萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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つばめ組

 このころ、夜の京都はきわめて危険であった。物の怪が出現して人々の生活を脅かす。しかも姿が見えても実体はないから警官の持つサーベルも銃も一切効果はない。機動新撰組しか物の怪退治は出来なかったのである。平賀源内が発明した結界発生装置により実体化させ討ち取る。これが機動新撰組の仕事である。

 この日までは局長の近藤勇子と長官おりょうの長男の竜之介、その竜之介の相棒である猫丸で夜の見回りを担当していた。

 しかし今日から加入した弓月新太郎が見回りに加わる。源内から『妖気レーダー』を渡された新太郎。

 

「新太郎くん、京都の町は碁盤の目に出来ていると聞いたことはあるかな?」

「はい」

「このレーダーで物の怪のいる場所はキャッチ出来る。このレーダーに沿って、かつ碁盤の目と云う京都の通りに沿ってなるべく近道をして物の怪の足取りを追って倒してくれ」

「近道を」

「そうなんだ、レーダーも結界発生装置もそう長い時間電池が持たないんだ」

「そうなんですか」

「二つの装置、いずれも電池切れ間近となったら警報が鳴る。そうなったら急ぎ屯所に戻ってきなさい」

「分かりました」

「初出場とはいえ足を引っ張るなよ新太郎」

 と、近藤勇子。新太郎の差している太刀を見る。

「万亀の太刀、大業物だな」

「知っているのかい?」

「私は刀集めが趣味なんだよ」

「父の形見なんだ」

「ちぇ、ずるいなぁお前。それを先に言われたら『よこせ』とも言えやしない」

「あげないよ、それにしても勇子くんの太刀は…もしや『虎徹』?」

 虎徹とは近藤勇の太刀である。

「ああそうさ。親父の持っていたのとは違うけれど、同じ鍛冶職人に作ってもらった名刀だぜ」

 誇らしげに刀を見せる勇子。その時にレーダーが鳴った。

「お、屯所に近いところに出たようだな。いくぞ新太郎、竜之介!」

「「おう!」」

 

◆  ◆  ◆

 

 足早に駆けて行く三人、早くも物の怪を見つけた。勇子、新太郎、竜之介は各々の結界発生装置を機動、物の怪が実体化した。こけしのような物の怪が四体現れた。

「こけし男か…」

 と、勇子。それに訊ねる新太郎。

「戦ったことがあるのだね。何か弱点は?」

「二回も斬れば消えて行く。しかし頭突きに気をつけろ。強烈だぞ」

「分かった」

「竜之介、煙玉だ」

「よっしゃ!」

 竜之介は煙玉をこけし男に投げつけた。敵はこちらの姿を見失い、味方の回避率が上がる。

「いくぞ!」

 こけし男に横一閃する新太郎、続けて袈裟がけに斬った。こけし男は煙のようにシュッと消えた。

「いける。大したことないじゃないか」

「油断するな兄ちゃん!」

 夕方見た竜之介とは違う厳しい顔だ。

「す、すまない!」

(相手は物の怪、自分の定規で測るな新太郎!)

 と、自分に言い聞かせて太刀をふるう。こけし男は倒した。レーダーを見ると次々に物の怪の点在が表示されている。

「勇子くん、このひときわ赤色に光る表示は?」

「特に強い妖気の持ち主ってことさ」

「特に強い…」

「今みたいに物の怪に個々で当たれる相手じゃない。三人で力を合わせて、ようやく倒せると云う奴だろうよ」

「そうか…。勇子くん、竜之介、ちょっと道具の確認をさせてほしい」

「いいぜ」

「いいぜよ」

 

 新太郎は道具の説明を受けていなかった。勇子と新太郎から戦闘で主に使う道具の名称とその効果について聞いた。

「だいたい分かったよ。出し惜しみせずどんどん使おう」

「当たり前だぜ兄ちゃん、だから新撰組はビンボーなんぜよ」

「道具も装備も、そして源内さんの研究費も捻出するのはアンタだぜ、頼りにしているよ新太郎!」

「ははは…」

「では次の敵さんに向かうぞ!」

 勇子を先頭に走る三人、レーダーに表示された敵はどんどんいなくなっていくが、最後に大物が残っている。

「二人とも、次の角を曲がれば妖気の強いのがいる。いいか」

 無言でうなずく新太郎と竜之介。通りに躍り出た三人が見たのはヤミと云う物の怪だった。

「こいつか…!」

「あっちゃあ~ッ!」

「勇子くん、竜之介、戦ったことは?」

「あるけど、前は逃げたんじゃ。その時は姉ちゃん(勇子)と俺しかおらんかったきにの」

「二人じゃ太刀打ちできなかったけれど三人の今なら!」

「ああ、やってやれん妖気じゃないきに!」

「妖気とやらで敵の強さが分かるのか竜之介」

「今に兄ちゃんも嫌でも分かるようになるぜよ!じゃあ行くぜ!」

 竜之介の言う通り、三人でかかればそう倒すに困難ではない物の怪だった。単体で出てきたのが幸いだった。二体もいれば即座に撤退していた相手だ。

「ふう、今日のところ妖気は収まったきに。兄ちゃん姉ちゃん、そろそろ帰るぜよ」

「そうだな。新太郎、初陣にしては上出来だったぜ」

「あ、ありがとう。しかしこれを毎日?」

「ああ、結構大変だろ。あっははは!」

「毎日が命がけなんだな…」

 

◆  ◆  ◆

 

 新太郎たちの見回りを寺の屋根に上がり見つめていた一団があった。双眼鏡を側近の男に渡した美少女。

「ふっふふふ、任務達成の油断が付け目…」

「彼らが見回りに出て数刻経っております。ご自慢の結界発生装置の電池も切れましょう」

 美少女は愛用の鈴鳴の錫杖を振った。目を閉じて念を集中する。

「天津神…国津神…おりませなし!」

 カッと少女の両目が開いた。

「出でよ、物の怪!」

 新太郎の持つ妖気レーダーが鳴った。

「まだいるぞ!近い!」

「ちっ」

 刀を抜いた勇子。

「マズいぜよ、兄ちゃん姉ちゃん、俺たちの結界発生装置の電池がそろそろ底を尽く!しかも妖気レーダーから見ると、ヤミより強力な物の怪ぜよ!」

「一戦ぐらいやる時間はある。行くぞ新太郎、竜之介!」

「いや、戦いは避けよう」

「新太郎、何を言っているんだ!」

「長期戦になったらどうするんだ!この装置が作動しなければ我ら三人がたとえ宮本武蔵より強くても勝てない!」

「そ、そりゃあ…」

「巡回している府警と共に僕たちは避難誘導に努めよう!」

「ちっ、分かったよ!」

 

 新太郎たちは物の怪を現認するも戦闘状態には入らず、京都府警と共に住民の避難誘導に努めた。転んだ幼い女児がいた。

「痛い!」

「大丈夫?ほら」

 新太郎が背負って逃げた。それも一部始終双眼鏡で見ていた美少女。

「ほう…」

 側近の男も双眼鏡を見つめていた。名を田中右近と云う。

「どうやら戦うことは避けたみたいですね。腑抜けどもが」

「違うで右近、あの場は戦わず逃げて住民を避難さすこと、これが正解や」

「白菜食えっす!」

 的外れなことを言う男。名を鈴木左近と云う。元相撲取りで体躯もそういう風体だ。いつも食べ物に関するワケの分からないことを言う。

「そうじゃないだろ左近!」

 突っ込む右近、二人の会話は傍で聞いていると漫才のようである。少女はもう聞き飽きているようで意に介さない。

「まあええ、興ざめや。退けや物の怪!」

 美少女が呼びだした物の怪は一瞬で姿を消した。

「姫、よろしいので?」

「忘れるなや右近、ウチたちは京の町の破壊が目的やない」

「はっ」

「今日のとこは任務達成の油断を突いて新撰組を潰すことやった。しかし相手が乗らん以上、独り相撲で滑稽なだけや。帰るで」

「はっ」

 

◆  ◆  ◆

 

 住民の避難誘導をしていた新太郎たちは忽然と姿を消した物の怪に驚いた。

「どういうことだろう…」

「何にせよ助かったぜよ~」

 懐から手拭いを出して汗を拭く竜之介。

「どした兄ちゃん、キョロキョロして」

「おかしいんだ。町が一切破壊されていない…」

「ん?」

「今日戦った物の怪の中には人を襲おうとしたり家屋を壊そうとしたのがいたじゃないか。しかし、さっき出た大きな物の怪、律儀にも京の碁盤の道どおりにノシノシ歩いていた…。あの巨躯なら町を次々と破壊できたろうに」

「ははあ…。美姫の仕業だな…」

 と、勇子。

「美姫?」

「京の町で暴れている義賊気取りのコソ泥さ」

「義賊気取り…」

「『つばめ組』と云うんだ。早乙女美姫と云う女が鈍くさそうな男二人連れて好き放題やっている」

「どうして、つばめ組の仕業だと?」

「ヤミのあとに出てきた物の怪、ありゃあ美姫が呼んだんだろうよ。美姫個人は非力なんだがあいつは物の怪を呼んで自在に使役することができるんだ」

「と、とんでもない力じゃないか!それじゃ京都に物の怪が出るようになったのはつばめ組の仕業なんじゃないか!」

「ちがう、あいつは必要な時にしか呼ばない。多くの物の怪が出るのはつばめ組のせいじゃない。他にあるんだ何かが…」

「……」

「美姫は私たちが結界発生装置を使いきったのを見て物の怪を呼んだ。そして私たちを潰すつもりだったんだろうよ。だが私たちは誘いに乗らなかった。それで物の怪を引っ込めてずらかったんだ」

「京の町を壊さなかったのは?」

「あいつ自身は京の都を愛している…」

「ならばなんで物の怪などを呼んで人々を脅かすんだ?」

「さてなぁ…。のほほんとしているが色々と考えている女だから」

「え?」

「しかしまぁ、お前の言う通り物の怪を呼んでコソ泥する以上はほっておけない。新撰組にとっては宿敵なんだ。つばめ組は」

「勇子くん…」

「さ、帰ろう。風呂にでも入ろうぜ」

(勇子くんは、その美姫と云う子と因縁があるのだろうか…)

 屯所に帰り、おりょうに報告して夜の見回りの任務は終わり。新太郎は風呂に入り、ぐっすりと眠った。

 

◆  ◆  ◆

 

 さて翌日、勇子から『つばめ組に不穏な動きあり』と云う報告を受けたおりょうは情報収集を命じた。新太郎はやったこともない仕事だが

「竜之介」

「なんだい兄ちゃん」

「『つばめ組』の情報収集をしろと言われたが…僕そういうのやったことないんだ」

「そんなに難しく考えるこたぁないぜ兄ちゃん。京都の町でバカッ正直に『つばめ組』知らないか、なあんて聞いても得られる情報なんかないぜよ」

「だろうね…」

「目の敵にしているのは敵さんも同じ、いずれ会うのだから町でものんびり歩いてりゃええんちゃ」

「そ、そうかな」

「んじゃ俺も出かけてくるきに」

 とはいえ命令は命令。

「勇子くんから聞かされたことしか知らないのは心もとない。町行く人に聞いてみるか」

 京都の町に出てつばめ組のことを聞いて歩く新太郎。一つ良い情報が聞けた。ある町娘から教えてもらったのだが

「つばめ組のリーダーの女の子、元は京都有数の名家のお嬢様だったのですよ」

「へえ…」

「朝廷に代々仕えた家柄で…それがご維新で家を奪われたとは云え盗賊まがいの一党の頭目になるなんて。亡くなったご両親は悲しんでおられると思います」

(ご両親は亡くなっているのか…)

 夕刻になった。そろそろ夜の見回りに備えなければならない。屯所に戻る新太郎。

(明治維新で家を失ったのか…。僕の家と同じだな…)

 

「ちょいとアンタ」

「…え?」

 屯所に向かって新太郎が歩いていると、一人の美少女が側近二人連れて新太郎の前に立ちふさがった。

「何か?」

「何かやあらへん、アンタ、ウチらのことをなに嗅ぎまわっているんや」

「は?」

「ああもう、じれったい!ウチらがアンタの嗅ぎまわっていた『つばめ組』や!」

「な、なに!」

 刀に手をかけた新太郎を見て側近の男が美姫の前に出た。

「控えよ無礼者が」

「短気にはニンジンが効くっす!」

 鈴木左近が懐からニンジンを出して言っている。本気か冗談なのか分からない。

「お前は黙ってろ左近!」

「……」

「コホン、見ない奴だな。新入隊士か」

「そ、そうだ」

「ウチがつばめ組のリーダー、早乙女美姫や」

「姫、かような下賤の者に御名をお教えになることはございません!」

「かまへん、名乗れ新米」

「僕は新撰組の勘定方兼参謀見習い弓月新太郎だ」

(ゆ、弓月…!?)

 美姫はその姓を聞き驚いた。

「も、もしかしてお前…弓月陽一郎はんの息子か?」

「ち、父のことをどうして?」

「お前が弓月家の跡取り息子やて?」

 美姫は新太郎の生家のことをよく知っているらしい。

「右近、左近、これから長い付き合いになりそうや。名ぐらい教えたり」

「はっ、いいかお前、耳の穴かっぽじってよく聞け!」

 右近は太刀を抜き構えた。

「私は姫の御身を守る華麗なナイト、田中右近!」

「鈴木左近す、鍋には白菜っす!」

「……」

「話しを戻すで。どうしてウチらのことを探っていたんや」

「そ、そりゃあ、そういう命令ということもあるけど…」

「けど?」

「君のことを知りたかった」

 美姫は一瞬あっけにとられた。右近が

「お前…。姫に気があるのか!」

「これが初対面なのに、そんなわけないだろう」

「じゃあ何でウチのことが知りたいんや」

「何で政府に反乱まがいのことを起こすのか…」

「ウチは明治政府が大嫌いなんや」

「早乙女家を取り潰したから?」

「ふん、そんなことまで知ってたんか。ああ、そうや」

「君が物の怪を使役できるのは聞いた。すごい力だけれど、いくらなんでも政府を転覆に至らしめるのは無理に決まっている。いずれ府警に捕まって牢屋送り、下手すれば死罪。考え直した方がいい。僕の家だって潰され…」

「違う、弓月家は自らの意思で家を潰したんや。お前そんなことも知らんのか」

「え?」

「大嫌いな明治政府やが転覆させるまで考えてへん。ウチら『つばめ組』はな。京の都を古き良き国に戻すのが目的なんや。文明開化か何だが知らんが京に西洋の文化など必要やない。千年王城の誇りを取り戻すんや!」

「でも美姫さん…」

「なんや」

 

「そんなに西洋文化を嫌っているのに、どうして君はドレスを着ているの?」

 美姫は白いドレスを着ている。彼女の長い髪に相まって、よく映えている。ちなみに靴も西洋のものだ。

「「え…?」」

 美姫、右近、左近は返答に詰まった。

「そ、そりゃあ…」

「コホン、西洋のものであろうと良いものは入れる。姫は旧時代の頭の硬い攘夷論者ではないことを覚えておけ」

「そ、そうや!右近ええこと言うなあ!」

「洋食は生姜焼きっす!」

「そうじゃねえだろ左近!」

「それに何でコソ泥なんかしているんだ」

「コソ泥やない、義賊と呼べ。ウチらは貧しいモンからはビタ一文取らへん。政府に尻尾を振る悪徳政商や金貸しからしか奪わん」

「それでも盗みは盗みじゃないか」

「京の文化を西洋に売り渡す奴らに遠慮いらん。ウチらは資金を蓄え、力を持ち、やがて早乙女家を再興させる。そして京都を本来の姿に戻すんや!」

「……」

「とにかく!これ以上つまらん動きをしたら容赦せえへんからな!よう覚えておけ新太郎!」

 立ち去ろうとしたつばめ組を呼びとめる新太郎。

「待ってくれ!どうして君は僕の父や家のことを知っているんだ!」

「聞かせてほしくばウチらの仲間になるか、それともウチらを倒すか、どっちかや」

「……」

「行くで、右近、左近」

「「はっ」」

(明治維新がなければ、お前とウチは…)


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