。よりによってこの世で一番憎む男の子供を宿すとはと」
「……」
「腹を括った明里さんは土方さんに言った。『お腹にいるお前の子を、お前以上の剣士に育てて必ず殺してやる』土方さんはそれを聞くや『ならば、その剣の手ほどきを私にさせよ』と返したらしい。そして君が生まれた」
「ガッカリしたでしょうね二人とも…。男じゃなくて」
「とんでもない」
「え?」
「君は私の師が開院していた箱館病院で生まれたのだが、歳絵くんが生まれた直後の土方さんと明里さんは私がこの目で見ている。大変な喜びようだった」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。土方さん、明里さんにとっても初めての子供だったから、本当に嬉しそうだった。いつしか明里さんの土方さんへの憎悪が思慕に変わり、二人は夫婦となった」
「わ、私の誕生を父と母も喜んでくれたのですね…」
涙ぐむ歳絵。
「先に言った通り、私は十五歳で新撰組の隊士見習いとなった。よく君の子守りもさせられた。オムツを換えたこともあるんだよ。あっははは!」
「そ、そんなこと…言わないでください。恥ずかしい…」
顔を赤くした歳絵。
「それで母は…?」
「明里さんは箱館戦争が終局を迎えつつあるころから体調を崩して箱館病院に入院していた。同じ病院に入院していた私が明里さんの部屋に見舞いに行っていると土方さんが訪れ、そして明里さんに別れを告げた。先の『歳絵は何か察したかもしれない』を私が聞いたのもこの時、一本木関門の戦いの直前だった。土方さんは生還出来ないと分かっておられた。土方さんの背中を見つめて号泣する明里さんを今でもよく覚えている…」
「…そうですか」
「明里さんは土方さんが亡くなられた一本木の戦いのあと、後を追うように息を引き取った…」
「……」
「明里さんは亡くなられる前、私に土方さんが腹に巻いていた『誠』の旗を下された」
「どうして旗を…」
「残念ながら真意を訊ねられるほど、明里さんにもう力は残っていなかった」
「……」
「そして後年、京都に物の怪が出て勝海舟の起草によって機動新撰組が旗揚げされ、その中に君がいると知った。新たに作られた明治の新撰組に土方歳三の娘がいる。私はあの旗は君が持つべきなのだと思った。それこそが明里さんが私に旗をくれた理由に思えてきてね。大人になった歳絵に私と良人のことを旗と一緒に伝えてほしいと。しかし私は榎本総裁からご父母のことはすでに聞いていると思いこんでいた。だから話そうとしなかったんだが…。今回お話することが出来て嬉しい」
「はい」
「明里さんの墓は東京にある。私が蝦夷で荼毘に付して弔った」
「酒巻様が母を…」
「明里さんは近江の国の出身と聞いている。出来れば近江に埋葬したかったが、私も医学の修行で東京を離れられなかった。だから自宅より近い寺に弔ったんだ」
「あ、ありがとうございます…」
「写真もある」
「え…!」
鞄から封筒を出した。
「ははは、出しそびれてしまったよ。ほら」
歳絵は写真に見入った。父の歳三と母の明里が立ち姿で並び写っている。明里は赤子を抱いて優しく微笑んでいる。裏には『歳絵三ヶ月』と書かれてあった。歳絵は再び涙を落した。
「これを…」
「もちろん、差しあげるために持ってきたのだから」
「ありがとうございます。私、一生の宝物とします!」
「もう一つ言っておきたい。私が医者になったのも土方さんの言葉からなんだ」
「え?」
「宮古湾海戦で重傷を負った私はもう戦うことが出来なくなった。味方が劣勢の中、とても悔しくてね。そんなおり土方さんが見舞いに来て私にこう言った。『もうすぐ、この蝦夷での戦いも終わる。お前もその時は武器を捨てろ。そして戦以外で薩長に仕返しする道を進め。そしてその道で薩長の者に頭を下げさせてみろ。お前の勝ちだ』と」
「……」
「私は医者として、その道を歩くことを決めた。厳しい修行だったけれど土方さんの言葉のおかげで踏ん張れたよ」
「酒巻様…」
「今でも私は土方さんの元で戦ったことを誇りに思っている。君の父上は本当に素晴らしい方だった」
「あ、ありがとうございます…」
三つ指立てて武良に頭を垂れる歳絵。嬉しくてたまらない言葉だった。
「榎本総裁曰く『-入室但清風- 歳三と云う男は軍議などのさいに部屋に入ってくると清らかな風がなびくような、そんな爽やかな人物であった』」
「お、おじ様がそんなことを?」
「なんだ、これも歳絵くんには言っていないのか。肝心なことを言わないな、あのオッサンは。あっははは」
「ふふっ、本当ですね」
「私は東京の神田で病院を開いている。東京に来る時は寄りなさい。明里さんのお墓や日野にある石田寺や生家にもご案内しよう」
「はい…。楽しみにしております」
「じゃあ、この辺で失礼する」
「お送りいたします」
「気持ちは嬉しいが若い娘など連れて歩いていたら妻と娘に叱られる。駄目だよ」
「そう言わず、もう少しお話したいのです」
「やれやれ」
◆ ◆ ◆
夕暮れ近くになった京都の町を歩く武良と歳絵。
「あと数刻すれば、この町に物の怪が出るのか…」
「はい」
「きれいな町なのに…何とも惜しい」
「この町を守ります。父と母が愛した京都を…」
「ははは、その横顔、本当にお母さんにそっくりだ」
「そ、そうですか?」
「うん、今ごろあの世で夫婦して喜んでいるよ」
「ありがとう…。酒巻様」
「なあ歳絵くん」
「はい」
「君たちがどんな敵と戦っているのかは知らない。だが物の怪と云うからには恐ろしい相手なのだろう」
「はい…」
「それでも君たちは逃げずに挑もうと言う。さすがは壬生の狼の娘たちだな」
「酒巻様…」
「新撰組、最後の見習い隊士として誇りに思うよ。及ばずながら応援している」
「ありがとうございます」
ホテルが見えてきた。
「歳絵くん、ありがとう、ここまででいいよ」
「はい、道中お気をつけて」
「うん、歳絵くんも元気でな!」
「はい!」
そう言って歳絵が立ち去ろうとすると
「ああ歳絵くん」
「はい?」
「始まりがあれば終わりもある。物の怪はいずれ君たちに掃討されるか、元のように自然に消えていくだろう。だがその時は機動新撰組が京都に必要がなくなる時だ。その後に身の振り方に悩んだら連絡しなさい。相談に乗ろう」
「あ、ありがとうございます酒巻様」
ペコリと頭を垂れて歳絵は屯所に走っていった。
「かわいい子ですね父上」
突如後ろから声をかけられた武良。
「ま、松会…」
ちょうど金閣寺から帰ってきた妻子とはち合わせた。源内は金閣寺土産の荷物持ちをさせられていた。
「た、助かった。はい酒巻さん」
源内から土産を渡された武良。
「ずいぶんと買ったな」
ズシリと両手に思い土産を持ち、苦笑した。
「もしかして、あの子が土方様の?」
と、妻の寧々が言った。
「ああ、ご息女だよ」
「大きくなったわねぇ…。私もオムツを換えた子がまあ綺麗になって」
「そうだな、土方さんと明里さんも喜んでいよう」
「ふふっ、じゃあ土方様のご息女の成長を祝って、本日の夕食は先斗町で豪華に行きますか。お父さんの奢りで」
「ははは、分かったよ。それじゃ早速食べに行こう。俺も腹ペコだ。源内くん、君もどうだい」
「ご相伴させていただきます!」
夕暮れ時、三条大橋を渡る歳絵は
「よい方と巡り合えた…。さすが父上がお認めになられた方ですね」
立ち止まり父母の写真を見つめる。
「母上、私は母上の娘であることを誇りに思います。いつか墓参させていただきます。しかし今の私は」
空を見上げて
「機動新撰組副長として京都を守ることが務め」
夕空に父母の顔が浮かんでいるような気がした歳絵。そして二人の顔は笑っていた。
歳絵のお母さんが明里と云うのは、私のオリジナル設定です。ゲーム公式ストーリー、そしてアニメ版でも不明のままです。